自殺前
「どうせ私が死んだって何も変わりゃしないんだよ、止めるな偽善者が」
屋上の隅でそう叫ぶ私を見ている人はいない。最後の最後まで私は一人ぼっちだったんだな、己の醜さを鼻で笑う。
「一度くらい誰かに愛されて見たかったな。」
ぽつりと呟いた。どうせ誰も聞いていないんだ、何を言ってもいいだろう。最初で最後の私の本音。
「今からでも遅くないんじゃないですか。」
後ろで声が聞こえる。
「誰だよ」
荒ぶる口調で後ろを振り返る。そこには2mは越している程の巨体のものがいた。黒と赤が混じったローブのようなものに身を隠し、顔はペストマスクのようなもので見えない。わずかに空いた目の隙間からは赤い閃光が漏れていた。
「君は残りまだ長いその人生を捨てようとしているのかい」
優しく包み込むような低くてあたたかい声。
「そうだよ、もう終わらせたいの」
嘘だ、私はまだ生きていたい。可能ならばこの先もずっと死など考えずに生活をしていきたい。だが無理なのだ。私が幼い頃に父は若い女と不倫関係になり母と私を置いてどこかに行ってしまった。母との共同名義の借金だけを残して。それでも母は女手一つで私をここまで育ててくれた、そんな母ももうこの世にはいないのだ。過労死だった。これから先私はどうやって生きればいいのか分からなくなってしまった。だから私は唯一の心の支えであった母の元へ向かおうと考えていたのだ。
「もし、もし君が良かったらでいいんだ。君が生活をできる環境を提供する。何一つ不自由がない環境をだ、その代わりに僕に君たちの、人間の事を教えて欲しいんだ。」
ここで終わろうと思っていた人生、何者かもわからない彼の提案をのむのもいいのかもしれない、私はそう考えた。
「いいですよ」
短く答えたその言葉を聞いた彼はほっとしたのかわずかに見える口角が少し上がったような気がした。