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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第1章 青年と少女の旅立ち
2/99

黒髪の青年

 一人の青年が人混みの中を歩きながら、しゃくりと林檎を齧った。

「うん。……時期を過ぎた割に美味い林檎だな」

 林檎を咀嚼しつつ、そんなことを呟きながら辺りを見回していた。

 そこはこの国デパルト王国の首都リュテで、最大規模の市場である通称「御城下市場」と呼ばれる場所である。

 色とりどりのテントが軒をつらねる下では、日焼けで赤い顔をした売り子達が威勢のいい掛け声で自慢の商品の宣伝文句を謳っていた。

 互いに胸を張り合い押し合いへし合いするかのように張り出したテント達の下には、男が三人も並べば肩を縮こめなければならないほどに狭い道が貫いている。

 背中に荷を担いだ商人、果物を指差しながら店主と話し合う婦人、いかにも冷やかしといった様子でにやにやしながら歩くいかつい男ども、大人達の合間を駆け抜けていく子ども達、果てには獣人やエルフと言った亜人達などが、この狭い通路にぎゅうぎゅうに押し込められながら、しかし楽しげな様子で闊歩していた。

「親父がいいところだって息巻くのもわかるな、ここは。これだけ人がいるなら良い仕事も見つかりそうだ」

 食べ終わった林檎を袋の中に放りながら、青年は独りごとを呟いた。

 青年はこの辺りでは珍しい黒髪で、髪と同じ黒色の瞳は若者らしい活力に満ち、希望に溢れんばかりに輝いている。身体は細身ながら程よく筋肉で引き締まっており、動きやすそうな黒い装束を身にまとった姿は、見る者に黒豹のように俊敏で精強な印象を抱かせた。この市場のような人でごった返す中でもかなり奇抜な格好だったが、この青年においては不思議とそれが自然だと思わせるような雰囲気が醸し出されていた。

「そろそろ職業紹介所を探してみるか。今日中には仕事にありつきたいもんだな」

 青年は雑踏をくぐり抜けると市場から離れ、仕事を求めるべくとりあえずは街の中心を目指して歩き始めた。



「仕事がない?」

 青年は広い街中を散々歩き回ったあげくようやく見つけた職業紹介所で、カウンターに身を乗り出しながら声をあげた。

「これだけ大きな街で仕事が無いってことは無いだろう? 申込書にも書いた通り、どんな仕事でも構わないんだ。細いなりだが、これでも力仕事には自信がある。荷物運びでも用心棒でも、なんでもいいんだ」

「ええ、もちろん申込書には目を通させていただきましたよ。アレン・ゴードンさん」

 細面でキツネ顔をした若い受付の男は、申込書に書かれたその青年の名前を呼びながら、少しばかりおどおどとした様子で答えた。

「つまりそのぉ、なんです、ゴードンさんに見合う仕事が今は無いというわけでして」

「そんなことあるのか? これだけ人がいる街ならせめて一つくらいは条件に見合う仕事がありそうなものだが」

 アレンは疑問に満ちた目で受付の男を見据えながら食い下がった。

「いや、まぁ、なんといいましょうか。仕事自体は実は無くは無いのです」

「だったらその仕事を紹介してくれないか? ここは紹介所だろう?」

「おっしゃる通りではありますが……失礼ながら、ゴードンさんはご出身がテルミナ連邦でいらっしゃいますね?」

「別に失礼なことは無いよ。そのとおり出身はテルミナだよ」

「それが問題でして」

 受付の男は額から流れる冷や汗を拭いながら、恐縮しきった声で告げる。

「この国、特にこのリュテでは、テルミナの方への求人はほぼ皆無なのです」

「なんだって?」

 アレンがそんな馬鹿なといった様子で、身を起こした。

「デパルトとテルミナは長らく争い合う関係にあるのはご存知かと思われます。それは商人や労働者の世界でも同じでして、その影響と言いますか、テルミナ出身の者を雇ったところにはもれなく嫌がらせをされるのです」

