花笑ちゃんの歓迎会ですが僕はやっぱり買い出し組です。
「花笑ですっ! よろしくお願いしまっす!!」
ぴこっ、と飛び跳ねて花笑ちゃんがご挨拶をする。おお、と食堂に集まった僕たちも拍手で迎える。
拍手を浴びて、花笑ちゃんはえへえへと照れた。なかなかに可愛らしい。
「ゆうやけ荘にようこそ! ってなわけで、さっそく歓迎会を開こうと思うわけなんだけれど」
しっかり者のまつげさんが手を叩いて注目を集める。さすがまつげさん、背筋の伸びた佇まいが実に頼もしい。
注目を確認したまつげさんはひとつ頷いて、
「買い出しに行くのをすっかり忘れていた」
あれれ、とみんなでずっこけた。
「私も研究室で忙しかったからね。でもこのアパートで歓迎会の買い出しに行こうなんて気の利いた奴もいないからさ」
誰もまつげさんを見ようとしない。
「ま、そんなわけで誰かが買い出しに行かなきゃいけないわけだが」
うん、とまつげさんはみんなを見回す。佐々木さんだけはにこにことまつげさんを見ているけれど、そもそも佐々木さんはこのアパートから出られない。家出騒動の時も、結局のところ屋根の上にいた――まあそれでも、そんなところにいるだなんて誰も思わなかったから、みんなで大騒ぎして探したけれど。
「まー車運転できた方がいいよね。というわけでまずユーヤくん」
「え」
車持ってないですけど。
「あ、車なら私のを使いな。キー貸しちゃる」
ほれ、と前島さんの放ってきた車のキーを受け取る。
「前島さんだって車運転できるんですし、前島さんが行ったらいいのでは」
「ばっかお前、私はもう酒入ってんだよ」
これ見よがしにビールの缶を振って見せる前島さん。
「いやでも、車運転できる人は僕じゃなくたって」
木鈴さんも最上さんも運転できるはず。
「ごちゃごちゃ言うない。免許もってるだろ」
持ってますけど。大学は推薦で受かったのでその後すぐに取りましたけど。ぶっちゃけ高校在学中に取りましたけれど。
「じゃー問題ない」
「いやでも、持ってるから運転できるというわけでは」
「できるんだよ持ってるんだから。でもまあ、さすがにもうひとりくらいいるよな」
一同を睥睨する前島さん。花笑ちゃんは主賓だから論外として、他に誰がいるんだろう。まつげさんは仕込みがあるし、他の人たちはむしろ一緒にいると余計なものをたくさん買い込むことになりそう。
「はーいはいはい! わっち行きたい! 行きたい!!」
「だぁから佐々木ちゃんはアパートから出られないでしょーが。……んー、どうすっかなあ」
ぶー、とむくれる佐々木さんをスルーして、前島さんが腕を組む。と、その横のまつげさんがぽんと手を打った。握った拳を開いた掌に打つ、あれ。
「そういえば、加賀ちゃんが今日は遅れるって言ってたよねえ。スーパーの方角的に会うだろうから、途中で加賀ちゃん拾ったらいいんじゃない?」
「あ、それいいなあ。んじゃあそれで」
「えー……大丈夫ですかね。僕、またぞろ誘拐犯と間違われませんかね」
「だーじょぶだーじょぶ、だーじょぶだって。私が保証する」
「前島さんの保証だとむしろ不安になりますねえ」酒入ってるし。
まあ、決まっちゃったものは仕方がない。僕は前島さんの車のキーを持って立ち上がった。
「それじゃあ行ってきますけど……花笑ちゃん、何か苦手な食べ物ある? アレルギーとか」
「あ、いえないです! 何でも食べます!」
いえないですが言えないですに聴こえたけど、何でも食べるってことはアレルギーも好き嫌いもないってことでいいんだよなあ。
ペーパードライバーなのは確かだし、安全運転で行こう。しかも前島さんの車で、加賀さんまで途中で拾うときてる。
……うわあ、緊張してきた。これは逆に危ないんじゃないかな。
「あ、ユーヤくん財布財布」
