第四話 指令
中途半端なところで途切れますが、これで終わりです。
ここまで読んでくれた方がいたのでしたら、私の自己満足に最後まで付き合ってくれたことに最高の感謝を。
ありがとうございました。
シャルティアスを検診に連れて行った日からまた、更に一週間と二日が過ぎた。
ここ最近は特に何か大きな事が起きたわけでもなく、家の中で本を読むあの子に付き合っていたり、街に散歩に出てはいつものように食べ物を貰ったりと、特に変わり映えの無い日々を過ごしていた。
けれど、そんな穏やかな日々はある日、王城から送られてきた一通の手紙によって一旦の終わりを告げた。
「……なぁライオス。俺にはもの凄く嫌な予感しかしないんだけど、この手紙を破り捨ててもいいか?」
「止めておけ。そうして後で苦労するのは自分なのだから、諦めろ」
「そうは言ってもなぁ」
何故ここまで、俺がこのたった一通の手紙を忌避してるのかと言えば理由は単純。
この手紙の差出人が、何を隠そうあの馬鹿王。ライベルト=ニコライオスからの物だったからだ。
正直、この時点でろくなモノじゃないだろう可能性はかなり高い。今までの傾向から考えれば十中八九、一般騎士にでもできる様なただの雑用程度だし。中には稀に、本当に稀に急ぎの緊急の用事があったりするのだから手に負えない。
だからライオスの言う通り、諦めてさっさと内容を確認するべきなんだけど……今回は本当に嫌な予感がする。
今までとはなんか、比較にならない程の面倒な気配がしてる気がしてさ。
「仕方ない、覚悟を決めるか」
そうして手紙の封を開けて内容を確かめてみると、そこには長々と厭味ったらしい文が書き連ねられていた。
この時点でしっかりと読む気が無くなりかけたけれど、それでも何とか最後まで読み進めて行くと、だいぶ厄介な事になっているようだった。
内容を簡単に要約してしまえばこんな感じになる。
まず最初に、延々と調査を放って一人帰ってきたことに対する文句が続いていた。流石にこれにはあまり強く言い返すことは出来ないから、それもまぁ仕方ないとしてもちょっとしつこい気もする。
それに続いて書かれていたのは、その厄介になっている事。
どうにも北のクロアゼルム台地に、恐ろしい数のフレアリザードが大量発生したらしい。その数は恐らく数百以上らしく、グレムバルド王国の一軍を出しても負けはしないだろうが、被害はただでは済まないだろうと予測が出来るため、何とかしてほしいとの事らしい。
これについては流石に思う所があるらしくて、普通の要請としての依頼となっていた。いつもこうなら楽なんだが。
だけど、これはちょっと面倒というか、あまりやりたくはない依頼だな。要請だから断れないけどさ。
「……これは、ちょっと遠慮したいなぁ」
「どうした、何か問題でもあったか」
「問題というか何というか、かなり面倒な要請だった」
「ほぅ? 内容は」
聞かれたからとりあえず話してみる。別段隠すような物でも無いしな。
そうして簡単に話してみると、ライオスも流石に顔を引きつらせて、これはどう言ったものかという反応が返ってきた。
まぁ、そうなるよな。俺も同じ反応するだろうし。
「それは……流石に桁が違うだろう。いくら何でも一人で行くわけではあるまい?」
「いや、そうも言ってられなくてさ」
「何故だ?」
「フィオラが居ない」
あたかも不思議だというような顔で聞き返されたけれど、俺だってそういう理由が無ければ一人でなんて行きたくないっての。
どうにもあの調査書のせいで魔術協会の方で色々と起きたらしく、それの用事があって数日空けるらしい。
それになんか、手紙の内容を見る限りではアーライズ大陸の方の動きが怪しくて、騎士団の方も動かせないみたいだしさ。
「……なるほど。だから俺は留守番という事か」
「悪いけど、そういう事になる。シャルティアスを一人にする訳にはいかないし、かといって連れて行く訳にはいかないだろ?」
「確かに、その通りではあるが。だからといってお前一人で行かせるのも、俺としては納得し難い所だ。どうにも出来ないのか」
