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第六話




13


月曜日。乗りたい…そして見せたい…、いろいろ考えたがやっぱり学校にそれに乗って行くことはできなかった。目立ちすぎる。バイクへの目は比較的ゆるい学校だったが、乗り入れれば詰問されることは見え見えだったし、外に置いておけばいらない注目を浴びてしまうことは明らかだった。結局諦めた郁弥は放課後を心待ちにして津々木を誘った。津々木は勿論同意した。そして誘われた彼よりもわくわくしながら昇降口を出ようとした郁弥たちの前、偶然過ぎるタイミングで見覚えのある二人の少女がいた。一人は前髪をかきあげて肩の上の長さで揺れるワンレングス。もう一人はふわりと軽く風になびくショートボブ。バレー部の岸田葉月と、郁弥の想い女、桜沢翔子だった。

「岸田あ、お前今日暇じゃない?」

声をかけたのは言うまでもなく津々木だ。少女は振り向いて二人を認めると白い歯を見せて、残念ねー、と云った。

「今日は翔子とお茶しに行くのよ、」

「何だよ、サテンぐらい奢ってやるよ」

「ホント!? ラッキー! 」

郁弥が拍子抜けするぐらい話は簡単になってしまった。希望された店は郁弥の家と正反対の方向でいささか遠かったが、郁弥に不平を言う筋合いはなかった。その点津々木は良く分かっていたのだった。桜沢翔子付きならば、たとえ今から渡米すると言っても郁弥は同意しただろうということが。昨日の雨は嘘のように晴れ上がり、暑さが際立つ日差しが眩しかった。

しかし、ついて行ったのはいいが郁弥には彼らの話題についてゆける知識がなかった。はっきり言って、郁弥はバイク馬鹿の朴念仁だった。貴重な機会だということはわかっていたが、知らない話題にどう参加すればよいのかわからない。郁弥は情けない思いをしながら大きな氷の入った背の高いグラスのストローに口をつけたり放したりしながら話を聞こうと努力していたが、しまいには隣で普通に談笑している津々木がいつもの津々木でないような錯覚すら覚える。

 バレーの話題… は仕方がないバレー部じゃないし。

 スポーツのこと… はスポーツニュースなんか見ないし。

 芸能界のこと… はもっと興味ないし。

 TV番組のこと… 知っていてもネットニュースレベルのごく表面だけで、単に単語を知っているというに等しい。

 自己分析するがそんな感じなので意見など持てないと思う。そんな必要など本当はないのだが郁弥にはそれが分からなかった。だから耳をそばだてていても何を話しているのか理解できなかったのだ。ややこしく言えばそれは単なるコミニュケーションのための一つの方法論でしかないのだった。彼の思考回路は決して論理性一辺倒なものではなかったが、言ってみれば絶望的に経験が不足していた。

郁弥はあらかた空になってしまったグラスの中で氷をかき回す。聞いているふりをしながら、いつも自分はこの津々木とどんな話をしていたのだろうといぶかしんだが、みるとテーブルの向こうの翔子もそれほど乗り気で話している様子ではないようだった。電車の中の広告でしかタレントを知らなくとも話ができない筈はない。郁弥は今こんなに近くにいる翔子と何かを交歓したかったのだから。いつか翔子をイメージしてCDを選ぼうとしたことがあったのを不意に思い出した郁弥は、音楽は好きかと、そう翔子に訊いてみた。

翔子はすぐには答えずに意味あり気に変な笑いを浮かべながら、白いスポーツバッグの中から真っ赤なヘッドホンステレオを取り出した。岸田が横合いからにやにやして、郁弥に向かって何かのジェスチャーのように片手を動かしながら言う。

「おっどろくよー、きっと、」

「そんなに意外なもんなわけ? インド舞踊とか」

「そんなんじゃないって! 」葉月は声を立てて笑った。

「じゃ、アラビア音楽かな? 」

「残念っ! ロシア民謡なんだな、これが! 」

郁弥は初めて笑いを取れたのにほっとして相好を崩す。翔子は笑いながら否定している。

「そんなんじゃないったら、もっと普通だよ」

彼女らのいう普通とはどんなものを指すんだろうと思いながら、差し出された小さなヘッドホンを郁弥は指で支えて耳に当てた。翔子の使っているそれを直接耳につけたら嫌がられるんじゃないか、そんな気がしたからだ。それを用心と取ったのか翔子は悪戯っぽく笑いながらプレイボタンを押した。

爆音がした。・・・・・・・・・

手のひらほどの機械だったがヴォリュームを目一杯にした出力は馬鹿にならなかった。郁弥は慌てて音源を遠ざける。翔子が何をするか察して息を呑んでいた二人は笑いころげた。翔子も郁弥の慌てようがよほど可笑しかったとみえる。郁弥は苦笑いするしかなかったが、ふとあらためて聴こえて来るのは聴き覚えのある音だということに気がついた。

