金とパン
俺とマリウスは荷車の番をアリエルに任せて冒険者ギルドに来ていた。やはり、何かあったのだろう。受付でゴブリンと受付嬢がなにやら揉めていた。
受付嬢はこちらに気付くと、目を輝かせながら手を振って、助けを求めてきた。
俺、ではなくマリウスに・・・
「あ! マリウスさーん! 丁度いいタイミングで来てくれました! 」
受付のお姉さんは、助けを求めるように。
「実は、お願いしたい事があるんですけど・・・・」と訊くと、
マリウスは砕けた口調で
「別にいいけどよ、頼みって何だよ? 」と、返した。
俺はすごい疎外感を感じていたが、そんなのお構いなしに。
「ありがとうございます!! 詳しい内容は、奥の部屋で話しますね。どうぞこちらです」
嬉しそうに受付のお姉さんは部屋へと案内していた。
俺の存在は置き去りにして話が進んでいく。マリウスって、もしかして思った以上に有名人なのだろうか。あの受付嬢とも親しそうだし。
俺達とゴブリンは受付のお姉さんに連れられて奥の部屋に来ていた。ゴブリンと同席というのは初めてだ。だが、別に、思ったほどの醜悪さを感じないのは、彼らが特別なのだろうか。
例えるならば、常に気難しい顔をした爺さんを相手にするくらいのものだ。...まあ、肌は緑色だけど。
あれ?それはそれで面倒くさいような。...
「どうぞ、ご着席ください」
受付嬢は全員の着席を確認すると、仕事スイッチが入ったのか、急にキリっとして、概要を説明し始めた。
「お二人も最近、巷で盗難事件が相次いでいるのはご存知ですよね? 簡潔に言いますと、今回は、今朝、このゴブリンが交易のために荷車に積んでいた大量の金鉱石が盗まれました」
あれ?でも、おかしくないか?金鉱石は重いうえに、かさばる。犯人が転移魔法でも習得していない限り持ち去るなんて芸当ができるのだろうか。第一、通行人に見られるはずだし。
「えっと、犯人の顔とかは分かっていないんですか? 」
そう訊くと、マリウスも気になっていたのだろう。
「確かに、通りには通行客だっていたはずだから、誰も見てない、なんて事はないだろう? 」
すると、受付嬢が少し困った顔をしながら、
「それが、顔どころか犯行現場を見た者すらいません。第一、犯人が分かっていたら、マリウスちゃ、さんにわざわざ頼みませんよ」
受付嬢はコホンとせき込むと、
「あまりにも証拠が無いものですから...その、ギルドで正式に依頼として受け付ける事が出来ないんです」
今まで、何も喋ろうとしなかったゴブリンが、受付嬢の言葉を聞いて、自分たちは確かに金鉱石を所持していた事を訴え始めた。
「俺達、金、モッテキタ!! デモ、金、盗マレタ!! 」
「ですけど、現に盗まれた所を見た人はいないわけですから、そのような不確実な事件を、ギルドで取り扱うわけにもいかないんです」
また始まった。恐らく、俺達が来る前にも全く同じ言い争いをしていたに違いない。
「おいおい、どうすんだよ? これじゃあ、また振り出しに戻っちまうぜ? 」
コイツの言う通りだ。だが、ゴブリンが金鉱石を、村まで確かに運んできたという証言さえ取れたら、
この状況からも脱することができるだろう。
「任せろ。俺に考えがある」
「なあ、ゴブリンが金鉱石を持ってきたかどうかを調べる方法があるんだが・・・」
「ほ、本当ですか!?」
この受付嬢、思った以上に食いついてくるな・・・
「簡単だ、このゴブリンが本当に金鉱石を運んできたのなら、必ず村に入る前に通る検問の記録に残っているだろう」
「あっ、なるほど! なぜ今までこんなことに、気が付かなかったのでしょう。では、その線で調べてみます! 」
