炎の目覚めと終わりの始まり
彼は、闇の中でただ微睡んでいた。
それしかすることがなかったから。
退屈だった。でも、飽きてはいなかったから、ただ寝続けていた。
目が覚めたらぼんやりして、眠くなったら寝て。
ずっと、それの繰り返し。
だが、726回目の眠りから覚め、727回目の眠りを待っていた時に光がやってくるのが見えた。
彼は目を薄く開けたまま、その光が近づいてくるのを見ていた。
やってきたのは人間の男。
光に照らされたのは一匹の黒猫。いや、うっすらと灰色の縞が見える。
猫の周りには幾重にも呪詛が書かれた紙が囲ってあり、四方には未だ封印していることを示すかのように同じく呪詛が書かれた杭が屹立している。
「…なんの用かにゃぁ?」
「…力が、欲しくて」
表情の抜け落ちた顔で青年になったばかりの男はそう答えた。
答えた途端吹き出す怒りの感情を感じ、猫は目を細めた。
「…ん~、別に、ここから出してくれたら力くらい貸すけどにゃ~…ミーがどういう存在かわかってて言ってるのかにゃ?」
「…古い、文献の片隅に載っていた。『天を翔け、黒き炎と死を司る存在在り。破壊の限りを尽くし、聖獣白虎と対なす彼の名は魔獣黒虎。我、彼の者を封じけり。一度黒虎が自由とならば、世界は黒き炎に包まれるなり。決して探す無かれ。決して封を解く無かれ』…それしか書かれてなかった。封印した場所は別の文献に仄めかしてあって、なんとかここを見つけられた」
猫の脳裏に自分を封印した男の顔と、別の、偶然ここにやってきたらしい冒険者達を思い出した。
おそらく彼らが体験談として話したか残したかして、今に至るのだろう。偶然に感謝だ。
「…ザクルィトス、あんにゃろめ、好き勝手言いやがってくれてるにゃあ。まぁ、ミーはあいつの村とか色々消したし、仕方ないかにゃ?にゃひひ。力が足らなくて封じるしか無いってわかったあいつの顔は見ものだったにゃ」
「あんたを、自由にする。だから、力をくれ」
「にゃひひひ。別に構わんにゃ。ただ、ミーを解き放ってどうするにゃあ?魔獣を解き放った大罪人とか極悪人として歴史に名を残したいのかにゃ??」
「そんなんじゃない」
あっさりと青年は杭の一本を抜いた。アレは自分を封じるためだけのもの。中からは何もできないが、外からなら、只人でも抜いたり紙を切ったりすれば封印を解くことができる。
だからこそ、封印した者は決して決して解くなと言っていたのだ。
封印が解けたのがわかった猫は大きく伸びをした。
「じゃあ、なんなのにゃあ~??」
「仕返しをしたい奴がいる」
「復讐??単なる復讐でミーを解き放ったのにゃ!?戦争とかで力使いたいとか大量虐殺したいとか世界を手に入れたいとかではないのかにゃ!?」
「…なんでそんな物騒なことしなきゃいけないんだ」
「…復讐も結構物騒だと思うのにゃあ。厄介な相手なのにゃ??」
「…聖獣白虎を従える男だ」
「なーるほど!!それでミーに白羽の矢が立ったのにゃぁ。確かに、下手な魔物じゃあ、白には勝てんもんにゃあ。アイツ、元気でいるにゃ?」
「…知らん」
「相も変わらず、脳天気でお気楽でお人よしでいるんだろうにゃあ。その男、何を護ってるのにゃ?」
「なぜ?」
「アイツは何かを護ってる奴が好きにゃ。だから、その男にも護ってるはずなのにゃ」
「国だ。アイツは国を護っている。家族よりも、何よりも、な…国が無事なら、アイツは何がどうなってもいいのさ…だから」
「国をぶっ壊すのにゃ?」
「ああ。アイツの護っているモノを、大事にしているモノを、全て壊し尽くす」
「にゃひひ。楽しそうにゃ!!ワクワクするのにゃ」
「大国だ。お前の力だけでは足らないかもな…」
「マジかにゃ!?ミーは一晩でいくつもの国を壊したことあるんだけどにゃ…」
「…どの程度の規模だ?」
「そうだにゃ…とりあえず、この世界の五分の一くらいの大きさかにゃ。あ、全部で、だにゃ」
「あの国は半分を制している。あと半分も、多分、十年後にはあの国に飲み込まれる」
「…ミーは、いくつもの国に分かれて殺し合ってるの見るのが楽しいにゃあ…つまんない世界は壊すに限るにゃ!!」
「物騒な考えだな」
「その国を壊したら必然的にそうなるにゃ。ってことは、そうさせるお前も物騒にゃ!」
「……屁理屈じゃないのかそれ」
「ちゃんとした理屈にゃ」
出口へと向かいながら、猫は喋り続けた。
久しぶりの会話。久しぶりの自由。
元々おしゃべりだったのが、なおさらそうなっているのを猫は自覚していた。
青年は辛抱強くそれに答えていた。
案外、いや、絶対楽しくなると猫は考え、にゃひひ、と笑った。
光が、出口が見えてきた時、猫は唐突に思い出して立ち止まった。
「そーいや、聞くの忘れてたけど、名前はなんていうのにゃ」
「…お前は」
「名前なんかあるわけないにゃあ。いっつも黒虎って呼ばれてたにゃ。名前つけようなんて奇特な奴とは出会わなかったにゃ」
「…じゃあ、俺がつける。お前はノエル。ノエルだ」
「…ノエル…悪くないにゃ。で?名前は?」
「ノエルがつけてくれ」
「…そ、そんなこと言われても困るのにゃ…うーん……じゃあ、エディプスなんてどうにゃ。略してエディって呼ぶにゃ」
「…ん、わかった」
猫は光の眩しさに目を細め、青年、エディの肩に飛び乗った。
「よし、エディ行くのにゃ!世界を壊しに!」
「…復讐が終わったら、手伝ってやってもいい」
「なんで上から目線にゃ!?でも、楽しみにゃ!!」
青年は笑い、猫も笑い。
一人と一匹は人知れず、世界へと歩き出した。
「エディ、あれ何なのにゃ!?あああ!あっちの美味しそうにゃ!!食べたいにゃ!」
「おいどこへ行く!!大人しくしてろってさっき言っただろうが!?」
「エディーーー!!溝にハマったのにゃ、動けないにゃー!!」
「自業自得だ馬鹿!!」
「うう、面目ないのにゃ…反省したにゃ…」
「だから大人しくしてろt「うっわあ!!エディ!エディ!!あっち!!あっちは何してるのにゃ!?」
「あっ!?てめ、待てこのやろう!!反省してねぇな、この馬鹿ネコー!!!!!」
二人の冒険は、まだ始まったばかり…?




