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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第2章 エルフの女
37/99

温かい手 上

 私には妹がいる。名前はルル。15歳下で、私にとてもよく似ていた。双子のようにそっくりだったため、いつも村のお婆さん達に「おやまぁ、小さいククちゃん!」とからかわれていた。その度に「ルルだよ!」と訂正してはぷりぷりと怒る姿がとても可愛らしく、お婆さん達はコロコロと笑っては、懲りずにまたからかうのであった。

 私もそんな妹のことをとても可愛がった。小さいおててで一生懸命花かんむりをこさえて、寝ている人に毛布をかけるように、そっと私の頭に乗せるルルを見ていると、なんだか胸の内側がとてもくすぐったくて堪らない気持ちになって、思わずギュッと抱きしめてしまう。きゃあきゃあと笑いながら抱きしめ返すルルが温かくて、帰宅する間、ずっとその体温が残っていたことを今でも覚えている。

「私とルル、それに私の両親も、互いに互いを深く思いやり、愛していました」

 遊び疲れて家に帰った時、家の扉を開くと、ぬるいミルクのような空気が肌をなでて、ママが「おかえり」と笑顔で言ってくれる、その瞬間がとても好きだった。

 たまにパパが早く家に帰ってきていて、「今日は何して遊んだんだ?」と言いながら、私とルルの頭を撫でてくれる、その感触がとても好きだった。



「私の家は先祖代々エルフの神官の家系で、父と母もやはり神官を務めていました。といっても、宗教的祭儀としてはやることはそう多くなく、どちらかと言えば村の相談役といった色彩が強いものでしたが……」

 パパとママが村の人に尊敬され、愛されている姿を見るのが好きだった。

 村の人の相談事を聞いたり、喧嘩を仲裁したり、子どもたちに勉強を教えたりする、その頼もしい姿が好きだった。そして、宗教的儀式を厳かに執り行うパパとママは、いつもの優しい雰囲気とは打って変わって凛とした空気を纏っていて、私とルルはその姿を見ているとなんだかむずむずと誇らしい気分になって、お互い顔を見合わせてはクスクスと笑うのだった。

「エルフの宗教は精霊崇拝です。この世のあらゆる物に精霊が宿り、それが生気を賦活する、という世界観です。そのため、精霊の力が強く宿っていると思われる物、つまり、歴史のある物や畏敬の念を抱かせるような物、そういう物を大切に祀り崇拝する、というのが一般的な信仰の形でした。そして、各神官の家には崇拝の対象となる物がそれぞれあって、私の家の場合、それはペンダントでした」

 それは普段は礼拝堂の地下に秘されており、滅多なことでは外へと出されることは無かった。

 子供の頃に、それは一体どんなものなのか、パパに聞いたことがある。

「これはね、首にかけると相手の考えてることがわかっちゃう、とっても凄い物なんだ」

「考えてることが?」

 パパが私を地下に連れて行って、そのペンダントを見せてくれた。ペンダントというには少し大きめで、どちらかと言えば首飾りと言ったほうがしっくりくる。鈍く光る金属製で、裏側には宝石が散りばめられていた。歴史的価値を抜きにしても高価そうな物だった。

「そう。だからククがもしも悪いことをして、その事を隠しちゃっても、パパにはすぐに分かるんだからね」

 そうやってパパがたしなめるように笑うのを、私はどこか落ち着かない気分で聞いていた。「クク、そんなことしないもん」と上目遣いに言うと、「うん、知ってる」って言いながらパパが頭を撫でてくれたことを覚えている。

 後日、ルルを連れて、パパには内緒でこっそりと地下に忍び込んだ。ルルにペンダントを見せながら、しかつめらしい顔を作って、ルルに向かって厳かに教えを説いた。

「ルルが悪いことしたら、これで見破っちゃうんだからね!」

「ルル、そんなことしないもん!」

 ルルはぴょんぴょんと両足で飛び跳ねながら抗議した。

「本当かなぁ? じゃあ、これでルルの考えてること覗いてみても、ルルは大丈夫なんだよね?」

「ルル、悪いことなんて考えてないもん!!」

 ルルは心外だとばかりにパタパタと地団駄を踏んでいたが、一方の私は、初めて使ってみるペンダントに、少しドキドキしていた。首にかけたチェーンの冷たさと、ぶら下げたときのずっしりとした重みに、少しばかり身の震える思いだった。

