臆病ウサギと欲情音子
どうも、軽く失踪しようかと思っていました、サバです。
申し訳ありませんでした!
多重人格。
解離性同一性症候群。
木々の予想通り、兎鎖木ちゃんは多重人格だった。しかも、本当に第二の人格らしい。梨澄が言うには、自分以外にも人格が後、五人はいるらしく、そのそれぞれは、兎鎖木ちゃんが自ら切り離した感情を持っているらしい。つまり、現在兎鎖木ちゃんからは合計で六の感情が欠落している──感情の放棄。
兎鎖木ちゃんは、パパに虐待されると、怒られた元凶の感情をそうやって放棄し、怒られて虐待されたのはこの感情の所為だ。といった具合に責任を転嫁し、そうやって既に六人、生み出したらしい。
「でもまぁ、俺は別に兎鎖木を恨んでいないぜ? だって、責任を擦り付けてくれなかったら、こうしていない訳だしな」
と、梨澄は言っていた。しかしこの台詞は本心らしく、にっこりと、心の底から笑っていた。その笑いは、兎鎖木ちゃんの見せる演技の笑いとは違い、本当に幸せだから笑っているような感じだった。
確かに、言われてみれば人前で躊躇無く脱ぎだすのは羞恥心が無い証拠だし、僕がパパを馬鹿にした時だって、怒っているというより、この会話をパパに万が一訊かれたら自分が虐待されるから、そのことに怯えて怒鳴ったような感じだった。他にも探せば沢山あるだろうが、しかし今は兎鎖木ちゃんの失態を探している余裕は無い。
梨澄曰く、いつ兎鎖木ちゃんが殺されてもおかしくない位にパパからの虐待がエスカレートしているらしく、このままでは精神的にも肉体的にも壊れる恐れがあるのだとか。そして、僕と木々と羽織先輩の三人に、梨澄は頭を下げてお願いした。
「俺達、人格を一人残らず消せば、兎鎖木は取り敢えず壊れない。……頼む、俺達を殺してくれ」
「でも、殺すなんて──ま、まず、やり方もわからないし!」
僕は無理矢理笑顔を作って逃れようとするが、梨澄は相変わらず暗い表情のままで喋る。それが果たして、僕らにその辛い役をさせるのが心苦しいのか、幾ら兎鎖木の壊れかけの精神と肉体に対する応急処置とは言ってもやはり死にたくはないのか、僕は知らない。もしかしたら、両方なのかもしれない。しかし、その梨澄の暗い表情を明るく照らす方法を知らない僕は、梨澄の言いなりになるしか、選択肢はなかった。
「やり方、か。ということは、やってくれるんだな?」
ぐいっ。と、梨澄は僕に顔を近付けて来た。この格好だけ見れば、これからキスしようとしている風に見えるのかも知れないが、しかしこのシリアスなシチュエーションだ。ドキドキしている暇はない。このシリアスな場面でも僕と梨澄のキスシーンみたいなものに釘付けになっている木々と羽織先輩は暇を持て余しているようだが。
「だ、だから! ……そりゃあ、僕だって兎鎖木ちゃんを救いたいよ。でも、やり方も分からないんじゃあ、君達の殺害も出来ないだろう?」
そういって僕が梨澄の肩を少々乱暴に掴んだ、その瞬間。
「い、いや、パパ……!」
そういって僕の手を振り払うと、梨澄は尻餅を着いた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
その目を見開き、まるで僕をパパと勘違いしたように謝り続ける梨澄。その姿に思わず僕達は絶句してしまったけれど、しかし声を掛ける必要はなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ──」
