scene.3
不意に影が差し込んだ。
顔を上げれば、いつのまにやら目の前に漆黒の鎧が立っていて、その紅い単眼で僕を見下ろしていた。
「……あ、」
ありがとう。と言い掛けたのを遮るように。
『……臭うと思ったら漏らしてんのか?』
単眼鎧から聞こえた声に驚き、意味を解して顔が熱くなった。
「あ!? なっ?!」
僕はあわててスカートを押さえた。羞恥と怒りがない交ぜになり、言葉がうまく紡げない。
なので、座り込んだまま単眼鎧《彼》をにらんだ。
そんな僕の様子に、単眼鎧《彼》はその黒い仮面の頭を掻いた。
『……あーわりい。まあ仕方ねえと思うぞ? 一般人ならなおさらな。しかし、それだとさすがに乗せたくねーなぁ……』
「?」
顔を占める熱が引かないままに、僕は単眼鎧《彼》の言葉に首をかしげた。と、単眼鎧《彼》が空を見上げる。
つられて僕もそちらを見れば、銀色の何かが飛来してくるところだった。
人型をしたそれは、単眼鎧《彼》のそばへと降り立つ。
単眼鎧《彼》より頭二つ分以上高い背をした銀色の人。
ロボットだ。
紅い目を丸くする僕の前で、単眼鎧《彼》がその背中へと手をやって何かを操作すると、『vehicle mode!!』と電子音が響き、人型がガチャガチャと形を変えて、あっという間に二輪車へと形を変えた。
そして、単眼鎧《彼》が僕を見やる。
『……ここから出たいだろ? 連れ出してやるよ嬢ちゃん《・・・・》』
開いた口の塞がらない僕に単眼鎧《彼》がそう告げた。
さらり、と僕の二本に結った長くて白い髪が揺れた。
『つっても女の子の衣服なんてねーんだよな』
単眼鎧《彼》はぼやくように言いながら、バイクのメーター類の下にあるカバーを開いて丸く膨らんだコンビニ袋を取り出した。
『わりーが、今これしか無いんだ。我慢してくれ。袋もそのまま汚れもん入れちまって構わねーから』
そう告げて放られたコンビニ袋を受け止めて、僕は困惑気味にうなずいた。
そして。
「うう……恥ずかしいし……ごわごわする……へんなかんじ……」
渡されたコンビニ袋から着替えを取り出した僕は、塀の影で着替えるはめになった。
他人の家に無断侵入なんてしたくないし、また化け物が出てきたらって思うと、単眼鎧《彼》の近くから離れたいとは思えなかったからだ。
文句を言える立場には無いけれども、渡されたのがタオルと私物っぽい男物の作業ツナギだけなんていうのは、十六の乙女的には愚痴のひとつも出て当然だと思う。
まあ下着からスカートまでベチャベチャで気持ち悪かったので、それをかんがみれば大分助かったのは確かだ。さりとて、異性の着ていた物に、素肌……しかも乙女の大事なデリケートゾーンを丸出しで足を通さなければならない事に葛藤を覚えないはずはない訳で……。
くぬぬ……。
感謝やら羞恥やらがいろいろうずまくままに、僕は汚れ物を入れたコンビニ袋を手に単眼鎧《彼》の元へと向かう。
と。
『……あ? なんだって?』
単眼鎧《彼》がフルフェイスヘルムの右側に手を当てながら、声をあげている姿が見えた。
『ほんとなのか? ……ああ、無事は無事だ。いや他意はねーよ』
いや、誰かと話してる?
ヘルメットの中に携帯でも内蔵してるのかな?
不思議そうに見ていたら、単眼鎧《彼》がこちらを見た。
『ん? 着替え終わったか』
「は、はいっ!」
黒い鎧にひとつ目兜の単眼鎧《彼》に、気圧されるようにして答える。
しかし、単眼鎧《彼》 はすぐに通話の方に気をとられたようだった。
『……ん? そうだぜ? いや、着替えは普通に着替……んなことするかっ!!』
突然声を荒げた単眼鎧《彼》
に、僕はびっくりして身をすくませた。
それに気付いてか、単眼鎧《彼》は左手を単眼の前に立てて軽く頭を下げてきた。
その人間らしい仕草に、僕はなんだか可笑しくなってしまって、小さく噴き出してしまう。
すると単眼鎧《彼》は、困ったように後頭部へ手をやった。
『……お前がアホなこと言うからこの娘が驚いただろうが。あん? なに言ってやがる。……とにかく、この娘が対象ならどうすんだ?』
対象? 僕が? 何の?
通話中の単眼鎧《彼》の言葉に、僕は首をかしげた。
思い当たる節は……ない。
はずだ。
僕はただの女子高生だし。
まあ、外見は特徴的だけども。
軽く説明すると僕の髪は少し青みがかっている長い白髪で、それを頭の左右で結ってツインテールにしている。ついでに瞳も紅かったりする特徴的な容姿だ。
アルビノっていうらしいんだけど、不思議なことに肌が弱いとか、目が悪いとか本来アルビノの人たちが抱えている問題が発生していない。
ほんとうに髪が白くて目が紅いだけだ。
特段勉強が出来るとか、運動が得意なんてことも無いし、両親にしたって共働きのサラリーマンだ。
特別ななにかがあるなんて思えないけど……。
あるとしたら、やっぱりこの外見くらいかなあ。
これのせいで、小さい頃から珍獣のように扱われたり、激しく嫌われたりなど過剰に反応されることが多かった。
それでも少ないながらも友達は出来たし、なかには親友って呼べるような相手も居る。
だから僕はこの外見に対して思うところはないんだけど、もしこの外見のせいでさっきみたいな化け物に襲われたんだったら嫌だなあ。
そんな風に僕が考えていると、頭にぽふんとなにかが乗っかった。
いつのまにか通話を終えたらしい単眼鎧《彼》の手だった。
鎧の一部のような固そうな手なのに、不思議と柔らかくて暖かい手のひらだった。
『あとで説明してやるよ。今はこの中蓋の世界からの脱出が先決だ』
ぽんぽんと、軽く叩いて言う単眼鎧《彼》に、僕は少し頬が熱くなるのを感じながらうなずいた。
「う、うん。……ん? みずがるず?」
が、聞き覚えの無い単語に、首をかしげてしまう。
しかし単眼鎧《彼》は答えてくれずに元ロボットのバイクにまたがってしまった。
そのことに少しだけ不満が頭をもたげた。
『後ろに』
「あ! はい!」
けれども単眼鎧《彼》気にした様子もなく指示してきて、僕はあわててバイクに駆け寄った。