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FILE4 過去




 季節は秋だった。


 中学時代の最大のイベント、修学旅行が間近に迫っていた。


 私は普通に楽しみにしていたが、佐優梨は別の企みを持っていた。


「岡崎さん。修学旅行の自由行動、一緒にしない」


「え。でも、私は」


「小野君なら、サッカー部の友達と一緒でしょ。彼、部の友達を大切にしてるから、彼女とはいえ二人でってわけにはいかないよね」


 だいたい、このような会話があったと、その場に居合わせた友人に教えてもらった。


 私は驚嘆した。


 佐優梨をすぐに女子トイレに呼び出して話を聞いた。


 3階奥の女子トイレは不便な場所にあるので生徒が来ることはほとんどない。


 ピンクのタイルで埋め尽くされたトイレ内に窓はなく、何となく息苦しい感じがした。


「岡崎さんと一緒に自由行動するって本当」


 私は開口一番に言った。


 聞き間違いではないかという思いはあっさりと否定された。


「そうよ。今、誘ってきた」


 佐優梨は淡々と答えた。


 中学時代の佐優梨は髪をショートにしていた。


 だが、気の強そうな顔は今とさほど変わっていない。


「どういうつもりよ。佐優梨。岡崎さんを嫌ってたんじゃなかった?」


「大っ嫌いよ。だって、私が好きだって知ってたのに、小野君に手を出したんだから」


 佐優梨と岡崎忍は2年の夏前までは友達関係だった。


 一時期は佐優梨は私より岡崎忍と仲が良く、焼きもちを焼いたこともあった。


 その二人の間に亀裂が入ったのは、小野君が原因だ。


 佐優梨は小野君を小学校時代から愛していた。


 何度か告白をしようとしたが、愛が強すぎてできなかったのだ。


 岡崎忍は佐優梨から小野君にどう接すればいいかの相談を受けていた。


 それなのに、岡崎忍は小野君に告白し交際を始めたのだった。


 佐優梨が烈火のごとく怒り、岡崎忍を憎んだのは言うまでもない。


「だったらどうして」


 私は不安を抱いた。


 佐優梨は根は悪くないが、やや暴走する所がある。


 案の定、たくらみ顔で微笑んでみせた。


「ちょっとしたいたずらをするの。そうでもしなきゃ、私のプライドが許さないのよ」


「いたずら?」


「自由行動で川下りがあるでしょ。そこで彼女を突き落とすの」


 修学旅行先には川下りをできる場所があった。


 川下りは自由行動の範囲だから選択しない班もあるが、ほとんどの班が選択する修学旅行の目玉的な場所だった。


 私たちも当然、川下りを楽しむ予定だ。


 佐優梨はその川下り中に岡崎忍を突き落とすと言った。


 私が恐くなったのは、岡崎忍のある弱点を知っていたからだ。


「何言ってるの。彼女、泳げないのよ」


「美保だって岡崎さん嫌いでしょ」


「私は」


 佐優梨にストレートに聞かれ、私は狼狽した。


 恨みを引き摺る女ではないが、岡崎忍に対しては違っていた。


 意識的に顔を合わさないようにしてきたのだ。


 自らの悪感情を封印するために、だ。


「彼女、陸上部だったのに、2年の時、バレー部に急に入ってきて、美保をレギュラーの座から引き摺り落としたんでしょ」


「その事は今でも恨んでる。陸上部じゃレギュラーになれないけど、バレーならなれそうだって言ってたし。それに自分の好きなようにチームを変えてしまったし」


 私はバレー少女だった。


 うまくはなかったが、バレーだけを愛していた。


 中学校のバレー部は弱かったが、みんな一生懸命に練習に取り組んでいた。


 私はバレー部が大好きだった。


 2年の秋。岡崎忍が陸上部からバレー部に転部してきた。


 バレー部ならレギュラーになれそうだったと、岡崎忍は臆面もなく話した。


 運動神経の良かった岡崎忍は私からレギュラーの座を奪った。


 それだけでなく、岡崎忍は自分の嫌いな部員を排除していった。


 私が好きだったバレー部は岡崎忍によって壊されたと言っても過言ではなかった。


「そういう女よ。岡崎って」


「だけど、やりすぎじゃない?」


 私も岡崎忍に仕返しをしたいと思っていた。


 だが、泳げない人間を川に突き落すことには抵抗があった。


「大丈夫だって。川下りといったって穏やかな川だし、大人もいっぱい一緒にいるのよ。ちょっと水に入る程度よ」


 佐優梨は明るく言った。


