v.s. マティアス・ローザ
「どうしたぁ!? 出てこいや黒づくめ野郎!!」
マティアスが倉庫内を歩き回りながら、アレンの姿を探す。
アレンは荷物の陰に隠れながら、反撃の隙を伺っていた。
「あいつ、すげぇ固い……。鉄の塊みたいな。そういう『ギフト』か」
アレンは既に2本目のナイフを駄目にしており、今は最後のナイフを抜いている。
「あんなのどうやって攻略すればいいんだ?」
2本目のナイフを叩き込んだ時も、引っかき傷のような跡を残しただけだった。今の手持ちの武器ではどうやら傷をつけることは叶わないらしい。圧倒的不利の状況だ。
ならば、とアレンは考えた。
戦えないなら戦わなければ良い。
逃げるか? いや、逃げてどうする。エリクとトニオを救い出そうと挑んだ戦いだ。カロルのことも気になる。少なくとも、マティアスはここに釘付けにしなければ。しかし、釘付けにするだけで良いのか?
このままかき回して時間をかせぐか? しかし、それで何が変わるというのか? 時間を稼いだところで救援がやってくるわけでもあるまい。無意味な時間稼ぎだ。
ならば……。
「マティアスの足を止めるか、できればふん縛っちまうのが良い」
「そんなことできるのか? ドブネズミ野郎」
アレンは瞬間的に横に避けると、木箱が高速で飛来し、目の前を掠める。壁に激突した木箱が全壊し、木箱に入っていた鉄製の何らかの部品が辺りに散らばる。あれに当たっていたらと思うと、アレンは背筋がゾッとする。
すぐ側の通路にマティアスが立っていた。
「よくもちょろちょろと避けるもんだ。尊敬するぜ」
「ありがとう。逃げることには定評があってね」
ニヤニヤと笑うマティアスに、アレンは身構える。
「さっきも聞いたが、てめぇなにもんだ? どうして俺に向かってくる?」
「こっちも事情があるもんでね。……さっき捕らえた二人はどうした?」
「はぁ? 二人だぁ?」
マティアスは怪訝な顔をするが、すぐに思い当たる。
「おーおー、俺たちにわざわざ捕まりに来た、とち狂ったバカ二人か。なんだ? お前あいつらのお友達か?」
「まぁそんなもんだ」
アレンが適当に答えると、マティアスがヒューッと口笛を吹く。
「かっこいいねぇ、兄ちゃん。二人を助けに来たってか」
「いいから答えろよ、二人をどうした?」
「さぁな。俺はバカがここに乗り込んできたって報告しかしらねぇ。後はローザがどうにでもしてんだろ。……まぁ、俺たちに歯向かった以上、無事に返しはしねぇがな」
「くそったれが」
アレンが黒玉を生成し、身構える。それを見たマティアスがタックルをしかけてくる。
アレンは天井に黒玉を放ると跳躍し、マティアスの突進をかわす。マティアスが後ろの壁にぶつかり、レンガが派手に飛び散る。
「……なんだぁ、そりゃ? てめぇ軽業師か何かか?」
天井で座り込むアレンにマティアスが話しかける。アレンはすっくと立ち上がると冷や汗をぐいと袖口で拭った。
「これが俺の『ギフト』でね。目的さえ果たせば、サーカスで一発当てるのも悪くはないかもな」
アレンが皮肉のような言葉を吐くと、マティアスは、ほーん? とアレンを値踏みするように眺める。
「良いじゃねぇか、気に入ったぜ。お前、俺の一味に入るか?」
「なに?」
「俺は強いやつ、使えるやつは差別しねぇ。サーカスで活躍するよりはマシな待遇を用意してやるぜ」
マティアスの言葉に、アレンは鼻白む。
「じゃあ、交渉だ。マティアス、お前、『紋章』のことは知ってるか?」
「はぁ? 紋章? なんだそりゃ?」
「あそこに転がってる」
そう言ってボードリヤールを睨むと、ボードリヤールは「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。
「ボードリヤールが探してた物だ。そいつを知ってるか?」
