プロローグ
もし読まれる場合は、これは未完成作品ですので途中で終わることを念頭に置いて読んでください。
絶対に完結もしないですし、続きも投稿されません。
「ねぇ、私はなんでここにいるのかな」
物心ついたときから、私はこの暗い部屋の中にいた。
「ねぇ、私はいつまでここにいればいいのかな」
もう、両手の指では数え切れないほどの年が経っていた。
「ねぇ、私はなんで生まれてきたのかな」
生まれてきた意味は無いんじゃないかって思っていた。
「ずっと、ずっと、ずっと考えてきた」
知識を蓄えるための本は山のようにあったけど、私の疑問は解決しなかった。
「ねぇ、教えて。――私のこの、ささやかな願いはどこに向ければいいの?」
もう一人は嫌、私の孤独を埋めて欲しい。
「私はもう、ここに居たくないよ……」
――この暗闇から私を解放して。
そんな私の願いが叶うのは、まだずっと遠い未来の事。
空はまだ、見えない。
・・・・・・
空はいつまでも暗く、光が射しこむことの滅多にない土地。アーライズ大陸。
この大陸は遥か昔に魔族たちが移り住み、彼らの安住の地とされている場所なのだが、今はその中央にある城の中で騒動が起きていた。
「お姉、ちゃん。どこまで、逃げるの⁉」
「ごめんね、わからない。でも、貴女が生きるためには今は逃げなくちゃいけないの」
「でも、でも! お姉ちゃんが!」
「私は大丈夫。お姉ちゃんが強いの、知ってるでしょ?」
「でも、傷が……」
「見た目ほど酷くないから、本当に大丈夫だよ。それに、あいつらは絶対に私を殺せないんだから」
そう確信を持って手を引いている少女に話しかけている子も、その子を姉と呼んでいる手を引かれている女の子もお互いに長い銀の髪を持っていて、背丈以外の全てが瓜二つだった。
けれど二人の身なりは正反対であり、姉と呼ばれた方の少女は黒い煌びやかなドレスを着ているのに対し、妹と思われるもう一人の少女はボロ布一枚を羽織っているだけの姿。
他にも瞳の色が姉は深い紫色なのに対して、妹の方は高く澄んだ青空の様な色をしている。
外見として違うのはその位しかないのだが、何故か妹の方だけが追われていた。
と、二人の少女が必死に逃げ続けていたのだが、次第に奥へと追い込まれて行き、ついには行き止まりへと追い詰められてしまう。
「行き、止まり? ……やっぱり、土地勘の差はどうしようもないか。けどこのままじゃ――『お姉ちゃん! 後ろ!』――え? っ、離せ! ヴァイド!」
「や、やだ! 離して! お姉ちゃん!」
姉が行き止まりで、これから先どうしようかと悩んでいたその時、妹の姉を呼ぶ声と悲鳴が響く。
その瞬間、姉は紅い鱗を纏ったトカゲの様な頭と尻尾を持った何者かに羽交い絞めされ、妹は人狼の様な何者かに床へと押し付けられていた。
羽交い絞めにされている姉は一見楽そうに見えるけれども、胸を絞めるようにされているせいで息をするのが少し難しくなっているようだ。
けれど、ヴァイドと呼ばれた男の手つきは決して姉を傷つけはしないようにも感じられる。
だが妹の方は、何の遠慮も無く床押し付けられているせいか苦しそうな顔をしている。
「く、っそ……もう、追い付いてくるなんて……」
「いくら新たな魔王様であろうと、あまり勝手はしないで欲しいものだ」
「うる……さい……! 姉が、妹を守るのに……理由なんてない!」
「前魔王様が死した理由であるだろう奴を、お前がどう言おうとオレたちが逃がすわけがないだろうが!」
「私、何もしてない! お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
「黙れガキが!」
何もしていないと叫ぶ妹の頭を、押さえつけていた人狼のような男が思いっきり床へと叩きつける。
「ぅ……あ……」