 ちょっと困らせるくらいならと私は同調した。


 向こうは川下りのプロだ。


 安全対策だってきっとしっかりしている。


 思えば、この予測が悲劇の始まりだったのだ。




 私と佐優梨と忍は同じ船で川下りを楽しんだ。


 前日が雨だった影響で川の水流は予想よりも激しかった。


 そのため紅葉が始まった渓谷の景色を楽しむ余裕はなかった。


 ザブーン。


 船先が激しい水しぶきをあげた。


 ばちばちと雨粒が船上に降り注ぐ。


「キャーッ」


「川下りって結構スリルあるね」


「うん。もう、体中びしゃびしゃ」


 私と佐優梨は川下りを楽しんでいた。


 防水用のビニールシートはほとんど役に立たなかった。


 中学校のブレザーの制服はぐっしょりと濡れている。


 私は心のどこかで計画が中止になることを期待していた。


 佐優梨は隣の忍と楽しそうにはしゃいでいた。


 彼女の笑顔から悪意は微塵も感じ取れなかった。


「岡崎さん。楽しんでる」


「うん。もう、最高」


 忍も川下りを楽しんでいた。


 難所と呼ばれる場所では佐優梨に抱きついたりしていた。


 こうして見ると仲の良い友達に見える。


 が、佐優梨は難所を越えたところで私に耳打ちをしてきた。


「ねぇ。ここなら流れも穏やかだからいいんじゃない」


「そうね」


 船は川幅の広い流れの穏やかな所を通っていた。


 佐優梨がやる気なので私はここで計画を実行することに同意した。


「じゃ、やるわよ」


 ぽつりと、そして心底楽しそうに佐優梨は呟いた。


「見て。あそこに動物いなかった」


 激しい流れが一段落し呼吸を整えている忍にわかるように、佐優梨は山の急斜面を指さした。


 所々剥き出しの岩が見える斜面は確かに鹿などがいても不思議ではない場所だ。


「えっ。どこ」


「ほら。あそこ」


 佐優梨は忍に密着して、斜面を指差し続けた。


 これが邪悪な計画だと知るよしもない忍は愛らしい目で動物を探した。


 が、突如として景色が一変したはずだ。


 ドン。


 鈍い音がしたと思うと、次には派手な音がした。


 バシャーン。


 計画通り忍は深緑色の川に転落したのだった。


「あぁっ。大変。岡崎さんが川に落ちた」


 佐優梨は見事な演技力で驚いてみせた。


 バシャバシャと忍は川の中でもがいている。


 船に二人いる船頭の顔色は一気に強ばった。


「何だって。この先は激流になってるぞ。早く助けろ」


 舟先にいた船頭が観光客をかき分け船尾に走った。


 忍は水面に顔を出すのが必死の状態だ。


 泳げない上に水を吸った服がもがくことを邪魔していた。


 船と忍は水流が増した川の流れにどんどんと流されていく。


「まずいぞ。もうすぐ激流に入る」


 船尾で舵をとっていた船頭は悲鳴に近い声を上げた。


 船は白い水飛沫を上げる激流に接近していた。


 もう一人の船頭は長い棒を岩場に突き刺し、強引に船を忍の方へと動かした。


 がくっと船上が揺れたと思うと、私が手を差し出せば届きそうな位置に忍がいた。


「岡崎さん。捕まって」


 私は必死に手を伸ばした。


 忍は溺れていて、浮いていることだけで限界に見えた。


「うぷ。うぷ」


「どうした。早く船のほうに来い」


 忍は一掻きすれば私の手の届く場所にいた。


 船頭は忍に泳ぐように促した。


「彼女、泳げないんです」


「ちっ。もう少し船を寄せるぞ」


 長い棒と腕を限界まで伸ばして船頭はもう一度、岩をついた。


 船はわずかだけ移動した。


「岡崎さん。私の手に捕まって」


 忍は気力を振り絞って腕を伸ばした。


 私も手を差し出した。


 腕は限界まで伸びていたが、体をもう少し傾ければ、彼女の手に届く。


 その時だった。


 忍は私と佐優梨を睨み付けてこう言ったのである。


「ゆ、許さないわよ。うぷ。私を突き落としたでしょ。うっ。警察に訴えてやる」


 結局、忍は救助されなかった。


 船と忍は激流に突入し、忍は溺死した。


 警察は安全対策を怠った事故として、川下りの職員数名を起訴した。


 私と佐優梨が罪に問われることはなかった。


 これが、私が封印していた記憶の一部始終である。



FILE5に続きます。

気になったら、読んでください。

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