2
サランが出ていった後、私は自分の勉強机に向かって、ノートを開いた。
ハル?起きている?
頭の中で、私は彼女に語りかける。
『へいへーい、起きてますよ。何?』
彼女は気だるげそうな、声で私の言葉に応じる。
そんなに疲れているなら、わざわざ応じる必要もないと思うのだけど…。
ねえ、貴方の記憶って本当にあれなの?
あんな、過酷な人生を送ってきたの?
『まあね、いやー、あんな若いうちに死ぬとは思ってなかったよ。まあ、ここに生まれ変わったのは結構面白いけど。なんせ、私がやり込んでいた乙女ゲーム『薔薇と楽園』の世界だよ?』
彼女は興奮気味に私に言う。
えっ、『薔薇と楽園』って記憶の中に流れてきたあのゲーム?
『うん。その詳しい記憶がソラの中にあるのは、分からないけど私の中には、そのゲームの内容が鮮明に思い出せる』
私は頭をフル回転させて、その『薔薇と楽園』のゲームの内容を思い出そうとする。
だが、どれだけ頭を捻ってもスタート画面の様子しか、ぼんやりと思い出せなかった。
『その様子だと、思い出せないみたいだね。私さ、思うんだ。私がこんな感じに転生してきたのって、今世の私をサポートしてハッピーエンドを迎えることが使命なんだって!』
顔が分からなくても、分かるそのキラキラとした雰囲気は、よほどそのゲームが好きだったのだろうと思う。
けど、それは私には関係の無いことだ。
知らないわよ、そんなこと。
なら、早く自分の体作ってもらって、それで転生したら?
『嫌だよ。自分で、考えて動くなんてめんどくさい。ゲームの世界じゃないから、強制力があるかもわからないし、そもそも攻略キャラ達が知っているとおりに動くとは限らないからなぁ…』
しみじみと言った感じで言う彼女は、本当に怠けている人なのだと少し呆れてしまう。
けれど、私も同じ立場になったら同じような考えをしてしまう気がするので、人のことは言えない。
そうね…けど先に言っておくけれど私は乙女ゲームはしないわ。
恋愛してる時間もないし、興味もないわ。
『えっ?!なんで、しないの?折角ヒロインになったなら、普通なら喜ぶでしょ?!』
そんなに驚くことだろうか。
さっきの話も、聞いていたと思っていたが…本当に貧乏なのだから、恋愛なんてしている暇はない。
結婚出来る年齢になったら、適当に決められた相手と政略結婚して、生きるつもりなのだ。
今の年齢は、14歳だ。
一応、来年から4年間学校に通う予定ではあるが、学業に専念すると決めている。
喜ばないわ。私みたいなのと恋愛したいなんて、誰も思わないわ。
こんな薄汚れた女なんて、誰も見向きもしないにきまってるじゃない。
『そんなことないって!ソラは光る原石…いやもはや磨いたらダイヤモンドになるくらいの原石なんだから、頑張ろうよ!ゲームの時だって、そういう風に綺麗になりながら、成長して行くのだから』
知らないわよ、そんなこと。
というか、人の手を借りないと綺麗になれないだなんて、そんな恥さらしなことは無いわ。
だったら、自力で綺麗になってやるわよ!
私は思わず強く言ってしまった。
少し言いすぎただろうか、ショック受けてない…?
『言ったな?今、自力で綺麗になるって言ったな?これ、言質とるからね!』
えっ?
ごめん、今の勢いと冗談だったんだけど…。
『はぁ?お貴族様は、勢いで冗談をいう人達だったんですか?』
そんなわけないでしょ!!
例え、落ちぶれた貴族でも誇りは捨ててないわ!
『おっ。言ったな?なら、もちろん綺麗になるよね?』
あっ( ˇωˇ )
これがまさに、口車に乗せられたというのだろうか…。
何となく感じられる、ニヤニヤ感は私をもっと腹立たしい気持ちにさせる。
確かに、髪の毛や肌はボロボロだし、いつも来ている服は破れたところを何度もぬい直して、決して綺麗とは言えないし、瓶底メガネに、短足デブ私は俗に言う『ブス』だと思う。
けど、どんなに美しくなりたくてもそのためのお金が無いのだ。
これはもう仕方ないことだと、私はとうの昔に諦めている。
無理よ。
無理なものは無理。
『なんで?金がないから?美しくなるのに、お金って必要じゃないでしょ。一つ一つの努力が積み重なって、出来るものでしょ?』
ハルは当たり前の事のように言う。
前世の私が住んでいた世界では、そうなのかもしれないがここは違うのだ。
弱肉強食、金がある者が勝ち上がり金の無いものが上を羨ましそうに眺める世界。
これを覆すなど、到底無理なことなのだ。
『なあ、お前は諦めてるみたいだが…前世の私…いや、この花芽陽という人は、乗り越えたぞ?短命だったが、そのジレンマから抜け出したぞ。前世を越えられない、今世がいてどうする』
やけに真剣そうに続ける彼女の話に、私は耳を傾ける。
確かにそうだが…無理なものは無理なんだよ…。
『無理無理言ってちゃ、何も始まらないよ?ソラ・ローリエをバカにしている、もっと上の人を見返したくは無いのか?ここの事情は何も知らないが、悔しくないのか?』
悔しいに決まってるじゃないの!!
あんなふうに蔑まされて、「貴族のくせに」って嘲笑うあいつらなんて、大っ嫌いよ!
私はポロポロと涙を流していた、瓶底メガネを外してゴシゴシと目を拭く。
ほら、この灰色の眼球だって人に嫌われる要因なんだ。
穢らわしい、汚れの色だってずっと言われてきたのだ。
『なら、見返してやろうぜ。一応これでも、リストラされる前はスタイリストだったんだ。ファッションデザイナーだって、兼任してた。ハルの記憶にも流れてきたと思うけど』
そう言われて、ハッと気づく。
確かに、記憶の1部に煌びやかな所で服を作っている私が見えていた。
見返す…私に出来る?
こんな、ブスの私でもそんなことが出来るの?
『もちろん出来るに決まってる。ゲームで出来たのだから…って、これはゲームも何も関係ないな。ソラ・ローリエが綺麗になりたいと願うなら、私は手を貸す。だって、それが私の他の役目だと思うからさ』
元気出せよと、彼女は言う。
そうか、誰にだって可能性はあるのだ。
こんな私でも出来るのだ。
「そう、そうよ!私にだってできる」
私は立ち上がって天井を見上げる。
いつか、この天井を突き抜けるくらいに大きく、美しくなって、あの蔑んできた奴らを見返してやるんだ!
『そうそう、その意気だ。頑張れ』
私はハルの言葉を忘れずに、心の中に留めておこうと思う。
手のひらをグッと握って、私は決意した。
いつか、絶対見返すと。