囚われの身
倉庫の前では数名の見張りが集まり、紙巻きタバコを吹かしながら、とりとめのない雑談に興じていた。
「あとどのくらいかかるのかねぇ? いい加減退屈だぜ」
「さぁな。まぁ、そんなにはかからねぇだろ」
「はぁ、早く酒が飲みてぇ……」
そのように暇を持て余してると、一人の男が「おや?」という顔をした。
「おい……なんかうるさくないか?」
「何が?」
「いや、あっちの方だけどよ」
とその男が脇道の方に指を差すと、確かに何か、大勢の者が騒ぐような声が聞こえてきた。
「ちっ、酔っぱらいか?」
と一人が様子を見に、横道を覗き込むと、何かを見つけて、慌てるように他の者の下へと戻ってきた。
「おいおいおい! なんかすげぇ大勢の野郎どもがこっちに走ってくるぜ!」
「なんだって!?」
見張り達が身構えていると、やがて地響きのような足音を立てながら、建物の角から酒場客達が躍り出てきた。
「おらぁぁぁああああ!!」
「てめぇら覚悟しろやぁ!!」
「エリクとトニオを返しやがれぇっ!!」
「なんだなんだ!?」
「カチコミだ!! お頭へ知らせろぉ!!」
見張り達が慌てながら臨戦態勢を整えようとするが、それよりも早く、雪崩のように酒場客達が見張りを蹴散らす。
ピィィィイイイイイッ!! ピィィィイイイイイッ!!
見張りの一人が逃げながら笛を吹くと、倉庫の扉が内開きに少しだけ開き、一味の男がこちらに顔を覗かせた。
「なんだぁ、この騒ぎは!?」
「カチコミだ! お頭に伝え……ぐぶっ!!」
建物の中に居た者に叫び返した見張りが、誰かに殴り飛ばされる。それを見た男がぎょっとし、慌てて扉を閉めようとする。
その瞬間、大きな水弾が扉に当たり、鉄を叩くような大きな音が響く。扉を押さえようとした者が吹き飛ばされ、扉が大開きになった。
「ハッハー、見たか!? 俺様の大砲をよぉ!!」
ダントンが両手を上げて勝ち誇る。
「よくやったぜダントン!」
「あたぼうよ!! これだけで樽一個分の水使っちまったけどな!!」
声をかける酒場客にダントンが答える。カルロスが拳を振り上げ、大声をあげながら倉庫へと入る。
「出てきやがれマティアス!! エリクとトニオを返しやがれっ!!」
「敵だ! 敵襲っ!! お頭と姐さんに伝えろぉ!!」
倉庫の中には酒場客たちと同じくらいの数の一味が居た。カルロスやヤッカが飛びかかり、倉庫の中で乱闘が始まる。
その時カロルは外から建物を見上げ、アレンの姿を確認できないことを知った。倉庫内に急いで入り、辺りを見渡す。
「アレンはどこに……!? エリクさんとトニオさんも……!」
その時、倉庫の片隅にあった地下への階段から数名のチンピラが顔を覗かせた。
「おい、敵襲だ!! さっき捉えた奴らの仲間かもしれねぇ!! 奴らの部屋の前を固めろ!」
「なんで!? 別にいいだろあんな奴ら!」
「バカ! 奴らをまんまと逃しちまったらお頭と姐さんに何されるかわかんねぇだろ! それに警察に駆け込まれたら面倒になるだろうが、この脳無し!! いいからさっさとしろ!」
一人の男が指図すると、それを聞いた別の男が顔を青ざめさせながら急いで階下へ下りていく。
「エリクさん達は地下に……?」
カロルが地下への階段を見つめていると、階段に居た男たちがこちらへと走ってくる。カロルが身の危険を感じ、後退りすると。
「ぐわぁっ!」「うごっ!」
カルロスが先頭の男にタックルをし、体勢が崩れたところをダントンの水弾が吹き飛ばす。
「カルロスさん! ダントンさん!」
「大丈夫かぁ嬢ちゃん!! 危ねぇんだから下がってな!!」
ダントンが不敵な笑みを浮かべ格好をつける。
「シャロンさん、ここは俺たちに任せてくれ。エリクとトニオのことで、お嬢さんを危険な目にあわせるわけにはいかねぇ」
カルロスが言うが、カロルは首を振った。