「おい、そうなのか? ボードリヤール」
マティアスに水を向けられたボードリヤールが「う、その……」と動揺しだし、その様子を見ていたマティアスが「フンッ」と鼻息を漏らす。
「やっぱり何か隠してやがったか。そんなこったろうと思ったぜ。……紋章なんてもんは俺は知らねぇ。そいつがどうした?」
「それが俺の最大の目的でね。……知らねぇってんなら、悪いが交渉決裂だ。シャロン邸の荷物を返してもらう」
そう言って、アレンはナイフを身構える。マティアスはいかにもつまらないといった表情で肩をすくめる。
「あーあー、今日は俺様フラレてばかりだな。……どれ、いっちょ」
マティアスが拳と拳をガキンと打ち合わせる。
「フラれた相手に八つ当たりでもさせてもらおうかな」
鬼のような形相でマティアスが笑った。
一階では、一味と酒場客たちが戦っていた。一味は突然の襲撃に十分な備えが出来ていなかったのか、意外と酒場客達が善戦を繰り広げていた。特にヤッカは、その『ギフト』を駆使して、既に5人ほどの敵を倒していた。それにより数の拮抗が崩れ、じわじわと酒場客たちが一味を押し始めた。
「よし……よしっ! いける! いけるぞこれ!」
「マティアスの飼い犬がぁ! この街から出ていけぇ!!」
「なんだこいつら!」
「このクソカス共がぁ!! 俺らに歯向かってタダで済むと思うな!」
「そいつぁ、俺たちの言葉だ! この街をめちゃくちゃにした報いを受けろぉ!!」
酒場客とマティアス一味が互いを罵倒し合いながら殴り合っている。この場にいる殆どの者が、顔をボコボコに腫らしながら戦っている。
「……あれ? カルロスさんとダントンとシャロンのお嬢さんは?」
ヤッカが周りを見渡しながら独り言を漏らした時だった。
「「うわぁぁぁぁあああああっ!!」」
突然、上階への階段の側に居た者たちが敵味方関係なく吹き飛ばされる。
「……一体これは何の騒ぎなの?」
上階から下りてきたのはローザだった。ローザの側には人の足ほども太い真っ黒な大蛇がとぐろを巻き、鎌首をもたげ倉庫内を睥睨している。
「……だれだ、あの女? もしかして噂に聞く副幹部の女か?」
ヤッカがローザを見て呟く。
「姐さん!! カチコミです!!」
「そんなのは見れば分かるのよ! 相手は一体誰っ!?」
「そ、それが、よくわからな……ぶげぇっ!!」
ローザの問に答えていた男が酒場客の一人に殴り飛ばされる。それを見たローザは呆れたような吐息を吐いた。
「本当に使えない愚図ばっかり……ウチらも落ちぶれたものね……」
そう言いながら、ローザは片腕を上げた。
「面倒ね……この際、使えない愚図共ごと」
腕を振り下ろした。
「一緒に倒れてもらおうかしら」
その瞬間、ローザの影から無数の影の蛇が湧き出し、床や壁などに広がりながら、その場に居た人間達の肌へと這い上がる。
「うっ!?」
「これは!?」
黒い蛇の這いずる感触に酒場客が驚き、蛇を引き剥がそうとするが、入れ墨のように肌に同化しており、どうすることもできない。
「姐さん、こりゃどういうことですか!!」
「どうもこうも無いよ」
困惑した一味の男がローザに問いかけると、ローザは冷たい表情で男を睨んだ。
「お前らのような無能は一味にいらない。まとめて始末してあげるわ」
「そ、そんな……ぐっ!?」
するとその場に居た者たちは、影の蛇に首を締め上げられ、藻掻き苦しみ始めた。
苦しさに蛇を引き剥がそうとするが、その爪は虚しく自らの首を引っ掻くだけだ。
そのような地獄絵図の中から飛び出してくるものがいた。ヤッカだ。
「うぉぉぉおおおおおおおっ!!」
「!?」
ローザが咄嗟に大蛇を操って防御をする。ヤッカの爪が蛇を切り裂く。大蛇は一瞬怯むものの、ヤッカに狙いをつけると、その大顎を開いた。
「ぐっ!?」