まるで電池が切れたかのように、梨澄は後ろに倒れた。それを間一髪、梨澄の頭と背中をかなり際どい体勢で、恐らく木々達から見れば僕が梨澄を一度床に押し倒して、それからキスを迫っているような体勢で、何とか、ビジュアル的にも身体的にもギリギリ助けたのは木々と羽織先輩から賞賛されるかと期待して、二人の方を一瞥した。
が。
「さ、さーて、ちょっと近くのコンビにまで、一時間位掛けて生理食塩水でも買って来ようかなー!」
「良いですねー。私もご一緒しますー」
そう言うや否や、二人はまるで、僕と梨澄がキスをしようとしていた所へ偶然入ってしまったような焦り方でドアを開けると、廊下を歩いて出て行った。
果たしてその行為が、これ以上面倒事に巻き込まれたくないからなのか、それとも真面目にキスを今からしようとしていると勘違いしたのかは分からないけれど、出来れば前者であってほしい。後者なら、色々不味いからだ。
というか、一連の流れから察することも出来ないのなら、そうとう頭がイカれている証拠に他ならない。
不味い理由、その一。意識の無い女の子──梨澄の時は男らしいが──に対してキスを一方的に迫るなんて、白雪姫と王子様以外なら基本的に犯罪だからである。それに梨澄が気を失ったからといってそれは一時的なモノらしく、羽織先輩の時だってそこまで時間は経っていないらしい。それに梨澄は白雪姫と違って、老婆から渡された毒林檎を齧って死んだわけではないのだ。キスの必要なんて無い。……いや、例え死因が毒林檎でも、キスで生き返る訳が無いのだ。医者に行け、という話である。
二つ目は、梨澄は男だということを二人が知っていて、つまり僕を同性愛者だと勘違いしているという可能性が否めないからだ。僕は同性愛者を否定するつもりは毛頭無いけれど、しかしだからといって、自分が同性愛者と勘違いされるのは嫌なのだ。
っていうか、生理食塩水なんて何に使うんだよ。
僕は二人を恨みつつ、兎鎖木ちゃんの顔を見る。
小さく、それぞれの顔のパーツが整った顔。特に垂れ気味の大きな目が柔和な雰囲気を醸し出していて、潤った薄紅の唇は、散り行く桜を思わせるような儚さがあった。まつ毛は長く、梨澄が僅かに泣いていた時の涙でしっとりと濡れていて、僕は自分の頭の中に一瞬浮かんだ妄想を振り払うために頭を振った。
駄目だ、今は妄想している時間じゃない。そう、今はシリアスな場面なのだ。それに、今は僕以外いない。ここで一人で、腕の中に年下の女の子を抱きながらエロい妄想をするなど、捕まっても文句が言えないレベルだ。だから、堪えろ、僕。家に帰ってからでも妄想は出来るではないか。何も早まる必要は無い。
そう自分に言い聞かせ、腕の中の兎鎖木ちゃんに視線を落とす。どうやらまだ起きないらしく、幸せそうな寝顔で、胸を微かに上下させて寝ていた。
試しにほっぺたを人差し指でつついてみたが、反応は無い。ただ、ほっぺたの感触が気持ち良かっただけである。
「僕、何してんだろ……」
「私のほっぺたをつついているのよ」
「だよな──え?」
再び、今度はゆっくりと視線を落とす。
「初めまして、瓦礫さん」
僕の腕の中で、にっこりと優しく微笑んだ兎鎖木ちゃんがいた──いや、喋り方からして、絶対に兎鎖木ちゃんとはちがう人格なのだろう。でも、何故? 梨澄は突然電池が切れたように気絶したけれど、ならば兎鎖木ちゃんがまた出てくる筈では?
