7.
あれから5時間。
時刻はすでに17時。いまだに痛む背中を壁につけたまま俺は途方に暮れていた。
「なんなんだ、あいつ…」
何度思い出しても腹が立つ。
俺が何をしたってんだよ。
溜まっていくストレスを壁に叩きつける。
「おいおい、そんなことしてたら衛兵につかまるぜ」
頭上から降ってきた声は若い男性のものであった。
反射で顔を上げると胡散臭そうな笑顔を張り付けた20代後半くらいの男が俺を見下ろしていた。
「お前、昼の騒動の犯人だろ」
「犯人…?」
何のことだと男を睨みつける。犯罪を犯した覚えなんてない。
「マデナリア教の教姫を襲った誘拐犯って街では噂だぜ?」
「マデ…?教姫?俺は誘拐なんてしてない!」
「まぁまぁ、大体の奴はわかっているさ」
男は腰に付けた鞄に手を突っ込むと丸められた紙を取り出す。
「これがお前の捕縛依頼書」
そういうと男はそれまでの軽薄そうな笑みを悪魔のような笑みに変える。
やばい。
そう思うよりも早く動き始めていたのは男の方だった。
「よっ…と」
立ち上がり逃げようとした俺をの肩を片足で押さえ込む。
「災難だなぁ、俺に見つかるなんてさ、俺の武器って痛いらしいぜ」
返り刃のついたナイフを見せつけニマニマと笑う男。
身近に死が迫り恐怖がこみ上げる。
嫌だ。死にたくない。
何度もあきらめた生に縋り付きたくなる。
「最後に何か言いたいことはあるか?」
俺を見下す嗜虐者の表情に会社での記憶が戻ってくる。
怒鳴り散らす早坂課長、仕事を押し付けるだけの佐藤。積み上げられた書類の山。
こちらに来てからもいいことなんて何もなかった。
歩き疲れて、街に入ることすらできなくて、蹴られて。
やり直そうとしたこと自体間違っていたんだ。
元々死にたかったんじゃないか。俺を殺してくれるって言ってるんだ。
それなら、
『お前が死ね』
口を開いた瞬間、空間が開くようにして男が飲み込まれていく。
「え、」
そこにあったのは先ほどまでと変わらない風景。
消えた男のいた場所に恐る恐る手を伸ばしてみるが何も感触はなく、さっきまでの殺気も重みもなくなってしまっている。
「ちょっと!あんた今何したの?!」
少し遠くで声が聞こえる。甲高い女の声だ。
自分でも何が起こっているのかわからないが、何かいけない事をしてしまったような気がしてとっさに言葉が出てくる。
「お、俺じゃない!」
いや、怪しすぎだ。
「俺は何も、していない!」
完全に犯人の発言である。
「信じてくれ!」
これで信じろというほうが難しいだろう。
「ちょ、落ち着きなさいよ、何なのよもう」
ふぅと息を吐きながら女が現れる。
真っ黒のゴシックドレスと日傘。ツインテールの金の髪。
歳は18歳くらいだろうか。
「もう、メア様に会いに来ただけなのにとんでもないもの見つけちゃうしサイアク!」
キンキンと耳に響く声。普段はうるさいだけの声だが次第に眠くなっていく。
あ、やば、寝そう。
「まぁ、いいわ、とりあえずあたしについてきて…って、ちょっと!何寝てるのよ!!」