「いいえ、皆さんをここまで連れてきたのは私の責任です。私も一緒に!」
「おいおいおい! 俺たちをここへ来させたのは嬢ちゃんじゃなくてエリクのバカだろうが!! 嬢ちゃんが責任感じる必要なんて少しも無ぇだろ!」
「ダントンの言う通りだ。俺たちの問題でシャロンさんを巻き込むわけにはいかねぇ。ゴードンさんにも申し訳が立たん」
ダントンとカルロスがそう諭すが、カロルは頑として首を振る。
「いえ、私の問題にエリクさんを巻き込んでしまったのですから、大元はやはり私の責任です。それにアレンの姿が見えないんです。もしかしたら一緒に捕まってることも……」
「いや、しかしだな! それだってエリクが自分で決めたことなわけで……」
「エリクさんとトニオさんは私達を助けてくれました。アレンも私の事をいつも助けてくれています。だから今度は私が皆を助けたいのです!」
カロルの瞳に宿る強い決意の光に、ダントンは何も言えなくなる。頭をポリポリと掻き、カルロスの方を見る。
「……分かった、シャロンさん。一緒に来てくれ。ダントン、俺が先に行くから、お前が後ろを守ってくれ」
「ばかやろう、おめぇ右腕一本だろうが! 俺が先に行く!」
ダントンがカルロスの無茶を糾弾すると、カルロスは左腕を吊っていた布を外す。左手を握ったり開いたりしながら具合を確認する。
「……大丈夫だ。多少痛ぇが、腕は動く」
「どっちにしろ無茶してんだろうがアホたれ!! 多少なわけねぇだろ、タコ!!」
「……すみません、ありがとうございます、お二人共」
カロルがそう言ってダントン、カルロスの手をとる。ダントンは「ケッ! よせやい、ケツが痒くなる」と言い放ってぽりぽりと頬を掻く。どうやら照れ隠しのようだ。
「……よし、行くぞっ!」
そう言ってカルロスが階段を駆け下りていく。
「あーっ、先行きやがって! 俺たちも行くぜ嬢ちゃん!!」
「は、はい!」
ダントンに促され、カロルもカルロスを追って階段へと向かった。
階段を降りた先は廊下になっていた。それほど長くない廊下の先は行き止まりになっており、途中右側で別の廊下とつながっていた。手前と奥側に扉が一つずつ見える。どうやらここは倉庫番のための宿直スペースになっているらしい。
廊下の先では既にカルロスが一味の連中と戦っている最中だった。一味の者が3人ほど、手に武器を持って応戦している。カルロスはいっぺんに襲いかかられないよう、手狭な廊下や曲がり角を上手く利用して相手の攻撃を限定しているようだ。
「おら、死ねっ、クソ野郎!!」
ダントンがチンピラのような言葉を吐きながら水弾を飛ばすと、二人ほどが吹き飛ばされ昏倒する。カルロスが残る一人を殴り飛ばし気絶させた。
「へっへぇ、やったかよ!?」
ダントンがどたどたとカルロスの下へ駆けていくと。
その後ろで扉が開いた。
「ダントンさん、伏せてっ!!」
カロルが叫ぶと、ダントンは転ぶような勢いで床に伏せた。ダントンが勝手に伏せた自分の身体に驚く暇もなく。
その頭上を鉄パイプが横切り、壁をガンと打ち据える。
「ちっ! 避けやがったか!!」
扉の奥から二人の男が飛び出してきた。一人がダントンに追撃を加えようとすると、カルロスがダントンを守るように前に飛び出し、鉄パイプの攻撃を左腕で受ける。その痛みに顔を歪める。
「ぐうっ!! ……ぬぉぉぉおおおおおっ!!」
カルロスが右腕を振り抜き、男を殴り飛ばし昏倒させる。
「なんだぁ、この女は!? お前も襲撃者か!?」
「きゃあっ!!」
もう一人の男がカロルの下へ襲いかかる。
「しゃらくせぇ!!」
ダントンが水弾を男へと飛ばす。水弾に吹き飛ばされ、壁にぶつかると、男はそのままぐったりする。
「バカ! やっぱ危ねぇだろうが!!」
「すみません、ありがとうございます!」
「……二人だけだったようだな。エリクやトニオもこの部屋にゃいねぇ」
