全てが静かに動き出す
合流したアレンとカロルは、コンサート・ホールを出て、辻馬車へと乗り込んだ。
宿へと戻る道中、アレンはカロルに、ボードリヤールとマティアス一味の接触の一部始終を話した。
「明後日ですか……」
「ああ、その時にボードリヤールがマティアスと接触して、盗品の品々を買い取るそうだ」
「そうですか。うーん、……ボードリヤールがそれらを買い取るのを待ちますか? 労せずともボードリヤールが勝手に品々を手に入れてくれて渡してくれるかも」
「その場合、約束を守ってボードリヤールを貴族に推薦しなきゃならなくなるぞ? 大丈夫なのか? 王とかに会わなきゃいけないんだろ?」
アレンが心配して言うと、カロルが「そうですねぇ」と困った顔をした。
「一応、推薦状だけ送ればいいことになってますけど、実際に爵位の授与となったら、必然的に授与式へ招待されるでしょうし。それ以前の問題として、私から王に手紙とは言え接触するとなると、王も黙ってはいないですよねぇ……。目の前のことに囚われてしまって、考えが足りていなかったです……」
そう言ってカロルはしゅん、と落ち込むように肩を落とした。
「最悪、約束を反故にしてしまうのもありですけど、私自身はともかく、シャロンの名に泥を塗ってしまいますし……」
「そんなことはするな。シャロンさんもそうだし、カロルが泥を被るのも俺は見たくない」
カロルはその言葉に顔を上げた。時折窓から差し込むガス燈の灯りが、アレンの横顔を照らし出す。
「今回のことも、カロルがボードリヤールを動かしてくれたから、マティアス一味と接触する所を押さえられたし、盗品の在りかも分かったんだ。悪いことだけじゃないさ」
「……はい」
カロルはアレンの気遣いに答えて、弱々しく微笑んだ。アレンはそれを横目で見て、再び前を向いた。
「俺はボードリヤールとマティアスの取引現場に潜入してみようかと思う」
「えっ」
「もし本当に屋敷の品々の中に『鍵』があるなら、それを手に入れるチャンスだと思うんだ。それに、もしボードリヤールがそれを手に入れたとして、素直にカロルにそれを渡すとは限らないしな」
「でも、それは危険じゃないですか?」
「なに、その場でやり合わずとも、ボードリヤールが一人になったときに横からかっさらっちまえば良い。『鍵』がなければ手出ししなければいいだけだ。その時はまた旅に戻ろう」
そう言ってアレンはカロルに微笑みかけた。カロルはその顔を見て、何故か胸の奥に微かな疼きのようなものを感じた。カロルはなんと言っていいか分からず、もぞもぞと動かす指先を見つめた。
「……でも……」
「そういえば、あの造花のブローチ」
アレンは意図的に話題を変えた。
「逃げるどさくさに紛れて失くしちまった。ごめん」
「えっ、あ、いや、そんなものなら全然……」
「お気に入りだったんだろ?」
そう言ってカロルを見つめるアレンを何故か直視できなかった。
「……いえ、本当に大丈夫です。ただのブローチですから。アレンの無事の方が大事ですよ」
そう言って微笑むカロルを見て、アレンはやはり何かで埋め合わせをしようと心に決めた。
「……取引まで、まだ時間がある。兎にも角にも、場所は確認しておこう」
二人はそこで会話を終えた。二人を乗せた馬車は蹄を鳴らしながら、夜のヴィースをゆっくりと進んでいく。
その頃、マティアスとローザはボードリヤールとの密談について話していた。二人は燭台を立てた机を挟んで対面している。キャンドルのゆらめきが、二人の影を震わせる。
「ふん、まぁ買うって言うなら売ってやらんでも無いがな」
マティアスはきれいに剃った頭をなで上げた。
「なんかボードリヤールの動きが臭ぇな」
「あなたもそう思う?」
ローザが我が意を得たりと、相槌を打つ。
「その話をした時にあいつ、顎を擦ってたのよね」
ローザはその時の場面を思い出しながら言う。
「あいつは何かを隠すときに、顎をさする癖があるのよ」
「ほぉ……流石女は、そういうところをよく見てる」
「勘が良いのよ、私」
ローザはニィと口の端を吊り上げる。
「きっとシャロンのお嬢さんに盗品を返したいというのは建前の話。本当の狙いは別にあると思うわ」
「フム……」
マティアスは腕を組み、椅子に深く座り直す。
「……それさえ分かってしまえばこちらが優位に立てるのにね……。最近、あいつ調子に乗ってるわ」
「……ボードリヤールの野郎はバラしちまうか」
マティアスが机に前のめりになりながら不穏当な言葉を吐く。
