FILE3 先生
「あ。高橋さんと伊藤さんじゃないの」
私たちは不意に誰かに呼び止められた。
声は大人の女性の物だった。
反対側の歩道で水色のミニスカのスーツを着た女性が手を振っていた。
女性はばたばたとした足取りで道路を渡ってきた。
「えっと。誰ですか」
私と佐優梨は顔を見合わせた。
「中学校の担任を忘れたの」
「ひょっとして池田先生ですか」
「そうよ。やっと思い出した」
私は懐かしさと驚きを感じた。
池田先生のイメージは黒髪と地味な服だった。
それが今は茶色の髪に水色のスーツだ。
すぐに思い出せないのは無理もない。
「先生、髪の色、変えたんですか」
「そうなの。ちょっとした気分転換でね」
「その方が若く見えますよ。ねっ」
「うん。似合ってますよ」
私と佐優梨は池田先生に見とれた。
今の先生からは大人の色気が感じられた。
ただ、私と佐優梨は完全には再会を喜べなかった。
先生が外見をがらりと変えなければならない理由に心当たりがあったからだ。
「そういえばあなたたち、岡崎さんのお墓参りにはちゃんと行ってる」
池田先生は心当たりにいきなり触れてきた。
私は思わずびくっと体を震わせた。
封印してきた過去の傷に釘がささったような気がした。
「いえ。最近はちょっと」
こういう時、佐優梨は平然としている。
一瞬、頬を引き釣らせたが、すぐに笑顔を繕ってみせた。
「ダメよ。お墓参りには行かないと。岡崎さんが亡くなったのはあなたたちの責任ではないけれど関係はあるでしょ」
「また、いつかいきますよ」
「そうそう。暇なときにでも」
私も笑顔を演じた。
話題を変えたかったからだ。
池田先生は微笑んでいたが瞳の奥に影が差していた。
先生もあの一件を乗り越えられていないのは明白だった。
「もぅ。行かないつもりね。言っておくけど、お墓参りって馬鹿にしちゃいけないのよ」
「どうしてですか」
「知っている霊を見てね。その人のお墓参りにいかないと殺されてしまうのよ」
「はははは。そんな、まさか」
「心霊話ですか」
科学的な根拠のない話に私と佐優梨は困惑した。
先生はそんな事をいうタイプではないから余計に戸惑わされた。
だが、池田先生は真剣な顔だった。
冗談ではないというのはすぐに伝わってきた。
「これは実際あった話なの。私のおばさんがね。そのおばさんはお墓参りとかが嫌いで祖母のお墓参りに行ったことがなかったの。そしたらある夜、祖母の霊が枕元に現れたんですって」
私は一人、息を飲んだ。
風呂場で見た霊は岡崎忍だった。
葬儀の後、お墓には訪れていない。
一滴の冷や汗が背中を流れ落ちた。
「それで、その叔母さんどうなったんですか」
「すぐにお墓参りに行ったら霊は出なくなったんだけど、その話をある寺の住職にしたら、危ないところでしたねって言われたんだって。どうも知り合いが枕元に出るのは危険みたいね。生前に遺恨がなくても霊に殺されることがあるそうだから、お墓参りにはいかなきゃダメよ。って、あなたたちどうしたの。顔が真っ青よ」
池田先生は私と佐優梨の顔面が蒼白になっていることに気づき、目を丸くした。
佐優梨は途端に笑顔になったけど、私は作り笑顔もできなかった。
「いや。なんでもないですよ」
「ごめんなさいね。脅かすような事言っちゃって。私はお墓参りの大切さを伝えたかっただけなの。それじゃ、先生は用事があるから失礼するわね」
池田先生は左手首の時計を見ると、慌てて立ち去っていった。
私と佐優梨は先生の後ろ姿が小さくなるまで見送った。
そして、二人っきりになると、ごくりと生唾を飲んだ。
「ねぇ。美保。岡崎さんの霊って見たことある?」
「お風呂場でちらっと、ね」
「私もベットの横に立ってたことがあったの」
佐優梨も霊を見たようだった。
しかも、岡崎さんの霊を、である。
私はぎゅっと唇を噛み締めた。
恐怖が足下から徐々に這い上がってくるような感覚がする。
「でも幻覚よ」
佐優梨は私の手をぎゅっと握って言った。
彼女の手は暖かくて力強かった。
私も霊など信じてはいない。
今まで幻覚だと思い込んできたのだ。
「だけど、先生は霊に殺される事もあるって。しかも、私たちには殺される理由があるし」
私は無意識で禁断の台詞を口にしてしまった。
佐優梨は反射的に言葉を発した。
「何言ってるの、あれは事故よ」
「わかってるわ。私も、あの問題をぶり返すつもりはないよ」
「落ち着いて。霊なんてこの世にいるはずないわ。私たちは誰にも殺されたりなんかしないし。恨まれる理由もないの」
私は佐優梨と一緒にいてよかったと思った。
佐優梨はちょっと気が強くて我がままな性格をしているが、こういうときは頼りになった。
「うん。わかってる」
佐優梨のために、何より自分自身の将来のためにも、私はあの一件が不幸な事故だったと、改めて思い込むことにした。
だが、一度開いた記憶の蓋は簡単には閉じられないものだ。
私はあの日の記憶を思い出してしまった。
FILE4へ続きます。
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