カルロスが、男たちが飛び出て来た扉を覗きながら告げる。
「やっぱ戻れよ嬢ちゃん! こんなところにいるのは危ねぇって!!」
「……いや、ここはそう広い場所じゃねぇ。居たとしてもあと1人、2人くらいだろ。だったら上に戻るより、こっちの方が安全だ」
ダントンの言葉にカルロスが返す。地上階からは未だに乱闘騒ぎが聞こえる。
「早く調べっちまおう」
カルロスがそう言って、廊下の奥まで行き、扉を開く。
「……ここはキッチンだな。誰もいねぇ」
「お? キッチンだって!?」
その言葉にダントンが反応し、いそいそと奥の部屋に向かう。
「もうそろそろ水が足りなくなりそうだったんだ、へへっ! ちょうどいいぜ! 日頃良い行いをしてるとこういう時に神様は助けてくれるってなぁ!」
ダントンがキッチンに行き蛇口をひねると、その水流がうねるようにダントンの頭上に吸い上げられ、渦巻くように水球が形作られた。
「……よしっ! こんなもんだろ。男ダントン、百万馬力ってなぁ!」
「そいつぁ、良かったな」
ダントンが水を補充している間、戸口に立って警戒していたカルロスが答える。
「この騒ぎでも出てこねぇところを見ると、地下にはもう敵はいねぇようだな。エリクとトニオを探すぞ」
別の廊下へと曲がると、廊下の奥に二つの扉があった。
「ダントン、お前は左側を頼む。俺は右側だ。シャロンさん、後ろの警戒を頼む」
「よっしゃ、任せろ!」
「分かりました!」
ダントンが左側の扉に向かい、カルロスが右側へと急ぐ。カロルは敵に急襲されないよう、いま来た廊下の方を見張る。
「……うぇ! こっちはトイレだ!」
「こっちは鍵がかかってるな」
ダントンが扉を開けて、その悪臭に顔をしかめる。カルロスは扉を引いてみて鍵がかかっていることを確認する。カルロスが扉に耳を押し当て、中の物音を探ろうとする。
「……なにも聞こえねぇが……」
カルロスは物音が聞こえないことを確認すると、ドアをドンドンと叩いた。
「おい! 誰かいるか!? エリク! トニオ!」
カルロスがそう叫ぶと、部屋の中から声が聞こえてきた。
「おい、この声は熊野郎の声か!?」
「エリク! エリク! そこに居るんだな!!」
「おう、ここにいる! トニオも一緒だ!」
「よし! 今助けるからそこで待ってろ!!」
カルロスがそう言うと、ダントンを促し、扉へ体当たりを始めた。何度目かの体当たりの末、扉の蝶番が壊れ、二人が床へと倒れ込む。
「熊の旦那! ダントンまで!」
「おう、このクソ野郎! ボケナス! アホ! 間抜け! 犬っころ!」
「い、言い過ぎだろダントン……」
「いくら言っても言い過ぎなんてことあるか、このトンマが!!」
ダントンがエリクに怒りをぶつけている間、カルロスがトニオの下へ向かう。
「トニオ……」
「カルロスさん……」
カルロスがトニオの縄を解き始めた。
「……これで分かったろ。お前の踏み込んでる場所が如何に暗い場所かってことがな」
「……」
「今日は運良くお前を見つけることができたが、次があったらどうなるか分からねぇ。誰も知らないうちに河の底に沈んでも誰も気づいてやれねぇ」
「……ごめん、なさいぃ……」
トニオがカルロスの言葉に涙を流し、しゃくりあげた。
「これに懲りたら、もうこんな世界からは足を洗え」
「……ぐすっ、ぐすっ……はい……」
カルロスがトニオの頭に手を乗せると、トニオは声を上げて泣き始めた。
「なぁ……俺の縄も……」
エリクが弱々しくそう言うと、ダントンが唾を吐く真似をした。
「けっ! てめぇはもうちっと反省してろバカ。……ところで、この女は誰だ?」
ダントンは先程から身じろぎ一つしないククを見ながらエリクに質問した。
「なんだかよく分かんねぇんだが、どうやら一味に裏切られた? みたいで一緒にここへ放り込まれた」
