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次の日、私が家の庭を掃除しているとまたまた父の書斎に呼び出された。
『また呼び出されたのか?同じようなことがないといいけれど』
ハルはひょっこりと私に問いかけてくる。
そんなフラグを立てられては、私だって不安になってしまう。
ちょっと、辞めてよ。
とりあえず、父さんの所へ向かわなければならないわ。
私は箒を壁に立てかけて父の書斎へ向かった。
□
「それで、なんの用事ですか?またこんなに人を集めて…」
前回と同じメンバーで集まった私は、この状況を見てまたため息を着く。
そして、ひとつ不可解なことがある。
何故かみんな苦笑いをしているのだ。
父は机の上に置いていた朝の新聞を私にみせて言った。
「これ、ソラだよな?」
そこに映っていたのはルオン・ステラートと踊っている私だった。
見出しには『ついにルオン・ステラート様に婚約者現る?!謎の美女との華麗なダンスの裏には!!』と書いてあった。
いや待ておかしい。
なんだい、この『婚約者』とか、『美女』とかいうワードは。
この記事を書いた人に是非問いたいと思う。
「ち、違いますよ…?」
「いや、違うわけないだろう。このドレス、この後ろ姿…絶対ソラだろう」
私は1歩後退りして答える。
ダメだ、これは今すぐこの場から立ち去るべきだ。
そんな私の腕を母はガシッと掴んで、「ソラ、ちゃんと話を聞きましょうね?」と、言って私を話そうとはしない。
「ソラ…今のうちに言えば怒られないから…」
哀れな目で私の肩を優しく叩く兄さんを見て私の心は、ついに折れた。
「くっ…わ、私です…」
ガックリと項垂れて私は答える。
父と母は予想外にも私を怒らなかった。
「もう、終わったことだ。仕方ない。けれど、これからはお前は街に出る度にその謎の美女扱いをされる可能性がある。ソラはかなり見た目が変わったから、恐らく家の娘とは気付かれないとは思うが…何かあったら家族皆が守るから。そして、ひとつ忠告を。我がローリエ家の家訓を忘れてはならない」
そう父が言うと母、兄、サラン、シュクレが胸に手を当てて言った。
「「「1つ!目立たず、地味に生きること!」」」
「「「2つ!大物貴族には関わらず、社交界では空気になること!」」」
「「「3つ!街の住人とは仲良くしておくこと!」」」
これが我がローリエ家の代々伝わる家訓である。
そのせいか、他の貴族達には謎が多い貧乏貴族として扱われているが、そんなことは私たちは気にしていないのだ。
「お嬢様、我々はお嬢様の事をとても大事に思っております。ですので、どうか危ないことはなさらないでください…」
シュクレが心配そうな顔で私を見ている。
だが、どうせこんな田舎に大物貴族が現れることなんて、1年に1回あるかどうかだ。
「シュクレ、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
私は彼に優しく微笑んで、皆にこういう。
「私は死んでもあのルーク・フォジャーと、ルオン・ステラートと会わないから安心してください。大丈夫です、これからも我がローリエ家の平和は保たれるのですから」
□
次の日、私はイメージチェンジをした。
父にやはり危険はあるから…と言われたからだ。
お風呂で髪の毛の色素を抜いて、元々薄かった赤い髪は薄桃色へ。
その髪の毛を切って、ロングヘアーからミディアムヘアーに。
瞳の色は変えられないので、片目だけに青いカラコンを入れて、黄色と青のオッドアイにして、その上に度の入っていない丸メガネを外に出る時は着用することを義務付けられた。
服装もなぜだか次の日には、いい物が揃っていてサランに聞くと「イメージチェンジの為です」と言われた。
そんなものを買うことオススメ余裕があるのか、と彼女に問いただしたが、彼女曰く「代々受け継いでいる資産がありますので」と言われ、渋々OKした。
「では、行ってきます」
私は新しく生まれ変わった見た目と、新品の服を身にまとって街へ買い出しに行く。
やはり父は誰が付き人を求めたが、私はそれを拒否して街へ繰り出した。
「おはようございます!」
街の門をくぐって私は商店街を歩き始める。
魚屋のおばちゃんや、肉屋のおじさん、生花店のお姉さんなどなどその私の挨拶に答えてくれる。
「おはよう!あら、ソラちゃんイメージチェンジした?」
肉屋のおじさんが聞いてくる。
やはり慣れ親しんでいる街の人達は私ということをしっかりの認識してくれて嬉しい。
「ええ、少し事情がありまして…。似合ってませんか?」
「いやぁ!寧ろ可愛いから、今日はおじさんサービスしちゃうよぉ!」
そう言って肉屋のおじさんは、袋にコロッケを5つ入れて持たせてくれる。
「ほらよ!家族みんなで今日の夕飯にしな!」
「ありがとうございます!いただきます!」
そう言って私は肉屋を離れる。
その後、30分ほど街を歩き続け、買い物を終えた。
「うん、よかったぁ…たくさん今日はサービスして貰えたなぁ…」
街を歩きながら、帰路を辿る。
『よかったな。やっぱ見た目が変わるってかなりいいな』
ハルもそう言ってくれる。
やはり、ダイエットして本当に良かったと思う。
そんな気持ちで浮つきながら歩いていると、私と向かい合わせになる形で歩く青年と目が合った。
その青年は、とても見覚えがあって蒼色の髪を揺らして私に近づく。
「君は…?どこかで見覚えが…」
その青年はルーク・フォジャーだった。
何故こんなにも彼と出会うのだろうか。
私はそんなふうに話しかけられたが、聞こえてないふりをして歩き始める。
「ま、待ってくれ!」
一昨日のように私の腕を掴んで、引き止める。
ああ、うざい。
本当に何度もこの面を拝まなくてはいけないことが凄く嫌だ。
無言で振り返って、ルーク・フォジャーを睨む。
そんな私の圧にも対抗するかのように彼は口を開いて言う。
「す、少しだけ話を聞いてくれないか…?」
眉を下げてお願いする彼を見ていたら、どうしても断り辛くなってしまった。
私はコクリと頷いて、近くのベンチを指さして2人で腰掛けた。