冒険者同士のいざこざにギルドは不干渉です
「お前みたいなガキが冒険者になろうなんて生意気なんだよ!!」
酒を飲んでいたのか、顔を赤くした中年のチンピラ男が凄んできた。チンピラの仲間らしき男たち二人も俺の左右に回るように動き逃げ道を塞いだ。
統率のとれた馴れた動きだ。一度や二度ではこれほどスムーズに動けないだろう。嫌なことだが年季を感じさせる見事なチームワークだった。
「ランピさん、ギルド内で揉め事は困ります」
受付の女性が声をかけたけど、本気の制止というよりは決められたセリフでも読んでいるみたいな棒読みに感じられた。
「ギルドの中じゃなければいいんだろ! 表に出ろ、クソガキ! テメエに礼儀を教えてやるぜ!!」
リーダー格らしきランピと呼ばれた中年が汚らしい笑顔を向けてくる。
これからどうやって痛めつけてやろうか、嬲ってやろうか。そんなドス黒い性根を感じさせる笑みだ。
ランピの言葉を無視してギルド内部を見渡すけど、誰も止めに入らない。酒の肴のつもりなのか、酒盃を片手にニヤニヤと嗤っている人でなししかいなかった。
「断る。失せろ、酔っ払い」
「ああ!? んだとぉ!!」
どいつもこいつも当てにならない。仕方がないので自分で断ることにしたが、俺の返事にますますランピはいきり立った。
「こんのお、クソガキがぁ!! 半殺しにしておいてやろうかと思ったが気が変わったぜ! てめえは殺す!! ぶっ殺す!!」
ジャキン、と音を立てて腰の剣を引き抜く。
銀の刃が鈍く輝いた。
「……都市内部で武器を抜くことは違法のはずだが? それに殺人予告とか頭は大丈夫か?」
「へっ、知ったことかよ! こりゃ新入り相手のただの『教育的指導』ってやつだ! たまたま手が滑っただけなのに違法もなにもありゃしねえよ!!」
ここまでやっても周囲の人間は止めに入らない。「おいおい、あのガキ死んだぜ」「素直に従ってりゃ有り金取られるだけですんだってのになぁ!」などと好き勝手喚くだけだ。
「……はぁ、これがここのギルドの対応なのか? なああんた、ギルド内で刃物を抜いているが、あれは問題ないのか?」
先ほど、形ばかりの制止をした受付嬢にも確認をしてみる。
「――ランピさん。ギルド内で揉め事は困ります」
答えは先程と同じセリフの繰り返しだった。
融通のきかない受付に、どうせ無駄だろう、と諦めながら最後の確認をする。
「困ります、じゃなくて。この酔っぱらいを止めるとか、衛兵を呼ぶとか、そういうことはしないのか? さっきも言ったが武器を抜くのは犯罪だろう? それに加えて殺人予告だぞ? これがのギルドの対応なのか?」
「確かに、武器を鞘から抜くことは都市法に抵触しますが――」
感情を感じさせない、無機質な言葉。
「――『冒険者同士のいざこざにギルドは不干渉です』。こちらでは手を出しませんので、あなたが対応してください」
それが受付嬢の返答だった。
「……はぁ……」
ギルドが当てにならないとわかり、俺は深く、深くため息をついた。
腐ってやがる。糞だ。
「おいガキぃ、ママに泣きつくのはこれで終わりかぁ? あぁ? 死ぬ準備はできたかよぉ? えぇ?」
ニタニタ笑いで厭らしく口元を歪め、チンピラ男が迫る。
「観念したらついてきな、ここをてめえの血で汚したら受付の嬢ちゃんにどやされっからよお!」
ギャハハ、と下品な笑い声を上げながら三人組が冒険者ギルドから出て行く。
扉の向こうは裏通り。真昼間でも人通りの少ない治安の悪い一角だ。
この様子だと衛兵なんかも見て見ぬ振りをしているのだろう。
諦めて俺は外へ出た。
◆
「さあ、血祭りの時間だぜぇ! せいぜい俺を楽しませてみせろよお!!」
いつの間にか外の通りはギャラリーで埋まっていた。冒険者ギルドの中にいた暇そうな連中が観戦に来ていた。