「なんだってぇ? 一味の仲間だぁ??」
ダントンが目を眇めながらククを見下ろす。ククはちらとダントンに目を向けると、またそっぽを向いた。
「あれ? ククさん?!」
その時、扉で敵が来るのを警戒していたカロルがククの存在に気づき、そばへと駆け寄ってきた。ククもカロルを認めて目を大きく見開いた。
「貴女は……あの時の……?」
「なんだぁ? 嬢ちゃん、知り合いなのか?」
「ええ、ちょっとご縁があって……。ククさん、一体どうしてこんなことに?」
そばに座り込みながら尋ねるカロルに、ククがやさぐれた笑みを返した。
「どうしてこんなことに、ですか……。そんなの私が聞きたいくらいですよ」
「何があったんです?」
「別に……。マティアス達に馬車馬のごとくこき使われて、用済みになったら『処理』される……っていう良くある間抜けな話ですよ」
「そんな……」
カロルはショックを受けたように口元を押さえる。それを淀んだ目で眺めたククは、脱力したかのように床に頭を落とす。
「すみませんね、貴女にもご迷惑をかけて……。私はこの通り、河の藻屑に消えるか、牢獄のカビになるか、どちらにせよ報いを受けることになりそうです。このまま放っておいてください」
「……なぜそんなにやけっぱちなのですか? 助かりたくは無いのですか?」
その言葉にピクリとククが反応した。
「助かりたくないか……?」
ククはカロルを睨みつけた。
「そりゃ、助かりたいですよ……助かりたくないわけ無いでしょう! でも、誰が助けてくれるっていうんです!?」
ククはカロルの言葉の何かが癪に触ったのか、唐突に怒りをぶち撒け始めた。
「私が勝手にマティアス一味と接触して、それで捕まって奴らの手伝いをさせられ、挙句の果てにこのザマですよ!! 自業自得ですよ、全部っ!! そんな間抜けな下っ端未満のクソエルフを誰が助けるって言うんですか!?」
「……手伝いをさせられていたのですか? 強制的に? 自分の意志ではなく?」
カロルが問うと、ククは荒い呼吸の中に「そうですよ」という言葉を挟んだ。
「私の身体にはローザっていう女の操る蛇が這いずり回ってるんですよ……。気色の悪いこの蛇は、私が反抗するとすぐに首を締めてくるんです。『ギフト』で作られたこの蛇は入れ墨のように肌と同化しているので、剥ぎ取ることもできません。ローザを殺そうとしても蛇が邪魔をするのでそれも叶いません。もうどうしようも無いんですよ」
ククが怒りのような、諦念のような、複雑な思いを声に乗せ語り終えると、それきり沈黙した。薄暗い部屋が静寂に包まれる。ダントンも、カルロスも、カルロスによって縄を解かれたトニオとエリクも、ククを見つめて黙っている。
するとカロルが無言でククの縄を解き始めた。ククがカロルに怪訝な顔を向ける。
「……なんのつもりです?」
「少し待ってください」
カロルは端的に返事し、黙々と縄を解く作業に集中する。
やがて縄が解かれると、ククは上半身を起こし、調子を確かめるかのように手首を握る。
「……ククさん、よければ話してくれませんか? なぜマティアス一味に接触したのですか?」
「そんなこと知ってどうするんです? あなたには関係のないことでしょう」
「確かに関係は無いんですけど……事情によってはククさんの助けになれるかも」
その言葉を聞いて、ククは鼻で笑う。
「そんなこと出来るわけないでしょ」
「聞いてみなければ分かりませんよ。出来るか出来ないかはその後でしか判断できません」
カロルが強い目線でやり返すと、ククは、うっ、と詰まった表情をする。
ククはそれから少し悩んだ。
そして、「少し長くなりますよ」と前置きを置いてから、静かに語り始めた。
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