錯綜3
「じゃあ、トニオとエリクのバカがマティアス一味に捕まっちまったってのか!?」
カロルはマティアスとボードリヤールの秘密取引と、第24番倉庫で起こった事の顛末を全て話した。ダントンが頭を抱えながら叫んだ。
「私はエリクさんに言われて、それを伝えに……応援を呼びに……」
「あんのバカ野郎が!!」
ダントンが近くにあったテーブルをドンと叩き、怒りを露わにする。
「エリクさん、ちょっと思いつめてるところあったからなぁ……」
ヤッカがエリクの様子を思い出しながら、深刻な表情を浮かべる。
「すみません警察を……警察を呼んで頂けますか!?」
カロルは震えながら声をあげる。早くしないと二人の命が危ない。
「警察はここから遠いな。人の脚じゃ、早くても20分はかかっちまう……おい、その辺に馬車はいるか!?」
カルロスが店の入口近くの客たちに声をかける。
「いや! 全然いねぇ!!」
「だろうな……」
カルロスが頭をふる。
「そんな……」
カロルが絶望の予感を感じ、その眼尻から涙をこぼし始めた。
「シャロンのお嬢さん気をしっかり……」
ヤッカが声をかける。その時、あっとカロルが閃いた。
「私達が乗ってきた馬が宿にいます! その馬に乗れば少しは早く着きませんか!?」
「それだ!!」
カルロスが声をあげる。
「おい誰か、馬に乗れるものはいるか!? いたら、警察を呼んできてくれ!!」
「私乗れます!! 私が呼んできます!!」
ブルデューが名乗りを上げた。
「頼む!」
カルロスの返事を待つまでもなく、ブルデューが客たちを掻き分けて、店の外へと駆け出していく。
「俺たちはどうする!?」
ダントンが大声をあげる。
「警察呼びに行ってからそいつら連れて戻ってくるのも、結構な時間かかっちまうぞ!? その間にあいつらが無事で居る保証もねぇ!!」
「こうなったら」
カルロスが何かを決意するかのような表情をする。
「俺が行って乗り込む」
カルロスが巌しい顔つきで、単体、乗りこむことを宣言する。
「カルロス、てめぇバカ野郎! 何言ってやがんだ!!」
「そうです、危険です!!」
ダントンとカロルが叫ぶ。ヤッカもカルロスを宥めるように声をかける。
「まってまってまって、カルロスさん! 流石に一人は!」
「だが実際二人が危ねぇのは確かだ。警察へ行って連れて戻ってくるより、マティアスん所乗りこむほうが早ぇ」
「そうは言っても!」
「なに、俺は市民紛争と、戦争と、二度危ない橋を渡ってんだ。マティアスの野郎なんざ屁でもねぇ」
カルロスは腕を掴み引き留めようとするヤッカを振り払うようにして、店を出て行こうとする。
「待て、ちょっと待て! だったら俺らも行けばいいじゃねぇかよ!!」
ダントンがカルロスに待ったをかける。
「だってそうだろ! ブルデューが警察連れて来るってんなら、俺らはその間の時間稼ぎだけすりゃいいじゃねぇか!! 警察もその混乱に乗じて、首尾よくマティアスを捕まえられたら皆万々歳じゃねぇか!!」
「おい、そりゃ……」
ダントンが思いつきを喋り、カルロスが何かを言いかけるが、ダントンの言葉に周りの客たちが色めき立つ。
「そうだよ! そうすりゃいいじゃねぇか!!」
「時間稼ぎったって、たかが30分、40分の話だろ!? この場に居る奴らで乗り込みゃ、なんとかなるんじゃねぇか!?」
「いけるぞ、これ!」
周りの客たちもダントンの言葉に乗り気になる。
「てめぇら、よせ!! 危険を被るのは俺一人で十分だ!!」
「バカ! お前ぇ、その腕でどうやって一味とやり合うつもりだ!!」
カルロスが皆を止めようとして、ダントンにどやされる。カルロスは未だに左腕を吊っている。
