FILE5 悔恨
私と佐優梨は銀杏並木から住宅街へと移動していた。
閑静な住宅地に佐優梨の自宅がある。
夕方を過ぎるとマイホームへ急ぐ車が目に付いたが歩
行者はあまりいない。
だから、私はあの一件の感想を話せたのだった。
「その時、私は手を伸ばせたけど、それ以上、伸ばさな
かったの」
「何言ってるのよ。手を伸ばしても助からなかったわ」
佐優梨は憤慨した。
多分、忍を突き落した彼女のほうが罪悪感に苛まれて
いたはずだ。
怒りはその現れだった。
「うん。警察も事故ってことで処理したもんね」
「そうよ。考えるのはもうよそう」
少し佐優梨は早足になって歩いた。
空は夕焼けに染まっている。
こういう風景の中にいると人は感傷的になるものだ。
「だけどさ。岡崎さんは事故だって思ってないよね」
私は胸に引っかかっていた言葉を吐き出した。
幽霊が幻覚だったとしても、心の整理をしない限り、
私たちはまた幻覚を見てしまうはずだ。
佐優梨はくるりと上半身を反転させた。
「わかったわ。お墓参りにだけいこう。そこで懺悔すれ
ば幽霊騒ぎもおさまるわ」
にっこりと佐優梨は微笑んだ。
私と同じで過去に区切りをつけたかったのだ。
お墓参りが霊を鎮める効果があるかどうかではなく、
自分たちのために、私と佐優梨は日曜日に墓地に行くこ
とにした。
岡崎忍の墓は郊外の寺の境内にあった。
山を切り開いたような場所に灰色の墓石が雑然と並ん
でいた。
立派な墓から板に名前を刻んだだけの墓まで色々な物
がある。
私と佐優梨は手分けをして岡崎忍の墓を探した。
池田先生によれば、山側から三列目にあるという。
「あった。岡崎忍って書いてある」
私が忍の墓を見つけた。
墓は立派だった。
手入れは行き届いていて、華やかな花も飾られている。
私と佐優梨は忍の墓の前で並んだ。
なんとも言えない微妙な感情が胸に去来した。
先に佐優梨が言葉を発した。
「あれは事故だったの。私たちの責任じゃないの」
「岡崎さん。成仏してね」
私は早口でそう言った。
全てを懺悔しようかとも思ったが、誰かに聞かれてい
るような気がして、それはできなかった。
だが、こうして墓参りを済ませると、心の中の重石が
取れたような気がした。
「よし。お墓参りもしたし。これで幽霊は出てこないわ
」
佐優梨も同じ気持ちらしく、清々しい笑顔を浮かべた。
「なんか、ちょっとだけすっきりしたね」
私と佐優梨は久しぶりに心の底から笑いあって忍の墓
を後にした。
寺の山門に差しかかったとき、私たちは袈裟を着た男
と出くわした。
「ほぉ。若いお二人だけでお墓参りですか。感心ですな
」
男は寺の住職のようだった。
「あ、こんにちわ」
私たちは挨拶だけをして通り過ぎようとした。
が、住職は私たちの進路に立ち塞がっていた。
「亡くなられたのは、ご友人ですかな」
「はぁ。そうですけど」
渋々、私は住職と話をした。
こつこつと佐優梨はスニーカーで石畳を叩いた。
露骨に迷惑そうな気配を出してやり過ごそうとしてい
るのだ。
住職は大きな顔にすっとぼけた笑みを浮かべている。
私たちの気持ちを慮る気配はない。
「それにしては妙ですな。お墓参りなのに手ぶらとは。
さては、何か妙な体験をしましたかな。例えば、霊体験
とか」
住職はギョロ目をひん剥いて言った。
「い、いえ」
佐優梨は驚きながらも否定したが、私は反射的に肯定
してしまった。
「どうしてわかるんですか」
「あ。美保」
私は口元を慌てて押さえた。
失言だった。
なぜなら、私たちは霊を見て悩んではいけないのだ。
岡崎忍の死が事故死ならば私たちは霊など見るはずが
ないのだ。
住職は軽く坊主頭を撫で、怪しげに笑った。
「ほっほっほ。何があったかは聞きませんよ。私は御仏
に使える身ですから。ただ、一つだけアドバイスをする
ならば、恨みの強い霊はお墓参りくらいでは除霊できま
せんよ」
住職の目は全てを見透かしたような神秘的な輝きを放
っている。
私は住職の話に引き込まれていた。
忍が霊になって私たちの前に現れているならば、墓参
りくらいで許してくれるとは思えない。
「どうすればいいんですか」
私は切実に訴えかけた。
住職は手に数珠を掛け、胸で両手を合わせた。
「罪があるならば、それを償うことです。勇気がいるこ
とですが、人に真実を話すのです。そうすれば霊は成仏
してくれるはずです」
住職はそれだけを言って寺に入っていった。
佐優梨は忍を川に突き落とした。
私は忍を助けられそうだったが、助けなかった。
この真実を人に話さなければ除霊はできない。
恐らく、人とは忍の両親であり、警察であろう。
住職の言葉は私の心に釘を打ち付けたのだった。
FILE6で終わる予定です。
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