そう言うと受付嬢は、そそくさとカウンターに帰り忙しそうに書類を書いていた。何故か、この村には警察機構がないので、冒険者ギルドが代わりに依頼として捜査している。捜査をするにはそれなりの手続きがいるので、ああやって受付嬢が書類を書く羽目になっているそうだ。
未だ、金鉱石を人に気付かれずに運び出した方法は謎のままだが、ここからはギルドの仕事だ。丁度、昼前で開店準備をしなければいけなので、受付嬢とゴブリンに挨拶を済ませると、マリウスと一緒に村の広場に戻ることにした。
だが、本当の事件はそのとき起きてしまった。いや、起きていたと言うべきだろう。
広場に戻り支度をしようとしていた時にソレは発覚した。いつも通りに、荷車に箱詰めにされたパンを下ろそうと荷車に乗り込むと、そこには何も無かったのだ。
パンどころか、パンを詰めていた箱や葡萄酒さえもが、無くなっていた。
「おい! これは、一体・・どういうことだ!」
「おい、どうかしたのか? 」
と呑気に聞いてくるマリウスについ大声を上げてしまった。
「どうもこうも、今日の分のパンが全部なくなってるんだ!!!」
「な、何だって!? 」
マリウスも荷車に登り、驚愕の表情を浮かべていた。
だが、何より驚いていたのは、店番をしていたアリエルだった。
俺達の異変に気が付いた人達が、何事かと集まってきていた。
俺達は隠しきれるような事でもないので、パンが盗まれたことを彼らに告げると、彼らも半信半疑のようだ。それはそうだろう。ゴブリンの事件のように盗めばすぐ見つかる量なのだから。
考えてみれば、今日に限って、同じ村で2つの事件が起こりうるだろうか。それも、金とパンの差があるとはいえ、とても似ている事が。似ている? いや、これは確実に同一犯だ。
どちらも、そのまま盗めば人目に付くものだ。それを、誰にも不信感を持たれずに運ぶには・・・
そのまま運んでいるわけじゃないってことか!?
「そうか! マリウス、何でもかんでも入れる事の出来るポケットとかってないか? 」
マリウスは全て理解したのだろう。コイツと出会って以来、最高に不敵な笑みを浮かべていた。何故か、その顔が青ざめて、冷や汗をかいているようにも見えたが、気のせいだろう。
「ああ・・あるぜ! そんなどこぞのネコ型ロボットみたいに万能ではないがな」
いつの間に俺の世界の知識を得たのだろう。疑問は残るが、マリウスに答えを聞くことにした。
「なんでも入れる事の出来る、魔法のポーチっていうのがあるんだ。ただ、欠点があってな、何でも入るのはいいんだが、重さはそのままなんだよ。」
何だそれ!? ただの欠陥品じゃないか! それにしても、なんでマリウスがそんなこと知っているんだ?そんな変なアイテムが有名だとも思えないし、・・・変なアイテム?・・・・少し嫌な予感がしてきた。
「なあ、それって・・もしかして・・・」
すると、マリウスは頷いて
「ああ、確かこれはウチの開発部が作っていたアイテムの失敗作だ・・・そういえば昔、博士が捨てたとか言ってたような・・・」
まじでか・・・・・・・・・・。
「・・・。それで、その欠陥品はいまどこに? 」
「ほら・・・今朝の商人、あいつが大事そうに運んでたポーチがそれだ」
あのオッサンがそうだったのか。そうと分かれば、早くギルドに行って依頼しないと!!
「マリウスはギルドに行ってくれ! 犯人はそう遠くへは行ってないはずだ! 」
「了解!!ギルドのほうは任せな。シンジは皆と捜索しててくれ! 」
そして、マリウスは冒険者ギルドに、俺はその場にいた者達に現状説明をして。
村を挙げての反撃の狼煙が上がった。
次回予告・・・遂に、パン騒動に終止符が打たれる! そして、村娘アリエルの下した決断とは!?