錯綜2
「あれは、トニオ!?」
にわかに下が騒がしくなったため、アレンが手すり越しに確認すると、路上でトニオが敵に捕まっているのが見えた。
「どういうことだ!?」
アレンが混乱しているとさらに。
「エリク!?」
エリクが雄叫びを上げながらマティアス一味に向かっていくのが見えた。エリクは何か手に握り込んだものを一発、マティアス一味のうちの一人に振り下ろすと、その男は昏倒した。そのまま他の連中と乱戦になるが、多勢に無勢。次第に追い込まれ、その場にうずくまり殴る蹴るの暴行を受けていた。
「なんだ? 何が起きてるんだ? カロルは!?」
そう思い、カロルの姿を探すが、見つからない。少なくとも一味に捕まった気配は感じられなかった。
「無事逃げたのか? それともエリクが逃した?」
そうこうしているうちに、エリクがぐったりと地面に倒れ伏し、トニオ共々一味に引きずられていく姿を目にした。
アレンの心中に焦りが生まれる。
室内では用心棒が健闘しているのか、未だマティアス一味の下っ端との戦いを続けている。
アレンは決断を迫られた。
室内に踏み込むか。
エリクとトニオを助けるか。
カロルを探しに行くか。
「くそっ! どうすりゃいい!?」
アレンが判断に迷っている間に、エリクとトニオの姿が建物の中へと消えていった。
カロルは走った。息が切れ、足がもつれる。しかし、自分しか今助けを呼びに行けるものはいない。
早く、危機を、誰かに、伝えなくては。
エリクに言われた通り3ブロック走り右に曲がると、程なく眩いばかりの店の明かりと、がやがやとした大勢の人間のざわめきが聞こえてきた。
「あれ……が……」
ぜいぜいと息を吐き、倒れそうになる身体をなんとか踏ん張り、足を前に動かす。目当ての場所は、もうすぐ。
「……ん? なんだあれは?」
一人の客が店に向かって走る女性の姿に気づいた。旅装に身を包まれた銀髪の女性。
「あれ? ありゃ、シャロンのお嬢さんじゃねぇか?」
「なんだって?」
息を喘ぎ喘ぎ駆けてくるカロルの姿に、店の外で飲んでいた客たちがにわかに騒ぎ出す。
「おい、シャロンのお嬢さんがこっちにくるぞ!!」
「なんだ? 嬢ちゃんがどうかしたのか?」
誰かの上げた声に反応したのはダントンだった。ヤッカやカルロスもその声を聞き、店の外へ目をやる。今日はブルデューの姿もある。
カロルは店へと辿り着くと倒れ込むように地面に手をついた。咄嗟に近くにいた客たちが手を貸そうとする。その様子を見て、周りの客たちがどよめく。
「おい、なんか様子がおかしいぞ! どうした、お嬢さん!?」
「様子がおかしいだぁ? どうしたどうした!!」
ダントンが客を掻き分けてカロルの下へと向かう。ヤッカとカルロスも動き出した。
「た、助けて……」
はぁはぁと息が切れて、上手く喋ることができない。
「おい嬢ちゃん、どうした!?」
ダントンが駆け寄ってきた。カロルは息を飲み込みながら答える。
「助けてください! トニオがマティアス一味に捕まってしまったんです!! エリクさんもそれを助けようと敵に向かっていって……私は助けを呼びに来たのです!!」
もはや悲鳴に近い懇願を聞き、周りの客たちが「えぇ!?」と声をあげる。
「おい、そりゃ一体どういうことだ!? なんでトニオとエリクの話が出てくる!?」
「……シャロン嬢、詳しく聞かせてくれ」
ダントンが混乱している間に、カルロスがカロルに声をかける。
「聞いて……聞いてください。……今日、私とアレンは、ボードリヤールとマティアスの接触の情報を掴んで、マティアス一味の拠点を張り込んでいたんです――」
どうする? どうする!?
アレンは決断に迷った。アレンにとって一番優先度が高いのは、もちろんカロルの安全の確保だ。先程まで隠れていた場所にカロルの居る気配が感じられない。カロルが無事かどうかが、ここからでは確認できない。そのことがアレンの不安をかきたてる。マティアス一味に捕まってる様子がないことだけが唯一の救いだが、それも本当のところは分からない。
しかし、今この場の緊急度という点で見れば、エリクとトニオの救出だ。こちらは明確にマティアス一味に捕まってしまっている。とりあえずその場で殴殺されることは無かったものの、この後どうなるか分からない。
室内の状況も気がかりだ。未だ健闘しては居るが、多勢に無勢、恐らく用心棒は倒されるだろう。どれだけの強さかは分からないが、マティアスも控えている。ボードリヤールは恐らく命の危機に晒されているのではないだろうか。そうでなければ如何にマティアス一味とて、ボードリヤールほどの権力者をあのように拘束すまい。だからこそ用心棒2人は絶望的な戦力差にも関わらず戦いに挑んでいるのだろう。
シャロン邸の品々はどうなった? もしや『鍵』が見つかったのか? マティアスがその価値やそもそも存在を知っているかは分からないが、『鍵』が見つかったがために、ボードリヤールを亡き者にしようとしているのか?