 かけてみたは良いが、この後どうして良いか分からないな、と少し戸惑っていると、不意にもやもやとした苛立ちのような感情が流れ込んできた。「えっ!?」と私は驚きの声を上げる。

「どうしたのお姉ちゃん?」

 突然奇声を発した私を、ルルがキョトンとした顔で覗き込んできた。すると先程の苛立ちがストンと消えて、代わりに困惑するような気持ちが立ち上がった。これはもしや。

「ルル、なにか考えてみて」

「なにかって、なにを?」

「なんでもいいから」

 そういうと、ルルはうーん、うーんと悩んだ後、「考えた!」と声を上げた。すると、私の胸中に、あるイメージが湧いてきて……。

「ルル、ママのシチューのこと考えてたでしょ?」

「えっ! どうして分かったの!?」

 やはり。先程の苛立ちや困惑の感情は、ルルの感じていた感情なんだ。それをこのネックレスが受け取って、私の中にそれを流したんだ。そう気づいた。ネックレスの力は本物だった。

 勿論、この出来事は後でパパにバレて、こっぴどく叱られた。



「そんな何処にでもある他愛もない日常が、このままずっと続くものだと思っていました。……何年か後に、あの事件が起きるまでは」

 ククは胸が締め付けられるような感覚を覚え、襟元をギュッと掴んだ。

「私の村にはウォムロという、私と同年代の若い男がいました。この男の身体は華奢な作りで、髪も長く、しかるべき格好をすれば女性に間違えられてもおかしくないような、中性的な見た目の男でした。一見貧弱そうで、虫も殺さないように見えるこの男を、村のものは不気味がり、ひどく恐れていました。と言っても、派手に何かをするわけではありませんでした。むしろ何もしてこないことが却って不気味だったと言うか……。」

 ククはウォムロのことを思い出しながら語る。その男を思い出すだけで、頭の中が汚されるような不快感を覚える。真っ白いキャンパスにこぼれた、一滴のインクのような違和感を感じる男。

「この男はいつでも他人を観察しているのです。酔っ払いの喧嘩。トラブルによる口論。恋人たちの逢瀬。子どもたちの遊び。何らかの事故。結婚式。葬式。……そういう時にふと周りを見渡すと、この男が居るんです。にやにやと薄い笑みを浮かべながら。……特に気味が悪かったのは、目です。この男の瞳は、到底、生き物の瞳には見えないと言うか……なんというか、ぽっかりと空いた穴のような……。底知れぬ井戸のような……。そんな昏い目で、何が可笑しいのか分からない笑みでこちらをじっと見ているんです。……それを思い出すだけで、今でも底冷えのするような心地がします」

 この男の歩くそばから、人々が黙り込み、こそこそと何処かへ逃げるように去っていく。小鳥達は飛び去り、犬は尻尾を丸める。この男がその場にいる、それだけで空気が重たくなるような、不吉な雰囲気をまとわりつかせる男だった

「子供の頃に、ウォムロが川に居るのを見かけたので、声をかけようとしたことがありました」



 私はウォムロが村の大人たちから気味悪がられていることを知ってはいたが、それまで話したり遊んだりしたことがなく、きっと大人たちの考えすぎだろうくらいの気軽な気持ちで、川縁のウォムロに近づいた。

 しかしウォムロのしていることを目撃して、私はその場に固まってしまった。



 ウォムロはウサギの耳を掴んで、溺れるか溺れないかの水面ぎりぎりのところにウサギをぶら下げていた。



 楽しいのか楽しくないのか、曖昧な薄笑いで「こいつは、まぁまぁ頑張るな」と呟いているウォムロの姿は決して忘れられない。私はその時、生まれて初めてウサギの叫び声を聞いた。

