scene.6
「あ、あの?」
『おい、どうした?』
固まった響子さんに声を掛ける。単眼鎧《彼》もまた響子さんの様子に気付いたらしく、怪訝そうに聞いてきた。
すると、響子さんはぐりんと首を回して単眼鎧《彼》を見ながら叫んだ。
「ちょっとスゴいわよっ!? この娘のおっぱい!!!!」
へ? おっぱい?
唐突な言葉にあっけにとられていると、響子さんは僕の背後に回り込んで肩をつかんで単眼鎧《彼》の方に押し出してきた。
そのせいで、僕は単眼鎧《彼》に向かって乙女の徴ともいえる、大きく膨らんだ双丘を突き出すことになった。
「ほらほら関くんっ!! リアル爆乳よっ!! Iカップくらいあるかしらねっ!!」
「そんなに無いですっ?! Gカップですっ!?」
「んまっ! Gですって!? 十分爆乳じゃないっ!!」
ぎゃあっ?! 勢いでカップバラしちゃったあっ!?
ていうか、こんなやりとりで単眼鎧《彼》の名字が聞けても全然嬉しくないしっ!?
顔が熱くなるのを感じながら、単眼鎧《彼》を見る。
『……アホか』
呆れられたあっ?!
単眼鎧《彼》の態度に、ちょっと肩を落としてうなだれてしまう。
あれ? なんでがっかりしてるんだろ? 僕。
いつもだったらこの胸を盗み見るクラスメイト男子や男の人たちの視線が嫌だったのに……。
落ち込みながら戸惑うという奇妙で複雑な気分が、さらに気持ちを暗くする。
「……ほらあ、関くんがノッてくれないから晶ちゃん落ち込んじゃったじゃないの!」
「いえ違いますから」
響子さんの主張を否定して、僕は嘆息した。
うん。単に落ち込んでるって言うのとは違う気がする。なんだか、モヤッとした気分。
なんなんだろう、これ。
味わったことの無いそれに、僕は懊悩する。
と。
『……おい、文月』
呼ばれて単眼鎧《彼》の方を見れば、ハンドルに掛けてあったコンビニ袋を放って……。
「ぎゃぁあああっ?! 僕の黒歴史いぃぃいいっ?!?!?!」
響子さんの手を振りほどいて、僕はコンビニ袋を引ったくるようにキャッチした。
「……黒歴史?」
背後で響子さんが首をかしげる間に距離を取る。
大丈夫。ばれてない!
そう自らに言い聞かせながら、僕はキッと単眼鎧《彼》をにらんだ。
だけども、向こうは気にした様子も無く、バイクにまたがったままハンドルの真ん中辺りを操作した。
『separate arms!!』
電子音が辺りに響く。
同時にバイクに異変が起きた。
ライトの付いた前側のカバーやリアシート、サイドカバーなどが変形して展開していき、そのまま単眼鎧《彼》の黒い姿を飲み込んでいってしまう。
あっというまに単眼鎧《彼》をカバーで覆ってしまったバイクは、けれどもすぐに元へ戻り始めた。
え? もう戻っちゃうの? なにがあったの? なんで?
頭の上に疑問符を乱舞させてるかのような僕の目の前で、答えはすぐに見せられた。
中から姿を表したのは、つや消しの黒い鎧の紅いひとつ目戦士ではなかったからだ。
軽く癖のある黒髪が見えた後は、黒いライダージャケットの人物の背中が出てきた。
やがて、展開していたバイクは元に戻り……ん? おっきくなってる?
カバーが元の位置に戻ったように見えて、ボリュームが増えていた。
その、一回り以上大きくなってるかな? そのバイクからライダースーツ姿の人物が降り立ち、僕の方へと振り返った。
少しうろん気なな半眼。髪はちょっと長くて、細めの顔つきに気難しそうなへの字口。
イケメン、というには少々クセが強そう。
手足も細いけども、それは弱々しい感じでは無く、ライダースーツを内側から圧するかのような力強さがにじみ出ている。
なんていうか、野犬……ううん、気むずかしそうな感じは狼って感じかな? そんな風に思える男性だ。
腰に巻いたベルトが、単眼鎧の時と同じだから同一人物だってわかるけど、あのロボットじみた鎧がきれいさっぱり消えてるのはびっくりだ。
僕はそんな彼をまじまじと見つめてしまった。
「……あら、晶ちゃん。関くんの事気に入ったの?」
「うえっ?! ち、違いっ! あ、いや! 嫌いって事じゃなくてっ! むしろす……」
にまにまと笑いながら覗き込んでくる響子さんの言葉にハッとして否定、しようとして彼を嫌ってる訳じゃないって事も主張する。
って、これじゃへんな告白にっ?! わあっ?! 頭ごちゃごちゃするっ!
ワケわかんなくなって変なことを口走りそうになってしまう。
それを見てか、黒髪の青年は小さく息を吐いて響子さんをにらんだ。
「響子、からかうのもそんくらいにしとけよ。文月のやつ混乱してんぞ?」
少し低めの声にたしなめられて、響子さんは肩をすくめた。
それを見て、'彼'は眉間にシワを刻む。
「……ったく。文月、落ち着け深呼吸だ」
「う、うん……はあ、すぅ、ふぃー……」
何度かうなずいて息を吐いて吸ってを繰り返して心を落ち着ける。
「……はぁ、うん。落ち着いた、落ち着きました。……えと、関……さん?」
「あん? 教えたっけか? まあ良いか。俺は関、関 慎一郎だ。ま、好きに呼んでくれ」
そう言って自己紹介した'彼'……慎一郎さんは小さく口の端を持ち上げた。