「そんな馬鹿な!」

 アレンは思わず叫んだ。

「テルミナではそんな差別は無かったぞ」

「ゴードンさんのお国では」

 受付の男も負けじと声を張り上げる。

「そうかもしれません。しかし少なくともこのリュテはゴードンさんのお国とは違うのです」

「この国はそんなひん曲がった性根のヤツばかりなのか?」

「いいえ、いいえ、それは違いますとも。商人の中には本気でテルミナを嫌ってらっしゃる方も居ますが、大半はそんな差別主義者ではないのです」

「だったら……!」

「実を言うと」

 受付の男は声を潜めた。

「その嫌がらせをしているという者たちは、筋金入りの愛国主義者たちなのです。この国ではそんな愛国主義者たちが至るところに散らばって、全国的な組織を作り上げているのです。そいつらは、脅迫は当たり前、国家的正義による制裁とのたまいながら暴行、器物の損壊、しまいには」

 恐る恐るといった様子で、もはや蚊に向かって囁くかのようにこう言った。

「殺人も恐れないとか」

「そんなの犯罪組織じゃないか」

 アレンは憤慨しながら言った。

「ええ、まさに」

 受付の男も感じ入るように賛同した。

「しかし、この国の警察組織や法整備が整う前からずっと存在しているいわば歴史ある組織でして、巨大に膨れ上がったその組織には警察もおいそれと手出しができないのでございます」

「なんてこった……」

 この国はいい国じゃなかったのか? 親父よう……。と、この場では益体もない言葉がアレンの心中に渦巻いていた。

「そのような次第で、商人は勿論のこと、職人仕事、工場、果ては港湾の荷降ろしに至るまで、テルミナ人を雇う所は皆無なのです」

 アレンにはもはや口に出せる言葉が無かった。

「ご心痛お察しいたします。大変心苦しく思いますが……何卒、お引取りを……」



 アレンは途方にくれていた。

 その後もいくつかの職業紹介所を回ってみたが、結果は似たり寄ったりだった。中にはアレンがテルミナ人とわかると、カウンターの奥からむくつけき男が現れ、アレンを力づくで叩きのめしてやろうという様子で向かってくるようなところもあった。アレンは慌てふためきながら逃げ出さざるを得なかった。

 アレンは何処へ向かうともなく、野良犬のように一人とぼとぼと街路を歩いていた。

「この国がこんなところとは思わなかったなぁ……」

 アレンは隠しきれない失望を吐き出した。

「こうなったらいっそのことデパルト人だって嘘つこうかな……いや、名前がテルミナ風だから偽名も考えなきゃいけないか……」

 思いつめた表情で、いよいよ身分の詐称も考え始めたころ、アレンに声をかける者がいた。

「××、×××××」

 まるで何かしらの物の怪のような不吉な雰囲気をまとった老婆が、アレンにはわからない言葉で話しかけてきた。老婆は商売をしているようで、何やら怪しげな道具や机を建物と建物の狭い隙間にすっぽりと収めて座っていた。濃い紫色のローブに身を包み、頭に被ったフードからは年齢を感じさせる真っ白い髪がのぞいていた。

 老婆は深く皺の刻まれた黄土色の顔をニタニタと歪ませながら、アレンをじっと見ていた。

「デパルト語か? 俺は共通語と自分の故郷の言葉しかわからないよ」

「おや、外国から来た坊主かい?」

 と、その怪しい老婆はすぐさま共通語で返してきた。

「なんだい、婆さん。俺はいま仕事が得られなくてね。いっそのことデパルト人と偽って詐欺でも働いてやろうかと思っていたところなんだが」

「物騒なことを言う坊主だねぇ、イェッヒッヒッヒ」

 笑っているのか、さもなくば引きつけを起こしているのか、というような音が老婆の口から漏れた。

「そんな坊主を救うべく、ひとつこのワシが坊主の未来を占ってやろうか?」

 と、提案してきた。

「婆さんは占い師か?」

 アレンは占い師らしき老婆と怪しげな道具達を眺めた。

 なるほど、水晶にタロット、ダウジング用らしきペンデュラムにその他わけのわからないものが机の上にてんこ盛りだ。机にはクロスが掛けられており、その前面にはデパルト語らしき言葉が書かれたケバケバしい色に染められた紙が貼られていた。アレンはなんとなく、それらが「絶対当たる!」「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」と書かれているような気がした。