ヤッカが咄嗟に跳躍すると、恐るべき速度で蛇の頭が足元を過ぎ去る。ヤッカは背筋が寒くなるものの、今がチャンスとばかりにローザに向かう。
「……っ!」
ローザが腕を振るうと、壁に落ちたローザの影から、もう一匹大蛇が飛び出した。
「うおっ!?」
ヤッカが身体を逸らすように大蛇の攻撃を避ける。その間に最初の一匹もヤッカに牙を向く。
「っくそ! おぁあああああああ!」
二匹の蛇の猛攻を縦横無尽に避け続ける。
「っ! 今っ!!」
ヤッカは蛇の攻撃の僅かな隙を見つけてかいくぐると、雷のような不規則な軌道でローザへと迫る。
「おらっ!」
驚愕の色に染まるローザへと蹴りを放つと、ローザは複数の蛇を絡ませた自身の腕でヤッカの攻撃をガードした。
「くぅ!」
うめき声を上げ体勢を崩したローザに、ヤッカが拳を叩き込む。拳がローザの胴体に突き刺さる。
「うぐぅっ……!!」
ローザが悲鳴を上げる。ここが好機! そう思いヤッカが追い打ちをかけようとした所で。
横合いから蛇が突っ込んできた。脇腹にパンチを食らったようにヤッカが吹っ飛ぶ。
「ぐあっ……!」
ヤッカは吹っ飛びながらも空中で体勢を立て直し、足の裏を擦らせながら勢いを殺す。そのまま空中で膝をついた。
「げほっ! ……よくもやってくれたわね。あんた、何者よ?」
「答える義理ねぇって」
ヤッカは毛をザワザワとさせながら、爪を伸ばす。
「……空中に足場でも作る『ギフト』かしら。それで私の蛇を避けたってわけ? 忌々しい……」
ローザがヤッカの『ギフト』を分析するが、ヤッカはそれには取り合わない。
ヤッカが足元を見下ろすと、大半の者が倒れ込み、失神しているようだ。もしや、と焦ったが、中には四肢を床に突きながら咳き込む者も居る。どうやら先程ローザへと叩き込んだ攻撃のおかげで、大量の蛇を制御する余裕を奪えたようだ。死者が出る前で助かった。壁や床に広がっていた蛇も消えている。
だが、敵味方の区別なく、大半が気絶しているようだ。もはや戦いにはなるまい。
「まぁ、あんた達が誰でも良いんだけどね。どちらにせよ、私達に盾突いた以上」
ローザは憤然とした顔でヤッカを睨む。
「あんた達には死んでもらうだけ」
そういうと、再び大蛇がヤッカを襲った。ヤッカは「ふっ!」と短い呼気を漏らすと、空中で跳躍し、大蛇を避ける。その勢いのままローザへと突っ込む。
「おおらぁあああっ!!」
ヤッカが雄叫びを上げながらローザへと突っ込む。
「……バカのひとつ覚え……」
ヤッカがローザの目前まで迫る。
「ねっ!!」
そう言ってローザが腕を払い、ヤッカが爪を振り下ろす。
無数の蛇がローザの盾となり攻撃を防ぐ。そのまま、大波のようにヤッカに覆いかぶさり、地面へと叩きつける。
「ぐああああっ!」
「あなた、なかなかやるけれど……まだまだね」
地面に倒れたヤッカに大蛇が巻き付く。
「うぐっ……ぐぅあああああああ……!」
骨が折れそうなほど締め付けられ、ヤッカは苦しみの叫び声をあげる。
その時、不意に風切り音が鳴り響いた。
その瞬間突如現れたククが、ナイフで大蛇を切り払った。
「!? 愚図女!?」
ククはローザの言葉を無視して、蛇から開放されたヤッカを抱えると、風に乗りながら後方へと飛んだ。逆巻く風で勢いを殺しつつ、床へと着地する。
「げほっ、げほっ! ……助かった、ありがとう。アンタは誰だ?」
「あの女曰く、愚図女だそうですよ」
ククが短く返答すると、ナイフを水平に構え、ローザの攻撃に備える。
「おいおい! 皆やられちまったのか!?」
「ヤッカ、こいつはどういったことだ!?」
後ろからダントンとカルロスがヤッカに声をかける。さらに後方にはエリクとトニオ、カロルの姿も見える。
「エリクさん! トニオ! 無事だったか!?」
「おお! すまん、心配かけちまった。この通り無事だ! それより」
「これは……皆、無事なの!?」