出がけにまつげさんに呼び止められた。――そうだったそうだった、財布も持たずに何しに行こうというんだ僕は。田中さんほどじゃないとはいえ余裕はない僕だ、立て替えようにも持ち合わせがないものな。
受け取った財布はゆうやけ荘共用財産のものだ。こういうときのために一定金額がストックされている。
「こっちが買い物リスト。あ、一応領収書もらっておいてね」
「了解です」
それから、加賀さんを拾わないと。……見落とさないようにしないと。
●
幸いにして、僕は加賀さんを見落とすことなく道中で回収できた。
「いやあ危なかった。途中で小学生の集団を見かけたときはひやっとしましたよ」
「どういう意味ですかそれはー」
後部座席で加賀さんはむくれている。それをバックミラーで見つつ、
「にしても、加賀さんが大学関係で遅くなるなんて珍しいですね」
「教授の都合でですねー、補講があってですねー……まあそれはともかく。花笑ちゃんですかー」
脚をぷらぷらさせながら加賀さんが言う。
そういう所作がいちいち小学生っぽいというのだけれど。
「私はまだお会いしていないんですよねー。どんな方でしたか?」
「女子高生です」
「それは知ってます」
「可愛らしい子でしたよ。まさに天真爛漫、って感じで」
「天真爛漫ですかー」
「で、可愛らしい子でした」
「それはもう聞きました。他には?」
「僕もさっき会ったばかりですから、それくらいしかないですよ」
そうですかー、と頷いて、ふふ、と加賀さんは含み笑いをした。
「どうかしましたか?」
「いえいえ、やっぱりユーヤさんなんだなって思いまして」
「何がです?」
「こうして買い出しに出てくるのは、ですよ」
ああ、と僕は得心いった。
「そうですねえ。前島さんはもうお酒飲んでましたし、まつげさんも仕込みがありますし、最上さんも木鈴さんも……買い出しとなると……佐々木さんは来たがりましたけど、ゆうやけ荘から出られませんし」
「あー、そういう意味じゃないんですけどねー……」
「ん?」
加賀さんは苦笑したけれど、その意味が解らず僕は首を傾げた。
●
「ただいま帰りました」
「ただいまですー」
「おー、おかえりぃ待ってたぜ」
両手がふさがっている僕の代わりに加賀さんが開けた戸の先では、皆もう半分くらいできあがっていた。花笑ちゃんも顔真っ赤にして呵呵大笑……って、
「まさか前島さん、花笑ちゃんにお酒呑ませたんじゃ」
「まさかね。花笑ちゃん、炭酸で酔っ払うタイプだったんさ」
ほんとかよ。ほんとにいたんだそういう人。でも見れば確かに、花笑ちゃんが呷っているのは炭酸ジュースだ。
キソンレモン。
「あ、ユーヤくん、加賀ちゃんも、お帰り」
「ただいまなのですー」
「買ってきてくれた?」
「あ、はい」
大テーブルに買ってきた袋を置きながら、僕は頷く。加賀さんのお陰でスムーズに買い物ができた。僕だけだったら確実にスーパーの中で迷子になってたな。人見知りだから店員さんに場所を訊くこともできなかっただろうし……そのあたりは、さすが加賀さんだ。
袋から買ってきたものを取り出しつつふんふんと頷いていたまつげさんは、やがてよしと腕をまくった。
「それじゃあこれから作るかな。めいっぱい派手にするよ」
「あ、何か手伝いましょうか?」
「んー……そうだねえ、水戸ちゃんもさっき帰ってきてるから、こっちは足りてるかな」
おお、水戸さんが帰ってるのか。それなら料理は安心だな。
「あ、今日は大丈夫だと思うけど、佐々木ちゃんがキッチンに入らないようにだけ見ておいて」
「わかりました」
まあ僕も大丈夫だと思うけれど。いつもならつまみ食いしにいく佐々木さんも、花笑ちゃんと肩組んで大笑いしてるし。
●
「わあ! 私より小さい人がいるー! ねえねえ、あなた何年生?」
「二年生ですよー」
