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「ああ、はいはい。一階のC-11ありますね」


"エンパイアオブジャパン"についての図書を司書さんに検索で出してもらう。

電子化されていない書籍を手に取るのもなかなか乙なものである。

謎に満ちた帝国、そして百年ちょっとで儚くも民主主義に転向した国だ。

いや、ほんとは学問的興味と言うよりは歴史に埋もれたマイナーな国なら

教授もよくは知らないから適当に書いてもばれないと思って題材にしたのだ。

「あったあった」

おそらく誰も読んでいないであろう、

その分厚い英語で書かれた歴史書を

ポットからコーヒーを紙コップに注いで、私は読み始めた。


「元寇……、第一次世界大戦……」

ふむふむ。島国だったのでそれを上手く利用して立ち回ってきたのね。

基本的にはクローズな期間が長い……っと。メモメモ。

そして江戸時代からの開国、明治維新か……

大正時代は短かったけれど、豊かな文化が花開いた……と。

そこで私は何名かの詩人や、文学者の名前をメモした。

あとで英語に訳されたそれらの著作が無いか調べるからである。

……ふーん、それから年号が変わり様々な経緯を経て、

次第に戦争や他国侵略にと足を踏み入れ始めて、軍部の暴走や

他国との調整に失敗やら色々とあって……第二次世界大戦突入か。

で……ここからが私の研究課題である


「如何にして、東洋の島国は戦争に勝ち、そして経済で負けたのか」


よしよし、まずはレポートの題名からね。

ちなみに印象で適当にでっちあげただけだ。本当は何も知らない。

さあ続きを読むか。


当時大国だったアメリカ相手に、奇襲で勝ち、

勢いに乗って東南アジアと中国の一部を占領……全盛期の版図は結構広いわね。

そして、幾つかの大きな海戦などや、情報戦での敗北などにより

大敗っと……。戦力の大半を失いながら、後退に後退を重ねて

占領地をほぼ全て失った上に、

とうとう本土を爆撃されるまでになる……。

「……」

私、読む本間違えたかしら……、ん……?