「くそっ!!」
アレンは頭をガシガシと掻きむしった。いずれも何かを選択すれば何かを失うことになりそうだった。
一番有望なのはエリクとトニオの救出だ。早く助け出さなければ二人の身が危ないし、もしカロルが見えぬ所で一味に捕まっているなら、どさくさに紛れて一緒に助け出せるかも知れない。その場合、恐らく『鍵』のことは諦めねばならないだろうが、別に破壊されるわけでもあるまい。その時はまた一から追いかければいい。ボードリヤールのことを知ってて見殺しにすることは後味が悪いが、この際やむを得まい。全てを救いあげるのは難しい。
「くそっ、マティアスめ! あれもこれも全てあいつが――」
そこまで呟いた時、アレンに天啓のような考えが降って湧いた。
全ての問題の中心にはマティアスが居る。
ならば、マティアスを倒してしまえば、全てを解決することができるのでは?
その考えに至った時、アレンの心臓は激しく動き出した。身体が火照り、呼吸が荒くなる。
マティアスを倒してしまえば……。
できるのか? 俺に……。
アレンがごくりと唾を飲み込みながら、もう一度窓から室内を覗き込み様子を伺うと、男たちの闘いに終わりが近づいているようだった。
「ぶげっ!!」
用心棒の内の片方が吹き飛ばされた。失神してしまったのか、それ以上動く様子はない。
用心棒は一人になってしまった、マティアスの手下も6人いたのが2人にまで減っていた。かなりの健闘だ。
マティアスはその様子を壁に寄りかかりながら、苦々しそうに見ていた。
「たかだか2人ごときにメタメタにやられやがって……」
「これはお仕置きが必要かしらね?」
ローザがクスクスと笑う。
その時、階下から手下が登ってきて、マティアスとローザに耳打ちした。
「襲撃者だぁ?」
マティアスがそう言うと、手下は「へい」と肯定した。
「子供と大人の二人組みなんですがね。どうも酒瓶一つで襲いかかって来たようで。酒飲んでる様子も無かったんで、ヤクでもやってるんでしょうかね?」
手下の言葉にマティアスとローザは顔を見合わせた。
「私が様子を見てくるわ。クク! あんたもこっち来な」
そう言ってローザが階下へ降りていく。ククも渋々といった様子で後を追う。
その際に、ローザがマティアスにアイコンタクトをした。マティアスは顎を微かにしゃくり、ローザが妖しげに微笑む。
二人を見送りながら、マティアスはゆっくりと壁から身体を離した。
「くそっ、もうあと一人だ、一気に畳み掛けるぞ!」
マティアス一味の手下がそう言った時。
「どけ」
という言葉とともに、手下二人が吹き飛ばされた。壁に思い切りぶち当たり、そのまま意識を手放してしまったのか、ピクリとも動かない。
用心棒が何事かと驚いていると、マティアスがバキバキと拳を鳴らしながら、用心棒の前に立った。
「お前やるじゃねぇか。クソの役にも立たねぇ奴ら共より、お前一人の方がよっぽど役に立ちそうだ」
マティアスは用心棒にそう言うと、ニヤリと口の端を歪めた。
「どうだ、俺の一味に入らないか?」
「ならん! ならんぞ!! そんな奴より私の方が多くの給金を出せる!! そんな戯言に耳を傾けるな!!」
用心棒はマティアスとボードリヤールの二人の言葉に板挟みの状態になり、おろおろとしていたが、最終的にはキッと身構えて、マティアスに拳を向けた。
「良いぞ! よくやった!! ボーナスを弾んでやる!! やってしまえぇぇ!!」
ボードリヤールが絶叫する。マティアスは用心棒に向けて言う。
「あーあー、選択肢を誤りやがって。それじゃあ、仕方ねぇ。ぶっ飛ばしてやるしかねぇな」
そういうとマティアスは棒立ちになった。その無防備な姿に用心棒は訝しむ。
「来な。てめぇの勇気に敬意を評して好きなように殴らせてやる」
マティアスは用心棒を見下ろしながら、ニヤリと笑う。
用心棒は困惑の表情を見せたが、気持ちを切り替えると、拳をギチっと握りしめ「シッ!」という短い呼気を吐きながら、マティアスの腹に拳を入れる。
マティアスの身体に拳が当たった瞬間、用心棒の手が砕けた。
「うおああぁぁぁぁぁあああっ!!」
右拳に走る激痛に、用心棒は悶絶する。右手の骨は砕け、裂けた皮膚から血が吹き出す。
「どうしたどうした。出血大サービスでまだまだ殴らせてやるぞ」
マティアスが用心棒に言い放つ。用心棒は困惑しながら、今度は蹴りをマティアスの脚にいれる。
しかし、やはりマティアスにダメージが通っている気配はない。それどころか、鉄の固まりを蹴ったかのように、自分の脚の方がダメージを受ける。
絶望的な戦力差を悟り、用心棒は何か打開策はないかと周りを見渡す。すると部屋の隅に鉄パイプを発見し、急ぎそれを手に取る。
「おーおー、なるほど。それなら、ちったぁましかもなぁ?」