「わー、二年生なんだ! しっかりしてるね! でもどうしてここに住んでるの? 小学生なのに!!」
「私は大学生ですよー」
「すいませんっしたァ!!」
「花笑ちゃん、土下座綺麗だねえ」
「まあ、確かに加賀さんってどう見ても小学生……」
「失礼ですねーユーヤくん。加賀さんだってまだまだこれから成長するんですよー、そしてゆくゆくはまつげさんや前島さんみたいなナイスバデーになるんですよー」
「そうですよね! まだまだこれからですよね!! 私だって、あと五年もすればボンキュッボンに!!」
「花笑ちゃんはともかく、加賀さんはさすがに……」
「さっきからユーヤくんが失礼ですよー。ちょっと懲らしめてやらねばー」
「え、あ、ちょ、やめ、あっ、あひゃひゃひゃ、ひ、っひひひ! すいませんでした! 脇腹は! 脇腹はほんとに勘弁してください!! ――っあ!!」
「料理できたよー……って、もう皆出来上がってるねえ」
「遅いぞまつげ! 私はもう待ち飽きた!!」
「前島さんは……もう、呑み過ぎ。ひとりでどんだけ飲んでんですか」
「んなこと言ったってな、最上も木鈴も下戸だからすぐ潰れちまうし」
「潰れって……まさか。ユーヤくん、ふたりはどこ?」
「ソファの後ろで酔い潰れてます」
「あー、やっぱり。もう、前島さん、なにしてるんですか。まだ歓迎会始まってもいないのに」
「いいんだって。もう始まってんだよ」
「ほら飲むぞ! 飲むぞ! 今日はわっちも飲み放題じゃ!」
「佐々木さん、お神酒そろそろなくなりそうですけれど」
「ええ! 佐々木ちゃん、もうそんなに飲んでるの!? あれ今月分だったのに!」
「こまけぇことぁ気にするんでないよまつげ。神酒がないんならあれじゃ、わっちもそのびーるとやらを飲む」
「ビールは苦いから駄目だってこの間言ってたじゃないですか」
「ん、甘酒ならありませんでしたっけ」
「それじゃ! ユーヤは冴えとるのう。まつげ、甘酒甘酒!」
「もう……ユーヤくん」
「え。あ、なんかすいません」
「まあいいけど」
「あ、甘酒ですか? 私も飲みますぅ!」
「おお、花笑も飲むかえ? 飲もう飲もう!」
「甘酒は未成年でも飲んでいいんだっけかな……あ、でも駄目! 花笑ちゃんはそれ以上酔ったらだめだからね!?」
「せっかくだし、ユーヤも飲めよ」
「ダメですよ前島さん、未成年にお酒勧めちゃ」
「固いこと言うなよまつげ。なあ?」
「いや、僕に振られましても」
「飲まねえの?」
「飲まないですけど」
「えー、何でだよー」
「未成年ですから」
「堅っ苦しいこと言うなよ。いいんだって。大学生になったらもういいんだよ。他の奴らも皆飲んでんだろ?」
「まあ飲んでますけどね」
「じゃあいいだろうさ」
「いやいや、僕はほら、そういう風潮に抗いたいっていうか」
「あん? 風潮?」
「大学生であれば未成年でもお酒を飲む、っていう。……正直言えば僕も、19くらいならお酒飲んでも別にいいとは思いますけどね。でも一応はルールですし。それに皆がそれを破るのが普通になっているから、僕としては逆に守りたくなるって言うか」
「……へー」
「あ、聞いてませんね」
「いや聞いてた聞いてた。――要は天邪鬼なんだろ」
「……否定はしませんけどね」
「あー詰まんねーの。水戸ちゃんは?」
「水戸さんも未成年ですけどね。水戸さんはまだキッチンですね」
「最上も木鈴も潰れてるしなあ……あとは、花笑ちゃんか」
「絶対ダメですよ!?」
「あっはっは、冗談だよ。わかってるって」
「へえ、佐々木さんってやしきがみさんなんですかあ!」
「そうじゃ。この家で一番偉いんじゃ。このアパートの平和はわっちが守っとるんじゃ」
「そうなんですかあ!」
「一番偉いのは前島さんじゃないですかね……大家さんですし……」
「ん、ユーヤ何か言ったか」
「いえ何も」
「おーいまつげー、木鈴と最上が邪魔なんだけどー」
