テレビの裏側 某匿名掲示板住人とニュース番組の対決
「みるくちゃん、ちょっと協力してくれる?」
と、某テレビ局でADをしている友人から連絡がきた。
私は結婚式を控えた主婦で、暇である。
「初対面の人を罵ってほしいんだけど……」
なんだそりゃ。ちゃんと話を聞くと、ネットで炎上した被害者を取り上げ、ニュースの特集で面と向かって罵るのと罵られるのと文字情報でどう違うのか、脳波を測るらしかった。謝礼は少なかったが、私ははるばる脳トレの開発者がいる諏訪まで出かけて行って協力した。
諏訪だから蕎麦が食べたいと如何にも仕事ができそうな女ディレクターが言うので、カメラマンが走って探してきた。私は通ならざる蕎麦だろと選ぶが、予算を気にしなくて良かったのだから天ぷらそばにすれば良かったと後悔した。
「どっちがよりずけずけ言えると思う?紹介者によると、男性の方が言えそうみたいだけど」
ディレクターが目を輝かせた。私の相手は、来月から仕事が決まっているフリーター。緊張しているのか、ちょっとおどおどしている。しかし私だって緊張している。
大学に着いて、色んな説明を受けて、例の脳波を測る機械を頭に付けた。とはいえ、初対面の人を長々と罵れるはずもない。何回もやり直した結果、放送された会心のショットはここだ。
「平日の昼間に、何もすることがないの?無職なの?ニートなの?ハロワにでも行った方がいいんじゃないの?」
読者には知っている人がいるかいないか予測できないが、これは当時某匿名掲示板で多用されたコピペをほぼ朗読したものである。彼に職があることは知っているが、ディレクターは虚偽でもいいから言ってくれと言ったので実行した。
果たして脳波は。
「俳句を読んでるようですね」
そりゃそうだ。如何に上手く相手を罵るか考えてるのだから、俳句と同じである。初めて聞いた時は「俳句!?」と思ったが、今は納得している。対して彼は大したことが言えず放送されず、私の心が傷つくこともなかった。
次に、文字情報である。
ありったけの悪口をパソコンで書いてくれと頼まれた。
さて、先程触れたが、私は某匿名掲示板に馴染がある。
ディレクターが希望したのは長い文章だったのだが、私が作り上げたのは如何にも低レベルな「社会の最底辺wゴミw低学歴低収入w」などの羅列で、ディレクターにため息をつかせた。
さて、お次は私が文字を見る番である。先程罵られた青年が慣れないキーボードで一所懸命私に恨みを述べたのであろう、
「あのみるくってやつ、絶対おかしいよ」
という一文が書かれていた。
私は決められた時間、それを見つめた。全く心は動かなかった。そのせいでディレクターに問い詰められ、思わずよそ見をしたと嘘をついたが、実際にはちゃんと見ていたが心が動かなかっただけである。
さて放送日、私は某匿名掲示板のオフ会を梯子し、秋葉原のパブで事情を話し、一つのスマホでテレビを見、一つのスマホで実況スレを見た。
視聴率の悪い番組だったが、ネットでの炎上を取り上げるということで、注目度は高かった。
私が出てきた。スレはそれはそれは盛り上がった。「女優の卵じゃねーの?」「絶対ねらーwww」「この女の脳波が見たい」私だけで1スレ使い切ったといっても過言ではない。音声もアップされた。私は大満足した。
しかし、私の脳波は放送されることはなかった。
少なくとも私は、悪口を言っているときは俳句を詠むような脳波だったし、悪口を読んでも心が動かなかった(のちに現実世界で本当の自分にそれを向けられて熱くなったことはあるのだがそれは別の話である)。
それが、彼女の特集した「炎上させる側の心理」であったと言っても過言ではなかったのではないだろうか?
彼女、もしくはテレビマンは、自分の報道したいようにカットした。ご存じ、それが事実である。