情報のポリフォニー
3人を乗せた馬車はこれまでの道を引き返し、中心街にまでやってきた。アレンとカロルが窓の外を眺めると、普通の商業ビルや住宅などとは異なる、幅広で巨大な建物が目立ち始めた。
「ここは?」
アレンが流れる景色に目線をやりながら質問すると、トニオが得意げに語り始めた。
「劇場通りさ。その名の通り、この道に沿って劇場やホールなんかのショービジネスものが寄り集まってるんだ。俺の生まれる前くらいまでは荷馬車通りとか呼んでたらしいけどね。……ほら、あれはコンサート・ホール。その隣が劇場。今は『眠らぬ街』の公演中かな? あそこは多目的ホールだけど、いつも怪しげな展示会や見世物小屋を開いてる」
トニオは椅子の上に膝立ちになり、窓の外の建物を一つ一つ指差しながら解説していく。なるほど、劇場やコンサート・ホールにふさわしい、荘厳な装飾に彩られた建物が多い。ファサードには何本もの柱が並び立ち、三角破風には彫刻のようなものが刻まれていたりする。一つ一つの窓枠も普通の商業ビルとは違う、何かしらの装飾が施されているようだ。
「それで、こんなところまで連れてきて、何を教えてくれるっていうんだ?」
「まぁまぁ、慌てるなよ兄ちゃん。もうちょっとで着くからさ」
トニオがそう言ってまもなく、馬はその歩みを止め、馬車がキイキイと鳴った。
「さぁ着いたよ。ちょっと外出てみようか」
そういって降りていくトニオの後について、アレンとカロルも馬車を降りた。
「ここ。なんだか分かる?」
そう言ってトニオは道を挟んだ正面にある建物を指差した。立派な建物で、こころなしか他の建物よりも大きく荘厳に見える。玄関の上部、建物の壁の真ん中辺りに、意匠を凝らした大きな時計が拵えてあった。
「また謎掛けか? 俺には正直なんだか分からん」
「多分コンサート・ホールかなと思いますが」
「姉ちゃん正解!」
トニオはカロルにニカッと笑いかけた。
「その、コンサート・ホールがなんだってんだ?」
アレンが問いかけると、トニオはにやけながら正面の建物を見やった。
「ここはね、ボードリヤールが所有してるコンサート・ホールなんだよ」
その言葉にアレンとカロルが色めき立つ。
「まぁ俺が生まれる前の話らしいけど、この辺りにちょっとずつ劇場が増え始めた頃、ボードリヤールが古くからあったこの歌劇場に投資したらしいんだよね。その後、周りが浮き沈み激しく競争しているところ、この歌劇場は不思議なほどとんとん拍子に成功していったらしくてさ。歌劇場の経営者は泣いて喜んで、今ではボードリヤールのことを王族並みの待遇で接しているそうな。二階席のど真ん中、特別観覧席はボードリヤールただ一人のための指定席とか言われてるよ」
トニオの言葉に、二人は思わず建物を見上げた。ここがボードリヤールの所有するコンサート・ホール……。
「それで、姉ちゃんが言ってた知りたいことの内の一つ、『どこでボードリヤールとマティアスが接触するか』なんだけどね」
「話の流れからするともしかして……」
カロルはトニオの話がぼんやりと見えてきていた。トニオはこくりと頷いた。
「このコンサート・ホールの中だね」
「ここで……」
アレンが思わず呟いた。トニオは話を続ける。
「俺、実は一度だけこっそり中に入ってみたことあるんだよね。まぁすぐに追い出されたんだけどさ。そのときに特別観覧席を見てね。演奏を見るために前の方が開いてるのは当たり前なんだけど、左右に緞帳が垂れてて横からはちょっと見えづらくなってるんだよね。他の三方は壁になってて、出入りは後ろにある扉しかない。つまり、半密室みたいになってるわけ。密談にはうってつけの場所でしょ?」
トニオが壇上に立つ教授のような顔で、アレンたちに観覧席の様子を教授する。
