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不審者さん

作者: 瞳

 今から、一年くらい前の話だ。朝、私は駅から大学までの道を歩いていた。いつものように細い道を歩く。大体の学生は大通りの交通量の多い道を通るのだけど、私は基本的に人が少ないみんなが選ばないような道を通っていた。朝は気分が上がらないので、友達と話しながら登校する気分にはなれないのだ。だから、できるだけ友達と会わない道を選んで登校する。まぁ、下校するときもだいたい細い道を通って帰るのだけど。


 そんないつも通りの朝、細く人通りの少ない道を歩く私は一人の男性に呼び止められた。全く知らない男性である。二十代後半くらいの見た目で、ニット帽を被りレンズが少し大きめな黒縁眼鏡をかけていて、なんだかお洒落で小綺麗な格好をしている。人当たりの良さそうな雰囲気の人だ。細い道には前も後ろも、私と男性以外はいなかった。

 男性は、なんだかソワソワしていて困っているように見えた。私に、

「すいません、少しこちらへ来てもらえますか?」

と言って、道の脇のアパートの塀の影に入った。私は違和感を覚え男性を少し離れて観察していると、彼がズボンのチャックを降ろしたことが分かった。不審者、露出狂である。

 私は男性にティッシュをくれと要求されたので、持っていたポケットティッシュを丸ごと渡し、

「すいません、遅刻するので。」

と言って、その場を離れた。鼓動が速く打っていた。不審者と言うものに遭遇したのは、小学生以来だった。


 私はその日、ずっとモヤモヤしていた。あの男性は、なぜあんなことをしていたのだろうか。常習犯なのだろうか。彼はおかしいのだろうか。そんなことをずっと考えていた。そんなことをグルグルと考える、私もおかしいのだろうか。


 学校で恋人に会ったので、朝あったことを話した。不審者に親切に対応したことを笑われた。それから、危ないので今後は気を付けるようにと言われた。


 次の日、私はあの細い道を通って登校した。少し恐かった。

 あのアパートの塀の影を覗いた。誰もいなかった。私はそれから何日か、毎朝登校するとき同じように細い道を選びアパートの塀の影を覗いた。帰りは暗かったので、大通りを選んだ。


 私はずっと、あの男性にもう一度会うことがあったら彼になんと言おうか考えていた。あの男性を不審者にしたのは、社会の歪みであるように感じていた。彼は社会を生きる人間としてのバランスを崩し、動物としての、そして人間としての人間らしさを爆発させたのだ。彼に会えたら私は、

「こんな社会のために、あなたが犯罪者になって自分の人生を壊すことはないのです。」

と伝えたかった。実際、あの顔が目の前に現れたら私は怖気づいて走って逃げたかもしれないけど。

 当然、あの男性に会うことは二度となかった。





 昨日、テレビで小学校の男性教師が女子児童を誘拐し、殺害したというニュースを見た。その教師は真面目で明るく児童たちから人気で、周りの他の教師や保護者からの信頼も厚かったという。


 真面目で明るい人気教師。反動のようなものを感じた。


 一年前に出会ったあの男性の、小綺麗な格好と人当たりの良い雰囲気をふと思い出した。反動のようなものを感じた。



 あの男性はおかしいのだろうか。あの教師はおかしいのだろうか。私はおかしいのだろうか。みんながおかしいのだろうか。社会がおかしいのだろうか。


 社会がおかしくさせたのだろうか。




 分からないけれど、私はただ、あのときの不審者さんがもう人前でズボンのチャックを降ろすのをやめていて、誰かを傷つけたり警察に捕まったりしていないといいな、と思う。


 こんなことを考えていることは、恋人には絶対言えないけれど。

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