「そもそも一番のバカはエリクとトニオの野郎だ! 特にトニオ!! あいつはこの俺がげんこつ落としてやらにゃ気がすまねぇぜ!!」
まわりの客からも、そうだ、そうだ!との声が上がる。
「カルロスさん……」
ヤッカがカルロスの出方を待つように声をかける。不意に皆が口を閉ざし、静かになる。
客たちの中心に立ち、静かに考えていたカルロスが、意を決するように顔をあげる。
「……わかった。こうなったらこの街に住む俺たちの意地、奴らに見せつけてやろう」
カルロスが宣言した。
「時間かせぐだけじゃねぇ! こうなったら奴らをぶっ潰すつもりで乗り込んでやろうじゃねぇか!! お前ら! 奴らに目に物を見せてやるぞ!!」
「おおおおおおおおおっ!!」
カルロスの檄に皆が呼応する。
「皆さん、でも、本当に危ないですよ!?」
「シャロンのお嬢さん、気に病むな。これは俺たちの意地の問題でもあるんだ。エリクとトニオの件はきっかけに過ぎねぇ。こうなった以上、奴らに一泡吹かせてやらないと気がすまないんだ」
カルロスがカロルの肩に手をかけながら、カロルに声をかける。
「いくぞっ、野郎ども!」
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
夜のヴィースに男たちの鬨の声が響き渡った。
「いててててて!!」
「てめぇらはこの中で大人しくしてろ」
縄で縛られたエリクとトニオが倉庫内の小部屋に放り込まれる。一味の男が扉を閉めると、ドアについた明かり取りの窓から差し込む光以外は、暗闇に沈んでしまう。
「くそっ、やっぱこうなったか……」
エリクが放り込まれた体勢のままぼやく。
「エリク、ごめん……ごめん……」
トニオが泣きながらエリクに謝罪の言葉を述べる。
「本当だぜ! ったくよぉ……そもそもなんだってこんなところに居たんだ」
「俺、あの兄ちゃん姉ちゃんがマティアス一味に接触するの、なんとなく分かってたから、この数日ずっと二人を張ってて……きっといいネタになると思って」
「バカ野郎が。いくら飯のタネっつっても限度があるだろ」
「ごめん……ごめんなさい……」
トニオがしゃくりあげながら涙をこぼす。
「あーあ……でもバカ野郎は俺も同じか。俺の『ギフト』はくそみてぇな『ギフト』で、無職になっては飲んだくれて、再就職したと思ったらこのざまか。ケチしかついてねぇ人生だったなあ。……かみさんはなんて思うんだろうなぁ……」
エリクが妻のことを思いながら呟く。
「お嬢さんには助けを呼びに行ってもらったものの、きっと警察呼んでくるまで1時間くらいはかかるんだろうなぁ……その間に俺たち生きてっかな……」
「俺たち……どうなるんだろう?」
「さあなぁ。お前はどうかしらんが、俺はウイスキーしこたま飲まされて運河にでも突き落とされんかね……人生最後の酒は悪酔いしそうだな」
エリクが皮肉交じりに言う。
そのとき、部屋の外から足音がした。間もなく、二人が閉じ込められている小部屋の扉が開かれる。
「姐さんこいつらです」
「ふーん、このとっぽい奴らが」
そこにはローザが立っていた。後ろにはククも控えている。
「あんたら何者だい?」
「別に。ただのバカ野郎だが?」
「馬鹿なのは知ってるんだよ。何が目的で乗り込んできたの? 誰かに命令された?」
「てめぇら極悪人に鉄槌を下しにきた正義の十字軍さ。誰に命令されたかと言えば、そうさね、俺の魂にかな?」
エリクが自嘲めいた笑みを浮かべながら、不真面目な返答を繰り返す。
「なるほど」
ローザが片手をあげる。
「本物のバカのようだね」
ずぞぞぞっという不快な音とともにエリクに影の蛇が這い寄り、首を締め上げる。
「ぐっ……げぇ……」
