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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第2章 エルフの女
38/99

温かい手 下

「これは……あなたがやったことですか?」

 ウォムロに問いかけた。腕の中にはぐったりとしたルルを抱えている。

「うん? まぁ、そうだよ」

「……なぜ?」

 私は奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めながら、ウォムロに問うた。ウォムロはまたあの気持ちの悪い三日月のような笑みを浮かべた。

「なぜって……見てみたかったから?」

「は?」

 私はその答えに頭が真っ白になった。

「お前のところでさ、火を焚く儀式するだろ」

 ウォムロが言っているのは「新年の儀」のことだ。エルフの宗教では大晦日から元日にかけて、組み上げた丸太に大きな炎を点し、火の精霊に静かに祈りを捧げる儀式を行う。祈りを捧げたあとは、神官から火を分けてもらって家に持ち帰り、玄関の前でそれを振りながら家の穢れを払うというのが伝統的な行事だった。

「俺さ、ずっと思ってたんだ……もっと大きければいいのにって」

「……なにを……」

 私はウォムロが何を言っているのか分からず、混乱した。



「あんなまどろっこしいことしないでさ、こうやって全部に炎を点したら、簡単に穢れが払えて楽じゃないか」



 絶句した。

「そして気づいたんだけどさ、石にも、草木にも、生き物にも、この世の全てに精霊が宿ってるって言うなら……こんな身体、いらなくない?」

「……そんな……」

「精霊が清純の象徴で、この世に溜まりゆく穢れを払うというなら、精霊以外の全部、つまり、目に見え感じとることのできる物全て、つまり、この世そのものが穢れなんじゃないか? そしてその穢れを一身に取り集めて溜め込んでしまうのが人間の業ならば」

「……バカみたいな……」



「こんな穢れた肉体は『払って』しまって、皆、精霊へと回帰すればいいんじゃないのか?」



「お前の独りよがりが、私の両親を殺したのかぁぁぁああああっ!!!!」



 純粋な怒り。それ以外、私の中には何も無かった。風の力を使って、猛スピードでウォムロへと肉薄する。

 渾身の力を込めて拳を振るったが、風の壁で軽くいなされてしまった。がら空きになった胴体に、ウォムロが鞭のようにしなる蹴りを入れ、私はその場に落下した。私は短く悲鳴を上げる。

「わからないか……」

 ウォムロが近づいた。

「お前のような狂人の考えなんか」

 私はウォムロを睨みながら叫んだ。

「一生分かるつもりはないっ!!」

「そっかぁ」

 ウォムロが薄笑いを浮かべながら腰を下ろし、顔を寄せてくる。

「残念だなぁ」

「私の事を……殺すつもりですか」

 ウォムロに睨み返すと、ウォムロは、うーん、と悩む素振りを見せた。

「生きたいの? 穢れに塗れて苦しむだけの人生なのに?」

「例え私が死んだとしても、あなたを地獄の果てまで追いかけ……必ず殺してやります」

「へぇ?」

 ウォムロが何を考えているか分からない瞳でニヤリと笑う。

「いいね、それ」

「はぁ?」

「楽しそう」

 ウォムロは立ち上がってこちらを見下ろした。

「どうせこの身体もさ、穢れてるわけだから。いつかは俺自身も『払わなきゃ』ならないだろ? せっかくお前がそう言うなら、ただ自分を殺すっていうより、お前と殺し合った方が楽しそうじゃない? すごいよ、面白い。俺今、すごい心臓がドキドキして、ワクワクしてるよ。すごく久しぶりに、生きてるって感じがする」

