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浴衣の義母と花言葉

 一昨日、母が試供品のOS-1をくれたので、飲みました。

 もう二度と飲むものか。

 タイムスリップ。

 つまり、過去に行く、という訳だ。しかしあんなふうにいきなり言われて、あっという間に僕の許可もなくタイムスリップしてしまうとは、柵さんはどうやら相当人の話を聞かないらしい。まあ別に僕もそれで不満はないのだが、しかし、せめて心の準備位はさせて欲しかったというのが、僕の気持ちだ。

「ともあれ、まあ、有難う御座います、柵さん」

「ん、ああ、苦しゅうない」

 いつの時代の人だ。

「さて、じゃあ、行くか」

 どうやら柵さんはタイムスリップしても全くその無鉄砲さは失わないらしく、タイムスリップするにあたって、人目のない、近くの路地裏から出て行った。そして僕も置いて行かれないように後を追って狭い路地裏から出ると、どうやら柵さんは時間を止めているらしく、通行人はみんな止まっていた。まあ、僕は部屋着のまま、柵さんは浴衣という完全に変な格好で、加えて映画なら過去の自分に干渉するとタイムパラドックスが起きるので、助かった。

つーか、どんだけチート性能なんだ、柵さん。

「チート? いやいや、私からすれば別に普通なんだがな。それに、他ならぬ瓦礫の願いなら、私だっていつもより魔力を沢山使って、頑張るさ」

「あ、やっぱり魔力を使うんですね」

 何故だろう、柵さんが魔力という代償を払っているという事に少なからず安堵してしまった自分がいる。やっぱり、こんなチート能力を無尽蔵に使えると、もう二度と柵さんに頭が上がらなくなってしまうからだろうか。きっとそうだろう。

 もしも時間を止められ、その内に何かされても、僕は何も抵抗出来なくなってしまう。

「あ、いや、ごめん。魔力っていうのは嘘なんだ」

「……」

 もう二度と、柵さんに逆らわないようにしよう。

「はっはっは、そんな怯えなくとも、時間を止めてどうこうしようとは思わないさ。私だって、お前とは同意の上でしたいからな」

「い、いや、柵さんは確かに凄く魅力的ですし、お綺麗ですよ? しかし、義母と息子じゃないですか。そういうのは、流石に――」

 と、そこまで言って僕は急いで口を噤む。しかし柵さんは既にしたり顔で、僕の事をニヤニヤと嫌らしく笑っていた。

 完全に手遅れである。

「え、私は何も言ってないぜ? はっはっは、瓦礫ったら、そんなえっちな妄想してたのか~、そうか~、ま、思春期だしな~? いやはや、瓦礫も意外に大胆なんだな、瓦礫」

 もうこれ以上無い位に嬉しそうな笑みである。楽しそうで何よりですよ、柵さん。

 さて、そんな感じで度々通行人にぶつかりつつ、僕と柵さんは取り敢えず、近くの公園に来ていた。ちなみに僕と柵さんは兎鎖木ちゃんがまだ多重人格になっていない時代に来ているのだが、それが僅か数か月前だというのには、素直に驚いてしまった。てっきり僕は兎鎖木ちゃんがかなり前から多重人格になっていて、度々そのことが原因で何かあったのだろうか、等と勝手に推理していたのだが、どうやら違うらしい。しかしどうやら兎鎖木ちゃんが受けている虐待自体はかなり前から続いているらしく、梨澄曰く、数年前かららしい。しかし突然多重人格になったのか、その理由は分からないが、そこはまた別の機会にでも考えるとしよう。それより、今は取り敢えず、どうしたらタイムパラドックスを最小限に抑えて兎鎖木ちゃんを救うか、それに尽きるだろう。