「最初はあいつの金払いが良かったから、ここまでやってきたがな。俺たちも稼ぎが良くなったし、なによりあいつは権力を手にしてから、何かと調子付いてやがる。俺たちを自分の飼い犬かなにかと勘違いしてやがんだ。ナメた真似を許す訳にはいかねぇ」
マティアスの顔が炎に照らし出され、元より強面の顔に凄みが増す。ローザもそれに負けず劣らず凄惨な笑みを浮かべる。
「どうするの?」
「まずはボードリヤールの野郎に盗品を検分させる。そこで目的のモンが分かればそれで良し。そいつを奪った上でバラす。分からなきゃ分からないでそれで良し。そのままバラす。物は元々良いもんだ。いつもどおり捌けばそれだけで大金が手に入る。明日の朝には、奴は倉庫の裏の運河にプカリだ」
そう言ってマティアスは後ろに親指を向けた。
「フフ……可哀想なボードリヤール。欲に塗れたばかりに運命に見放される。因果応報って奴ね。……それじゃあ例のごとく」
「ああ、あの臆病者にボードリヤールを『運ばせ』よう」
「あのエルフ女も本当に愚図なのよね」
ローザが顔をしかめて話す。
「あいつもそろそろ……」
「そうだな……ボードリヤールをバラすんなら、いい加減あいつを抱える利も少なくなる」
マティアスは地獄の鬼の様相で言い放つ。
「ボードリヤールと一緒に、消す」
翌日、アレンとカロルは辻馬車に乗って、ヴィース市街を駆けていた。目的地はヨハンセン&ヴァイスマン商会名義の第24番倉庫。ボードリヤールとマティアスの取引現場だ。
気の弱そうな御者に行き先を告げた時、御者は不安な顔を浮かべ、二人を二度三度と見返しながら、しかし無言で馬を走らせた。恐らく、商会がマティアス一味の偽装会社であることを知っているのだろう。二人がマティアス一味とどのような関係かと疑問に思ったに違いない。
馬車はやがて一つの建物の前に到着した。アレン達が金を払うと、そそくさとその場から退散した。よほどマティアス一味を恐れているのか。
「ここが第24番倉庫……」
その倉庫は、二人がこの街に着いて最初に歩いた大道路にほど近い場所にあった。赤レンガ造りの5階建ての建物だ。全ての階層に大きな扉があり、建物の上部には荷物を搬入するためのフック付きのワイヤーが見える。ワイヤーを巻き上げて荷物を持ち上げ、各階の搬入口へと運ぶ仕組みだ。
倉庫の裏手には運河が存在し、建物の裏側から船に荷物を積み上げ、運河を通じて何処へでも運べるようになっている。
周りには他のビルも当然ながら存在するが、昼間だというのに辺りに人気は無く、閑散とした印象だ。
「明日にはここで取引が行われるのですね」
カロルが建物を見上げながら言った。
「そうだな。意外と中心街に近いところに拠点を構えてるもんだ」
アレンもしげしげと建物を見る。
「おっと……あまりジロジロ見てると怪しまれる……あそこの店に入るか」
と言って、アレンは近くにあった食堂を指差した。
二人が店に入ると、「いらっしゃい」と迎えるものが居たが、その顔を見て二人はあっと驚いた。
「あなたは確か……」
「お、お前ぇさんがた、どうしてこんなところに?」
そこにはエリクがいた。
「再就職おめでとうございます!」
「いやぁ、ようやく、といったところか。いい加減稼いでこいって、ウチのかみさんにどやされちまってな」
カロルがお祝いの言葉を述べると、エリクは苦笑を浮かべながら答える。そして一転、真剣な表情になる。
「お前ぇさんがた、マティアスのことを調べて回ってるんだって?」
「あ、ああ……どうしてそれを?」
「悪い、トニオの坊主から『買った』んだ」
そういってエリクは周りをきょろきょろとさせると、二人に顔を寄せた。
「ここにいるってことは、そこにあるマティアスの野郎の倉庫狙いだな? やめておけ。いくらなんでも二人だけじゃ危なすぎる」
エリクは声を潜めながら、二人に警告する。
「倉庫の裏に運河があるのは知ってるんだろ? あいつら都合の悪いやつや一味に盾突いた奴を、事故に見せかけて運河に突き落としちまうってもっぱらの噂だぜ。まぁその前にヤッちまってるんだろうが、酔っ払いが運河に転落したような事故に見せかけられちゃあ、警察もそれ以上手を出せねぇ。シンプルながら割の良い手口だ」
アレンとカロルの二人はエリクの話に聞き入る。
「お前ぇさんがた、カルロスも言ってたろう? 残念だが、盗られた品々は諦めろよ。そんな命かけて探すようなもんじゃねぇだろ」
エリクが必死に二人を諭す。カロルはその言葉を聞いて、柔らかい微笑みを浮かべた。