「ミリアの所に預けるって手も無くは無いけど……今日ってあれだろ?」
「バザー、だったか」
「ああ。しかも今日のはいつもの様なただのバザーじゃなくて、年に一度の教会新生記念日のだから、預かれるだけの余裕はあっちにもない」
バザーそのものは月に一度、資金調達も兼ねて小規模のものが催されている。
でもこれは、ミリアが教会の体制を一新させた後、以前までの雰囲気を払拭しようと色々と画策した結果生まれた行事だったりするため、そこまで回収できてるわけではないけど。
けれどその中で、年に一度くらいは大規模のものを開いてもいいだろうと考えた結果、教会新生記念日と称して行われる大規模バザーが生まれたという経緯がある。そのため、この日だけは資金調達って本来の目的は度外視で、かなりのお店が出されている。
そんな日が本日で、準備自体は一月かけて予定が組まれているため前日以外はそうでもないけれども、当日の今日は教会内はかなり忙しい日となってる。よほどの事が無ければ、治療院の方も開かれないほどに。
ちなみに、通常のバザーになると教会内で行われるけれども、大規模な新生記念日のバザーになると中央の噴水広場で行われる。期間は二~三日間。
何でそんなに詳しく知っているのかと言えば、これが作られた時の話し合いに、俺とリージアも巻き込まれたからという経緯があったりするけど、それは説明の必要ないだろ。
こんな急用が入ってこなければ、シャルティアスと一緒に回りたかったんだけど。
仕方ないとその辺りは割り切って、用意を始める事にしよう。一日で片を付ければ、一緒に回れる。だったら急ぐしかないだろ。
フレアリザード数百匹くらい、なんてことは無い。
「だが、ギルドは大丈夫だろう? 今なら特に問題も起きないであろうに」
「それも却下だな。何故か知らないけど今回のバザーがいつもより大規模で、急遽街の人たちまで屋台を出すもんだから、教会の方も人手が足りないからってかなり人手を要請してたし」
確か、そのせいで今回は中央区全域を使うんだっけか。なんかそんな愚痴をミリアから散々聞かされた気がする。
「なるほど、な。ならば仕方ないだろう、任せておけ」
「すまん。説明は俺からするし、一日で片を付けてくるから。今日……最悪明日も無理でも、せめて最終日くらいは一緒に回りたい」
「そうか。ならば、今日くらいは俺が連れて行こう」
「ありがとな、頼む」
「ああ。だが、早く帰って来てやれ。俺ではあまり、満足に案内は出来はしないだろうからな。お前と一緒の方が、あの子も喜ぶだろう」
「わかってるよ」
そうして一度リビングの方に戻り、説明をしようと、ソファに座りながら本を読んでいたシャルティアスの隣に座る。
あまり細かくは説明する時間も無いから、納得しやすいように簡単にだけどな。
「シャルティアス。一つ話したいことがあるんだけど、いいかな」
「? どうしたの、リオン」
「あのな。ちょっと急用が入って、今から出なくちゃいけなくなったんだ。ライオスと一緒に留守番、出来るか?」
「きゅうよう? どれくらいでかえってくるの?」
「早ければ今日中には帰って来れるだろうけど、もしかすると明日の昼頃になるかもしれない。だから、ライオスと一緒に留守番していてほしいんだ」
「ほんとうに、かえってくるよね」
不安そうに聞き返してきたけれどそれに対する返事なんて、僅かでも考えるまでもない。
「約束したんだ、当たり前だよ。俺は絶対に帰ってくるから」
「……うん、わかった。ちゃんとおるすばんしてる」
「ごめんな。早く帰ってくるからいい子にして、ライオスの言う事を聞くんだぞ? フィオラも留守にしてるから」
「ん!」
元気に返事をしたシャルティアスの頭を撫でつつ、準備を始めるために立ち上がり、リビングから出たそのままの足で自室へと向かう。
今回必要なのは何だろうな。
野宿する予定はないから、簡易天幕は必要ない。一応携帯食料と水くらいは持っていった方がいいよな。流石に水分補給も無しで走り続けるのは辛いし。
これだけなら、軽く背負うだけで済むか。
次に武器は……フレアリザードくらいならミスリルの方で大丈夫だろう。あっちを使ってしまったら、いくら何でも過剰過ぎだ。
