酒場での激闘3
鞭の打擲音が鳴り響いた。複数のそれが重なって、さながら銃声のような音となる。
「ぐっ……!」
アレンは床に倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。白玉を真下に放ると、その反発力で金髪の男、クロヴィスを飛び越えるように大きく跳躍した。
「なんとっ!?」
一瞬にして視界から消えたアレンに、クロヴィスの目が追いつかない。床に着地したアレンは床板を弾けさせる勢いでクロヴィスに迫る。クロヴィスが後ろを向き、アレンの姿を捉えた。
「おらぁっ!!」
アレンは右、左とナイフを横薙ぎし、クロヴィスがそれを後退しながら回避する。アレンが蹴りを繰り出すと、クロヴィスは上体を反らしてそれを避ける。
体勢の崩れたクロヴィスに、蹴り足を踵落としの要領で叩き込む。クロヴィスが背中から床に落ちる。
「ぐはっ!!」
「うぉおおおおっ!!」
アレンが左の拳で追撃しようとするが、クロヴィスは短く呻きながらも短鞭を振るう。
クロヴィスの『ギフト』による打擲がアレンを襲い、アレンは一瞬怯んでしまう。
「おおあああっ!!」
クロヴィスが床から跳ね上がるようにして、アレンに蹴りを見舞う。アレンは肩の辺りを痛打され、床の上にもんどりうつ。
「やってくれますね……!」
クロヴィスが再び鞭を振りかざす。アレンが反射的に後転して体勢を立て直すと、一瞬前までアレンがいた場所で、鞭が空気を切り裂く音がした。アレンは白玉で大きく跳躍すると、クロヴィスから距離を取った。
「どうやら避けることは」
アレンが身体中を走る、麻痺にも似た痛みに耐えるように喘ぐ。
「可能らしいな」
アレンのその言葉に、クロヴィスが白けるかのように鼻息を鳴らした。
「分かったからと言って、それがどうしたというのです」
「奴隷のように鞭打たれ続けられずに済むってこった!!」
アレンがテーブルの上に飛び乗り走り出した。
クロヴィスが鞭を振るうが、アレンはテーブルからテーブルへと器用に飛び回り、クロヴィスの攻撃を避けていく。
「くっ!」
しかし手数に物を言わせるクロヴィスの攻撃を避けきるのは難しい。アレンは何発か被弾しながらも着実にクロヴィスとの距離を縮めていく。しかしその時、アレンにとって予想外の光景が目に飛び込んだ。
「カッ――」
ロルと叫ぼうとしたが、歯を食いしばるようにして閉じると、腕をクロスにガードしながら、クロヴィスに向かって真っ直ぐに飛び込んでいった。
「捨て身とは愚かな!」
クロヴィスが小馬鹿にするように笑いながら、アレンに鞭を振るった時。
クロヴィスの背後で、カロルが頭上に振り上げた椅子を思い切り振り下ろした。
椅子による攻撃はクロヴィスの頭を直撃し、クロヴィスは一瞬の暗転の後、床に四肢を着いた。
「うおおおおおおおっ!!!!」
アレンは鞭の攻撃を耐えクロヴィスの下へ辿り着くと、気合の雄叫びをあげながら脇腹を思い切り蹴飛ばした。同時にクロヴィスも朦朧とする意識の中、払いのける様に鞭を振るっていた。
アレンとカロルから大きな破裂音にも似た音が鳴り響き、三人は互いに離れるようにして吹き飛ばされる。
「がっ!」
「おぐっ!!」
「ああっ!」
三者三様の悲鳴をあげながら、アレンとクロヴィスは周りの机にぶつかり、カロルは床に倒れる。
アレンは攻撃を受けることを覚悟していたため、すぐさま次の行動に移る。げほっ、げほっ、と咳き込むクロヴィスを尻目に、アレンはカロルに駆け寄った。
「カロル!!」
「ア……アレン……」
「馬鹿野郎っ! 無茶しやがって!!」
アレンはカロルを抱きかかえながら、思わず声を荒げる。カロルの陶器のような滑らかな肌には痛々しい打擲の跡が無数に浮かび上がっている。
「すみません……あの男が背中を向けていたので……今なら、と……」