「何? これは…、」

耳を傾ける郁弥を翔子はやっと正視できるようになった。

それがエレキギターの音だということはすぐに分かったが、度忘れのように思い出せなかった。特徴的なギターソロだ。この音色、メロディアスなフレーズ。鋭いハーモニック。ライヴ録音だ。ヴォーカルが入った。その声音ですぐに分かった。

「オジー・オズボーンだ、このギターランディ・ローズ」

翔子は絶対分からないと思ってでもいたかのように目をくるくるさせた。冗談じゃない、オジーなんてメジャーもいいところじゃないか。帝王と呼ばれ、いまだにその引退が惜しまれるアーティストの一人だ。でもまあ、確かに俺の周りにも知ってる奴はそういないかな。郁弥は暫く聴いてからヘッドホンを彼女の手に返しながら、自分が知っていたことよりも彼女がオジーを聴いているなんてことの方がずっと意外だと云った。

ライブだからこれは若くして世を去ったギターマスター、ランディ・ローズを偲んでオジーが音楽活動を打ち切る宣言をする数年前に出したアルバムだろう。郁弥はまだ聴いたことはなかったが、MTVでビデオクリップを見たことがあった。ジャンルに分ければヘビーメタルに位置する。郁弥はあらためてまじまじと翔子を見たが、彼女がちょっと恥ずかしそうにしたので適当に打ち切ってごまかした。似合わないか?、と翔子は訊いた。

「第一印象から云えば似合わないかもしれないけど、…いいね。ハードロックの分かる女の子にこんなところで会えるなんて思っても見なかったよ。僕ぁ、凄い、嬉しい! 」

郁弥は懸命に言葉を選んだつもりだった。

「そうだろうな」

ぼつりと口を開いた津々木が腰を砕いた。

岸田が笑って、つられて皆が笑ったのでここは津々木に感謝すべきだったかもしれない。


「で、これからあんたたちはどうすんの? 」

岸田葉月が上体を乗り出すようにして云った。興味津々という感じだったが、彼女が何に興味を持っていたのか郁弥にはからきし分からない。ただもっと彼女らと一緒にいたいとは思っていたが、二人が、ましてや翔子が同じ気持ちでいるなどということは、考えることすら一足飛びでおこがましいような気がした。郁弥が一人だったら二の足を踏んだにちがいなかった。

「こいつがさ、」津々木は彼の肩に手をかけた。

「面白ぇもん見せるっつうからさ、家まで押し掛けるところなんだ」

「面白いって何? 」

「内緒」

津々木は誘うように云ってきちんと並んでいる白い歯をキラーンと光らせるみたいに見せた。何が楽しくて何がそうでないか、探し回っている年頃の彼らがあるいは一番楽しさの本質を知っているのかもしれない。葉月は津々木の誘いに乗った。

「達也ぁ、教えろよぉ!、おい!」

「やーだね」

津々木と岸田は息が合うようだった。葉月はふざけて津々木を名前で呼びながらストローの端で叩いた。言葉遣いは荒く聞こえたに違いないが郁弥はそうした彼女が確かに可愛いと思う。

葉月はおもむろに攻撃を変えた。

「わかった! エッチなビデオだろう! 」

「そんなんじゃねぇよ! 」

いい性格してる。郁弥にはうらやましいぐらいだ。

「いいさ、知りたいんなら一緒に行こうぜ。な、郁弥」

「そりゃいいけど」

こう持っていきたいのは何となく分かっていたが、本当になってしまうというのは意外な展開だった。郁弥は俄かに慌てた。

「いいけど、女の子が興味持つかどうか責任持てないぜ、」

耳元で囁いた郁弥に津々木は大丈夫だと目で答えた。

「心配ない、岸田はバイク好きなんだから」

「へえ… 」

郁弥は声を上げたがそれは翔子がヘビーメタルを好きだというのに比べればまだ理解に易しいことだった。女って分からねぇ。変なところでそう思った郁弥だった。

「なら、なるようになるさ」

そして郁弥を必要以上に神経質に嬉しがらせたのは、機嫌の良かった翔子が苦もなく一緒に行くと言ったことだった。もっとも彼女が行かないと言えばこの話はそれで終わりになっていただろう。



14


まだ陽は高かった。暑さがことさらのように感じられるのは、三〇分もレールの上でクーラーに慣らされた身体が冷気を欲したからだったろうか、それともこのアスファルトの照り返しがきついからだろうか。いずれにしても今日は暑すぎるというところで四人の意見は一致した。でも雨よりはましだと郁弥は言った。

郁弥の家は駅から歩いて十五分程だった。バスはかえって遠回りになるので自転車置き場の無い駅まで、郁弥はいつも歩くか走るかして学校へ通っていた。さもなければバイクだ。でも今郁弥にその足はなかった。一台を除けば、だ。

