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密室のトリックアーティスト


マナは、死体安置所へ走った。

入った直後、頑丈そうで板チョコのようなデザインの木製ドアを閉める。

そして流れるような動きで太い木のかんぬきをかけたのだ。


リベロは追ってはこなかった。

どうせ逃げられやしない、という慢心から無理に追いかけなかったのだ。

閉ざされた密室で、マナは考える。


一体、どこに逃げろと言うのか。


ここは外人墓地の端っこ、死体安置所である。

窓は嵌め殺し、使えそうなものは三つの棺桶と木製テーブルぐらいのものだ。

部屋の中で隠れられそうな場所を探す。


まず、三つの棺桶。他の棺桶を開けてる隙を見てダッシュで逃げられるかもしれない。

次に、テーブル裏。テーブルを盾にちょっとは隠れられるかもしれない。

最後に石造りの長椅子の下。隠れられそうだけど、のぞきこまれたら丸見え状態になる。


どれを選べばいいのか。

これで、どうすればいいのだろうか。


「おい、いますぐ開けろや」


ドアを叩く音、外にいるリベロが苛立っていた。

冷静を装った、怒気を孕んだ声色である。


「……なんとか、しなきゃ……!」


とりあえず、マナは木製テーブルを持ってくる。

これを出入り口の扉に立てかけて、すこしでも時間を稼ぐ。

チョコレート板風の木製ドアに近づき、木製テーブルを立てかける。

扉の前に立った瞬間、マナの目の前三センチに何かが飛んできた。


―――リベロの持つ鉤爪の切っ先。

頑丈そうなドアと手にした木製テーブルを突き破って、鉤爪の先端が届いたのである。

鉤爪の先端は、あとすこしでマナの目を潰すところだった。

リベロが、頑丈そうな扉を攻撃したのだ。

いかに木製とはいえ、破るにはハンマーのような鈍器が必要なはずである。

そんなマナの常識は、リベロに当てはまらないのだ。

外の男はまるで親の仇であるかのように、ドアを、そしてドア越しにマナを怒鳴りつけた。


「調子に乗んなよクソガキ! 開けねえなら無理やり開けてやっからな! 待ってろ!」


鉤爪が、頑丈そうなドアとテーブルから無理やり引き抜かれる。

そして、再び木製ドア扉に鉤爪がさく裂した。

頑丈そうなドア、そして身を守るように突きだした木製テーブルに六つの穴があく。

続く鈍器のような衝撃で、マナは木製テーブルごと扉から吹き飛ばされてしまった。


まるで止まらないリベロの猛攻。

三つの刃は何度も頑丈そうな扉を突き刺す。

何度も、何度も何度も貫いた。

木製とはいえ、ここまであっさりと貫通するものなのか。

これが自分の肉体かと思うとマナの身体からサッと血の気が引く。

考えている余裕など、微塵もなかった。


こうなったら、棺桶のなかににげ―――

―――と、ここでマナの頭にスイッチが入る。


霧が晴れたようなさわやかな気分になった。

閃き、この状況を打破するほどのアイディアが浮かんだ。


「……できるかも、これなら」


そして、マナは急いで死体安置所にある合わせ鏡を叩き割った。



破壊音とともに、リベロが扉を粉砕する。

途中でかんぬきを抜き去るほどの大穴を開けたのだが、めんどくさくなって扉の金具を吹き飛ばすほどの回し蹴りをお見舞いしたのだった。

穴だらけになった木製ドアを踏みつけて、堂々と侵入してくる。


「へーい! クソガキ! ただで済むと思うなよ……って、ん?」


しかし、返事はない。

それどころか、影も形もなかった。

死体安置所の中には蓋が閉じた三つの棺桶。

無残に割られた合わせ鏡。床には散乱する鏡の破片。

鉤爪で貫通された跡のある木製のテーブルがあった。


「あん? かくれんぼのつもりか? おれを怒らせたくなかったら今すぐ出て来い。そしたら平手打ちで許してやる。三秒数えるぞオイ」


リベロは三秒数え始める。

しかし、マナは出ていくつもりはない。

三秒数える声がむなしく部屋中に響いたあと、リベロの怒りはピークに達した。


「よーし、見つけたら半殺し決定だコラ」


リベロは真っ先に三つの棺桶に近づく。