「カロル、そんなことは考えなくていい!」
「でもアレン……」
カロルは、血を滲ませながらカロルを抱きかかえるアレンの腕に、労るように手を添えた。
「こんなに傷ついて……私はアレンが傷つきながら闘ってるのを見て……堪らない気持ちに」
今にも泣きそうな顔のカロルを見て、アレンは不甲斐ない自分に腹が立った。
「カロル、俺はお前の護衛で使用人だ!! カロルのためならどんな無茶だって厭わない!! 頼りないかもしれないが、必ずなんとかするから!!」
カロルはアレンの言葉に、嬉しいような、悲しいような、複雑な表情で答えた。
「……だからさっき頼んだこと、必ずやってくれよ」
「でもアレン、それは」
その時、カロルの視界に、クロヴィスの立ち上がる姿が映った。
「アレン!!」
ハッと後ろを振り向くアレンにクロヴィスの『ギフト』が襲いかかり、激しい炸裂音とともにアレンが床に倒れる。
「貴女もよくもやってくれましたね……小娘がっ!!」
クロヴィスがヒュンッと鞭を振るい、カロルが打擲される。カロルは苦痛の声を漏らし、痛みにその身を震わせる。
「てめぇ、このクソ野郎っ!!」
アレンは激発し、痛みも忘れ立ち上がると、クロヴィスの下へと一目散に駆け出した。
黒玉を生成すると、クロヴィスに向かって投擲した。クロヴィスは反射的に払いのけようと鞭を振るった。黒玉は鞭に吸い込まれる。
「おらっ!」
アレンはもう一つの黒玉をクロヴィスの近くのテーブルに放り投げた。
「……?」
クロヴィスはアレンの行動に疑問を持ったようだが、構わずアレンを打擲しようと短鞭を振りかぶった。しかし短鞭はテーブルに吸い込まれるように張り付き、それに釣られてクロヴィスは体勢を崩す。
「なにっ!?」
クロヴィスの困惑に構わず目前まで迫ると、アレンは右のとび蹴りを放つ。クロヴィスは左腕でガードするが、アレンはアッパー気味のパンチを放つ。左の拳がクロヴィスの顔面に突き刺さる。
「ぶごっ!!」
クロヴィスは後ろへと吹き飛ぶ。短鞭がクロヴィスの手から離れた。
「おおおぁああっ!!」
アレンは咆哮し、ナイフを握り込んだ右手で殴りつけるべく、クロヴィスに迫る。
クロヴィスはアレンの姿を認めると、「うらぁっ!」と、拳を空中で振り抜く。
すると、アレンを見えない殴打が複数回襲った。
全身を滅多打ちにされたアレンが、墜落するように床に転げる。
「武器がなければ、なんとかなるとでも?」
荒い呼吸を繰り返しながら、クロヴィスが立ち上がる。しかし脚に来てるのか、その位置取りはフラフラとして定まらない。
アレンも闘いの興奮で痛みを忘れ駆け回ったが、身体にガタが来ており、上手く立ち上がれない。
「……あなた達は一体何なんです? 見たこと無い顔ですが。何を盗んだのどうだのと……」
クロヴィスが問いかけると、カロルが立ち上がりながら返答する。
「先にも伝えた通り、私達は邸宅に盗みに入った輩を追いかけています」
「それなら先程申し上げたように、そんな輩のことは知りませんよ!」
「この辺りで有名な盗賊団と言えばマティアス一味と聞き及んでいます」
「だから! 私達はこの街を守るただの自警団ですよ!! それ以上でも以下でもありません!」
クロヴィスは怒りに顔を赤くさせながら、唾を飛ばし捲し立てた。
「自警団と言う割には、街の人に随分嫌われているようですね? 強引に護衛を押し売りし、それが叶わないと見るや無辜の民に危害を加えるとは。まぁ! なんということでしょう! 最近の自警団はマフィアの一業務となっているようです! 私はとんだ世間知らずの小娘だったようです、とてもお勉強になりましたわ!」
「ナメた口を……」
クロヴィスが怒りに身体を震わせていると、突然周囲から歓声が上がった。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」