郁弥は一同がようやっと辿り着いたところでまずクーラーのある応接間へ案内した。小さな頃厳しく出入りを禁じられた部屋だったが、郁弥は誰よりもその部屋をよく知っていた。大きな革張りのソファの後ろに長いこと白いパイプが落ちていたことや、額縁の後ろにたいていヤモリがいたことなどもだ。クーラーを目一杯効かせた部屋は四人が座るのに手頃な広さだったし、ステレオもあった。そうしてみれば郁弥にとってこの暑さは救いの手だったかもしれない。彼はそれほどには思っていなかったが、実際郁弥の部屋のごたごた加減といったらなかったからだ。家には誰もいなかった。夕食にはまだ間がある。母はいつもこのぐらいの時間には何とか教室やらお華の稽古やらで忙しいのだ。CDを山ほど抱えて持ち込み、ジュースとポテチも完備された部屋にとりあえず不満の声はなかった。


「郁弥、もう見せてくれてもいいだろう 」

いい加減話題もなくなったころ、津々木はとうとう口にした。彼がそわそわしているのを知っていた郁弥はもったいつけるような気分で焦らしていたのだった。翔子が話す音楽の話は郁弥の興味を引いたが、彼女の話ばかり聞いているわけにもいかなかった。津々木に申し訳が立たないと思った郁弥はガレージは暑いよぉ、と言いながら外へ案内した。一度玄関から出ないとそこへは行けない。傾いた陽に高い蝉の声が耳に障った。鍵を持って後から出てきた郁弥はまず道路側のシャッターを上げ、中の換気扇を回しながら家の玄関側の横戸を内側から開いた。

 薄暗いガレージはむっとする程暑かった。一層暑くなることは分かっていたが、郁弥は大きな電灯のスイッチを入れた。

「郁弥、」

郁弥を肘で突ついた津々木の表情は彼がこれまでに見たこともないくらい真摯だった。津々木は広いはずのガレージ内を圧倒するヴォリュームで佇む、カバーに覆われた巨大な塊を怪訝な目で見ていた。

親父の車もなかったし、高峰のガレージのように工作機械が並んでいるわけでもない。ガランとした小屋の中で郁弥の見せたいものはそのカバーの下にあるものしかありえないのだった。

郁弥は隙間を抜け、ギャラリーの反対側へ移動すると、彼の反応を楽しみながら高峰がそうしたように、津々木の顔を窺いつつ少しずつ布地を剥ぐっていった。高峰の覚えた快感を郁弥も体感したかもしれなかった。

津々木は呆然として突っ立っていた。新しいバイクをとうとう買ったのだろうぐらいに思っていたに違いない彼の目の前に晒け出されたものは、彼の想像力を遥かに凌駕した筈だった。トンネルを抜けたところが月の世界だったら、人はきっとこんな表情を見せるだろう。ヨーロピアン・カフェレーサー? ドラッグスター? カスタムトライク? いや、なんにしても、バイクには違いないだろう。しかし、こんなものを見たことがあるか。いや、考えたことのある奴だってないに違いない。彼の目には一瞬、強いライトに照らし出されて黒光りするそいつが魔獣の体躯のように映った。

「…郁弥、…走るのか?、こいつ」

「無論」

他人の造ったものを自慢する自分が可笑しかったが、郁弥は津々木の反応に満足を覚え楽しみを感じていた。そこにいた彼女の挙動にも気付かない程に。

「翔子っ 」

鋭い悲鳴のような少女の声だった。

「翔子! ちょっと、しっかりして! 」

驚いて振り返る二人の前に、葉月に支えられながらも崩れ落ちる翔子の姿があった。



15


「翔子、ほんとにいいの? 」

「うん、もう大丈夫。ごめんね、ちょっとした貧血だから」

「じゃあ、気をつけてね」

「ありがとう、葉月」

送ってくれた彼女に手を振って翔子は家の中へ戻った。まだおぼつかない感覚の手のひらをそっとあげると、彼女は自分の心臓を宥めるように胸に当てる。思い出すだけでまだ早鐘のように打ち続けているのが良く分かった。

翔子はベッドに仰向けになって身を投げ出した。柔らかく乾いたヴォリュームに包まれるようで気持ちが良かった。ひんやりとした布地が火照った肌に心地よい。体調が悪いわけではなかった。ただその衝撃があまりに大きかったにすぎない。彼女が視線を投げた窓の外はもうすっかり暗くなっていた。

暗い部屋の中で時計の音だけが時間の流れていることを主張する唯一のものだった。時折窓の外を車が通る度に天井を眩い光が滑っていった。電話が鳴った。階下でコールしているそれは心配した郁弥がかけた電話だったが、翔子はベッドの上でじっと横たわったままだった。

 だがその音は彼女の思考の舵を回すきっかけになったようだ。ベルはじきに止んだ。

翔子ははっと息を吐いて手を髪に持っていくと、弾みをつけて起き上がった。ゆったり流れていた身体の血がおさまるのを待ってから、兎に角着替えようと思った。制服には皺がいったかもしれないがもう登校日は二日しかない。我慢できるだろう。目に入った時計の針は一〇時だった。エアコンの効いた部屋は蒸しはしない。喉の渇きを覚えながら窓を開けると、夜気は気持ちのいい風に変わっていた。


 電話は近くの公衆電話からかけた。知らず早口になってしまうことに気付いた彼女が何から話そうか迷うばかりだった当の相手には結局つながらなかった。時間が時間だった。翔子はほぞを噛む。次にすべきことは何だろう。

