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シーズンオフだからか小安峡はとても空いていた。
先にきつい階段を下りる。自分が一回来たときに階段を上るのが辛かったから、隼には写真を撮るのに専念してもらいたかった。
今日は蒸気の吹き出しが多く、写真を撮る隼も楽しそうに見える。
たまに蒸気の中に入って子供のようにはしゃいでいる彼がとても可愛く見えるのだ。
橋の上からの写真を撮るのを勧めたのに隼は何故が乗り気じゃない。ここからが綺麗なのに。
「どうしたの?」
二人の間に長い沈黙が流れた。
「……高いところ苦手なんです」
それはこの高さは怖いだろうなと佐和子は思った。
「よし。隼は利き手てでカメラ持ってファインダー覗いてて。私が手つないで連れってってあげるから」
動揺をみせる彼の左手を握り、右手を腰に回してゆっくりと橋に近づいていく。
変な奇声を出しているが聞こえないふりを決め込む。
自分が一番好きな場所で隼に話しかける。
「私が体支えとくからカメラ覗いてみて。とても綺麗だから」
隼の顔が青ざめるやら赤くなるやら忙しそうだけど、一枚だけでも写真に収めてほしかった。
この状況は一体なんだろうと隼の心は揺れていた。
恥ずかしいやら情けないやら、しかし佐和子さんに手を握ってもらえたのは素直に嬉しくてどんな表情をしているのかもはや自分ではわからない。
しかしファインダー越しに覗いた景色は吸い込まれそうなほど綺麗だった。佐和子さんがどうしても俺に見せたかったのだと感じた。
夢中で何枚も撮っていた。撮り終わった後、情けなくもへなへなと座り込んだ。すっと飲み物を渡してくれた佐和子さんがとても綺麗に見える。キスしたいな、なんて思ってしまう。
稲庭うどんを食べ、偶然見つけた喫茶店で頬を上気させて見つめていた青い珈琲カップを昨日と今日のお礼だと言い、佐和子さんにプレゼントした。ありがとうと言って受け取った彼女の笑顔が眩しい。
昔から言われていることだが、楽しい時間はあっという間に過ぎる。そろそろ駅に向かわないと新幹線に間に合わない。