相変わらずマティアスは用心棒を小馬鹿にするようにニヤニヤと笑っている。
用心棒は鉄パイプを無事な左手で握ると、息を詰め力を込めて、マティアスを横薙ぎに殴った。
金属と金属がぶつかるような音が響き、鉄パイプが弾かれた。
鉄パイプが中程から折れ曲り、ガランガランと音を立てて床に転がる。それを驚愕の表情で見送った用心棒が、マティアスを見上げる。
「それでしまいか? 俺様の『鋼の肉体』にゃあ、手も足も出なかったようだな」
マティアスがバキリバキリと拳を鳴らす。
「ご苦労さんだったな」
用心棒の顔が恐怖の色に染まる。
「まぁ、逝ねや」
マティアスが拳を振りかぶった。
アレンはバルコニーで室内の様子を伺っていた。さきほどローザが階下に降りていくのが見えたのは僥倖だ。人数が少しでも減るのはありがたい。
後はいつ突入するかのタイミングを見計らうだけだ。できればマティアスが油断している隙を突きたい。何故かマティアスが自分の手下を吹き飛ばしたため、今は用心棒とマティアスの一騎打ちとなっている。どっちが勝つのか。どちらにせよ、二人には長く闘ってもらって、どちらが勝ち残ろうが、体力を消費してもらいたい。
その間にも、どうしてもカロルのことが頭にチラつく。カロルのことだけが全く様子がわからず気がかりだ。カロルの『ギフト』は相手に命令できるという強力な能力だが、相手の本名を知った上で、相手に触れなければならないという、結構厳しい制限付きだ。手下に捕われても満足に抵抗はできないだろう。どうか無事であってくれれば良いが……。
そう思い、無意識のうちに目線を室内から外に外していた矢先のことだった。
突然バルコニーの扉が吹き飛び、中から飛び出してきた男が手すりにぶつかる。
「うおっ!!」
アレンは突然の出来事に、反射的に身をかばった。男はさきほどまで闘っていた用心棒のようだった。男は手すりにぶつかったままぐったりとしている。生きているのだろうか?
「へっ、たわいもねぇ」
中からマティアスの声が聞こえてきた。この様子だとマティアスが苦もなく勝利したようだった。すぐには決着は着かないと踏んでいたが、思ったより戦力差があったようだ。目線を外していなければ何が起こったか分かったものを……。アレンは悔やんだ。
「貴様、一体この私をどうするつもりだ!!」
室内からボードリヤールの声が聞こえてきた。
「さて……どうなると思う?」
マティアスが謎掛けをする。
「私に危害を加えるなど、とんでもないことだ! 私に万が一が起こったら、警察も黙っちゃいまい! 今まで私とお前達、警察の間で力のバランスが取れていたからこそ、お前たちは好きにやってこれたんだ! お前らごとき簡単に捻り潰されるだろう!」
「お前の政敵もそんなこと言いながら死んでいったぜ。だがこの通り、俺達はピンピンしてる。残念だったな」
マティアスが発言する。
「やめ、やめろおおおおおぉぉぉぉおおおおっ!!!!」
ボードリヤールの絶叫が響き渡る。
今ならマティアスもボードリヤールに意識を割いているか。
アレンは慎重に室内を覗いた。マティアスは床に転がったボードリヤールを見下ろしている。今、マティアスはこちらに背中を向けている。チャンスだ。
アレンは黒玉を生成すると、マティアスに気づかれぬよう投げ放った。マティアスの身体に黒玉が吸い込まれる。
自身の身体にも黒玉を吸い込ませると、息を詰め、声を殺し、ギリギリと脚に力を込めて、地面を蹴った。
マティアスが殺気に気づき、反射的に振り返る。
「おおおおおおおおおおおお!!」
アレンは猛烈なスピードで駆け抜けると、ナイフをマティアスの身体に振るった。
固い金属を叩いたような感触が手のひらに伝わり、ナイフが金属音を立てて折れる。
アレンは驚愕する。
「このっ!!」
マティアスが腕を振り回して、アレンを薙ぎ払おうとする。アレンは勢いそのまま前転するように攻撃を避け、倉庫の荷物にぶつかりようやく止まった。
「なんだぁ、てめぇ!?」
マティアスが目を眇めながら困惑する。アレンはごくりと唾を飲む。さきほどの感触はなんだ? ナイフが全く刃が立たなかった。アレンは腰から二本目のナイフを抜く。
「ボードリヤール、またてめぇの用心棒か?」
「し、知らん! 私はそんなやつ知らん!! ほ、本当だ!!」
はーん? と疑問符を浮かべながら、マティアスはアレンの方を見る。
「お前誰だよ」
「誰だっていいだろ。てめぇを倒させてもらうぜ、マティアス!」
アレンは緊張に押しつぶされそうになりながらも、気合を入れ直し、マティアスと対峙した。
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