「私は、父親と兎鎖木ちゃんを何とかして引き離すのが得策だと思うぜ」

 と、近くの自動販売機から缶コーヒーのホットを二つ買ってきた柵さんは、自分の分のコーヒーを開けつつ、言った。

「だって、兎鎖木ちゃんのその傷って、それこそ裸にならないと分からないような所にしか無かったんだろ? だったら、親父にしか見られない訳じゃん。だったら、それが一番タイムパラドックスが最少で済むと思うぜ?」

「ああ、なるほど。確かに、そんな傷を早々人に見られませんからね」

 あの時だって、僕が本当に偶然、兎鎖木ちゃんの首に残った僅かな手形を見つけたのだ。あの原因が僕なのはやはり今思い返しても罪悪感に押し潰されそうになるが、しかしこんな所で凹んでいたら、うさぎちゃんを救えない。

「別に瓦礫がもっと良い案を持っているんなら存分に提示してくれて構わないんだぜ?」

「いえ、僕は兎鎖木ちゃんのパパを手っ取り早くぶっ殺そうと思っていたのですが、まあ、兎鎖木ちゃんが施設に行くか、それか兎鎖木ちゃんのパパが警察に逮捕された方がタイムパラドックス、というものを第一に考えた時、最少で済みますよね」

「……お、お前、意外にエグイ性格してるんだな」

 例え僕の、根源から絶つ。という考えに基づいた兎鎖木ちゃんのパパの殺害が常人離れしたさくせんだったとしても、時間を止めるというチートを使うあんただけには言われたくなかった、と、またもや心の中では思った。が、しかしそんなことを言えば後の柵さんのチート能力を使った報復が怖いので、僕は口を噤む。

 流石に、過去で死にたくはない。

 そうしてそれからも僕は常に言動に気を配りつつ、十分位かけて兎鎖木ちゃんの家の前に来ていた。

 僕と柵さんはしかし兎鎖木ちゃんの家を知らず、故に一時間位かけて表札を一つ一つ確認していくという途方もない作業を覚悟していたのだが、しかし一目で分かった。

 兎鎖木ちゃんの住んでいる家は、築四十年位の、つまり四十年前位の建築方法らしく、広さはそこまで大きくない。どちらかと言えば、小さい方だろう。しかし外壁は兎鎖木ちゃんがよく掃除しているのか、淡いクリーム色のタイルが、四十年の時を経てもくすむことなく、家の前の花壇と共に来る者を歓迎していた――無論、侵入者である僕らを歓迎してくれる筈はないのだが。

「へえ、アイビーに、レンギョウに、ガマズミか。……へえ、意図的にやってるのなら、兎鎖木ちゃんの方がお前よりエグイ性格してるぜ、瓦礫」

 しゃがみ込んで植えられている植物を眺めていた柵さんは立ち上がると、いつものいやらしい笑みを浮かべた。

 柵さんがこの笑顔を浮かべる時は決まってとんでもない事を言い出すのだが、今回は何を言うのやら。

「アイビー、レンギョウ、ガマズミ? 綺麗とは思いますが、一体どうしたのですか?」

 僕も入れ替わるようにしてしゃがみ込み、その三種の植物を見る。確かに花壇は立派なのに花じゃないのは少し不自然、というか、花壇が勿体無い気もするが、しかしどれも兎鎖木ちゃんの手入れの仕方が良いのか、生き生きとしているように見える。しかし何故か柵さんはいやらしく、しかし若干眉を顰めつつ口角を歪ませていた。

「おいおい、瓦礫、まだ分からないのか? 個人的になかなかお前は博識だと評価していたんだが、どうやら私の見込み違いだったようだな」

「ん、ん? じゃあ、何かヒントを下さいよ」

「ヒント? ヒント、なあ……」

 と、柵さんは少しの間考え、それから妙案が思いついたのか、手を打った。

「よし、じゃあヒントは、花言葉だ」

「は、花言葉!?」

 そんなもの、僕が知っている訳がないだろう。大体、僕の雑学だって、木々が元なので、僕は何も知らない。そんな僕に花言葉を答えろとか、どんな鬼畜野郎だよ。分かる訳ない。