「――フィード!」
「暴れるな、魔王様」
「うるさい! 離せ! その子は何もやってない!」
「聞き分けの無い方だな。フィード、あれを使ってしまえ」
「あれ? あぁあれか。そうだな、いい加減自分の立場をしっかりと理解してもらわねぇといけねぇもんな」
そう言ってフィードと呼ばれた人狼は、懐から一本の短剣を取り出して姉へと見せつけた。
その短剣に鍔は無く、刃は嫌な漆黒に染められていて幾本かの赤い線が走っている。更にその赤い線は脈動していて、あたかも短剣そのものが生きているかのように錯覚させるほどの禍々しさを放っている。
「なぁ魔王様よ。これ、何かわかるか?」
「わかるわけ……ないでしょ」
「そりゃそうか。これはな、使い捨ての呪いの短剣だよ。斬りつけた奴を徹底的に壊す強力な呪いをかける」
「それで、何をするつもり……?」
「わかっているのだろう? そいつに突き立てるのだという事を」
「――そんなの、絶対にさせない! その子は、その子だけは絶対に! その子は私の、私たちの希望なんだから!!」
「希望? 訳のわからない事を――むっ? どこからこんな力を……⁉」
ヴァイドがそういった瞬間に、姉は全力で拘束を振り切り飛び出した。
一瞬の逡巡も無く、ただひたすらに思いのまま。
フィードによって今まさに振り下ろされた、短剣の先へと。自らの大切なものを守るために、他に打つ手はあったはずなのに、それにも思いつかないくらいに必死に。
「っ!」
けれどその手は、完全には間に合わない。
姉が伸ばした手の先は、妹の背中の上に短剣で縫い留められていた。
短剣の大半は姉の手によって遮られているが、それでも一部は妹の体へと突き立てられてしまっており、突き立てられた二人は同時に呪いが発動してしまう。
『あ、あああああああ!!!!』
「何やってんだよ、あんた。つまんねぇ事しやがって」
「仕方あるまい、魔王様だけ連れて戻る――『させ、ない……』――ん?」
「――このまま、この子を殺させはしない……! この子は、この子だけは絶対に! その代わりに私がどうなっても構わない! だから逃げて! 私の全力で、貴女だけは逃がすから!!」
「おね……ちゃ……や、だ……」
「魔王様はともかくとして、ほとんどを肩代わりされたとはいえあの呪いを受けて話すだけの余裕があるとは、少し低く見過ぎていたようだ。我々でも恐らくこれは耐えきれぬだろうほどだというのに。こいつは実験台にする方が良いだろうか」
「させる……か!」
そうして姉が叫ぶと、呪いに苦しみながらも明確な意思を込めて何かを唱え始める。
すると、その詠唱に呼応して妹の周囲に謎の光が集まり始め、次第に光が強くなっていき、詠唱が完成するとその光に完全に包まれて消えて、その残滓だけが残っていた。
「ふむ、転移魔法を使うとは面倒な事をしてくれるものだ。だが、こうすれば何の問題も無いだろう。折角の素材だったが致し方あるまい」
姿が消えていくのをただ見ていたヴァイドは口を開くのと同時に、手を残っていた光の残滓へと向けてこちらも何かの詠唱を始めた。
その詠唱が完成すると同時に光に向けて赤い何かが飛んでいき、消えて行った少女の後を追うようにまた、それも消えていく。
「行くぞ、フィード」
「わーったよ、ヴァイド。思ったより遊びがいは無かったな」
自らが放ったものが消えて行ったのを確認したヴァイドは、転移魔法を発動してから倒れていた姉を抱えて、フィードを連れて歩き出す。
彼らが去った後には、僅かな血痕以外には何も残ってはいなかった。
――ごめんね。お姉ちゃん、約束を守れないかもしれない。だけど、貴女を救えたのは……私の誇りになる。
――貴女ならきっと、どんなことでも乗り越えられるから。
――だから、今はどんな事をしても生きて。
――私の大事な、一人だけの妹。