FILE1 影
この作品は横書きをイメージして書きました。横書き表示でお読みください。
世の中には無数の霊がいると言われている。
自縛霊、浮遊霊、悪霊……。
私はそれらの霊を恐いと思ったことがない。
例え霊を見たとしても、驚きはしても、恐怖はしない。
なぜなら、霊が何者なのかを知らないからだ。
あかの他人の霊なんて実際は恐くない。
私は、そう思っていた。
その日、私は憂鬱だった。
高校2年といえば楽しいことがたくさんあると思っていた。
だが、現実は違う。
恋も、遊びも、学校も、特に楽しくはない。
友達もいるし、男に告白もされたけど、中学時代に抱いていた夢とはギャップがある。
心から、楽しめないのだ。
もしかすると、私はまだ、あの時の出来事を引き摺っているのかもしれない。
「あぁ。暗いこと考えるのは、もうやめよ」
私は制服のスカートを脱衣所の棚に入れた。
浴室のドアは水蒸気でびっしり埋め尽くされている。
先に入っていた弟が湯船の蓋を閉め忘れたようだ。
そのため脱衣所から浴室に入ると、ほんのりと暖かかった。
湯船に手を入れると、湯の温度は少しぬるめだった。
ザブーン。
私は洗わないまま、湯船に入った。
入浴剤で緑色になった湯があふれる。
風呂に入ると気分が少しだけ良くなった。
「田中君と付き合おうっかな」
私は告白され、返事を保留にしている田中君の事を考えた。
田中君は普通の男子高校生だった。
好みのタイプではないが、選り好みしていると20歳なのに処女とかいう、みっともない女になりかねない。
シュポシュポシュポ。
湯船から出ると、私はポンプ式のシャンプーに手を伸ばした。
セミロングの髪はロングだった頃より手入れが楽だ。
だけど、シャンプーの量というのは変わらないものだ。
頭を洗い始めると、泡立ちが良過ぎたためか、目が開けていられなくなった。
その時である。
私は嫌な気配を感じた。
ジーッ。
視線を感じるという言葉はオカルト用語ではない。現実で用いられる言葉だ。
私は確かに視線を感じたのである。
無論、風呂場には誰もいない。
シャーッ。
慌てて頭のシャンプー液を洗い落とす。
目を開けると、曇りきった鏡が見えた。
そのままでも若干、うら若き女の裸体を確認することができた。
背後から視線を感じたが、鏡に映ったのは私だけだった。
「えっ」
不意に、それを見つけたとき、私は絶句した。
風呂場には一人しかいなかったが、水滴のついたドアにぼんやりと別の女の顔が浮かび上がっている。
灰色で、半透明の、明らかに生身の人間ではない女の顔だ。
恐怖映画ならキャーッと金切り声を上げるが、真に恐怖すると声などでない。
私は目を見開き凍りついた。
見知らぬ人間の霊など恐くはない。
だが、知っている人間の霊は、奈落に突き落とすほどの恐怖を私に与えたのだった。
FILE2に続きます。
気になったら、読んでください。