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夢の世界へ

前世の記憶を思い出す。

あれは『現実』と呼んでいた次元でのお話。

いつも周りに合わせて流される日々。

だれにも理解されず、いいひとを演じ切っただけの十四年間。

嬉しくもないのに笑顔を作り、自分に嘘を吐くのが上手なピエロ。

そんな自分を憶えている。


前世の記憶がわたしのすべてだった。

なぜなら、こちら側の記憶などないから。

記憶喪失、と言うものなのかもしれない。

あるいは、転生トリップというべきか。

それでも説明のつかないところがいくつかある。

しかし、そんなことはいま重要ではないのだ。


『孤蝶の夢』という言葉を知っているだろうか?


つまりはそういうことなのだ。

そう、これは夢。夢物語。

マナと呼ばれる少女が、自分の夢を見つめ直す物語だ。

「……ここはどこ?」



目が覚めたマナは、大きな箱の中にいた。

なにを言ってるのかさっぱりわからないと思うが、本人にもわからない。

真っ暗闇の中、手探りですみずみまで調べた結果、判明した答えだった。自分で入った記憶はもちろん、なんのためにここにいるのか、なにかもわからない。


―――今日は何日でいまは何時なのだろう。

―――自分はちゃんと生きているのだろうか。


現実味がない。

しかし、パニックになることはない。

それが十四歳になるマナという少女だった。


「……とにかく出よう」


たしかなものが欲しいマナは、ゆっくりと天井の蓋を持ち上げる。

内側から開けるように造られていない蓋は重たい。十四歳にしては優秀な運動神経を持つマナは、静かに持ち上げて、ソッとホコリが立たないように冷たい石造りの地面へと降ろした。


マナは、すぐにここがどこなのか理解した。

規則正しく並んだ十字架の刻まれた三つの棺桶。

そして棺桶を挟むように置かれた合わせ鏡。


―――ここは霊安室。

いままで、マナは棺桶に入っていたのだ。

幸いにも、六枚ものスタンドミラーがあったので自分の姿を確認することができた。


十四歳。

無表情な少女。

亜麻色の髪。

深緑色の瞳。

真っ白だったであろうワンピース。

年相応に膨らんだおっぱい。

そして死人のような青白い肌。

すべてを確認して、マナは首をかしげた。


「……あなたはだれ?」


自分に向けた初めての感想だった。

記憶にある自分とはまるで違う姿。


まさか、記憶喪失だろうか?


そんな言葉が、マナの脳裏をよぎった。

あまりに現実味のない場所で、見たこともない自分を見て、触れて、まるで映画を見ているみたいだと思った。

そんなマナにも、湧き上がる気持ちがある。


「……おうちに帰ろう」


マナは全身鏡から、そして問題から目を離した。



今日は満月が眩しい夜だった。

まん丸のクレーターまではっきり見えるお月様が、青白い外気を通過してそのままマナの肌にサファイア色をつける。気の利いた電灯などないけれど、嵌め殺しの窓から入ってくる月明かりが照らしてくれる。


窓の外には、外人墓地が広がっていた。

チェスのコマを模した白い墓石、不気味に青く染まった景色。

いかにもオバケが出そうな雰囲気、ではなかった。

人の気配、そして物音が聞こえてきたからである。


おかしいな、とマナは思った。

こんな夜更けに外からは人間の声が聞こえるではないか。


「……なにかしてる?」


マナは、奇妙な感覚に襲われた。

なにやらお祭りをしているようだ。さっきから外からドンドン、と祝砲の音や、どんちゃん騒ぎの賑やかな雰囲気が伝わってくる。


マナは絶対に見つからないようにゆっくりと霊安室から出る。

はるか遠くにたくさんの人影。


マナは、目を凝らし―――背筋が凍るのを感じた。


祭りの正体を目の当たりにした。

――――血祭、が始まっていた。


マナは確かに見た。

ゾンビ―――生きる屍である。

外人墓地、そして墓穴より現れるアンデットの群れ。

顔はただれ、血肉を求めてさまよう腐敗色のゾンビたちだった。

遠目からでもはっきりとわかるおぞましい姿に、届かないはずの腐臭が香った気がした。


マナは、その場で硬直してしまう。

ゾンビに驚いたからではない。

いや、ゾンビにも驚いていたが、そんなゾンビたちの頭をまるでスライストマトであるかのように刻んで回る悪魔にぜんぶ持っていかれた。


マナの視線の先には、ひとりの黒い男がいた。

名前をリベロ―――自由の名を冠する男がいた。


赤褐色の返り血を浴びる、邪悪な笑みを浮かべた男。

シルクのような光沢を帯びた黒い獣皮のジャケット、金色の獣毛が付いたフード、金目銀目の鋭い眼光、そしてシンプルでありながら洗練されたデザインの鉤爪。


マナの視界から消えたかと思えば、一掻き、一撃でゾンビの脊髄ごと輪切りにしていく。

接近してくる敵の頭を掴み、一刺し、ゴミのように捨てる。

数の暴力などおかまいなしに、ゾンビを蹴散らしていた。


リベロの強さに圧倒される。

特に素早さ、敏捷性がハンパじゃない。

リベロが呼吸を止めた瞬間、目で追えない速さでゾンビを二~三体は斬り裂いていく。

まるでビデオの早送りを見ているかのような、反則的な速さだ。


「……まるで、黒猫みたい」


マナの素直な感想だった。

瞬発力、動きのキレ、どれも猛獣の領域。

しかし、マナの感想はリベロの口から時折のぞかせる八重歯を見て『黒猫』という言葉が来たのだろう。


とにかく、祭りは終わった。

リベロはあっという間に、外人墓地にいたすべてのゾンビを行動不能にした。

それに気付いたのは、マナがリベロに直接話しかけられてからだった。


「よう、テメエが天使か?」


「……え?」


まるで気付かなかった。

目を離していたわけじゃない。意識の間をぬってここまで来たかのような感覚。


「なんだ、まだガキじゃねえか。まあ期待はしてなかったがな」


「……あ、あなたは……だれ?」


「おれか? 極悪人だよ」


ジョークであるかのように、笑う。

冗談であってほしい、という淡い期待。

しかし、そんなものは、次の瞬間に吹き飛んだ。


「おれは、テメエをさらいに来た」


大盗賊リベロは、意地悪そうに笑った。

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