「……あ、検索しても良いですか?」

「駄目に決まってんだろ。つーか、そもそも時間を止めてるんだぞ? 電波が届く訳無いだろ」

 そう言われて、僕は初めて気が付く。そういえば時間を止めているのだ。あまりにも柵さんが平然と振舞うからすっかり忘れていたが、時間を止めているのなら電波は――いや、自販機の時は柵さんが意図的に自販機を魔法で稼働させていたのだから、電波だって出来る筈なのだ。つまり、柵さんは敢えて電波が来ないようにしているのか。どんだけクイズに真剣なんだ、この人は。とはいえ、クイズとなれば、しかも僕の名誉挽回のチャンスなのだ。真剣に考え――た、が、しかし分からないものは分からない。ので、僕は降参した。

「やっぱり分かりません。大体、僕の知ってる花言葉なんて、一つも無いんですよ? だから、教えて下さい」

 僕が言い訳しつつ柵さんに全面降伏すると、柵さんはニヤニヤと嬉しそうに笑った。

「ふっふっふ、誰かに降伏させて、頭を垂れさせるのは気分が良いな!」

 最低の性格だ。

「ま、降参したんなら教えてやるよ。じゃ、アイビーから順番に、『死んでも離さない』『言いなりになる』『無視したら私は死にます』だぜ」

「……」

 確かに意図的に揃えていたのなら相当心が病んでいるし、その花言葉があった事自体に相当ビックリしているのだが、しかし僕の第一印象は、なるほど。だった。

 僕が兎鎖木ちゃんの首に手形を発見し、兎鎖木ちゃんに聞いた時に、兎鎖木ちゃんは嫌悪感ではなく、羞恥心を、それも恋人とデートしていたのを思わず知り合いに見られたかのような羞恥心を見せていた。

 つまり、これは僕の勝手な妄想なのだが、兎鎖木ちゃんは初めこそ虐待されることに対して抵抗し、逃げていたのだろう。しかしその内、梨澄が生まれた辺りから、兎鎖木ちゃんの本能は抵抗してストレスを感じるよりも、いっそのこと嬉しがった方がストレスを軽減出来ると気付いたのだろう。いや、もしかしたら気付いたのではなく、パパに躾だと洗脳されたのかもしれないが、どの道兎鎖木ちゃんは、嫌悪感を示さなくなっていたのだろう。

 故に、『死んでも離さない』『言いなりになる』『無視したら私は死にます』の花言葉、なのだろう。

「ふっふっふ。なあ、瓦礫。お前、本当にこんな奴を救うのか?」

「こ、こんな奴……。はい、勿論救いますよ。だって、折角過去にまで飛んで、あまつさえ目の前に兎鎖木ちゃんの家があるんです。だったら、もう一踏ん張りでしょう?」

 僕としてはただ胸中の思いを言っただけなのだが、しかし柵さんは何故かいつもの静かな笑い方ではなく、大口を開けて笑い出した。

「あっはっは! お、おい、瓦礫、お前って兎鎖木ちゃんの為だから、とか言わねえんだな!」

 言われて初めて気が付いた。しかし、なんというか、僕は絶対に訂正したくなかった。やはり、そんな、兎鎖木ちゃんの為。なんて毛程も思っていないからだろうか。

 僕は、これ以上柵さんに爆笑されるのを阻止するために、花壇に目を落とす。

「あの、柵さん」

「ん、なんだ?」

「アイビー、レンギョウ、ガマズミの花言葉はご存じなんですよね?」

「ふっふっふ、そりゃあ私は博識だからな!」

 着物を着ているのにも拘らず、大胆に足を肩幅に開き、胸を張って仰け反る柵さん。

「では、クローバーの花言葉はご存知ですか?」

 私はいつも土曜日に遅れないようにと一日千文字を目標としているのですが、なかなかキツイです。しかし、絶対に失踪はしませんので、どうか生暖かい目で見守っていてください。

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