ヤッカが声をかけると、エリクとトニオがそれぞれ反応する。
「皆は気絶してるだけだ、多分。きっと大丈夫! それより、あそこ!!」
とヤッカはローザを指差した。ローザは先程から苦々しい顔でこちらを見ている。
「あそこにいる蛇女に皆やられちまったんだ! あいつ影みたいな蛇を使ってくる!! 気を付けてくれ!!」
「あの蛇女は、マティアスの右腕で、一味の副棟梁、ローザ・ヴァイスマンです」
「あの人がローザ……」
ヤッカの言葉にククが返し、カロルが初めて見るローザを見つめる。ローザは舌打ちをしながら二人を睨む。
「蛇女とはよくも言ってくれたものね、あなた達」
ローザがそう言うと、ずずっ、っと影から大蛇が這いずりだした。二匹の蛇が鎌首をもたげる。
「私はその呼ばれ方が……大嫌いなのよ!!」
ローザがヒステリックに叫ぶと、二匹の大蛇がこちらへと飛びかかってきた。
「うわっと!!」
ヤッカが咄嗟に空中へと避けて、ククが風を操り一匹を脇へと逸らす。大蛇は後ろの壁へと激突した。
もう一匹はカルロスに真正面から体当りした。
「ぐおっ!?」
カルロスの胴体を強かに打つが、カルロスは倒れず、蛇を掴むと地面へと叩きつける。
蛇は奇声を上げながらバタバタと暴れると、カルロスの左肩へと咬み付いた。
「ぐわああああああああああっ!!」
未だ完全には治っていない傷口を咬まれ、カルロスは絶叫する。
「このっ……!」
ククがナイフを振るい、蛇の頭と胴体を切り離す。蛇は霧散する。
「カルロスっ!」
「カルロスさん!!」
エリクとカロルがカルロスの下へと駆け寄る。
その後ろで大蛇が大顎を開き、エリクとカロルに狙いを定める。
「危ない!!」
咄嗟にダントンが水弾を放ち、蛇にぶち当てる。動きが止まった所へヤッカが爪を振り下ろした。脳天を切り裂くともう一匹の蛇も霧散する。
「す、すみません! 助かりました!!」
「気をつけろってそこのヤッカも言ってたろう!! そのままカルロスのことを守っててくれ!!」
左肩を押さえながら辛そうに呻くカルロスを気遣い、ダントンがそう言うと、「くらえっ!!」と叫びながら、ローザに向けて水弾を放った。
「くっ!!」
ローザの周りに無数に生成された蛇が壁を作り、ダントンの水弾を受け止める。
「くそっ、防がれちまうか……」
ダントンが悔しそうに呻いた時。
――――――――――――――――ッ!!
突然蛇の壁が緩み、ダントンの水弾がそれを貫く。
「ああっ!!」
直撃こそしなかったものの、その余波でローザが尻もちを着く。
エリクが叫ぶ。
「やった! やったぜ!! この笛、蛇にも効いてるみてぇだっ!!」
エリクが笛を片手に拳を振り上げながら、歓喜の声を上げる。
「よくやったぜ、エリク!! そうら、おかわりでも喰らいやがれっ!!」
ダントンが追撃を重ねる。幾つもの水弾がローザを襲う。
「ちくしょうがっ!!」
ローザが叫ぶと足元から大蛇が飛び出し、それに乗ってローザが上方へと逃れ、そのまま二階へと消えていく。
「あ! 逃げやがった!」
「ちくしょう、追え追え!」
ヤッカが空中を駆け抜け、ククが風に乗り飛翔する。その後をダントンとカロルが追いかける。カルロスが左肩を押さえながら立ち上がろうとする。
「待て、俺も……」
「もういい、無理すんな! カルロスはそこで休んでやがれっ! トニオ! エリク! カルロスを見てろ!!」
ダントンが指示を出し、エリクとトニオがカルロスを制する。エリクは自分もついて行きたそうな目をしていたが、他にカルロスを守れるものが居ないと悟り、大人しく従った。
戦いの場は二階へと移った。
・作者twitter
https://twitter.com/hiro_utamaru2
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