2
痩せた男がカメラを持ったまま近づいてきた。佐和子は自分が写真に撮られたのか気になった。
「今私を撮りました?」
帽子を脱いで近づいてきた彼は色黒で坊主頭。笑顔でそばまできた彼の八重歯が可愛らしかった。
「すみません。一枚撮らせてもらいました。あまりにも溶け込んでいて綺麗だったので」
今まで綺麗など言われたことがない佐和子は頬が赤くなったのが分かって更に動揺した。
「正面から見て絶望したでしょ」
「そんなことないです。やっぱり秋田の人は色白なんですね」
秋田の人が色白なのは日照不足のせいだと佐和子は思っている。晴れる日が少ないのだ。
「何故秋田の人って分かったの?」
「だって車一台しか停まってないから」
言われて土産屋の駐車場を見ると佐和子の車、デイズが停まっているだけだった。
「あー。ホントだ。朝早いし、シーズンじゃないしね」
「一人で来たんですか?」
「たまにふらっと来たくなる時あるから」佐和子はまた湖を見つめた。このまま黙っておけばそのうちいなくなるだろうとまたぼんやりと遠くを見る。
「ふらっとってことは今日暇ですよね?」
「え?」
唐突にこの男は何を言っているのか分からなかった。
「暇ですよね?」
ずいっと佐和子の顔に近づいてにこっと笑顔になった。八重歯がまたちらっと見えた。
「確かにやることはないけど」
佐和子が言い終わらないうちに更に彼は笑顔になった。
「一緒に観光しませんか?」
「あなた私の車を当てにしてるでしょ」
「分かります?」
「車一台しかないじゃない。しかも私の」さっき彼が言ったことだ。
てへへといった顔で笑う彼は素直そうだなという第一印象を佐和子に抱かせた。
気晴らしになるかもしれないと佐和子は一緒に行くことを決めた。いつもの私ならこんなこと絶対思わない。何故行こうと思ったのか。
「で?どこに行きたいの?」
「鶴の湯に」
「え。私行ったことないな」
「地元なのに?」
「地元の人は行ってるとは限らないでしょ。テレビでいろいろ放送されてからいつも混んでると思って。なかなかね」
「逆に遠のいてしまっているのかな。地元の人」
「そうかもしれない」
何枚か写真を撮るのを待ってから車に移動した。
運転するときは専用のスニーカーに履き替えるので助手席から彼が乗る前に寄せる。
佐和子は靴を履き替えながらそういえばと彼に聞いた。
「名前聞いてなかった」
「あ。言ってなかったですね。中園隼です。しゅんって呼んでください」
「隼くんね。年下にしか見えなくて敬語やめちゃったけど、何歳?」
「二十七です」
「あれ一つ下なだけだったんだ。坊主頭だからか若く見えるね。私は高橋佐和子。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。佐和子さん」
佐和子さんなんて呼ばれてくすぐったい気持ちになった。この日から隼との不思議な関係が始まった。