翔子は郁弥の家へもう一度行こうと思った。



 **********************



その夜。午後七時三〇分。場所は広く暗い倉庫のようなところだった。天井が低い。整然と並んだ太い角柱の間のところどころに小さな明かりが点ったきりで、それは光の世界に慣れた目には殆ど闇にも近い空間だった。どこからか流れ込んで来る夜の空気が、外界とつながっていることを知らしめようとしている。肌に涼しい風は入って来るなり電撃を受けたように震えた。それはここに漲った爆発寸前の緊張が生む張り裂けそうな魂の叫びだった。不意に小さなざわめきが止んだ。音がしんと途絶え、ようやっと戻ってきた静けさに実はそれが喧騒の混じった間隙だったことを知る。熱い肌を風が舐めた。人影が動く。五人や六人ではなかった。一人の男が低い声で何か云っているが、闇にかき消されるようでよく聞き取れない。話はすぐに終わった。

雪崩のように流れ落ちる緊迫。浮き彫りになった空気の中に残ったものは、獣の体臭を思わせる獰猛。いや、もっと邪悪な剥き出しの牙。あるいは殺意そのものだったかもしれない。

――――――――――――――――――――っ!

猛禽が吼えた。

爆音だった。

低い天井に谺して柱に反響し、どこまでも響きわたって行く。

獣たちは次々に咆哮をあげる。唸り声のような恐怖を誘う響きを持つものもあったし、雄叫びと云うにふさわしい張り裂けるような威嚇を放つものもあった。一度巻き起こった轟音に終焉はない。

出し抜けに目の眩むような光が空気を裂いた。

暗闇の中、後を追ってヘッドライトが点り、三十二台を数えるのに一〇秒を要しなかった。

 一斉に見るものの身を焦がす吼え声が迫し、爆弾が落ちた空間に猛獣は動き始める。

それは命の賛歌を思わせる光景だった。

もう誰にも止められない。

今。「リベラライザー」と名づけられた三十二機のマシンは夏の夜空の下に解き放たれた。



16


郁弥は何度かけても電話がつながらないので心配になってきた。葉月のところにもかけてみようかと迷った。暑い日差しの中何度も歩かせたことを悔いて、ただ無闇に熱かっ

た太陽を恨んで彼は優しい月の光に満ちた窓の外を見た。あちこちで犬が遠吠えをしていた。満月に近い月の周りには雲一つの邪魔もない。郁弥も彼らのように吠えたいと思った。

部屋の窓を開けると、静かに頬を撫でる夜風は彼女の匂いがした。郁弥は大きく息をしてそれを全部吸い込んでしまおうと他愛ない努力をしている。郁弥は見当をつけた方向に彼女の家を思い描き、そして迷っていた。あまり思いつめていたので、最初に大きな物音が起こったときにも夢の中のできごとと区別ができなかったほどだ。犬の吠え声が一層耳に障った。郁弥の肌がびくりと震えた。どうやら正気に返ったようだ。何の音だ? 郁弥はいぶかしむ。もう一度聞こえた。そう遠くない。

まただ。続けざまに聞こえた。もっとずっと近い。方角を追った目に沈黙を無遠慮に破る光が映った。ぱっと散ってそれは夜空を舐める赤い舌になった。郁弥の通った中学校の先だった。

それは単なる好奇心だったかもしれない。郁弥は階段を駆け降りた。食事に使っている居間から母親の呼ぶ声が聞こえた。首を突っ込んだ郁弥はTVの伝える映像に引きつけられる。画面の右上にLIVEの文字が点滅していた。予定を変更して云々、とアナウンサーが繰り返している。大変な事故があったようだった。半端じゃなかった。車だったに違いないものが何十台も連なって潰れ、燃えている。けたたましいサイレンが飛び交い、赤や青の回転灯が狂ったように画面の色を変える。ビルが火を吹いていた。何があったのか、と郁弥は訊いた。

「暴走族らしいんだって。よく分からないんだけど」

「族? 」

火を吹いているのはパトカーの一台や二台ではない。こんなのは聞いたこともなかった。

「うっそだろ」

「助かった人が、ぶつけられたって言ってるのよ」

「嘘だよ、ぶつけりゃぶつかった方だって無事じゃすまないんだよ。こんな規模の事故にゃならないよ」

「そうね、でもここだけじゃないのよ」

「どこ? 」

「これは池袋の方らしいわ。それから巣鴨の方までずっと」

「近いじゃんか」

郁弥は思い出したように部屋を飛び出した。

「さっき火が上がってんのを見たんだ。行って来る! 中学校の方! 」

止める間もなく郁弥はドアの外へ駆け出していた。


中学校までは歩いて二〇分、走れば五分だ。郁弥は息を切らせて走った。黒い校舎はしんと静まり返っていた。用務員室に明かりが見える。火の手は見えなかったが、家並みの向こうで空がぼうっと明るい。遠くにサイレンが聞こえ始めた。パトカーのようだった。はあはあ言いながら郁弥は通りへ出てみようと思って歩いた。Tシャツが汗に濡れた。いきなり走ったので身体が冷える。街道に出た郁弥は息を整えながらガードレールに腰を下ろした。