出来上がっていた輪の中に引きずり込まれ、完全に逃げ場を失った状態でランピが襲いかかってきた。
腰に差していた愛剣を、鞘に入れたまま振るって応戦した。
「さあ、どこまで持つか賭けた賭けた!」
「俺は十合に銅貨十枚!」
「二十合に賭けるぜ!!」
「いや、十五合だ! 勝ったら一杯おごってやるから頼むぜ、ランピ!!」
周囲で賭けが始まり、「いーち、にーい……」と俺が何合まで防げるかカウントまでする始末。
本当に糞以下の連中だ。
こんな状態でいきなり襲われてしまえば、腕に自信がある者で本来の実力を出せないままなぶり殺しにされてしまう。一体今までに何人の新人が殺されてきたのだろう。
苛立たしさに腸が煮えくり返る心を抑え、冷静にランピの太刀筋を見極めては弾き続ける。
「さんじゅーう! ……おいおい、ランピさんよぉ! 遊びすぎじゃねえのか!! 賭けの範囲過ぎちまったぞ!!」
「うるせえ! だあってろ!!」
終わらない剣戟に観客が焦れ始め、ランピに向かってブーイングを飛ばす。
元々短気な性格もあるのだろうが、俺の防御をなかなか崩せないでいることに羞恥も感じているのか、剣はどんどん大振りに単調になっていく。
子供のようにムキになって剣を振り回すランピ。
力任せの攻撃をさばき続けていると、ついに我慢の限界を迎えたのか、ランピが叫んだ。
「お前ら、手を貸せ! このクソガキを殺せええええ!!!」
「おらぁ!!」
「死ねえ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るランピの命令に合わせて、最初に付き従っていた二人が動いた。
周囲の観客に混ざるようにして俺の背後に回り込んでいた二人が斬りかかってくる。
「バレバレ過ぎるだろ」
やると思った、とひとりごちながら新手の二人の剣を避ける。
最初から二人の動きには注意を向けていたので相手の狙いは読めていた。
「な、なにぃっ!?」
俺が二人の攻撃を避けたことが意外だったのか、三人組が棒立ちの無防備な状態をさらした。
その隙を逃さず、ひと呼吸で二度剣を振る。
俺の剣は的確に急所に突き刺さり、乱入者二人が音もなく崩れ落ちる。
「コーザ!? ブモー!? そんな、二人を一瞬で倒したってのか!?」
仲間二人があっという間に倒されたのを見て、ランピの顔が驚愕に染まる。
驚いているヒマがあるなら防御を固めればいいのにと思ったが、わざわざ忠告してやるほど優しくはない。
鞘に入れたままの剣を、大上段に振りかぶる。
そして――
「――そこまでだ!! 二人共、剣を下ろせ!! このバカ騒ぎをやめろ!!」
冒険者ギルドの扉をあけて、巨漢が飛び出してくる。
路地に響き渡る大声を張り上げ、怒気もあらわにこちらに向かってくる。
「ギ、ギルドマスター!!」
ランピが九死に一生を得た、という顔でギルドマスターと呼ばれた巨漢に顔を向ける。
どうやら今出てきた男がこの冒険者ギルドにマスターらしい。
まあ、関係ないけど。
――俺は思い切り、剣を振り下ろした。
「ぷぎゃ」
それがランピの最期の言葉だった。
◆
「貴様! やめろと言ったのに何故攻撃した!!」
ギルドマスターだという巨漢――ヒゲもじゃ、ハゲ、筋肉――が再び怒鳴り声を上げた。
「なぜ止める必要があるんだ?」
俺は剣を手に持ったまま、頭から湯気を出しそうな勢いのハゲ筋肉に向き直った。
「なぜ? なぜだと!? ギルドマスターの命令が聞けないのか!」
耳が痛くなりそうな大声に顔をしかめながら、俺は受付嬢の言葉を繰り返した。
「『冒険者同士のいざこざにギルドは不干渉です』――これがここのルールなのだろう? なら、なんでギルドマスターの命令を聞かないといかないんだ? これは冒険者同士のいざこざだろう」
「な……っ!?」