 やがてウサギはぐったりとして、川の流れに身を任せるようになった。

 ウォムロはその姿に鼻白み、ウサギの耳を手放した。ウサギはゆっくりと沈みながら川下へ流れていく。

 ウォムロは膝を払いながら立ち上がると、そこで初めて私が居ることに気づいたようだった。

 そうして、ニィ、と口元を三日月のような形に歪め、無言でそこに立ち尽くした。28歳の幼い少年が浮かべるものとは到底思えない、邪悪な笑みだった。

 私は恐ろしさのあまり、その場から逃げ出した。

 大人になった今でも、ウサギと三日月が少し苦手だ。



「腹の底から恐ろしいと思わせるやつでしたが、特に大きな事件を起こすわけでもないため、村の皆はそいつから距離をとって放置するだけでした。その後も、しばらくは平和な日々を過ごしていました。しかし、ある日突然、ウォムロは」

 ククはそこまで言葉を継ぐと、ぶるりと身体を震わせた。

「村の者を皆殺しにしたのです――」



 身を焦がすような熱気に包まれた。木製の柱が爆ぜて、火の粉が舞い散る。

 辺り一面を轟々と音を立てて炎が包んでいる。熱気で空気が揺らめき、皮肉にも水の中にいるかのような錯覚を覚える。まさに火の海だ。

 炎に包まれた我が家。その一室に、ククはいた。

「パパ! ママ! ルル!!」

 ククが叫ぶと、ゲホッゲホッ、と咳き込む声が隣の部屋から聞こえてきた。壁はとうに焼けて無くなっていたが、その代わり焼け落ちた天井の梁が部屋の行き来を妨げていた。三人は梁の向こう側にいる。

「クク、ククは無事なの!!」

「私は無事よ、ママ!! そっちは!?」

「パパとママは無事だ! だけどルルが煙を吸い込んで倒れたまま、目を覚まさない!!」

「ルルが!?」

「ククも煙を吸い込まないよう、気を付けなさい!! こっちは部屋から出られそうにないが、そっちはどうなんだクク!!」

 パパの言葉に、私は辺りを見回した。

「一箇所だけ、火が薄い所がある!! そこからなら、なんとか出れそうかも!!」

「そうか……」

 パパが何かを考え込むような声色で呟いた。ママとも何かを話しているようだ。

「クク、いいか。よくパパの言うことを聞きなさい。今からルルをそちらに投げる。ルルを抱きとめたら、そのままその火の薄いところから、外へ逃げなさい」

「えっ」

「ルルだけならそちらに送れるだろう」

 天井の梁が二つの部屋を遮っていたが、上の方に人ひとり分なら通り抜けられそうな場所があった。

「ルルだけって……パパとママは!?」

「行くぞ! しっかり受け止めろクク!!」

 パパは私の言葉を無視した。

「「せー、っの!!」」

 パパとママが掛け声を合わせた。その途端、梁の隙間からルルが放り込まれ、私は慌てて風の力で妹を受け止める。

「受け止めたよ!! パパとママも早くっ!!」

 その時、天井の方からミシリという嫌な音が響いた。

「クク、ルル、強く生きるんだぞ」

「必ず、幸せになってね」

 パパとママの落ち着いた声が、この炎の轟音の中、なぜかくっきりと聞こえる。天井がバキバキと音を立て始めた。

「パパ!! ママ!! 早くっっ!!!」



 そう私が絶叫した時、天井が焼け落ちた。激しい音を立て、炎が吹き上がり、一瞬視界を遮られてから目を開くと、パパとママの居るであろう部屋が跡形も無く押し潰されていた。



 私は喉が千切れるかのような悲鳴を上げた。



「……その後、私はルルを救わなくてはの一心で、ギクシャクする重たい足をなんとか動かして我が家から脱出しました。……そして、脱出した先も、また地獄でした」



 村が燃えている。何もかもが赤く染まっている。

 時折、木の爆ぜる音がする。煙が何か恐ろしい怪物のように、むくむくと空を覆う。

 藁の焼ける匂い。草木の焼ける匂い。石の焼ける匂い。



 人間の焼ける匂い。



 逃げられない家畜達がこの世のものとは思えない叫び声をあげる。

 火だるまになった人間が、絶叫しながらひっくり返った虫のように痙攣している。

 村の大広場は地獄の中心。



 そこにウォムロは立っていた。

・作者twitter

https://twitter.com/hiro_utamaru2


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