 車の流れはいつもどおりのような気がしたが何か妙だった。彼は気付く。下り車線をやって来る車が一台もいない。都心の方を向いて立ち上がった郁弥の耳にパトカーの鳴らすやかましいサンレンが真っ直ぐ飛び込んできた。四車線の国道だった。ゆっくりカーブする道なりに歩道と車道の境に植えられた(エンジュ)の並木がざわめいた。ぶんと風が耳元で音を立てる。いつのまにか歩道にはまばらな野次馬の影が出ていた。通りに並ぶ店の主たちが五、六人、何か感じたのか表に出てきて情報交換している。嫌な空気だった。

 一瞬、郁弥は背筋を寒けが土足で突っ走ったような気がした。

凄い勢いでサイレンは近付いて来る。一二〇キロは出ていると郁弥は直感した。赤い光が並木の間を走った。街灯に照らされ黒と白のコントラストが異様なスカイラインが飛び出して来る。その背後に何かがゆらりと動いた。パトカーから発散したのは、恐怖だ。ハンドルを握った警官の感じた恐れが、なりふりかまわぬ強引な逃げに表れていた。尻を振りそうになりながら車はなおも加速しようとする。そしてそれをいとも簡単にマークして突き回しているのは巨大な黒い影だった。郁弥はあっと声を上げた。一目で分かった。分かってしまった。それは似てはいなかったかもしれない。しかしその世界が同じものであることを認識し容認するのに何の努力も要しなかった。直感の助けさえも必要としない。それがあまりにも自明だったからだ。

高峰のつくったモンスターはこの緩いコーナーでスカイラインのテールに迫る。イン側だ。郁弥がいるのは道路の曲線の外側だった。郁弥は反射的に身を引いた。しかし目が離せない。郁弥の頭にさっきのTVの報道が残っていた。

暴走族が、…ぶつかってきた…?

そして、郁弥の一瞬思い描いた映像に重なって、・・・・・ リベラライザーはアタックをかけた!

郁弥の目の前で、スカイラインは吹っ飛び、捻じれ、裂け、道路脇で見ていた人々に突っ込んだ。火柱を吹き上げながら屑鉄は滑走し、肉林を薙ぎ払う。悲鳴が、怒号が、歩道の路面と金属の間で巻き起こる軋みにかき消されていく。鉄板が郁弥の頭を掠めた。

黒煙と、火と、土と、オイルと血の匂いが、強烈に鼻を刺した。

恐ろしかった。郁弥にはがくがくと震える足が何をしたいのか良く分かっていた。一歩を踏み出すと後は弾みがついた。両足は走り続けた。後も見ずに。決して止まらずに。なにも考えず。

郁弥は逃げ続けた。



 **********************



苦しかった。心臓が自分のものじゃないみたいに内側から肋骨を叩いている。息を吸いたいのに出ていく空気とぶつかって喉に入っていかない。ガンガン眩暈がして郁弥はふらふらとそこにへたり込みそうになる。背中に張り付いた恐怖が身体を塀の際まで運んだ。血の匂いが消えない。鼻の奥にこびりついてしまったようだ。ブロックの壁に寄りかかって郁弥は何度も咳込んだ。頭の上から浴びせかけられる街灯の光が眩しくて暗がりにずるずると逃げ込むと、ようやっと感情に押し流されていた意識が少しずつ戻ってきた。郁弥は荒い息をしながらぼんやり周りを見回した。

ここはどこだろう?。

家には帰れなかった。郁弥の家ではあの化け物が彼を待っているのだ。郁弥は嘔吐を必死でこらえた。今、世界の片隅で苦しみに悶えながらうずくまっている郁弥には、どこにも行き場がなかった。

風が地面を沿って流れ、郁弥のまわりで渦を巻いた。

ふっと肌寒さを感じて郁弥は手のひらを腕に添える。まだ肌を感じることができた。手のひらは暖かかった。


ネオンが灯っている。

賑やかな物音がする。

夜を息づく街の喧騒だ。

そしてその街の臭い。

それらをひっくるめて運ぶ風。

郁弥は外を向いた感覚にそれらを認めて、ぼっと視線を投げた。

いつの間にこんなところまで来たのだろう。

そこがどこなのかはあらかた見当がついた。

これといって考えたこともないような世界だった。そこに敢えて欲しいものはなかったし、敏感だった郁弥には魅力なんて感じられなかったのだ。

しかし。

今、彼の目に映ったのはかつて見たそんな世界ではなかった。

それは限られた命を精一杯に謳歌しようとする悲しいまでに貪欲な街だった。

どぶのような臭いさえエネルギーに感じられる。それは空しいだけの力の発散だったが。それでも一つの生命の葩華だった。皮肉っぽくだったが、郁弥は笑った。悲しい目だった。広げた手のひらをじっと見つめて、立ち上がる。頭がぐらぐらした。足が頼りなかった。


