臆病ウサギと文芸部
どうも、サバです。
小説を書くのはこれが初めてなので色々おかしいかもしれません。
なので、コメントやメッセージに教えて貰えれば幸いです!
この小説を、よろしくお願いします!
僕がこの私立稲穂高等学校に入学して早くも二年が過ぎ去り、何故か二年生になって最初の部活で、僕は顧問と部員三人の多数決で文芸部の部長になってしまった。しかし、全然嬉しくない。むしろ悲しい位である。僕はそもそも目立つのが苦手なのだ。
ちなみに、文芸部という名前ではあるものの、顧問は滅多に部室に来なく、その所為で部員は僕以外、文芸部らしい事をしていない。この前は将棋をしていた。そういうのは是非家でやって欲しいと心の中で思うのだが、しかし注意した所であの二人が部長である僕の言うことに従うとは思えない。……部長としての威厳も何もあったものじゃなかった。
そんなことを、二年七組の自分の席に座って考えていると、いつの間にか終礼が終わっていて、橙色の夕日が差し込む教室には僕以外の誰もいなかった。そして携帯で時間を確認すると、すでに四時半になっていた。どうやら、部活に三十分も遅れているようだ。二年生になって、部長に就任して初めての部活を三十分も遅刻とか、こんな事をしていたら信頼と威厳が一気に無くなっていく……。
そうして一人で溜息を吐いた瞬間だった。
既にクラスメイトは僕以外が部活に行くか、帰宅部なら帰路に着いた筈なのに、誰かがクラスのドアを開けて入ってきたのだ。その、小学生と間違われそうな身長のロングヘアーの子が身に付けているセーラー服の左胸に縫い付けられてあるネームプレートで性別と苗字と学年とクラスは分かったが、生憎、苗字の読み方が分からない。しかし向こうは僕をどうやら探していたようで、僕の制服の左胸のネームプレートを一瞥し、それから、かなり怯えながら口を開いた。
そりゃあここは二年生の教室だし、僕も物音のした方を睨んでしまった。しかしそれにしたって怯え過ぎな位にビクビクしながらである。マナーモードかよ。
「あ、あの! 貴方が、時標さんですか……?」
「え、あ、うん。そうだけど……何か用かな?」
僕は取り敢えずにっこりと笑って答えると、彼女は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。そして、この人は私に危害を与えないとでも勘違いしたのか、セーラー服の右ポケットから何かが書かれた四つ折りの紙を取り出し、それを広げ、こちらの方を向けてから、両手で渡してきた。この動作からも分かるように、どうやら彼女はかなり礼儀正しいようだ。よく見れば漆黒の髪の毛も相当丁寧に手入れが施されているようで、まるで人形のような可愛さである。概ね、どこかのお嬢様なのだろう。
その紙を僕も両手で受け取り、見ると入部届だった。一度眼を擦り、それからもう一度見ても、そこにあるのは、入部届だった。
「ど……どうか、しましたか?」
「い、いや、大丈夫だよ。……ねえ、一応聞くけれど、この今僕が手にしているのは、君が書いた入部届だよね?」
「は、はい……。な、何か、間違っていましたか?」
「いや、間違っていないよ。ちゃんと書けているけれど……。き、君は、何部へ入部を希望しているのか、言ってくれないかな? 文字がよく見えなくてね……」
果たして、彼女はしっかりと、一文字すら間違えず、入部届にも記入していた、文芸部の名前を言った。
つまり、彼女は文芸部に入部したいようだ。
もう一度言おう。
彼女は、我が文芸部に、入部したいようだ。
この子に真実を伝えるべきか、部員二人と顧問を何とかして文芸部らしくするか。どちらが理想的な解答なのかも、どちらが楽な道なのかも全て、考える間でもなく、選択する間でもなかった。
「……えっと、別に入部してくれるのは凄く嬉しいけれど……、実は、文芸部は僕以外の二人が全くやる気がないんだ……。だから僕が君にマンツーマンで教えることになるけれど、それでもいい?」
「は、はい、あ、ありがとうございます、時標さん」
勿論、真実を話した。だって、あの三人に文芸部らしくさせる事が絶対に無理なのは、自明の理だからである。……部長って、何だったっけ?