「お、転機はある八月の晴れた朝、いよいよアメリカ軍が

 当時最新鋭爆弾であった、原子力爆弾を投下したときである……」


日本帝国軍の最新兵器である、

"イ三百八十反射機"が予め予測されていた投下地点に設置されると

空中で光った原子力爆弾の核爆発を見る間に吸い込んでいった。

そして、それは一本の空の果てまで伸びた閃光となり、

上空を飛ぶ一機のアメリカ軍爆撃機に降り注いだ。


「はぁ……?」


出来の悪いSFじゃないんだから、そんな超兵器があるわけないじゃない。

異邦人(うちゅうじん)の方々にも作れないわよ、そんなもの。

まぁ、読むか。

それから兵力の大半を失った日本帝国は、

大反撃を開始した、子供や女性を動員した兵士たちによる

超兵器の反撃で、沖縄島まで領土を取り戻した。

そしてそこでピタリと動きを止める。

いくら攻撃しても、まったく効き目の無いアメリカ軍が

休戦要請を出しても頑なに受け入れず、

二年後……1947年にとうとう根を上げたアメリカ軍が撤退した。


そこで私はこれが嘘なのを理解した。

子供だって分かる。変だ。何かが隠されている。ここには。

とりあえず続きを読み進める。

その後、日本帝国はアメリカ合衆国と極めて有利な条件で休戦協定を結び

そして再び、その数々の超兵器に守られ、長い「鎖国」に入った。

「……」

いくら歴史の及ばない時期の長い謎の国である「ジャパン」

とはいえ何かがおかしい。

「どうしましたか?難しい顔してますよ」

「ああ、ジゾ。ちょっとこれ見てよ」

真っ黒な顔に小さな目が二つと、大きな口が一つついている

この子はジゾ。ジズーバニァル・アラグマ・発音不能な名前が本名だけど

めんどくさいので、皆からはジゾと呼ばれている。

異邦人の研究生だ。

「ああ、エンパイアオブジャパンですか……」

「何か知ってるの?」

ジゾは表情の読み取りにくい顔で天井を見あげてから

「平行世界が存在する話は知っていますよね?」

「専門ではないからおぼろげには……」

「二十一世紀初頭のCERNによる大型ハドロン衝突型加速器の実験については?」

「ああ、当時有名な物理学者が平行世界を破壊すると、警鐘を鳴らしたというやつね」

ハイスクールの科学の授業で習った。重要なことだと言われたが

つまらなくて、寝ていたので実は曖昧である。

「……宇宙連邦では、あの実験を切欠に地球への本格干渉を開始しました」

「どういうこと?エンパイアオブジャパンと何か関係が?」

「我々の行き来できる世界は基本的に一つです」

「そうよね」

二十五世紀のここムーンベースでも

タイムトラベルや平行世界の移動技術は確立されていない。

「数億年昔には、時間や、平行世界を移動する技術もあったとは聞きますが、

 数回の宇宙戦争の後に、ロストテクノロジーとしてすでに消え去っています」

「ふむふむ。勉強になるなぁ」

「我々、宇宙連邦の一般的な異邦人としてはですね……」

ジゾは私が渡したコーヒーのコップに岩塩を突っ込んでかき回しながら

「このエンパイアオブジャパンというのは

 高い確率でCERNの実験が影響していると考えています」

「どゆこと?」

専門外過ぎて、すでに意味が分からない。

「タイムトラベルによるバタフライエフェクト現象に極めて近いですよ」

「んん?それって、未来にしか影響ないんじゃなかったっけ?」

「弾力のあるものを叩くと、元の形に戻るように作用するでしょう?」

「例えば、縦に長いゴム板の中心を形が変わるほど思いっきり叩いたら、

 そこを基点にその付近の上下とも歪みますよね」

「そして、歪んだ形が大きいほどに、すぐ隣にある、

 極めて似た形のゴム板である平行世界も強い影響を受けます」

そこで私はやっとわかった。

「つまりCERNによる実験で、平行世界や過去も含めて、歴史を歪めてしまったってこと?」

「すばらしい。理解が早くて助かります」

ジゾはコーヒーを岩塩ごと一気に飲み干してから、口を開く。

「そして、そのゴム板は徐々に元に戻ろうとします」

「う、何か怖い話になるでしょ……それ」

私は恐る恐る尋ねる。

「死んだと思っていた有名人が生きていたことはありませんか?逆も」

「うわ。よくあるわ」

「恐らく、ここに居る我々は、まだ曲がったゴム板が戻っていく渦中なのですよ」

「……つまり発信源である地球近辺がもっとも影響を受けている……と

 そして、研究対象と厳重監視地域として接触を開始したのね」

「さすがです。付け加える点はありません」

「とは言え、エンパイアオブジャパンはちょっとおかしすぎない?

 間違いなく正規の歴史では敗戦国になっていたはずでしょ?」

外交の失敗から始まり、軍部の暴走、資源の少なさ、相手の強大さから考えても

開始時点でほぼ勝てる見込みの無い戦争である。

「特異点というか……研究が進まないと分からないですが、推測はある程度できます」

「例えば?」

「聖遺物を知っていますか?」

「聖杯とか槍とかよね?二十世紀のムービーでよく見るモチーフね」

映画やアニメは好きである。今や宇宙語になったウォ・タクと言う言葉の語源を作った

タンザニア共和国の数々のアニメや漫画たちは私の心を打つ。

「あれらは実在します」

「公開されたもの以外にも隠されたモノが大量にあると推測されています」

「そうなの!?」

アニメの中の話じゃなかったんだ。ロマンがあるなぁ。

そもそも宗教って、どんなのだろ。信じると気持ちいいのかな。

そんなことを空想していると

「それらと、戦後のエンパイアオブジャパンの関わりは面白いですよ」

意味ありげなことを言って、ジゾは席を立ち

「あ、コーヒー美味しかったです。マイ岩塩と合ってました」

と感謝を告げ、去っていった。

「戦後か……」

私は再び、その本を広げる。


戦後のエンパイアオブジャパン……日本帝国は

「鎖国」を続け、そしてとうとう経済的に立ち行かなくなった

1970年に開国し、数多くの国々と短期間で国交を回復し始め

1977年に国連加盟する。

そこからは資本主義に次第に順応しながら、

象徴的な帝政と民主主義をもつ国家として、穏やかに世界に受け入れられていった。

「ふむふむ」

まぁ、普通かな。というか私のレポートのテーマの半分である

"経済で負けたのか"の部分が無い……。

誰も研究してないのか、いや……あったぞ。

当時、アメリカ人のウィリアム・ルーズナー博士による研究によると

開国したのは、国内の過激な革命派によるテロリズムが続いたことによる疲弊と、

自主的に経済封鎖をしていたことによる内需の貧困化が大きな要因らしい。

うむ、まぁそれっぽい記述は見つけたし、他の資料と組み合わせでっち上げれば、それっぽくはできそうだな。

しかし、過激な革命派か……。なんだろ共産主義?学生運動?反体制派?

彼らは……"聖遺物保護主義"と名乗り?

「?」

ワケが分からんワードが出てきたぞ。

聖遺物……保護、主義?まぁいいか、置いとこう。

しかし、超兵器を保有して、かつクローズ状態の国で抑えきれないほどのテロリズムか……。

もしかしたら実質"内戦"してたんじゃないかな。

そうだ。国連加盟後はどうなったんだろ。ってか戦中の超兵器どこよ。

私はページを素早くめくっていく。

どこにも記述が無い。おかしい。

どこも改心して、平和に経済発展しました。みたいな言い回しばかりだ。

……ということは、これは何か未だに公表されていない裏取引があったんだな。

超兵器群と引き換えに、世界との邂逅を手に入れた的な。

んん、超兵器……聖遺物保護主義……。

もしや、その超兵器自体が聖遺物?

CERN発のバタフライエフェクト現象による過去への干渉……。

つまり……。


……



「なるほど分からん!!」



いちレポートのために無駄に時間を使うのももったいないので、

私はその後二時間ほどでレポートをでっちあげ、

そして後日、予想通り"可"を貰った。

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