 **********************



週末が過ぎ去ったばかりだというのにガードの周りはごった返していた。頭上を通る列車の騒音を忌忌しそうにやり過ごしながら、ちっとも前へ進まない車の中で圭一郎はステレオのヴォリームを上げた。全身を揺さぶるDSPサウンドにも気分は和らがなかった。

信号はなかなか変わらない。これが青になった後も彼の順番まで届くかどうか疑問だった。ここはいつもこうなのだ。なんとか迂回路を探そうとしていたのだったが、今日も気がつくとここに並んでしまっていた。彼は舌打ちしながら窓の外に目をやった。歩道には疲れたサラリーマンの顔がただただ流れていくばかりだった。OLの姿も混じっているがそう変わったものではない。虚ろに無表情なその目のどこに魅力を感じるものかと彼は思った。

信号はまだかと視線を前に戻しながら、圭一郎はそこに重い足を運ぶ人々の目線が一斉に動いたのに気がついた。

何だろう?

彼はミラーに目をやった。

何も見えはしない。だが異様な雰囲気を感じて彼はオーディオの音量を絞った。

神経を集中した耳に、雑踏を劈く猛々しい音色が次第に近付いて来ていた。彼にはどこかヒステリックな獣のいななきに聞こえた。

あっという間に近付いて来る。スピードを落とす素振りがない。

馬鹿野郎 ---

窓を開けながら圭一郎は後ろを振り向いた。

鼓膜がびりびりと震え、張り裂けそうな排気音が襲って来る。思ったよりずっと近かったらしい。彼は後続の車が唸りを上げて宙に舞うのを見た。その間隙に映ったのは、深いブルーのボディをひねって突進する、一台の高機動装甲重二輪だった。

もはやそこに判断の猶予はなかった。

リベラライザーはガードの足を薙ぎ払って圭一郎の傍らを駆け抜けた。

礎を失った橋は瓦礫となって飛び散り、轟音を上げて瞬く間に崩壊する。

乗客を一杯に詰め込んだ列車にはなす術がなかった。殆どブレーキの軋みも聞かせないまま、突っ込んだ。車両が跳ね上がる。もんどりうってのたくった。どこかで車が爆発した。また橋が崩れた。

圭一郎は土砂にまみれ、鼓膜に突き刺さる悲鳴を聞きながら、落下して来る鉄材を頭上に見た。



レイトンハウス風に水色に塗られたマシンが疾駆して行く。目の前に広がった交差点はスクランブルだった。人々の歩みが交錯する最中。ライダーはスロットルを緩めなかった。一本の鋭い槍となって一陣の風のように駆け抜ける。悲鳴と怒号、そして鮮血の飛沫を浴びて彼は狂喜の笑みを浮かべた。

反対車線に止まっていた車を掠めた。引っ掛けられた車の前輪が浮き上がる。そのまま仰向けに吹っ飛んで後続車を押し潰した。

リベラライザーは前を行く車を片端からスクラップにして速度を上げて行く。彼には血の匂いさえ芳しいワインの香りに薫るらしかった。

駆け抜けたマシンは旋回して再び街に襲いかかった。ボディサイドに備えられた迫撃砲が無作為に火を吹いた。轟音を上げてビルが崩れ掛る。広告塔が物凄い勢いで落下し、そのトラスが歩行者の波を押し潰して跳ね上がりバラバラになった。魂切る悲鳴が気違いのように交錯する。バイクはその最中に突っ込みながら向きを変えた。巨大なマシンが肉の壁をミンチのように引き抉った。リベラライザーは血煙りを引き摺りながら再びダッシュをかける。待ち受けた警官が発砲した。

キッ! ----------

一瞬の金属音を上げてボディに当たった弾頭は潰れてビルの中へ飛び込んだ。大きなショーウインドウが崩れ落ちる。波頭に似た光の散乱が喧しさに色を添えた。二人の警官は続け様に撃った。逸れた弾が通行人の内臓や頭を破裂させたが、彼らは自分らの方に突っ込んで来るように見えたマシンに対する恐怖に引き金を引き絞るしかなかったのだ。

一発はライダーの肩に当たった。だが黒いツナギの下に防弾素材でも使っているのか、男はびくりと肩をそびやかしただけだった。

ずたずたに引き裂くような雄叫びを上げてソニック・リベラライザーはそのまま二人の警官を轢き殺した。


夜の東京のいたるところで、三十二機の狂ったマシンが暴れ回っていた。

東京の悪夢が始まろうとしている。



大きな音を立てて岩橋が並んで来た。ラジオに夢中になっていた倉田はそれに気付いてちょっと手を上げてやりすごそうとしたが、岩橋が話をしたがっていたので渋々ながら窓を開けた。彼が嫌だったわけではない。岩橋哲司は仕事仲間でも一番仲が良かった。

風切り音越しに岩橋が叫んだ。彼は珍しく液体窒素の加圧タンクなんかを引いている。何かの理由で使えずに返品になったものらしい。空でないってことだ。

--- どうするって? --- 何のことだ?