俺の返事が予想外だったのか、ハゲの動きが止まった。
「なんだその顔は。最初に仲裁を拒否したのはギルドだろう。今更しゃしゃり出てきたくせに、なんで俺が言うことを聞くと思ったんだ?」
「き、きさ、貴様ぁ……」
「し、死んでる……!!」
俺とハゲが話している横で、観戦していた連中が騒ぎ出した。
チンピラ三人組に駆け寄って起こそうとしたところで気がついたようだ。
既に三人とも死んでいる。急所に叩き込んだのだ。鞘の上からでも人くらい殺せる。
「殺したのか! こいつらを! 仲間を、お前は――っ!!」
「仲間じゃない」
ヒートアップして更に声が大きくなるハゲに、俺は反論する。
この三人組はハゲの仲間だったかもしないが、少なくとも俺の仲間ではない。
ただの敵だ。
「街中で刃物を振りかざして襲ってきた相手だぞ? しかもこっちは一人なのに向こうは三人。殺す気で襲ってきた相手を殺して何が悪い。
それに最後の制止のタイミングも不自然だ。ギルドの中で最初に三人組に絡まれてからどれだけ時間が経ったと思ってる。大方ドアの向こう側で介入のタイミングをはかっていたんだろう。
俺が三人組を叩きのめす直前でギルドマスター権限で割り入って今回の騒動をうやむやにする。それが狙いといったところか」
「なっ……なぜそれを――はっ!?」
なぜ、と言われても。ギルドの中で絡んでくる酔っぱらいから始まり、受付嬢の対応からギルドマスターの登場まで、何もかも不自然過ぎるのだから疑って当然だ。
「新人冒険者を叩きのめし、金品を巻き上げ、殺して口封じをする……。
冒険者ならいつ死んでもおかしくないからバレにくいし、ギルドが関わっているのなら適当な依頼を受けて失敗したとでも処理しておけば捜査する人間もいないだろうな。
目的は……新人冒険者なんて財産はほとんど持っていないし、娯楽……快楽殺人か? 何も知らない新人をなぶり殺しにして愉しむ……いや、あるいは財産を取り上げて、奴隷商にでも売り払っていたのか?」
人身売買か、人殺しのショーか。
どちらにしても新人冒険者を食いつぶして私利私欲の為に利用してきたのは間違いない。
こいつらは冒険者ギルドを隠れ蓑にした『盗賊集団』だったというわけだ。
俺がこのギルドに感じた違和感と一連の推理を披露する。
すると、周囲の輪にいた冒険者モドキ――盗賊たちが武器を抜いた。
ギルドマスターも仲間たちから業物らしきグレートアックスを受け取った。
殺気をまき散らしながら、盗賊たちが包囲網を形成する。
「……多少腕は立つようだが、やはりガキだな。そのおしゃべりな舌は念入りに細切れにしておいてやる、来世で感謝しな」
「じゃあ、俺はその粗末な脳みそにシワを刻んでやるよ。来世じゃせめて人並みくらいには賢くなれよ?」
「元Aランクの俺様にここまで大言を吐けるとは……なあっ!!」
重厚なグレートアックスを持っているとは思えない加速。
一瞬で間合いを詰め、ハゲは俺を真っ二つにしようと武器を振るった。
「遅い」
ハゲの首が宙を舞った。
◆
武器を抜いて襲ってきた盗賊どもを皆殺しにし、投降した連中と受付嬢は拘束して衛兵に差し出した。
冒険者ギルドがいつから盗賊の巣になっていたのか、協力者や背景にいるだろう組織の洗い出し、被害者の調査など問題は山積みで解決はいつになるのか全くわからない状態らしい。
しばらくは休日返上となるだろう彼らの奮闘を期待しつつ、俺は次の街へ移動することにした。
次のギルドは『冒険者同士のいざこざにギルドは不干渉です』なんてふざけことを言わないギルドならいいんだが、どうだろうか……。
終
冒険者同士の問題にギルドは介入しません!→ギルドマスターだ!という展開がすっかりテンプレになっているけど、言ってることとやってること違くない?というお話。
7/17 誤字修正しました。