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柿の知る青

作者: 紫蘭 琴葉

灰色の東京、中途半端な片田舎。住宅地。

彩りのない病院からの帰り道。

昼下がりに1人私はマスクで顔のほとんどを隠しながら歩いていた。


東京と言えどこんな片田舎の住宅地、昼下がりではほとんど人はいない。

誰もいないアスファルトの一本道を何も考えずに歩くのが

とても気楽で心地よく、しかし何の色も無い道は私自身も飲み込んでしまいそうで

恐ろしく、恐ろしく、静かに静かに歩くのだった。


私には癖がある。

意味も無く周りをキョロキョロと眺めてしまう癖がある。

それは私にとって本当に無意味で、何か理由がある訳でもないのだが

じぃっと眺めてしまうので 他人に変な顔を返される時がある。

心の中で謝りながら私は視線を逸らすのだが

それが子供や動物だと こちらを凝視仕返すのが面白くて

ついじぃっと眺め続けてはその親や主人に変な顔をされるのだった。


そんな私は帰り道、誰もない無い灰色の住宅街を歩く時

意味もなくその家々の庭や玄関を見るのが好きで

無意識にぼんやりと眺めながら歩いていた。

アパートのベランダに干されている洗濯物を見つめながら

この部屋の住民はランニングが趣味なのかと想像してみたり

手入れの行き届いた植木鉢を眺めながら

もうこの花もそろそろ萎んでしまう季節なのかと思ってみたり

そんなふうにただ意味のない帰り道を1人トボトボ歩いていくのだ。


ある家とそれを隔てるコンクリートの隙間から

ちょこんと顔を覗かせる木が私はずっと気になっていたのだが

ふと今日、顔を持ち上げてその木を眺めてみると

立派な緑に映える オレンジ色の柿がぷくぷくとなっていた。

嗚呼、君は柿の木だったのか!

気付けば青かった昼下がりの空と、陽の光を浴びた柿のオレンジと

そのふたりを抱く緑色のたくさんの葉が

もう秋になったんだよと私に教えてくれた気がした。


私がその柿と木と空を眺めていたのは

その道を通り過ぎるまでのほんの数秒の出来事だったのだが

それらと私を隔てているコンクリートの向こう側から おじいさんの声がした。


「ホレ、そこのお嬢さん」


私はまさか、その家の主人が近くにいたとは思ってもいなかったのと

コンクリート越しに見つかるはずもないと思っていたので

まさか自分が呼び止められるとは思ってもいなかった。


「ホレ、今丁度、この柿を取ろうと思って地面に落としてしまったんじゃ」


これをお嬢さんにあげるよ、と言いながらそのおじいさんは私に柿を手渡した。

そんな、まさか、私はどんな顔をして柿を見ていたんだ。

(後々考えてみると、私はその時マスクをしていたので

顔のほとんど見えているはずもなかったのでその心配は不要だった。)

綺麗だなあと思いながらただその光景を鑑賞していただけだったので

まさかこんな事になるとはと驚きながら 割れた柿をひとつ頂いた。


「ホレ、これも落ちてしまった柿じゃ」


この状況に呆気にとられているとおじいさんはさらにふたつの柿を

私の左手と右手に手渡していった。

あれよあれよの出来事に、私はありがとうございますの言葉しか出てこなかった。


みっつの柿で私の手が埋まったので、私は再度お礼を言いながら道に戻った。

戻り、歩くのを再開したが、この絵は随分滑稽だなあとふと我に返り思った。


袋も持たずに丸裸の柿を両手に持って歩く、化粧っ気の無いマスクの女。

まるで柿泥棒だ、とか思いながら歩く。


柿を両手に、人気のない灰色の住宅地を歩く帰り道。

化粧っ気の無いマスクの女。

変な女だな、とか思いながら歩く。


何故だろう。ただ両手に柿が増えただけなのに

今までとは違う道のように見えてきた。

何度も何度も通った帰り道。アスファルトの一本道。

この柿のオレンジは、なんて眩しいんだろう。


何もない毎日が、たったみっつの柿で彩られていく。


眩しい光、冷たい影、ただ続いていく空の青。

その空気を吸うみっつの割れた柿。

その柿を包む私の右手と左手。


どうして私はこんな大切な事を忘れてしまっていたのだろう。

私はマスクを取り、そっと柿の香りを感じながら空を見上げた。


空の青は、いつから青かったのだろう。気付けばそこに灰色は無かった。


柿はずっと、その空の青さを知っていた。


私は柿を通してその青さを知る。


気付けばもうすぐ師走の時期か…。

柿を持って歩く帰り道、ぼんやりと梶井基次郎氏の「檸檬」を思い出しました。

爆発してしまえ!とまでは思わなかったけれど

ふと出会うとその大切さをより強烈に感じるなあとか思いました。

そんな感じの久しぶりの作文です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 檸檬私も学校の教科書で読んだことがあります笑 灰色の街が柿を貰ったことで周りの景色を見る目が変わる表現が個人的に好きでした^^*(語彙力なくてすみません...^-^;)
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