運転台の奥から岩橋はラジオなんか止めて無線を聞け、と云って来た。大きなお世話だと思いながらも倉田はラジオのヴォリュームを抑えた。

ザー ---- どうした? ---- やられたのか? ----- シャフトが ---ザー--- 畜生、皆ぶち殺せ!----

岡野 --- 岡野っ! ---ザー----- バイクが ----ザ、ピー--- ガシャッン! **--- ザ ---------

「何だあ…? こりゃ、」

倉田は岩橋に向かって叫んだ。

「俺達にちょっかい出して来る馬鹿野郎がいるんだよ! 」

「ちょっかいって こりゃまるで戦争じゃねえか!…よお! 」

ドカンという爆発音がした。身を乗り出すようにして首を後ろへ捻ると、後を何台も続いて来るトレーラーの間隙に夜の闇を灼きあげる真っ白な炎が垣間見えた。後ろから野島が何か叫んで来た。激しい走行音に聞き取れないが、主旨は分かる。ふざけた野郎に手痛いお灸を据えてやろうというのだ。やっちまえ 倉田は激しくクラクションを撒き散らした。積み荷をパーにするなんてガキの悪戯にしたってやりすぎだ。ことによっちゃ誰か死んだかもしれない。赦しておくわけにはいかなかった。あちこちで警笛が呼応する。まだセンターを出たばかりだから皆互いに離れ離れになっていないのだ。倉田の後ろにも今二〇台近いトレーラーが連なっている。その積み荷には精密部品もあった筈だが、ラフファイトを挑んでこられればそうも言っていられない。引火の危険がないぶん多少は許容されるというものだ。その点倉田の引っ張っているのは頑丈に梱包された金属素材の類だったから、気が軽かったかもしれない。

岩橋が何か言っていたが聞こえなかった。先頭を走る倉田の意識はすでに違うところに飛んでいたからだった。それは音だった。聞いたこともないような鋭い金属的なエンジン音だった。まるでグラインダーか何かが近付いて来るようだと彼は思った。後ろから激しい勢いで近付いて来る。自然自然に全長二〇メートル近い巨大なトレーラーの群れは速度を上げていく。

接触した。やはり近かった。無線を騒がしているのは、こいつだ!

ミラーの中で立て続けに火花が飛んだ。

巨体がアスファルトに直に接触して上げる火花だ。無線から罵声や怒号が飛び出して来る。どれも聞き慣れた仲間の声の筈だった。恐怖に引きつった悲鳴が耳を劈いた。倉田はビクッと身を震わす。飛行機のターボファンのようなエンジン音はすぐそこまで来ているように感じられたが、倉田はまだその正体を確かめることができずにいた。彼は本能的にアクセルを踏み込む。肺活量一九、〇〇〇CC。V型十二気筒スーパーチャージャーのビッグディーゼルが雄叫びを上げた。総重量三〇トンの体躯が震撼した。

岩橋がついて来た。それを確認するミラーの中に、台座ごと吹っ飛ぶ野島のヒノの姿があった。岩橋が吼えた。倉田は野島の車が崩れ落ちながらも滑走するその陰から飛び出して来たそいつに目を放せない。

怒りというよりも恐怖に駆られながらか、二台のトレーラーは増速を続ける。しかしあっけなく追いつかれた。二台のバイクに。信じられないほどでかかったが、それは確かにバイクだった。

倉田は血眼になってその二台の動きを追う。既に彼らの後ろを走るものはなかった。

左だ!… 左へ来た!… 倉田は思い切りハンドルを左へ回した。ボディが金属と接触する激しい悲鳴が聞こえた。そうだ、たかがバイクごとき …… そう思った倉田は確認しようと左のミラーに目を移したが、バイクの影はなかった。轟音が右から来た、畜生! …そうだ、もう一台いる!

バイクは倉田と岩橋の丁度間にいた。唸りを上げて回転する巨大なタイヤの狭間に。

二人は目で合図を送り、バイクを挟みに掛る。二メートル、一メートル五〇、三〇、… 接触する!

しかしバイクは動じなかった。

こんの野郎! ---倉田は思い切り車体を岩橋にぶつけていった。岩橋は逃げない。

激しい衝撃。

倉田の顔は恐怖にひきつった。岩橋のコックピットが傾いて倉田の方に倒れて来たのだ。何故そうなるのか分からない、予想だにできなかった。間に押し潰した筈のバイクの動きが要だったろう。目を剥いた岩橋が蒼白でハンドルにしがみついている。

倉田は左にさっきの金属音を聞いたような気がして一瞬顔を戻した。血の気が音を立てて引いた。ガードレールの間で叩き潰した筈のバイクがドアの向こうに並んでいた。乗っているのはまだ若いガキだ。ニッと笑った。腑を抉り出されるような恐ろしい笑いだった。