「警察も流石にこれくらいのことは掴んでいてね。なんとかボードリヤールとマティアス一味の関係について決定的な証拠を見つけようと見張ったりするんだけど、これがなかなか上手くいってない。一度、特別観覧席に強硬に踏み込んだことがあったらしいんだけど、抜かり無く秘密の通路を用意していたのか、結局そこにはボードリヤール以外誰もいなかったらしい。で、『私を疑うとは何事だ!』ってカンカンになったボードリヤールが警察にクレーム入れて、それからは警察も動きづらくなったみたい」
警察も下手を打っちゃったよねー、と他人事のようにトニオは言った。
「ボードリヤールとマティアス一味が都合よく密会できる場所なんて他にはそうそう無いんじゃないかなあ? 前の件があるから、警察は大きな事件でも起こらない限り、出入り禁止になっちゃったんだよね、ここ。私服警官は入り込んでるとは思うけど、まぁ当たるかどうかわからない賭けに警察も大金出せないからねぇ。そんなに人数は多くないでしょ。ここはボードリヤールにとって、すごく都合のいい場所なんだよ。……ということで、これが、『密会するとしたら何処か?』の答え」
「なるほど……」
カロルが得心するように頷く。
「じゃあ、『いつ』っていうのはどうやって分かるんだ?」
アレンがトニオに質問すると、トニオはフフンと鼻息を鳴らしながら答えた。
「それはね、多分早くて明後日くらいだよ」
「それはどういうことだ?」
アレンが重ねて質問する。トニオはそれを聞くと「ちょっとここで待ってて」と言って、コンサート・ホールの方まで駆けていった。そして、その前で配られていたチラシを受け取ると、またこちらまで戻ってきた。
「これを見てよ。ここ、次の公演の開始日が明後日になってるだろう?」
「確かに」
アレンはデパルト語の文章は読めなかったが、日付くらいは分かった。それによると明後日から3日間ほどコンサートをやるようだ、ということは理解できた。
「つまり、自然な風を装うため、密会するならコンサート開催中にやるってことさ。最短なら明後日だし、遅くとも5日以内には接触するんじゃないかな?」
トニオは子供らしい笑顔で、ニシシ、と笑った。
カロルが情報の見返りとして、トニオに(かなり色をつけて)100ルブラ渡したようで、トニオは仰天した後、その日一番のとびきりの笑顔を見せた。一番子供らしくはしゃいでいるのが大金を手に入れた時っていうのがなんとも皮肉で世知辛いな、とアレンは思った。
「ありがとよ、兄ちゃん姉ちゃんたち!! また何かあったら遠慮なく言ってくれよ! 今度こそちゃんとサービスするからさぁ!!」
そういってトニオはキャスケットを振ると、路地裏へと消えていった。
「トニオさんはたくましい少年でしたね」
カロルがトニオの消えていった路地裏に手を振りながら言った。
「まぁ商魂たくましいのは間違いないな」
アレンはそう答えると、カロルに向き合った。
「さて、最短でも明後日ということだが、そうなると一日空いちまうな。どうしたもんか」
「アレン、場所がコンサート・ホールということなら、いろいろと準備が必要ですよ!」
アレンの言葉に、なぜかカロルが気合を入れるように、フンス、と鼻を鳴らした。
得意げに胸を張るカロルを見て、アレンは何事だろうと首をかしげた。
アレン達がトニオに会った次の日。カルロスの店にはエリクやダントン、ヤッカなど、激闘の夜に店に居た客たちが大勢集まり、警察の現場検証の終わったカルロスの店の片付けを手伝っていた。
「おいカルロス、新聞ねぇのか!? 新聞! 俺よぉ、記者さんに取材されちまってさぁ……へへっ! 俺の八面六臂の活躍が記事になってたりしねぇかなぁ?」
「なぁ、遊んでないで手伝ってくれよダントン!」