「……えっと、確認させてもらって良いかな?」
「確認? えぇ、構わないわ。この身体のスリーサイズは──」
「そんなことを確認したいんじゃねぇよ! なんでこの状況でスリーサイズの確認!?」
「え、ならば何を訊くと──あぁ、耳と首筋の責めに弱いわね」
「エロ方面から離れよっか!」
僕は腕の中でくねくねと悶える兎鎖木ちゃん──の姿をした変態に向かって叫ぶ。しかし変態は不満気にほっぺたを膨らまして、「こんな、押し倒されているような格好でそれは無理な相談よ」と言った。まぁ、確かに体勢はさっきも言った通り、押し倒しているように見えるのかもしれない。しかしそれと、こいつのエロさに一体どんな繋がりがあると言うのだろうか。いや、離すけれど。
僕が初めに変態の右に、手を添えたままでずれた。それから変態が僕の添えた手の力も使って立ち上がり、最後に僕も立った。
「全く……。梨澄が迷惑掛けたわね」
床の埃の付いたスカートを手で払いながら、変態はそう言った。
「梨澄……ってことは、あんたももしかして裏の人格か?」
僕は訊いた──というより、確認に近かったか。しかし変態は、あんたと呼ばれたことが不服らしく、ほっぺたを膨らませる。
「私にはちゃんと、音子という名前があるわよ。失礼ね」
「ああ、そうだったのか。すまないな、音子ちゃん」
「ね、音子ちゃん!?」
顔を真っ赤にして驚く音子ちゃん──もとい、非常音子。
「え、何かおかしかっ──ご、ごめん! 兎鎖木ちゃんって呼んでるから、つい……」
「い、いや、別に良いわよ。梨澄のことではさっき、かなり迷惑掛けたもの。……ええ、そうよ」
まだ少しだけ頬を赤らめたまま、しかしシリアスな顔で音子ちゃんは答えた。
「私は、梨澄と同じ裏人格。さっき梨澄が記憶のフラッシュバックで、暴走したじゃない?」
「ああ、あれか……」
僕はてっきり壊してしまったとばかり思い込んでいたが──記憶が共有らしい所から察するに、どうやらあれは僕の言動が引き金になって、嫌な記憶がフラッシュバック。そしてああなったという事か。なるほど。
「あのまま放って置いたら何をするか分かったものじゃないから、急遽私が出てきたという訳よ!」
そう言って、机を拳で殴り、不機嫌そうに頬を膨らます音子ちゃん。例えその怒りが僕に向けてではなく、梨澄に対しての物だろう。しかしそれでも思わず竦んでしまう程の怒りっぷりである。どうやら、感情の起伏が激しいようだ。
「まだ紅茶飲み終わってないのに!」
「え、紅茶とか飲める感じなんだ、兎鎖木ちゃんの中って……」
「あら、知らなかったのかしら? ふふふ、色んな事が出来るわよ」
なにやら良い事を思い出したのか、急にご機嫌になる音子ちゃん。
「色々な……事?」
「そうそう、例えば……」
ニヤリといやらしく微笑むと、音子ちゃんはセーラー服のリボンを解き、そして続けてセーラー服も脱ぎ捨てた。一瞬音子ちゃんが何をしているのか分からなかったが、しかし本能で僕は声を上げていた。
ちなみに、目は逸らしていない。
「ね、音子ちゃん!?」
「あら、何かしら? 少し暑いから脱いだだけよ?」
してやったりと言わんばかりに胸を張る音子ちゃん。さっきも言った通り、上はカッターシャツだけなので、胸を張ったときにブラジャーが少し透けて見えているのだ。
エロい。
「ふふふ、瓦礫君も意外に初心なのね。可愛い所、あるじゃない」
心底楽しそうに笑うと、音子ちゃんは僕に背後から抱きついた。それはすなわち音子ちゃん程の胸の大きさならば僕の背中にその豊満な胸がフィットすることを意味する。
そして、追撃するように僕の鼻腔を、音子ちゃんの髪の毛の良い香りが通り、僕はもう完全に身動きが取れなくなっていた。
やっぱり、裸とはまた違ったエロさがあるよな、脱ぎかけって。
って、そんなこと言っている場合じゃない!
「ちょ、音子ちゃん!?」
「はーい、何かしら? まさか、私のハグに欲情したの?」
アメリカなら挨拶替わりよ? と、したり顔で音子ちゃん。
いや、ここ日本どすえ。
今回、更に変態キャラが増えましたね!
これからはなるべく締め切りを守っていこうと思うので、どうかお付き合いください!