「生憎だが、俺は占いを信じない質なんだ」

 アレンが素気なく断ろうとすると、老婆は即座に告げた。

「ワシが『ギフト』持ちでもかえ?」

「婆さん、『ギフト』持ちなのか!?」

 アレンが勢い込んで聞き返すと、また引きつけのような笑い声を上げた。

「そうじゃよ、ワシは『ギフト』持ちじゃて。この世におぎゃあと生まれたうちの十人に一人くらいが持つ異能力、『ギフト』。……それをワシは飯のタネにしているのさね」

「すると、婆さんの占いってのは……」

「ヒェッヒッヒ。これらは」

 と、老婆は机の上の道具に目をやる。

「ただの演出でな。なんもせんと、お前さんはこれこれこうだと言っても大抵の者は信じぬでな。水晶をツルツル撫でてうんうん唸ってみせれば、そんな奴らもなんとなく納得するんじゃよ」

「それこそ詐欺みたいなもんだな……。それで、婆さんは具体的にどんな能力の『ギフト』持ちなんだ?」

 アレンは老婆の言うことに興味が湧いた様子で質問する。老婆は勿体つけるようにウムウムと相づちを打ってから口を開いた。

「ワシはな、相手を見ればちぃとばかし、そいつの未来を覗けるんじゃよ」

「そいつは凄い!」

 アレンが感心すると、老婆は満足げにコックリ、コックリ、と頷いた。

「興味が湧いたようじゃな、坊主。実を言うとな、お前さんに話しかけたのは、お前さんをチラと見た瞬間、お前さんの未来がワシの頭に飛び込んできてのぉ……そいつがあまり見かけんものだったので、つい声をかけたっちゅうもんでな」

「俺の未来が見えたってのか。いや、信じるわけじゃないんだが、興味を惹かれたのは事実だな。それで、そいつはどんな未来だったんだ? ……あと、坊主坊主というが、俺は19歳の立派な成人だ」

「ヒェッヒ。ワシからみれば、そこらへんのでっぷり太った大商店の店主でさえ坊主じゃよ。……それで、お前さんの未来はな、結論から言えば」

 アレンはゴクリと喉を鳴らした。

「具体的なことはなぁんもわからん」

「おい」

 アレンは梯子を外されたようにがっくりときた。

「ワシの『ギフト』は近い将来ほどハッキリ鮮明に見え、遠い将来ほどぼやけて曖昧な像になるんじゃ。じゃから、お前さんの将来について確定的なことは何も言えん。じゃが、抽象的な物言いにはなるが、ある程度のことは語ってやることはできる」

 老婆はさきほどの胡散臭さはどこへやら、痩せ枯れた枝のように筋張った両手の指先を絡めながら、妙に神妙な面持ちで語った。

「お前さんには今後、轟々と音を立てる渦潮のように過酷で大きな運命に向かわねばならんじゃろう。その時に、お前さんは自分という存在が何者なのかを知ることになる。その宿命に打ちひしがれ、自分の無力さを痛感するじゃろう。……まるで渦潮に今まさに飲み込まれんとする一枚の葉っぱのようにな……」

「……」

 アレンは無言で老婆の言葉に聞き入る。

「じゃが、そのときにお前さんを助ける者がいる。お前さんの傍らに寄り添っている。その者に心を開き、真摯に自分の宿命と向き合うことが出来ればその運命を乗り越えられるじゃろう。その者がどういった存在かはわからん。男なのか女なのか、幼いのか老いているのか、敵か味方か……。しかしその者は必ずお前さんの前に現れる。その時が来たら自覚することじゃ、このワシの言葉を覚えておいてな」

