モノクロ神父の出会い録
ようやくマナの身体から震えが消えた。
これからどうしようか、とマナは考える。
この死体安置所から出ても、どこへ行けばいいのかわからない。さっきの男に見つかればきっと酷い目に遭わされるだろう。
どこでもいい、居場所がほしい。
マナは、ふらりと立ち上がって出口へと向かう。
すると、出口付近、飲み水の桶のそばになにか置いてることに気が付いた。
落ちていたのは、リベロの『指ぬき革グローブ』だった。
間違いなく、リベロの鉤爪収納型の手袋である。
マナは思い出す。
―――そう言えば、部屋から出ていく時に、桶に溜まった飲み水で汚れた手を洗っていた。
その時に外して、そのまま置いて行ったのだろう。
マナは、グローブを手に取ろうとする。
「……え? なにこれ?」
しかし、持ち上がらない。まるで地球を上げているかのような、テコでも動かない手袋を前に、唖然とした。こんな不思議な物体は見たことがない。
まるで魔法にかかっているかのようだった。
そして、このグローブがとても貴重な代物だと、一目でわかった。
あとで気付くことなのだが、マナの予感は大当たりだった。
ヘラクレス十二の軌跡シリーズ第二秘宝。
レア度8『ヒュドラ・イビル・クロー』
強化していけば、レア度最高12にまで上がるポテンシャルがある代物だ。
そして手袋の手のひらには、逆五芒星。デビルスターの紋章が入っていた。。
魔王軍らしいデザインのグローブだった。
それを付けていたリベロについて思い出す。
あの、鋭い金目銀目が脳裏に焼き付いた。
鋭い鉤爪の先端がいまだ頭から消えない。
「……アレに見つかったら」
次はもう逃げられない。
―――と、ここでマナはあることに気付く。
「……これ、マズいんじゃない……?」
このグローブは、たぶんリベロの大切なものである。そして無くしたことに気が付けば、ッ確実に取りに戻ってくる。つまり、ほぼ間違いなくここへ帰ってくるのだ。
―――はやく、ここから出なければならない。
マナは、グローブをこの場に置いて死体安置所から出ようとする。
出ようとして、だれかにぶつかった。
「――――ッッ!!!」
「ってわああああ――――っっ!」
マナの顔を見て驚く褐色肌の男がいた。
褐色肌、ウェーブのかかった髪、サングラス、胸には十字架のペンダント、そしてモノクロの司祭服、かなり身長は大きい、180近くある長身痩身の男である。
マナの全身に緊張が走った。
こわばって、逃げられない。完全に硬直している。
お互いの目が合い、そして―――。
「ああ、天使ちゃん! よかった! 無事だったんだね!」
―――褐色肌の男は、にこやかにそう言った。
どうも、この男はすぐに危害を与える目的はなさそうだった。
そして、どうもこの亜麻色の髪の少女について知っているようである。
「……あなたはだれ?」
「え? ジョークのつもりかい? ボクだよ、コギー。コギー神父!」
「……神父さん?」
「キミのところへ頭のおかしい男が向かったって聞いて飛んできたんだ! でも良かった! 会わなかったんだね!」
「……ちょっと違う」
「え?」
「……襲われたけど、撒いた」
「あのリベロをかい? すごいなキミは」
「……リベロ?」
「あれはリベロっていう盗賊だよ。ヤバい奴なんだ。捕まったらまず命はないよ」
「……そうなんだ」
「天使ちゃんに会えてよかった。神に感謝感謝」
コギー神父は、マナに頬ずりする。
マナは顔を少ししかめるけれど、拒絶はしない。
「ん? なにか様子がおかしいね。天使ちゃん?」
「……詳しい話はあとで。あのリベロがここに来るかも」
「そいつは大変だ。じゃあとりあえず安全な場所へ行こう。それでキミの話をすみからすみまで聞かせてくれ」
これが、マナが転生トリップした時の出来事。
すべてはここから始まった。