「あなたが酔い潰したんでしょう……あー、こりゃ完全に潰れてますね。誰か運んであげてくれません?」
「……え、僕ですか」
「ユーヤくんしかいないですよー」
「はあ。まあわかりましたけど」
「で、やしきがみさんって何なんですかあ?」
「わっちのことじゃ」
「佐々木さんはやしきがみさんなんですかあ」
「そうじゃ」
「じゃあ、佐々木さんは何なんですかあ?」
「わっちは屋敷神じゃ」
「そうなんですかあ」
「……ループしてるぞ」
「どっちも酔ってますねー」
「運んできましたよ」
「あ、ユーヤくん有り難う。唐揚げ食べる?」
「あ、有り難うございます」
「水戸ちゃんはまた料理の腕上げたなあ。もともと高かったけど。これもう料理学校通うことないんじゃね?」
「本人としてはまだまだらしいですけどね……って、そういえば水戸ちゃん作ってばっかりで何も食べてないよね。水戸ちゃーん!」
「――は、はい、な、なんでしょうか……?」
「私代わるからさ、水戸ちゃんも食べなよ。全然食べてないでしょ?」
「あ、いえ、私は、合間にちょっと摘まんだりしていたので……」
「でもひとりより皆で食べた方が楽しいからさ。あとは何が残ってる?」
「で、デザートのケーキが……」
「了解。んじゃ、料理取って食べなよ。席は……」
「ユーヤの隣しかねえな」
「ないですねー」
「なんで前島さんも加賀ちゃんも、席を複数占拠してるのかな……?」
「ゆ、ゆゆゆゆユーヤさんの、とととと隣りり!?」
「あれ、何かテンパってるけど、水戸ちゃん大丈夫? 水戸ちゃーん?」
「あー、僕の隣は嫌だったら、僕は他の席に行きますけれど……?」
「い、いえいえいえいえ!! ユーヤさんはそこにいてください、そこ意外にいちゃダメです!!」
「え、ダメなの?」
「ダメです!!」
「ダメなのか……」
「まあ、ほら、そう言うことだよユーヤくん」
「そうなのですよーユーヤくん」
「ねー」
「ねー」
「いや、どういうことなんですかね」
「いや、私にもわからない……え、なにその目はふたりとも。前島さんも加賀ちゃんも」
「まつげって……」
「まつげさんって……」
「「……ふう」」
「え、なにその溜め息。どういう意味? ねえ、ねえってば!」
「あふう、もうおなか一杯ですぅ……」
「じゃなあ。調子に乗って食べ過ぎたわ……」
「ふたりとも大丈夫ですかー? 苦しそうですけどー」
「いやあ、大丈夫じゃないかも」
「じゃなあ」
「はちきれそうですよ……けふ」
「はちきれそうじゃ……ぅこふ」
「ケーキできたよー!」
「おお、ケーキですか!?」
「ケーキじゃな! 食べるぞ食べるぞ!!」
「あれー、ふたりとも大丈夫じゃないんじゃないんですかー?」
「何言ってるんですか!」
「ケーキは別腹じゃろ!」
「そうなんですかー」
「切るよー」
「おっきいの! おっきいの!」
「いいや、おっきいのはわっちのじゃ!」
「佐々木ちゃん、主賓は花笑ちゃんなんだからね?」
「でもわっちは屋敷神じゃ」
「だから佐々木さん、やしきがみってなんなんですかあ?」
「屋敷神はわっちじゃ」
「……実は佐々木さんも屋敷神ってよくわかってないんじゃ」
「あー、ユーヤくん奇遇ですねー、私も実はそう思ってましたー」
「あ、疑っとるのか!? わっちが屋敷神であることを!!」
「いやそれは疑ってませんけどね」
「切ったよー」
「こっち! 私こっちです!」
「いいや! それはわっちのじゃ! 花笑はこっちを食え!」
「ヤです! これは私のです! 私が先に取ったんですう!」
「わっちのじゃ!」
「私んです!」
「だから主賓は花笑ちゃんで……っていうかふたりとも、そんなに強く取り合いしたらケーキ落ちちゃうよ」
「「――あ」」
●
そんなこんなで、にぎやか楽しい歓迎会でした。