フリー
三十数年前に当時最高性能だった新興宗教がある。
本当に信じていたのか、信じていないが楽になりたかったのか、
たくさんの人たちがそれに吸い込まれるように入信して行った。
彼らがどういう活動をしているかというと、
勧誘などのノルマは無し、お布施は気持ちで
集会はSNSなどで集めて信者各自で勝手に開催、
拝む対象は、他宗教の神や教えでも良い。
神という偶像すら、その新興宗教の教えは超えているので
偶像や教えに祈りたくない場合は、
その新興宗教のもつ上記に書いたようなそのシステムや概念に祈りなさい。
祈りたくなければ心を少しその概念に寄せるだけでもよい。
それであなたも立派な信徒です。
というものだった。
「フリー」と信者たちはその名前の無い宗教のことを言った。
ネットのSNSを通じてその宗教は爆発的に世界に広まり
偶像崇拝の対象は何でもよいというのもあり、
結果的に既存の他宗教を傘下に組み込んでいった。
とはいえその実態は組織も繋がりもあやふやであり、
具体的な信仰する対象をもたないのと同義なので
ネット界隈の流行廃りの波の中で揺られる内にいつしか
自然に霧散して
忘れ去られていった。
「エイリアンが関わっているって?」
ジョニーは頭の病気だと俺はよく思う。
飲みすぎて頭痛が酷い頭をソファから持ち上げる。
「そうなんだよアンディ!調べてくれないか?」
「金くれるならやるよ」
汗臭いシャツを脱ぎながら俺は言う。シャワーを浴びたい。
やつは会社を首になったばかりで金が無いはずだ。正直面倒くさい。
「依頼主と交渉してくれないか?」
「……ん?依頼されたのか?お前が!?マジで」
二時間後に俺はその会社のオフィスのあるビル高層フロアに居た。
となりにはよれた背広でノーネクタイチビデブのジョニーが居る。
「つうかさ、何のコネだよこれ」
「僕のエイリアン研究サイトのファンだって!」
少ない髪の毛とテカテカした顔を輝かせながらジョニーが微笑む。
……あやしすぎるが、まあ、いかれた親友が珍しく評価されて嬉しいのと
仕事にありつけそうなのはありがたい。
クソビッチに養育費おくらねぇといけないしな。
ったく浮気された俺がなんで親権とりあげられる羽目になるんだよ。
「ようこそ。お待ちしておりました」
いかにもエリート臭のするいけ好かない金髪白人長身美男が差し出した手を握り返す。
「どうも。フリーライターのライドンと言います。
そこそこ名の知れたブロガーでもあるんですが……」
「ええ、もちろん存じております。
竜巻や異常気象の研究をされておられるとか」
「いえいえ、竜巻おっかけて動画とか写真とったりしてるだけですよ。
大層なもんじゃないっす」
ふーん。俺の下調べをしてきているのか。
エリート男が「どうぞ」と高そうな皮のソファに我々を座らせる。
ガラス張りの壁の先は街を一望できる素晴らしい眺めだ。
「ああ、こちらの紹介がまだでしたな。私はドウリー・マーカスと申します。
わが社はHBT社と言いまして、先に申し上げると、ある大きな組織の傘下会社です」
多分偽名だろう。会社もペーパーカンパニーだと分かる前に前もっての申し開きだな。
「依頼にも絡むことなのですが、超常現象の調査などが主な業務内容です」
ドウリーはそう言うと真っ白な歯を見せた。
……怪しすぎるが、まあ話くらいは聞いてやるか。
となりではジョニーが上気した顔で目を輝かせている。
「で、こちらとしてはあまり時間もないし、仕事の話をしたいんですがね」
「おお、これは申し訳ありません。では早速説明させていただきます」
かいつまんでこいつの言った話を述べるとこうだ。
三十年前にネット上に現れた「フリー」という謎の新興宗教は
地球外生命体の流したものの可能性がある。
その発生源をつきとめてほしい。
「ふーん。怪しい上に雲を掴むような話っすね。俺も忙しいんですが」
ウソだ。今は仕事が無くてヒマだおれは。カマかけてみた。
「前金で調査費も兼ねて即金五万ドル。成功報酬は別に十五万ドルでどうですか?
もちろんお二人それぞれにです」
「!!」
「やったー!!」
ジョニーが立ち上がって踊り始めた。おいおいおい話が上手すぎるだろ。
「安心してください。ペナルティなどありません。
お二人の人柄を見込んでの投資と思ってくだされて結構です」
「投資ということは失敗も見込んでるということですよね」
「はい。しかし我々の見込みでは、お二人ならば完遂する確率が非常に高いです」
なんかよく分からないまま、二人の口座に振り込まれた
五万ドルに呆然としながら俺たちはタクシーを拾って
俺の安アパートまで帰る。さらにそれとは別に五千ドルの"交通費"を現金で渡された。
ジョニーはウキウキしっぱなしだ。
「アンディ!新しいパソコン買えるよ!!貧乏生活ともおさらばだー!」
運転手にチップを多めに払い、俺とジョニーは安アパートの階段をあがり
俺の部屋にはいる。
「う、酒くさっ」
酒とタバコがダメなジョニーが窓をあけ回っているのを横目に
俺はリビングのボロソファに沈み込む。
「あの男から調査対象をいくつかもらったよな」
「うん。"フリー"教徒の現存する最大コミュニティ、ネットのオカルトサイトの最大手
南部の居酒屋、あるパソコンパーツ屋の住所とか……他にもたくさんあるね」
「話が怪しすぎる上に、羽振りが良すぎる。
スポンサーはコングロマリッドか、政府系の組織か?」
「お金もらえたからいいじゃん!早く終わらせて十五万ドルゲットしようぜ」
ジョニーはどこまでもイカれてるが、無闇に楽天的な性格は
極めて悲観的な俺と相性がいい。
とはいえエイリアンねぇ……。数回の大規模な公式的接触を経た
今の時代もほとんど表には現れないからな。
何でも文化的摩擦を避けるための法が、宇宙で非常に厳しく制定されているんだと。
接触自体は俺がガキのころに全世界テレビ放映されてたのを見たっけ。
あーたまには田舎に帰るかなぁ。母さんのパイが食いたくなった。
離婚してから一度も里帰りしてねぇや。
「エイリアンだろ?友達にいるよ?」
「!?」
何故か俺と夕食を一緒に食べているジョニーが会話にいきなりぶっこんできて
俺はすすっているインスタントヌードルを机に吐き散らかしそうになった。
「そりゃ専門サイトやってるくらいだから何人かはいるよ」
「……!?なんだそりゃ」
「あの人らは、さり気なく人間社会に溶け込んでるからね。
気付いたら何人か付き合いが出来てた」
おいおいおい、いつのまにかそんな時代に突入してたのか。
「ちゃんとダチとして付き合えるの?」
「うん。見た目も言葉も変わらないよ。触手とかは隠しているし
全自動変換人間スーツに入っているのが大半だよ」
うー本当ならやばいし、ウソでもジョニーの頭がやばいなこりゃ。
「身体がある人たちはいいんだよ。進化の程度は俺らとそう変わらないからさ。
問題なのは身体がない人たちね」
「身体が"無い"?」
「うん。稀に居るってその友達が言ってた」
「どうやばいんだ?」
「思考自体が違うんだって。身体性を伴わないから気をつけないといけないそうだよ」
「うーむ」
話がぶっ飛びすぎてついていけなくなった俺は
そこでその話題を切り上げさせて、
昨日のベースボールリーグのことを話し出した。