バイクがすっと揺れた。そして前へ出る。まるで、そこに倉田のトレーラーが存在しないかのように -----

ガキャッ!! -----文字にするのは簡単だ。しかし衝撃までは伝えられない。倉田はもんどりうってフロントガラスに突っ込んだ。フロアがなかった。エンジンもなかった。車軸ごとタイヤまでもぎ取られたトレーラーは昏倒する。そこへ支えを失った岩橋のトレーラーがのし掛かるように崩れ落ち、横倒しになろうとする。岩橋の引っ張っていたタンクに走った亀裂が炸裂した。圧力の掛っていた大量の液体窒素は真っ白な雪崩のように躍り出る。岩橋が悲鳴を上げた。その運転台が五メートルも跳ね上がった。岩橋は吹っ飛び、ルーフに当たった自分の首が音を立てて折れるのを聞いた。空気も凍りつく液体窒素の滝の中から、岩橋と倉田が二人掛りで押し潰した筈だったリベラライザーが悠然と姿を現した。そのホイールの周りで摂氏マイナスニ〇〇度の液体が夥しい白煙を上げながら溢れんばかりに渦を巻いている。今や自力で走行する術を失い滑走するのみとなった二台のトレーラーは、ガスの立ち込める接地面で有無も言えず凍結し、強大な力にそのままもぎ取られて泥屑のようにバラバラになった。後に残ったのは到底車とは及びもつかない残骸の散らばった道路ばかりだった。



夜の六本木は溢れる様々な毛色の人々でごった返していた。夏のエネルギーを留める大気が何よりも逞しく街を彩り、演出している。華やかなネオンも音楽も、単に上辺でパフォーマンスする虚飾に過ぎなかった。そこに集まる人々が求めるものは、吹きだまったその熱さなのだ。

首都高三号を乗せて走る六本木通り、いつも路肩に駐車された車の列が絶えないが、殊に夜そこに集って来る車の華やかさには一目の価値があるかもしれない。時には年代物のキャディラックがその巨体を横たえていることもあるし、グラマラスなボディに極彩色の照明を映し込んで真っ黒に光るコブラの咆哮や深紅のフェラーリ・ミュージックが聴けることもある。人々もその光景に慣れきっていてあまり関心を示すことはないが、今夜はその一角に、澱みのように小さな人だかりができていた。

それは車ではなかった。誰の目にも異様に映るのはまずその法外な大きさだっただろう。四輪車よりも大きなバイク、それだけで人々の注目の的だった。程度の差こそあれ、通りがかった誰もが垣の合間からその姿を覗き見て感嘆の声を上げていく。キーを鳴らしたライダーは仕方なく通りの側からバイクに近付いていった。大抵は遠慮がちに様々な質問の声がかけられたが彼は無視した。明らかに当惑しているようだったが、まんざらな気分でもなかったことだろう。派手なアクセルワークに観衆は歓声を上げた。澤村はカウルの中のマイクに向かって二、三話しかけた。

すぐに反応があった。霞が関の方からだ。聞こえてくるのは、あのソニック・リベラライザー特有の金切り音だった。近い。--- 近い。---近い、近い。まだ見えない、しかし近い。人々の目線は宙を舞った。上だ 首都高速三号の高架。ビルの上階がバーンという物音とともに玩具のブロックのようにバラバラに飛び散った。装飾を兼ねた高架の防護壁が轟音を上げて落下する。躍り出した二機のリベラライザーと共に。爆撃のような音がして大地が揺れた。

見守っていたライダーは歓声を上げてアクセルを捻った。地面にめり込んでいた後輪がアスファルトを抉り、滑ってそのままボディはガードレールを薙いだ。金属の管はあっけなく千切れ飛んで見物人の中に飛び込んだ。けたたましい悲鳴が耳朶を打つ。それでも彼はスロットルを緩めようとはしなかった。向きが変わった。返り血を浴びながらバイクは雄叫びを上げて稲妻のように飛び出した。

幅一〇メートル、長さ五〇メートル強、深さにして一〇メートル余りの穴だった。砕けた埋設管から水やガスが吹き出し始めている。伸し掛かってきていた高速道路の瓦礫を押しのけると、三枝はブルーグリーンを湛えるソニック・リベラライザー グーネルニョ をスタートさせた。グーネルニョは一気に駆け登った。降下場所を指示した澤村がそこで待っていた。

三枝はこんなもんでどうかと訊いた。上等だ、と澤村は答えた。もう一箇所に降下した源之内も上がってきた。

澤村は言った。

「上等だが、少しばかり西へ逸れた。用心のために確認が必要だよ。多分衝撃波で使い物にならないのは確実だろうがね」

三枝は笑った。

バイクのトラップを使えば簡単だった。それも計算の内だ。これで国防の要である全国の自衛隊と中枢を結ぶ切り札、地下に埋設された通信ケーブルはほぼ完全に断ち切られる。源之内と澤村は道路の向かいに続く防衛庁の塀に向かってアクセルを捻った。その奥に中央指揮所がある。重要部はやはり地下だったが外部との連絡さえ絶てればそれで良かった。警報が耳に心地よいほどうるさい。体が熱いぜ 、三枝は夜の街に向かってにっこりと挨拶した。




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