空から落ちてきた少女
砂漠を歩くのは好きだ。
何も無い砂漠。
どこか遠くに僕が
昔話で聞いたようなビルや緑に囲まれた街があって
そこは夜も電球で光り輝いて綺麗で
綺麗な服を着た人たちが沢山居る。
そんな想像ができるから好きだ。
七百年前に大破壊が起こって
そのころの高度な文明は滅びた。
太陽フレアと地軸の反転で
電子機器は全て壊れ、地震と津波が来て
この世界の形は変わったと
青空教室で先生は教えてくれた。
それから人々は争うことをやめて
大気候変動の時代を
慎ましやかに暮らしている。
争えなくなったと言ったほうが正しいかな。
争ったら死ぬ、死んだら人が減る、
人が減るとコミュニティの維持ができない。
だから次第に人は人を殺さなくなった。
全部先生の受け売りだ。
だいぶ歩くと、日が沈んで
空高くにある月が見える。
地位の高い人たちや金持ちたちは大破壊前に
月や火星に脱出して、そこで暮らしていると聞いた。
「おーい。元気かーい」
手を振ると誰かが
遠く離れたそこでも振り返してくれたような気がして
月明かりにジャンプして、手を振り続ける
寒くなってきたな。
さあ、帰るか。ニホンサソリにかまれる前にね。
サクサクと足音をさせながら
砂漠を歩いていく。
お父さんは新型の風邪にかかって去年死んだ。
お母さんは僕と引き換えに死んだらしい。
僕はニホンカントリー・トリマシマコミュニティの互助制度で
週に三度ある学校に通えている。
仕事は午後からの精肉工場と野菜工場でのかけもちだ。
別に働く義務は無い。
でも働けるようになったらみんな働かないと
このコミュニティは維持できないんだ。
それだけの話だ。
砂漠をサクサクと歩き続ける。
海辺の近くが、僕らの町だ。
ニホンカントリー・トリマシマ府
人口三万人
この国、最大の町さ。
町に帰ると大人たちがざわめいていた。
「おう、サク坊!てぇへんだ!」
「どうしたのシマヅのおっちゃん」
この人は職場の上司の髭もじゃで筋肉質のシマヅさん。
趣味はスクワットらしい。
「どっか別の星から、通信が入ってるらしい」
「え!月?火星?」
「おっちゃんべんきょ嫌いだからわかんねぇ……とにかく星だ!」
シマヅさんに引きづられるようにして
俺は町で一番高い電波塔の錆びたタラップをあがる。
最上階の室内に入ると、たくさんの人たちでごったがえしていた。
その人たちをかき分けて、古びた通信機器を操作している
僕の担任のマキ先生に話しかける。
「マキ先生、別の星から通信だって?」
「サクマ君。どこからかは分かりませんが、機器が電波をキャッチしました」
「どんなメッセージがきたんですか?」
「再生してみます」
ジー・ジジジ……ハローハロー、こちらはムーンステーション525
そちらは元気ですか?クラリ……聖遺物の……七月二十八……
ジジジ・プツ
「ん?これで終わりですか?」
「そうね、残念ですが……」
「僕にはムーンステーションと聞こえましたが、月からですかね」
「断定はできないけど、そうだと思うわ」
僕は他の大人たちの邪魔になりそうだったので
シマヅさんと先生に帰ることを告げて
電波塔の下へと降りていった。
町の図書館は二十四時間空いているので
寝る前に月と火星について調べに行くことにした。
「よお、サク坊!聞いたか?他の星からの交信だってよ」
爆発した白髪と、白髭が顔じゅうモジャモジャのこの人は
ハヤマ館長。でもみんな見た目でモジャ船長と呼ぶ。
「うん。モジャ船長。電波塔行ってきたよ」
「話が早いね~さっすがわが町期待の星だ」
「火星と月について調べたいんだけど」
「いいぞ。二階の宇宙についての棚だ」
軽く手をふって感謝を告げ、僕は本棚の間の狭い通路を進み。
階段をあがる。
「ふーん。火星には二百五十万人
月には三百八十万人が移住したんだ」
「人口は増えてるのかな、減ってるのかな……」
増えてたらいいなと思いながら
僕はページをめくっていく。
移住完了して八年後に大破壊が起こったのか。
はっ、読書に没頭していたが
時計を見るともう二十二時だ。
明日も早い。寝なければ。
モジャ船長におやすみと告げて図書館を出て
僕の家に帰る。
バラックの四階の自室にあがり
真っ黒の自室の、錆びた窓から砂漠を眺める。
綺麗な波のような曲線を描いたいつもの砂丘だ。
何もないけれど、毎日形が変わる僕のお気に入りの景色だ。
明日は朝から授業だな。
午後は精肉三時間と野菜の仕分けが三時間。
うん。楽勝だ。夕方からは図書館に行こう。
眠りにつこうと、窓の雨戸を閉めようとしたその時
小さな青い光が空から
ゆっくりと降りてきているのを
僕は発見した。
「なんだ……あれ」
目を凝らさないと見えないような微かな光だが
空から砂漠のほうへと降下しているように
確かに見える。
周りは静かだ僕しか気付いていないのか……
居てもたってもいられず
僕はマントを被り、靴を履いて
部屋から飛び出した。
走り抜ける街中は静かだ。
みんなもう寝静まっている。
町を出て、砂漠を走り出す。
砂が足に絡み付いて
速度が落ちる。
はぁっ はぁっ
息が切れそうだ。
顔を上げると、青い光が
砂漠の上にゆっくり落ちていくのが見える。
だんだん近くなってきた。
息が苦しい
走れ僕
走れ!
「居た!」
ちょうど青い光と共に
少女が降りてくるところだった。
バサッ
という音と共に
砂地に落ちる。
砂地に落ちた少女は
身体にぴったり張り付いた薄青いラバースーツのようなものを着て
金色に輝く大きなカップを胸に抱え
死んだように目をとじている。
僕は駆け寄って抱きかかえる。
生きているのか?
死んでいるのか?
呼吸を確認する。
すぅーっと言う息を吸い込む音が聞こえ
ゴツッ
「いたっ」
「あいたっ」
飛び起きた少女が頭をぶつける。
しばらく二人で痛みに悶絶したあとに
我に返ったらしい少女が僕に尋ねてくる。
「ここは今西暦何年?」
西暦?ああ、昔の宗教家のキリストが生まれた日だったか
死んだ日だったから数えた年数だな。
えーと……たしか今はミコトノクニ三百二十七年で確か
……それに2452足せばいいから……
「西暦2779年……だと思う」
「そうか……もう四百年も……」
「あなたの街はどこ?」
「ここから少し歩いたところにあるトリマシマだけど来る?」
「ありがとう。助かる」
大きなカップを抱えて少女は
さっと立ち上がった。
意外に元気なのにびっくりしていると
「行かないの?」
少女に促されて手をひっぱられる
「う、うん」
タジタジしながら
僕たちふたりは町に向かった。