右の棺桶か。

真ん中の棺桶か。

左の棺桶か。


リベロは、ニヤリと笑った。

「三分の一か、逃げる奴ってのはだいたい利き手の方へ逃げるってのが相場で決まってんだが……」


息を潜ませたマナは、息を飲んだ。


「テメエがいるのは右! と見せかけて実は左だろうが!」


棺桶の蓋を鉤爪が刺し貫く。

蓋を貫くたしかな手ごたえ、しかし鉤爪の先端に血液が付いていない。


「……チッ、やっぱりただのクソガキか。じゃあ普通に右だコラ!」


今度こそと意気込んだリベロの鉤爪が、向かって右の棺桶に突き刺す。

しかし、ハズレ。

さすがのリベロも、これには頭に来たらしい。


「おいおいおい、三分の一も当てらんねえとか。あり得ねえぞオイ」


怒りに任せて、真ん中の棺桶を蹴り上げた。

棺桶の蓋は上空に飛び上がり、そして中身を晒す。

「……は?」

これも、ハズレだった。


「おい、おいおいおい―――っっ! どこに消えやがったあのガキ!」


死体安置所の中を見渡す。

嵌め殺しの窓。

すでに開けられた三つの棺桶。

レンガの床に散らばる鏡の破片。

鉤爪の跡が残った木製のテーブルが転がっている。

石造りの長椅子の下をのぞいても、見当たらない。


「あーくそ、クソクソクソ。あんなガキにしてやられるなんてあり得ねえぞ」


リベロのプライドは痛く傷ついた。

自分より一回り年下の娘に一杯食わされたのだから無理もない。誰だって自分より格下と思っている相手に負かされることなど嫌に決まっている。


「おいクソガキ! いま出てこれば特別に許してやる! だから出て来い!」


身を隠したマナは返事をしない。

その言葉を吐く時点で、もはや打つ手なしと自白しているようなものだ。ここでホイホイと出ていくようなら、最初から大人しく捕まっている。

リベロも気づいたのだろうか、強く舌打ちをした。

そして、閃いたように目を見張る。


「……あーなるほど。棺桶開けてるときに外へ逃げやがったのか! そうはいかねえぞ!」


リベロは、死体安置所から嵐のように飛び出していった。

走り去る音、そして沈黙。

しばらく経ってから、ようやくマナは動き出した。


「……もういいよね?」


手にした鏡を、割れないようにゆっくりと地面に置いた。

そして、石造りの長椅子の下から這い出てくる。

―――うまくいった。


マナがあの時にとった行動は、全部で4つである。

まず、マナは6枚ある全身鏡のうち一枚を壁から剥がす。

次に、残りの全身鏡をすべて割り、地面にばらまく。

さらに、マナは石造りの長椅子の下へと寝転がる。

そして、全身鏡を地面を反射するよう斜めに構えて身を隠す。


たったこれだけである。


『消える貯金箱』というものをご存じだろうか?

光の反射を利用して、入れたお金がまるで消えたかのように見えるものである。

今回、マナが消えた原理だった。


マナが構えた鏡には石造りの床が写り、リベロが長椅子の下をのぞきこんでも床と同じ素材で出来ている椅子の背面であると誤解したのである。

あるいは、ジッと長椅子の下を観察すれば鏡特有の違和感ぐらいは察知できたかもしれない。

しかし、床に鏡の破片がばら撒いてある以上、床に顔を近づければそれだけ怪我をするリスクが増えるので、バレる可能性は極めて低い。

さらに、合わせ鏡を割ったのは、リベロの注意を逸らすだけではなく、マナ本人が隠れるための鏡を手に入れ、なおかつなくなった全身鏡一枚の証拠隠滅をするためでもある。


正直、マナにとってこれは賭けだった。

全身鏡のサイズ問題や体力的に無理な姿勢で耐え忍ぶことができるかわからなかった。

しかし結果として、リベロを出し抜くことができたのだ。


マナは、ほっと安堵の息を洩らす。

立ち上がろうとして、その場でうずくまってしまった。

リベロが待ち伏せしているかもしれない。

そう考えると、怖くて震えが止まらなかったのだ。

マナは、手足が言うことを聞くまでじっとすることにした。

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