店のカウンターに寄りかかりながらカルロスに話しかけるダントンに、ヤッカが野次を投げた。
「じゃかぁしい! 休憩だよ、休憩! 年取るとこまめな休憩は必要不可欠なんだよ! てめぇは鳶職の若ぇ衆なんだから黙って机直してろ!」
「鳶職なんだから机直すのは専門じゃねぇよ! ったく横暴だなぁ……」
ヤッカは呆れた顔でぶつぶつと文句を言いながら、金槌を振るう作業に戻った。
「今日の新聞はねぇよ。無事残ったボトルを包むのに皆使っちまった」
カウンターで作業をしていたカルロスがダントンに答えた。左肩をヴォルカに食いちぎられた痛みで思うように動かせず、今は首から下げた布で左腕を吊っていた。
「けーっ! つまんねぇでやんの!」
「いいからてめぇは水でも飲んでろ」
割れた硝子の破片を木箱にまとめていたエリクが、箱を床に下ろしてダントンに声をかける。
その時、店の入口からひょっこりと顔を出す子供が居た。
「おわっ! なんか凄いことになってるね」
「おお! 『新聞屋』のトニオじゃねぇか! こっちこい、こっち!」
トニオは周りの様子を伺いながら、作業している人間たちの間をひょいひょいと抜けると、カウンターまでやってきた。よいしょ、と大変そうにしながらも、カウンターにある脚の高い椅子に座り込んだ。
「なんかマティアス一味とやりあっちゃったんだって? この店潰される前に飯食いに来たよ」
「嫌なこと言うんじゃねぇトニオ。それと、お前はネタ仕込みに来たついでに飯が食いたいだけだろう」
カルロスが呆れ混じりにトニオを見やると、トニオは「へへっ!」っと頬を掻いた。
「おい、トニオ! 新聞売ってくれよ、なぁ! 一面にどーんと俺様の活躍が乗っかっちゃったりしてる新聞さんをよぉ! ウッヒッヒッヒ!」
「ダントンは確かに活躍したけどさぁ、流石に一面になんか載りゃしねぇだろ」
「だーっ! さっきからうるせぇぞヤッカ! てめぇぶん殴られてぇのか!?」
ヤッカに怒鳴り返し、腕をまくるダントンに、トニオが肩をすくめて答える。
「買うってなら売るけどさぁ。普通の『新聞』ってことだよね? 『特別な新聞』じゃなくって」
「そりゃあもちろん、俺様の活躍が載ってる『超特別でビッグなピッカッピカの新聞』よぉ!」
「そんなの無いって。……ところで、逆に教えてほしいんだけど、この辺りで変な人を見たりした人いる?」
トニオが唐突に周りに質問をした。ダントンがカウンターに寄りかかりながら「はぁ?」と声をあげる。
「変な人ぉ? なんだそりゃ?」
「うん、なんか昨日の夕方くらいだったんだけど、結構稼ぎのいい仕事してさ。ほくほくで家に変える途中、妙な三人組に話しかけられたんだよ。なんか、『白黒のちぐはぐな色の燕尾服を来た道化師まがいの男』を探してるとか言ってね。そんな情報ないかって言われたんだ」
「はぁ? なんだぁそりゃ? そんな頭のネジが緩んだみたいなトンチキな格好の野郎なんざ、逆に見てみてぇくらいだわ」
ダントンがそう言うとトニオが「まぁそうだよねぇ」と返した。
「なんかその三人も結構怪しい雰囲気出しててさぁ。こう、山高帽被った鋭い目つきの男と、俺と同い年くらいの獣人の女の子、それと俺よりちょっと年上くらいの上品そうな坊っちゃんの三人組でさ。男はどう見てもカタギじゃない雰囲気出してるし、女の子は元気いっぱいのバカ犬みたいな感じだし、坊っちゃんは年齢の割に妙に大人びてるしで、凄いちぐはぐ。金払いはよさそうだったから、なんか情報があればと思ったんだけどなぁ」
そう言って溜息を吐くトニオに、カルロスが右手をカウンターに突きながら喋りかけた。
「トニオ、前々から言ってるが、『情報屋』なんて仕事はもう止めろ。そのうち大人になって、裏社会の連中とどっぷりつるむようになり始めたら、もう後戻りなんてできやしねぇ。お前さん、その歳で自由に読み書きも出来るし、大人でも馬鹿な奴にゃあ理解できねぇようなこともちゃんと知ってるんだ。もっといい仕事はいくらでもあるはずだ」