 アレンは息をするのも忘れて聞き入っていた。老婆はそこまで語るとそれまでの真面目くさった顔を再び怪しげな笑みに歪ませる。

「どうかね、なかなかの占いっぷりじゃろ」

「……なんというか、本当に抽象的だな。なんだか誰にでも何にでも当てはまるような」

 アレンがそう言うと、老婆はひどく不満げな顔をした。

「むっ、疑うか坊主。ワシはお前さんを見たときに見えた像をワシなりに解釈してお前さんに伝えているんじゃ。ある程度抽象的になるのは仕方あるまいて。……そうじゃな、さればお前さんに自分の運命を指し示す鍵となる言葉を授けてやろうぞ」

「鍵となる言葉?」

「大きな木じゃよ」

 アレンが聞き返すと、老婆は深く頷きながらその言葉を口にする。

「先程はカッコつけてお前さんの運命を渦潮に例えたがな」

 カッコつけてたのかよ。

「お前さんの未来には大きな、本当に大きな木の像が見えた。それはこの世の全てを覆い尽くさんとするばかりに巨大な木じゃ。その巨大な木の根に絡みつかれ、呻こうにも呻けず、足掻こうにも足掻けず。ただただ縦横無尽に伸ばされた木の根にその身を絡みつかれ、無力感に身も心も沈めているお前さんが見えた……」

 不吉な言葉に息をのむ。

「だが先程も言ったとおり、そんなお前さんをなんとかその根から救おうとする腕も同時に見えたのじゃ。お前さんはその時が来たと思ったら、迷わずその手を取るがいい。それがお前さんの救いになるじゃろう」

 老婆の言葉は相変わらず曖昧で抽象的だった。しかし、そんな言葉の中にも何かしらの真実を語ろうとする老婆の熱を感じてもいた。『大きな木』に絡みつかれ何もできずに暗闇に囚われる自分を幻視したような気がして、アレンは微かな身震いを覚えた。

「はい、じゃあ20ルブラ」

 と、老婆は手を差し出した。

「金とるのかよ!」

「当たり前じゃろ。こっちはお貴族様のやる慈善事業じゃないんじゃ。その日のおまんま食うのに精一杯のか弱い老婆さね。商売したら金を貰うのが当然じゃろ。お前さんも人から助言を貰っておいて、まさかタダですまそうってんじゃないだろうね」

 このババア!

「このババア! 俺が言いたいのはそういうことじゃなくて! 勝手に占われて、しかも曖昧な言葉でお茶を濁されて、それで20ルブラも取られんのかよ!! その金があれば、ちょっと贅沢な夕食が食えるぞ!」

「お前さんの代わりにワシが食ってやるから安心しとけぇ」

「何を安心するんだよ!」

 老婆の人を喰ったような物言いに憤慨するアレン。すると老婆がううむと一声唸って、こう続けた。

「そしたら、大サービスでもう一つ占ってやろかいの。お前さん仕事を探しているんじゃったな」

 なぜそれを? と言いかけたアレンだったが、そういえば老婆との最初の会話でそんな話をしたのだった。先程の占い結果に気を取られすっかり忘れていた。

「お前さんも『ギフト』持ちじゃな?」

「……なぜそれを? そんなことも見えるのか?」

 安心したところに冷水をかけられたような心地がした。アレンは思わず身を強張らせながら問いただした。

「お前さん仕事が見つかるぞい。しかも今日中に」

「なに?」

 老婆はアレンの質問には答えず、端的に未来の結果を伝えた。聞き捨てならないその言葉にアレンはつい耳を傾ける。

「今日の茜さす頃、お前さんに仕事を与える者と出会えるじゃろう。その場所はな――」


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[良い点] 読みやすい文章ですね! ここから冒険が始まるという、初々しい新鮮さが伝わってきます! アレンの能力(ギフト)がどんなものかも気になります。 冒頭の少女カロルと、どう関わっていくのか?
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