scene.5
「わっ?!」
周囲に背の高い木々の立ち並ぶ山奥の山道に出た。突然に鼻を衝いた濃厚な草木の香りに、一瞬むせそうになる。
呼吸を落ち着かせてから、僕は辺りを見回してから後ろを見るが、あの万華鏡のトンネルは見当たらなかった。
視界を流れ行くのは常緑の光景だけだ。
それから山道をしばらく進んだところで木々の並びが途切れ、広場のような場所に出た。
「あ……」
そこには、キャンピングカーの親玉みたいなトラックが停めてあった。
その横には、簡素なテーブルがふたつとパイプ椅子が四脚。
テーブルの片方にはよく分からない機械と、それに接続されてるパソコンが二台、ところ狭ましと置かれている。
単眼鎧《彼》と僕を乗せたバイクは、速度を落としてそのテーブルのそばで停車した。
『……着いたぞ。降りたらどうだ?』
しがみついたまま周りを見回していた僕に、単眼鎧《彼》が肩越しに告げた。
すこし強い口調に、僕は白いツインテールを揺らしながら頷き、バイクから降りた。
そこへ。
「おー。お帰り~ん」
と、声がかかった。
声のした方を見れば、ブラウンヘアーをアップにした女性が、くわえタバコのままトラックの側面にあるドアから顔を覗かせていた。
『ああなんとか救出確保したぜ』
単眼鎧《彼》が彼女に答える。
女性はひとつうなずいて、タラップを降り、そのまま僕たちのところへやって来た。
そして単眼鎧《彼》を頭のてっぺんから爪先までながめると、満足げにうなずくと、単眼鎧《彼》の肩をぺちぺち叩いた。
「うん、目立つ損傷も無し! さっすがあたし作!」
『自分で自分の作品誉めんのかよ』
女性の言葉に、単眼鎧《彼》があきれたように言う。
気安そうなふたりのやりとりに、僕は口を挟めなかった。
なんとなく疎外感……。
とか思っていたら、女性がこちらを見てにっこり笑った。
「初めまして! だね。私は霞 響子。響子って呼んでくれて良いわよ? で、あなたのお名前は?」
女性……響子さんが笑いながら自己紹介し、僕の名前を聞いてきた。そういえば自己紹介してない!
「は、はい。僕は文月 晶って言います! 僕の事も晶って呼んでください!」
あわてて僕も名前を告げる。と、そういえば単眼鎧《彼》の名前も聞いてないっけ。
そう思って、僕は単眼鎧《彼》の背中にちらりと目を向けた。
それに気付いたのか、響子さんも単眼鎧《彼》を見る。
「自己紹介してないの? ていうか、早く除装しなさいよ」
『必要ねーだろ。つか、良いのかよ? 教えて』
睨むようにして言う響子さんに、単眼鎧《彼》が強めの口調で問うた。
聞いたらまずいのかな?
僕は少し残念に思って、肩を落とす。
けれども。
「いいわよ。少なくとも関係者になることにはなると思うし」
『……そうかよ』
「……え?」
響子さんの言葉に、僕は目を丸くした。
僕が? 関係者に? え?
二人のやり取りについていけずに、僕は戸惑った。
「……いや、僕は」
否定しようと口を開いた。が、響子さんの真剣な眼差しと。
「晶ちゃん、あなた十年前にも襲われているでしょう?」
その言葉に、ぼくのからだが、いや、すべてがかたまって、うごかなく……。
「……な、んで」
知っているのか。
問いたいけれども。
強張ったままのくちびるは、うまく言葉を紡いでくれない。
十年前。
僕が六歳の頃に、今回のように、誰もいない住宅街で化け物に襲われた。
今回のサソリの化け物ではないけども。
ああそういえば……居た。
後から集まってきた化け物達の中に。
あの時《十年前》に僕を食らおうと襲ってきたナメクジみたいな化け物が。
誰も居なくなってしまった町で、ズリズリと体を引きずるような動きの癖に、異様に足が早くて、走って逃げる僕の後ろにぴったりと着いてきていた。
走って走って。
ずるり、ずるりと引きずるような音を背中に聞きながら、転がるように角を曲がった先で行き止まりにぶつかった。
他に道が無いかと見回して、元来た道へ戻ろうと振り向いたら、ソレはすぐそこに居た。
伸び上がるように立ち上がったナメクジの化け物。
てっぺんに黒と茶の二重丸を備えた白い玉を備え、ぬらぬらとした表面をした、赤とピンクと白い繊維を寄り合わせたような、生肉の塊のようなソレは、まだ六歳になったばかりだった僕を見下ろすくらい大きかった。
そして、そのからだがぐにゅりと蠢いて、内側からめくれあがる様にして開いた。
まばらに生えた歯を見て、ソレが口だってわかった。
ダラダラと流れ出るよだれが一滴、僕の頬に落ちて……。
思い出したら一気に恐怖が背中を駆け上がってきた。
サソリに追われていた時は、ナメクジに追いかけ回された経験のおかげで、わりと取り乱さずに済んだのに……。 原点となる恐怖はいまだに僕の心を捕らえて放さなかったようだ。
と、僕の体がふわりと抱き寄せられた。
「きょ……こ、さん?」
「……ごめんね? 思い出させちゃって」
僕を優しく抱き締めながら響子さんがささやき、背中をゆっくり撫でてくれた。
はう……落ち着いてきた。
全身を舐め尽くすような恐怖は薄まっていき、僕は安堵の息を吐いた。
「……ありがとう……ございます……響子さん……?」
身を任せるようにしながらお礼を告げる。けれども響子さんからの反応は無い。
どうしたんだろう?
「響子さん?」
「……」
不思議に思って響子さんを見ると、なぜか驚愕の表情で固まっていた。
な、なんで?