「やめて! やめてよ!! エリクは何も悪くないんだ! 俺が巻き込んだだけなんだ!!」
トニオが叫ぶ。
「は? お前が巻き込んだから何? そいつはうちの一味に手を出したんだ。もう取り返しのつかないことをしてるんだよ、こいつは」
そう言うとローザはその手をおろした。エリクが呼吸を取り戻し、咳き込む。
「あんた何者だい?」
「……『情報屋』のトニオ……」
「『情報屋』? ……ああ、この街をちょろちょろ這いずり回ってるドブネズミね。へぇあんたがそうなんだ」
ローザがニヤリと笑う。
「今日はいろいろと面倒な奴をまとめて片付けられるいい日ね。……この愚図エルフも含めて」
「えっ?」
ローザの言葉にククが反応した瞬間。
ククが一味の男に背後から羽交い締めにされる。
「ぐっ! 何を!?」
「あんたももう」
ローザがククを横目に睨む。
「用済みなのさ」
ククは抵抗しようとするが、別の男に棒で頭を殴られる。
「うぐっ!」
ククはその場に倒れる。失神こそしなかったが、頭がぐらぐらと揺れ、まともに動けない。
「いまのうちに縛っちまいな」
ククの意識が朦朧としている間に、縄で縛り上げられてしまった。そのままエリク達と一緒の部屋にドサリと放り込まれる。
「『商談』が終わった時が、あんたたちの命も終わる時」
ローザは扉を閉めながら、ニィ、と笑う。
「せいぜい神に祈ってなさい」
扉がバタンと閉められる。部屋に暗闇が戻る。
エリクは何が起こったか分からなかった。このエルフの女……女の子か? は、一体。
「……おい、エルフの姉ちゃん」
エリクが声をかけるが返事がない。
「おい。……おい!」
「……なんですか、騒々しい」
ククがピクリとも動かぬまま返事をする。どうやら返事ができるまでにはなったらしい。
「お前、一味の仲間か? なんだって仲間に殴られて、その挙げ句拘束されてんだ?」
「……嫌味ですか? なんでそんなこと聞くんです?」
「いや気になるだろそりゃ……何かしでかしたのか?」
「……何かしでかすような気力があるなら、是非とも欲しいですよ」
そう言うとククがもぞりと動いて、エリクの方に顔を向けた。
「さっきもあの女が言ってたでしょ。用済みなんですよ、私。やる気も無くて、ドジってばかりなんでね。まぁ大体がわざとですが」
「あんた若く見えるが、いくつなんだ」
「57です。あなた方ヒトから見たらババアですよ」
「あー……」
「あー、じゃないでしょ」
それから少しの間沈黙した。
「エルフの姉ちゃん……もしかして俺たち会ったことある?」
トニオが唐突にククに声をかけた。
「……はぁ? 私はそんな覚え無いですけど」
ククがトニオの方を向く。
「……いや、やっぱり会ってるよ。半年くらい前に俺から情報を買わなかった?」
「情報?」
ククは記憶を探って、ようやく思い出した。
「ああ、あの時の情報屋さん……なんです、あなたも捕まっちゃったんですか」
「うん……深入りしすぎて」
「バカですねぇ。子供なのにそんな商売してるからですよ」
……深入りしすぎたバカは私も同じだけど。ククは心の中で呟いた。
「……姉ちゃん、マティアスのこと探ってたんじゃないの? どうして一味に? スパイ?」
「それを聞かないでください。あまりのバカさ加減に、自分に腹が立ちます。どうせ最後なら気分良く死なせてください」
その言葉でトニオは何も言えなくなった。また少しの沈黙が流れる。
「……おい、エルフの姉ちゃんよ」
「また質問ですか」
「いいじゃねぇか。こうしてると気が滅入るんだよ」
エリクが話しかける。
「もしかしてお前、物と位置を入れ替える? みたいな『ギフト』持ちのエルフじゃないのか?」
「……どうしてそれを?」