 私はウォムロの言ってることが分からず、唖然とする。

「俺、ここを出たら海外行って、いろいろぶらぶらと見て回るつもりだからさ。多分、当面会うことは無いと思うけど」

 ウォムロはどこか遠くを見るように目を細めた。

「いつかどこかで会ったら……その時は殺し合おう」

 ウォムロは子供のような、心底楽しそうな笑いを浮かべる。

「その日を楽しみにしているよ」

 そう言って、ウォムロは風の力を使ってすうっと上空へ上がる。

「! 待てっ!!」

「じゃあまたね」

 そのままウォムロは何処かへと飛んでいってしまった。

 ウォムロの去っていった空をぼんやりと見つめる。思考が停止し、今自分が何処で何をしているのか分からなくなる。

 しばらくたってからようやくのろのろと立ち上がり、ルルの下へと歩み寄った。



「……それが、私が41歳の時のことです。煙を長時間吸い込んでしまったルルは意識不明になって……今もベッドの上で静かに眠っています」

 ククの凄惨な過去に、一同は息を飲む。

「……お前が辛い思いをしたのは、よぉく分かったよ」

 ダントンが後頭部をボリボリと掻きながら発言した。

「それで、そのことがマティアスとどう関わってくるんだ?」

「それについて話すには、私の目的について語らなければなりません」

「目的……ですか?」

 カロルが問う。ククが俯きながらも頷く。

「私は、家に在ったあのペンダントを探していたのです。……そして、その旅の途中で無様にもマティアスに捕まり……今、ここに居ます」

 ククが自嘲しながら言う。

「ペンダントを探していたのは何故ですか?」

「意識不明の妹のためです」

「妹のため?」

 カロルが言うと、ククは頷いた。

「事件の後、意識不明の妹を抱え、近くの町の病院へと連れていきました。傷の手当は済んだものの、妹の意識は戻らず――」



 病室の窓辺から、陽の光が部屋に降り注いでいる。殺風景な病室のベッドにルルは横たわっていた。

 ルルの手を取ってみる。しっかりと、血の通っている温度を感じる。ルルの静かな呼吸も聞こえる。外では小鳥の鳴き声が聞こえ、木々がそよ風に揺れる。あまりにも穏やかな午後のひととき。

 そのよそよそしい穏やかさに、私は無性に腹が立った。

「まず私が考えなければならないことは、生活費と妹の治療費のことでした」

 その時私は41歳だったが、ヒトの年齢に換算すれば、13歳と少しといった頃だった。社会のことなど大して知らず、大人になったら家を継ぐのだろうとぼんやり考えていた私にとって、あまりにも突然に社会へと放り出された形だった。エルフの時間間隔とはまるで違う、忙しないヒト社会へと無理にでも交わる必要があった。

「私には『ギフト』がありましたから、能力を利用して、港湾の荷降ろしなどでお金を稼ぎました」

 私が触れているものは一緒に移動できる。そのため、人一倍速く荷物を運べる私は大層重宝された。

「それでも治療費を安定して払えるようになるまで3年はかかりました。その間も頻繁に病室に顔を出して、変わらないルルの寝顔を眺めては、ほっとするような、落ち込むような、よくわからない溜息を残して家に帰る日々が続きました。……そしてその辺りから、ルルの回復を半ば諦め始めました」

 その頃、仕事ぶりを認められ、現場監督を任されるようになった。給料も良くなり、治療費を払った後の生活費にも余裕が出てきた。時間にも余裕ができ始めた。

 初めのうちは、できた時間の余裕を、毎日のようにルルの看病に充てていた。

 しかし、何をするでもなく、ぼんやりとルルを眺める時間は、日増しに苦痛になっていった。

 一体、私は何をしているんだろう? 一体、こんなことがいつまで続くんだろう?

 ルルの寝顔を見ていると、無数の感情が自責の念という釜に入れられ、グツグツと煮えたぎる心地がした。


 懐かしさが沸き立つ。愛おしさが沸き立つ。悲しさが沸き立つ。苦しさが沸き立つ。悔しさが沸き立つ。憎さが沸き立つ。不甲斐なさが沸き立つ。恐ろしさが沸き立つ。孤独さが沸き立つ。


 一つの釜に蓋をすると、別の釜から感情が吹きこぼれる。それを塞ぐとまた次の釜が。


 そして次の釜が。そして次の釜が。そして次の釜が。そして次の釜が。次の釜が。次の釜が。次の釜が。次の。次の。次の次次次次次次次次次次次次次次――――――。



 ――――――――――――――――ッ!!



 衝動的に病室の花瓶を手に取ると、それをルルめがけて振りかぶり……………………静かにそれを下ろした。

 そして、病室の床に膝を突いて、呻くように嗚咽した。

 私はもはや、気が狂う寸前だった。



「そうやって無為な日々を、事件の日から数えて7年過ごしました。そしてその頃になって、全く思いがけないことから、ペンダントの存在を思い出したのです」

 ある日、港に入ってきた一艘の貨物船を警察が取り囲んだ。違法な密輸入取引が疑われ、船内の品を検めるということだった。

 ほどなく、警察お目当ての違法輸入品が見つかった。

 船長は密輸入に関しては全く知らない、関係が無いことを主張して警察と揉めていた。

「本当だ、信じてくれ!! なんならリュテに居るとかいう、発言の真偽が分かるという『ギフト』持ちの奴と会わせてくれ!! きっとその者なら、私の無実を分かってくれるはずだ!」

 そう叫びながら警察に連行されていった。

 心が擦り切れ疲弊しきった私は、そのことに何も感じず、「ふーん、そんな心が読める奴も居るんだ」くらいにしか考えてなかった。

 そうして仕事が終わって帰宅し、就寝する間際、私の頭に突然閃きが走り、ベッドの上で跳ね起きた。



 あの心を繋ぐペンダントを使えば、ルルの意識を取り戻すのに、何か役にたたないだろうか?