「ご心配くださり、ありがとう存じます。ですが、ただの家財道具では無いのです。詳しいことは言えないのですが、どうしても取り返さなければならない物があるのです。そのために私はこうして旅に出ることを決意しました。それを見つけ出すまでは、家に戻らぬ所存です」
カロルはその固い決意を述べた。エリクはカロルの瞳を見つめると、何も言えなくなる。
「……おい、注文はまだ決まらねぇのか?」
店の奥から男が顔を覗かせ、エリクに声をかけた。
「あっ、すいません、オーナー。……すまんが二人共、注文決めてくれるか?」
二人はエリクの言葉を聞き、とりあえず昼食を注文しだした。
二人が食事を終え、店を出る時に再びエリクが二人に声をかけた。
「……どうしても、マティアス達に接触するのか?」
「ああ……。心配しないでくれ、エリク。接触って言っても直接じゃなく、様子を見るだけなんだ」
「それだけでも危ないって言うのに……いつなんだ?」
「明日の19時だ」
「……」
エリクはアレンの言葉を聞くと、胸の前で十字を切った。
「せめて祈らせてくれ……主よ、二人にあなたの御加護があらんことを……」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人のために祈りを捧げるエリクに礼を言いながら、二人はその場を後にした。
取引当日。
ボードリヤール邸の前に怪しい男が立っている。男は少し背を屈めながら、ハンチングを目深に被り直し、辺りをキョロキョロと伺っている。
そして、突然木の棒らしきものをボードリヤール邸に投げつけると、大声で叫んだ。
「ボードリヤールの税金泥棒! くたばりやがれぇ!!」
男はそう言って踵を返すと、足早に何処かへと消えていく。
屋敷の中から一人の使用人の男が出てくる。
男は堂々と歩くと、ボードリヤール邸に投げつけられた木の棒を拾い、屋敷の中へと戻っていく。
男はそれをボードリヤールの書斎へと持ち込む。
「屋敷に投げ込まれたものです」
「うむ、そこの床に落としておけ」
そういうとボードリヤールは椅子に深く座りながら、ゆっくりと葉巻を吸った。
使用人の男は、その木の棒をぞんざいに床に落とすと、部屋を出ていった。
「……」
ボードリヤールは無言で葉巻を吸っている。
先程、ボードリヤール邸の前で叫んだ男は、今はヨハンセン&マティアス合同商社の前に居た。ハンチングを脱ぎ、身体を暑そうに仰ぐ。
「おい、出番だ。行って来い」
ゴロツキのような男が、ハンチングの男の姿を認めると、ククに向かって言葉をかける。
「……」
ククは浮かない表情を浮かべ、無言で『ギフト』を発動する。
「……来たかね。時間になるまで、まぁゆっくりくつろいでくれたまえ」
「……どうも」
さきほどハンチングを被った男が投げ込んだ木の棒と位置を入れ替えて、ククはボードリヤールの屋敷の中に姿を現した。
ククは部屋を出て廊下を歩くと、さきほどの使用人の男が待ち構えていて、「これを」と言って、さきほどとは別の木の棒をククに渡した。
ククはそれを一度握ると、再び使用人にそれを渡した。
使用人はそれを受け取ると、屋敷の外まで出ていき、それを遠くまで投げた。
木の棒がカランカランと乾いた音をたて、向かいの建物にぶつかったあと地面に落ちる。
すると、近くで新聞を読んでいた一人の男が、新聞を畳むと、その棒に近寄り拾い上げた。そして、しげしげとそれを眺める素振りを見せると、そのままそれを持って、往来する辻馬車を捕まえ乗り込んだ。
新聞の男は例の第24番倉庫の前で降りると、自然な感じを装いながら、倉庫の中へと入っていった。
「……お頭、『止り木』持ってきました」
男が部屋に入ると、そこにはマティアスとローザが居た。
「おう、そこら辺に放っておけ」
マティアスがそう命じると、男はその木の棒を床に放り投げた。木の棒が軽い音を立てる。
「これで準備が整ったわね」
ローザがニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「後は今夜のお楽しみ」
「ボードリヤールとあの臆病者には今夜」
マティアスは凄惨な笑みを浮かべると、拳をバシンと打ち鳴らす。
「運河で優雅に水泳と洒落込んでもらう」
・作者twitter
https://twitter.com/hiro_utamaru2
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