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恋愛初心者の恋愛事情  作者: 藤宮 蒼
6/9

「それ。俺にも食べさせてもらえたりします?図々しいですよね」

「そ、そりゃあ。かなり図々しいかな。今日会った人に」

隼はですよねと言い、しゅんとした。

それを運転しながら見た佐和子は急に笑いがこみ上げてきた。

ぶふっ。

急に吹きだした笑いに隼がどうしたの?と訊ねた。

「だって。隼がしゅんとしてるの見たら笑いが。あはは」

「佐和子さん酷いな。ダジャレですか?」唇を尖らせる隼がまた可愛く見え、佐和子は更に笑った。お腹が痛くなるくらい笑ったのはいつぶりだろう。運転に支障が出そうで一番近くのコンビニに車を一旦停めた。

笑いの発作が治まって隼に思い切って聞くことにした。

「明日もどこか写真撮りに行くの?」

「一応予定では小安峡のあたりに行きたいなと思ってます」

小安峡なら行ったことがある。佐和子は今日とても楽しかったのだ。こんな私でも何か役に立てるかもしれない。

「明日も連れてってあげる。それと、何もしないと約束してくれれば私の部屋に泊めてあげる」

「え?佐和子さん本当にいいの?もちろん何もしません。よろしくお願いします」ぺこぺこと頭を下げる姿がまた佐和子の笑いの発作を復活させた。

「あはは。分かったからそんなにぺこぺこしないで。私なんでこんなに笑ってるのか分からないもの」

 


今日偶然にも佐和子さんに会うことができ、しかも今隣で笑ってくれているなんて。

隼は夢の中にいるのではないかと自分の頬をぎゅっとつねる。痛いと感じて夢ではないと思うのだが、まだ信じがたい。そのうえ佐和子さんの笑顔が眩しい。

東京で会ったあの日から忘れられなかった。もう会うこともないだろうし、そのうち他に好きになる女性が現れるかもしれないと思っていたのだがそうはならなかった。

佐和子さんとの出会いは会社の研修のときだった。新入社員で入った四月。秋田からの高卒の新入社員を引率してきたのが佐和子さんだった。今はもう社員を取らなくなったので、今思えば一番社員研修にも力が入っていたように思う。

本当は来るはずだった総務の上司が喪中に入ってしまったらしく、代打で急遽決まったらしい彼女も少し狼狽えていたように見えた。あとで話しを聞いたら彼女も四月から総務に異動したてだった。しかも年齢が俺の一つ上だけで、四月生まれの隼が二十三になろうとしていたからあの時点では年齢差なんかない状態で、秋田から社員を連れてきたのに驚いた。

髪をきちんと結い上げ、スーツの着こなしも中のシャツとのバランスがとれている。

そして背筋がピンと伸び、凛として見える中にも失敗しないようにと気丈に振る舞っている姿にしばらく目が離せなかった。

自分は大卒で、まだ遊び足りない子供のように見えるだろう。彼女はもう社会人になって五年目を迎えている。本社の研修担当の本島さんと話している佐和子さんはとても大人に見えた。少しは言葉を交わしたが、結局佐和子さんは俺を覚えていなかった。

まあそうだとは思っていた。いきなり新入社員を引率してきた緊張感の中、人の顔と名前なんか憶えている訳がない。残念ではあるが仕方ない。

しかし、いつ会ったことがあると話そうか迷う。今会ったことがあると告げると身構えてしまって笑顔なんかもう見せてくれないかもしれない。そう思うとすぐに勇気は出せなかった。


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