ククはエリクの方を向いた。
「やっぱりそうなのか! なあ、だったらここからその『ギフト』で出られないのか?」
エリクがククの質問には答えず、期待を込めて問いかける。
「……出れるなら、とっくに出てますよ」
ククがつまらなそうに答える。
「こうやって縛られてなければね。私が身につけてるものは一緒に移動してしまうんですよ。だから、ここで『ギフト』を使ったところで、縛られたままどうすることもできず、ただもう一度捕まるのを待つだけです。……それともあなた方、一縷の望みをかけて一緒に脱出してみます? 今日、ボードリヤールの移動用に使った棒があるんですけど、今それはボードリヤールの屋敷の方に届いてるはずです……いつもどおりなら。きっと私がこうやって捕まってるってことは、ボードリヤールも今日消される運命なんでしょうね。多分、その棒もどっかに捨てられちゃってますよ。それでも試してみますか? 移動先が運河とかじゃなければ良いですね」
ククがやけっぱちなセリフを吐くと、「そうか……」とエリクは落胆した。
「それより、さっきの質問に答えてくださいよ。なんで私の『ギフト』を知ったんです?」
「いや、今日マティアスとボードリヤールの取引があるってことを掴んだ奴がいてよ。そいつが取引の様子を伺うってんでここに来てたんだが、そいつから聞いたんだよ」
「はぁ? なんで私の『ギフト』や取引の事を知ってるんです? ……あなたが調べて伝えたんですか?」
そう言ってククがトニオに水を向ける。トニオは首を横に振る。
「マティアスの会社のことやボードリヤールの密会場所についてはタレこんだけど、それ以外については……」
「じゃあなんでそんなこと……」
その時、ククに閃きが走った。
「もしかして、その情報を売った相手は、黒髪の男と銀髪の女じゃありませんか?」
「え? う、うん。そうだよ」
トニオの肯定を耳にして、ククはこの前の追走劇を思い出した。あの二人なら、確かに私の能力を知っている……。
エリクがトニオの後を継ぐ。
「そいつが今日、ここに乗り込んでるんだよ。俺はそいつからアンタと今日の取引の話を聞いた」
「え!? ここに!? 私の話を!?」
ククはドキリとした。まさか。そんなはずは。
「な、なんで乗り込んできたんです?」
ククは意識にも上らぬような淡い期待をかけて質問した。
「うーん、なんか銀髪のお嬢さん……カロル、なんとかシャロンさんって言うんだが、そのお嬢さんがなんか探し物してるらしくてな。それが盗まれた品の中に無いかを探りに来たらしい。んで、黒髪の男はアレン・ゴードンさんっていうんだが、そのお嬢さんの付き人兼恋人で、そいつを取り返すのを手伝ってるらしい」
エリクが自分の知ってる限りの情報を伝えると、ククはしばらく頭をもたげていたが、やがてゴトリと床に頭を落とした。
「……そう、ですか……」
「……姉ちゃん?」
エリクが声をかけるが、ククはそれに答える気力がない。
……あーあ。やっぱりか。
そうだよね。そんなわけない。
見も知らぬエルフのスリ女を、わざわざ探しに来るわけなんかない。
期待なんかしなければよかった。希望なんか抱かなければよかった。
希望を抱かなければ、絶望することも無いのに。
ククは目を閉じて、意識の暗闇へと潜っていく。
何もない世界へ――。
「……ん?」
その時エリクが首を起こし、扉の方に目を向けた。
「どうしたのエリクさん?」
「いや……なんか」
トニオが問うと、エリクが不思議そうな顔をしながら答えた。
「外が騒がしいような……」
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