「心底、自分の鈍さを呪いました。エルフは元来、鈍い性格をした人種ではありますが、それにしても7年もかかるとは!」

 ククは自己嫌悪に顔を歪める。服の裾をギュッと握りしめる。

「それからようやく廃墟になった自分の実家を探しました。当たり前といえば当たり前ですが、礼拝堂は暴かれ、地下室も荒らされていました。当然ペンダントも失くなっていて……私はそれを探すために旅に出たのです。その途上でマティアス一味に……」

 そう言って、ククはしおれた花のようにうなだれた。そうして襟元をグイと引き下げて、自分の肌を晒した。

「……この蛇が、私の運命です」

「それは、どういう……?」

 カロルが問いかけると、ククは力ない微笑みを返した。

「私を縛る、枷です。私の身体を締め上げ、自由を奪う……」


 いけない……涙が出そうだ……。


「私は……無力です」


 胸の奥から言葉と共に何かがこみ上げてくる感覚がする


「両親は死に、妹は目が覚めず……む、無能な私だけが、一人、のうのうと……」


 喉がきゅうと緊張して、ジンジンする。上手く言葉がでてこない……。


「ウォムロには、な、何も、出来なくて……ペン、ペンダントも、見つけられなくて……!」


 ……ぎゅうと絞られた水滴が今、まつ毛に乗った。


「あ、あげくの! 果てにっ! こ、こんな、枷がっ! 枷をっ! 付けられっ!!」


 もうだめだ。抗えない。涙を。


「もういっそのこと、誰か私を殺してよ! そうして私をここから――――」


 こぼしてしまった。



「――――解放してよ!!!!」



 ――――――――――――――――。



 部屋に絶叫じみた泣き声が響き渡った。しばらく誰も動けなかった。

 子供のように身体を丸めて、床で震えるククを、誰も直視することができなかった。



 カロルを除いては。



「ククさん……お顔をあげてくれませんか」

 カロルがククの背中を擦る。ククはむずがる子供のようにイヤイヤと首を振る。

「ごめんなさい……クク、顔を上げて」

 カロルが『ギフト』を発動させた。ククが涙と鼻水でグシャグシャになった顔を上げる。

 そのククを、カロルがそっと抱きしめた。

「……お辛かったですね、ククさん」

「な、なん……! そんな、あ、あなたに、あなたのようなお嬢さんに、な、何が……」

「少しですけど、分かりますよ」

 そう言うとカロルは身を離し、ククの若草色の瞳を覗き込んだ。

「私も父を殺されたんです。目の前で」

「えっ」

「父は、大きな陰謀に巻き込まれてしまい、そこから逃げようとしたんですが……暗殺者からは逃げられず……その際、姉のように慕っていた使用人も一緒に……」

 カロルは痛みを堪えるようにギュッと目を閉じ、顔を俯ける。

「父は私に遺言を遺しました。『鍵』を探せ、と……今日こうやってここに乗り込んだのも、それが目的です。もしかしたらその『鍵』があるかも知れないと思って……」

 そう言うとカロルは顔を上げ、ニコリと微笑んだ。

「どうです? ……少し似てるでしょ? 私達」

「……」

「ククさんは」

「え」



「何を望んでいますか?」



 カロルの言葉にククは混乱する。私の、望み?

「……さっきも言ったように……いっそ死にたいと」

「ちょっと言葉が足りませんでしたね」

 カロルが粘り強く語りかける。

「ククさんはさきほどから、『できない』ことばかりをしゃべっています」

「……」

「ですが、ククさんが本当に『したい』ことについては、まだ教えてもらっていません」

 本当は、もう分かっているのだが。



「ククさんに、もしもその力があったとしたら、本当にしたいことはなんですか?」



「私に……力が……」

 ククの頭にその言葉が染み渡ると、ククの中の何かがグツグツと煮えだした。

 蓋を閉めて、見ないふりをしていた何かが。


「……妹を、助けたいです」

 声は、震えなかった。

「ウォムロを倒して、敵を討ちたいです」

 拳に、力がこもった。

「マティアスとローザをぶっ飛ばして、自由になりたいです!!」

 ククの瞳に、光が戻った。



「そうして、自分の運命に、ざまぁみろって言ってやりたいですっ!!」



 いつの間にか涙は止まっていた。

 言葉に出して、ようやく認識できた。

 これが私の、本当の望み。



「言ってやりましょう、ククさん」

 カロルが言った。

「私も自分の運命に、ざまぁみろって言ってやりたいです」

 そういって微笑む。

「まずは目の前の……マティアスを、一緒にぶっ飛ばしましょう」

 そう言ってカロルはククに手を差し伸べた。


 ククはカロルの手をじっと見つめた。

 ずっと待ち望んでいた手。

 ククを暗闇から連れ出してくれる手。

 ずっと待ち望んで……得られることの無かった手。


 それが今、目の前に。


 ククは手の甲で涙をグイと拭い、大きく息を吸った。

「…………はい…………!」

 ククがカロルの手を取った。


・作者twitter

https://twitter.com/hiro_utamaru2


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― 新着の感想 ―
[良い点] 熱゛い゛ッ!!!!! ものすごく胸が熱くなりました!!!!! この回でククの回想シーンが閉じられましたが、キャラクターに限らず、人それぞれの人生とは並ならぬ苦労と共にあるのだと実感しました…
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