「よし、こんなもんか」
装備も整え、剣帯に長短剣のそれぞれを下げて準備は終わり。
後は早く、北に向かって片を付けてしまえばいいだけだ。俺ならそこそこの速さで走れば、あそこまではたぶん片道四時間程度か。馬車だと一日半くらいかかった気もするけど。
大体の到着時間を予想しつつ、玄関まで下りていくとそこにはシャルティアスとライオスの二人が待っていた。
見送りでもしてくれるのかな。
「お前なら心配する必要は無いだろうが、くれぐれも気を付けろ」
「わかってるよ」
そんなに釘を刺されなくてもわかってるよ、まったく。
この程度だって思っていても、油断なんてしないってのに。今はこの子も居るんだから。
「リオン」
「どうしたんだ、シャルティアス」
と、内心で苦笑していると、今度はシャルティアスから声を掛けられた。
そのため、話しやすいように目線を合わせるために、しゃがみ込んで顔を覗き込むと、しっかりと俺の目を見返してきながら口を開いた。
「きをつけてね、いってらっしゃい!」
「――ああ、行ってきます」
何だかそんなシャルティアスがとても愛おしく思えて、軽く抱きしめて返事をし、離れてから更に頭を撫でてから俺は出発した。
・・・・・・
「いっちゃった」
「そうだな。だが、すぐに帰ってくる。心配はせずとも大丈夫だろう」
「うん」
リオンがきゅうようができたってどこかにいっちゃったあと、わたしはまだげんかんのところにいた。
よくわからないけど、なんだかリオンがとおくにいっちゃうってことが、すごくさみしくかんじてる。
だけど、さいごにだきしめてくれたあたたかさがのこってるから、かえってくるまではだいじょうぶ。……でも、できるだけリオンのことをかんじていたいな。よるは、リオンのおへやでねむりたい。
あ、そういえば。
「ねぇ、ライオスおじいちゃん」
「む? どうした、シャルティアス」
「フィオラもいないって、ほんと?」
「らしいな。リオンが言うには、どうやら何かしらの面倒事が起きたらしい」
「そうなんだ……。どうしよう」
フィオラ、いないんだ。
だったら、どうしたらいいのかな。
「何か問題があったか?」
「おふろ、どうすればいいの?」
わたし、まだひとりでおふろにはいれないよ?
いつもフィオラがいれてくれて、いろいろとおしえてくれるけど、まだひとりではいっちゃだめっていわれてるもん。
からだはなんとかひとりであらえるようにはなったけれど、かみのけはまだできないし、おふろもささえてもらわないとこわいから。
だからわたしは、どうすればいいんだろう。
「なるほど、確かに問題だな……」
「おじいちゃんが、かわりにいれてくれるの? わたしはまだ、ひとりじゃはいれないから、だれかいないとはいれないよ」
「すまない。生憎と小さな子を風呂に入れた事が無くてな、入れ方はよくわからない。ミリア辺りが捕まれば良いのだが、数日の間はそうもいかないだろう」
「なにかあるの?」
「教会が主導で行っているバザーがあってな、それが今日から三日間行われるため忙しいらしい。この辺りの詳しい話はリオンに聞いた方が良いだろう、俺より詳しいからな」
「……うん」
バザーってなにかしらないけど、リオンといっしょにいってみたかったな。いつものようにつれていってもらったらきっと、たのしいんだとおもう。
けど、リオンはいま、いないから。ちゃんとおるすばんしないといけないから。
かんがえてても、かなしいだけだから。
「そんなに辛そうな顔をするな。リオンも早く帰ってくると言っていただろう? それにあいつも、せめて最終日くらいは一緒に回りたいと言っていた。だから安心すると良い」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。だから今日は、俺と一緒に行くとしよう。昼の用意をするのも手間だし、あいつにも頼まれたのでな」
「うん!」
おじいちゃんといっしょにバザー、たのしみ。
でもやっぱり、リオンはやくかえってくるといいな。そのほうがもっと、たのしそうだから。