「そうは言うけどさ、カルロスさん」
トニオは頭をポリポリと掻きながら淡々と答える。
「俺って移民の子だし、親なしだし、後見人だっていないし。そんな子供ができる仕事なんて正直、限られてるよ」
「だったら俺ん家の養子になりゃいい。そうすりゃ、ちったぁましな仕事が選べるようになるはずだ」
カルロスがカウンターから身を乗り出す。
「お前だったらドロテもアリスも文句は言わんだろう。お前が自分で食い扶持を稼ぐってんなら、俺としても何も問題はねぇ。移民のお前にだって職業選択の自由はあるんだ。何も好き好んで裏社会に足を突っ込むこたぁねぇ」
カルロスがトニオを養子に誘うと、トニオが少し苦笑を浮かべる。
「うん、まぁ、ありがとうカルロスさん。先のことを考えなきゃなとは思ってたんだけどね……今の仕事も結構好きだからさ。……ちょっと考えさせてくれよ」
そう答えるトニオの10歳児らしからぬ大人びた表情を見て、大人たちは何とも言えぬ寂しさのような感情を覚える。
「トニオ、ウチの子になるの!?」
唐突に、カウンターの下からのそのそと一人の女の子が這い出し、トニオに笑顔を向けた。
「アリス」
「だったらそうしなよ! 私、トニオがウチの子になるなら歓迎よ!!」
そう言って、アリスと呼ばれたボブカットの茶髪の女の子がトニオに抱きつく。
「う、うん。いや、まだちょっと考えて……」
トニオが顔を赤らめへどもどしながら答えていると、唐突にアリスがトニオをその身から引き剥がした。
「トニオ、臭ーいっ!」
「えぇっ!?」
そういって鼻をつまんで笑うアリスに、トニオは大いに慌てだし、周りの大人は爆笑しだした。
「おいおい、大人顔負けの『新聞屋』も、アリスの嬢ちゃんにゃあ形無しだなぁ、えぇおい!?」
ダントンがそういってトニオをからかうと、一層大きな笑い声が周りから上がった。
「一昨日の晩の2人もそうだったけどよぉ、最近の若者はお盛んでいいねぇ! うん、実に結構!! 『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』ってなぁ!!」
ダントンがそういって茶化すと、トニオがその言葉に反応した。
「そうだよ、一昨日の晩の話聞きたいんだった! その『2人』ってなにさ?」
トニオがそう問うので、ダントンはかいつまんで激闘の夜の話をトニオに聞かせた。
「貴族のお嬢さんに、お付きの青年……? ねぇそれってさぁ、黒髪の兄ちゃんと銀髪の姉ちゃんじゃなかった? こう、結構目立つ感じの」
「おい、そりゃどういうこった」
トニオの言葉に今度はエリクが反応した。
「昨日さ、稼ぎのいい仕事をしたって言ったよね? それがその兄ちゃんと姉ちゃんでさ。マティアス一味のことについて聞かれたんだ」
トニオの答えを聞くと、エリクはポケットから金を取り出し、カウンターにドンと置いた。
「おい、その情報買うから、もっと詳しく聞かせろよ」
酒場の激闘についての話は
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/22/
トニオの話は前話
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/28/
も御覧ください。
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https://twitter.com/hiro_utamaru2
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