「「カルロスの勝ちだぁあああああああ!!!!」」
その声に反射的にクロヴィスが顔を向けると、床に倒れたヴォルカと、満身創痍ながら二本の脚で立っているカルロスの姿が目に入った。さらに。
「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」
「「ダントンとヤッカの二人がやってくれたぜぇっ!!!!」」
店の入口の方で、ダントンとヤッカが店の客たちに揉みくちゃにされている姿が目に入った。
「どうやら残すところ、貴方一人となったようですね」
カロルがそう言うと、クロヴィスは「くっ!」と焦燥に駆られた面持ちで周りをキョロキョロと見回した。
ヴォルカとチャンが沈み、残る一人となったクロヴィスに客たちの目線が突き刺さる。
「投降されるのが懸命かと、私は愚考します」
「それは愚考の極みというやつですよ」
クロヴィスは無理に口の端を歪め、どす黒い笑顔を作った。
「このままでは、お頭に何をされるか分からない……。かくなる上はっ!!」
クロヴィスは突然カロルに向かって駆け出した。「待てっ!」と右腕でクロヴィスの脚をつかもうとしたアレンだが、その手は虚しく空振った。
「きゃああっ!!」
「レディにはお付き合いを願いましょう」
クロヴィスはカロルを捕らえ後ろ手に拘束すると、カロルを盾にした。
「あ! あいつお嬢さんを人質に取りやがった!!」
「その子を離せ、この卑怯もんがぁっ!!」
周囲の客たちがクロヴィスを口々に糾弾するが、クロヴィスは涼し気な顔で「なんとでも」と一笑に付した。
「このままアジトまでご一緒してもらいましょうか。ついでに貴女をお頭に献上します。美しい奴隷として、貴族の方に高く売れそうです」
「最低ですね」
カロルは心底軽蔑するような目線をクロヴィスに送った。
「さぁ! 私を通しなさい!! この美しいお嬢さんを傷つけられたくなければね!!」
クロヴィスの言葉に店中の客たちが憤慨する。
「ゲスの極み野郎がっ!! どっちにしろその女の子を傷つけるんだろうが!!」
「俺たちゃお前を通しやしねぇぞ!!」
「これでもですか?」
そういうとクロヴィスは近くにあったテーブルからナイフを取り上げると、それをカロルの首にあてがった。カロルは思わず恐怖に顔をひきつらせる。
「あの野郎!!」
「てめぇの血は何色だっ!!」
「あのクソ野郎は俺がぶっ飛ばしてやる!!」
「待て待てっ!! あのお嬢様が危ねぇだろう!!」
店内は再び一触即発の空気となった。クロヴィスに手を出すとカロルの命が危うい。クロヴィスの方も下手にカロルに手を出しては人質を失い自分の身も危うくなる。空気が張り詰め緊張が高まる。
その時、アレンが立ち上がった。
「クロヴィス。その娘に手を出してみろ」
アレンの後ろ姿から凄まじい怒気が立ち上がり、思わず周りの客たちも静まり返った。その静寂の中でアレンの静かな一言が響き渡る。
「殺すぞ」
アレンの瞳の奥にどす黒い殺意が浮かび上がり、クロヴィスはその鋭い殺気に一瞬怯む。
「口だけならなんなりと言えばいい」
クロヴィスはナイフをグッとカロルの首に押し付ける。
「この状況をどうにかできるならね」
クロヴィスは冷や汗を流しながら言い捨てる。カロルは顔面を蒼白に染め上げている。
「アレン……」
「カロル……」
アレンは歯ぎしりしながら、状況を打破すべく頭を回転させる。
その時。
「アレン、椅子を思いっきり私の顔面に向けて投げなさいっ!!」
周囲の者が「何事か?」と考えるよりも先にアレンが手近な椅子を掴んだ。
「カロル……馬鹿野郎っ!!」
アレンは焦るように言い放つが、カロルの『ギフト』でその動作を止められない。そのまま椅子を思いっきりカロルに向けて投げつけた。
「喰らえぇ!!」
カロルが慣れぬ罵倒とともに、膝を思いっきり折り曲げ、床に落ちる勢いで身体をずり下ろした。
「っ!!」
防御する間もなく、投擲した椅子がクロヴィスの顔面を強打する。クロヴィスの拘束が緩み、カロルが尻もちをつく。
アレンは脱兎のごとくカロルの下へ駆け寄った。カロルを抱き寄せるとクロヴィスから距離を取った。
「お前は!! なんでそう無茶ばかりするんだっ!!」
「ごめんなさい! 他に方法が思いつかなくて!!」
後ろの方でばたばたと人々が駆ける音がする。
「いまだっ!! やっちまえ!!」
「覚悟しろや、くされ外道がぁっ!!」
「うおおおおおっ!!」
そばにいた数人の客たちがクロヴィスに向かって殴りかかっていった。
「おおおおおおっ!!!!」
クロヴィスは雄叫びを上げながら、連続で拳を繰り出す。客たちは複数の打撃を受けてあえなく床に沈んでゆく。クロヴィスの拳も殴り飛ばした反動で血が噴き出している。
「カロル、やるぞ!!」
「え、アレン!!」
アレンはそれだけ言い遺すと、カロルの言葉を置き去りに、一目散に駆け出す。クロヴィスがこちらを振り向いた。
「うらぁああああっ!!」
アレンは黒玉をクロヴィスに投げつけ、黒玉の引力を利用してクロヴィスの下へと豹のように迫っていく。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!!」
クロヴィスは拳を右左と繰り出し、ダメ押しに右脚を振り抜く。複数の打撃がカウンター気味に刺さり、アレンの膝ががくりと折れそうになる。
アレンは今にも倒れそうな朦朧とした意識の中、後ろのカロルをちらと見た。カロルは一瞬のうちにアレンの覚悟を見てとり、カロルは大きく息を吸い込むと叫ぶようにアレンに命令した。
「アレン、倒れるなっ!!」
その一言がアレンの脚に活力を取り戻させた。アレンは今にも意識を手放しそうなボロボロの身体だったが、『ギフト』の強制力が働き、全身の筋肉が悲鳴をあげながら躍動した。
「ううううぉぉあああああああああっっ!!!!」
意志を力に宿し、驚愕に染まったクロヴィスの顔面を、黒玉の引力で加速した拳が撃ち抜く。
ハンマーで壁を叩くような重たい音が響き、クロヴィスが二回、三回と転げながら吹き飛ばされた。
アレンは拳を振り抜いた姿勢で荒い息を吐いていたが、やがて意識を手放し、その場に崩れるように倒れた。
「アレンッ!!」
カロルが半狂乱でアレンの下へと駆け寄る。カロルはアレンが息をしていることを確認すると、震えながらもアレンの頭を胸に抱きしめた。
「お、おい……死んじまったか?」
客の一人がぴくぴくと痙攣するクロヴィスを脚で仰向けに転がすと、前歯を全て折られ口から大量出血したクロヴィスが、か細い息をヒューヒューと吹いていることを確認した。
「ま、まだ死んじゃいねぇ」
「だ、だが」
「俺たち……」
一拍遅れて実感がやってきた客たちはぐぐっと力を込めると、拳を天に突き出した。
「「勝ったんだぁーーーーーーーっ!!!!」」
店の天井が吹き飛ぶかのような、喜びの炸裂だった。
アレンの能力に関しては
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/11/
カロルの能力に関しては
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/7/
クロヴィスの能力に関しては
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/23/
もご参照ください。
今話はお楽しみ頂けましたか?
よろしければこのページ下部から評価・感想を頂けると幸いです。