「えーっと、じゃあ、まあ、よろしく。僕は時標瓦礫。部長か、下の名前で呼んでね」
「あ、わた、私は、非常兎鎖木です、ここ、こちらこそ、よろしくお願いします、瓦礫さん」
こうして、我が文芸部に、非常兎鎖木さんが新しく入部することになった。だからと言うわけではないけれど、とにかくいい機会なので、兎鎖木ちゃんにも話したように僕が部長になった経緯を話そうと思う。
まず僕は、昨日の生徒会長を決める選挙で見事生徒会長になった文芸部員の羽織先輩は、三年生が自分で、自動的に部長になるのが分かっていて、しかも僕を無理矢理部長にする算段をしっかり練って、生徒会長になった。もうこの時点で僕から見ればかなり性質が悪い先輩なのだが、羽織先輩曰く「瓦礫が私よりも部長に相応しいと思ったからこうしたのだ!」と、そう言っているが、絶対に嘘である。一年生の頃から羽織先輩に振り回されてきた僕は知っているのだが、羽織先輩はとにかく好奇心旺盛で、本当に何でもしてきた。しかし、流石に道徳と法に触れる行為は僕が宥め、それでも言うことを聞いてくれない時は、僕自身が身代わりになった。だから僕のファーストキスの相手は勿論羽織先輩なのだが、才色兼備なので、文句はない。しかしこうして改めて考えてみると、羽織先輩って凄く、残念な美人だよな。この学校で一番男女から人気あるのも、でも、こういったどこか天然な所と関係があったりするのだろうか。まあ、人間というのは多かれ少なかれ、完璧な人間よりも、少しだけ自分が優越感に浸れるような人間の方が好感が持てると言うし……。
けれど、漫画みたいに料理が下手ではない。というのも、一年生の十一月頃に三人で記憶力対決をした際に、僕が一週間前までのコンビニ弁当の商品名を全て答えたら、羽織先輩に不健康な食生活を厳しく怒られた。そして最終的に何故か羽織先輩が僕の家にわざわざ周一回、日曜日に泊まりに来て、晩御飯を作ってくれる事となった。羽織先輩はお金なんて要らないと言うが、しかし無料は流石にこちらも心苦しい。なので、お疲れの羽織先輩の肩をお風呂上りにマッサージしてあげているのだが、これをかなり気に入ってくれたようで、部室でもたまにマッサージを頼まれる。これでは何の為のマッサージなのかが分からなくなっているが、羽織先輩の作ってくれる美味しいご飯の為なら安いものだ。それ位、羽織先輩の作ったご飯は美味しい。しかもヘルシーらしく、「瓦礫のお母様は十分美しいだろうとは思うが、それでも低カロリーの料理のレシピを知りたいというのならば、私が瓦礫に教えるから、それをお母様に作って差し上げたらどうだ? 親孝行はしないと駄目だぞ?」と、何故か貴女はお嬢様ですかと言いたくなるような母親の呼び方で言ってきたが、母とこの前喧嘩しちゃったので、またお願いしますね。といって、半ば無理矢理断った。喧嘩は勿論嘘だが、しかしだとしても僕は絶対に教えないし、顔も見たくない。第一、誰が見たいと思うのだ。
息子と夫を置いて、家を出て行った女のことなんて。
それに、僕にはあの女のことを思い出すことなんかよりももっと大事な、部長としての仕事がある。
「という訳で、文芸部に新しく入部してくれることになった非常さんです」
あの後、取り敢えず僕は教科書と筆箱をバッグに詰め込み、それから非常さんの教室の場所を聞き、文芸部は年中無休で放課後は大体開いていること等を伝え、そして今に至る訳だ。そして勿論、僕以外の部員二人の視線に怯え、スカートの裾を握り締めて俯いていた。しかし自己紹介は意地でもするらしく、小刻みに震えつつも、非常さんはゆっくりと前を向いた。ここまで礼儀に固執する姿を見ていると、まるで非常さんの家では礼儀正しくないと厳しく叱られるのだろうか。等といったことを考えてしまうが、そんな漫画みたいなことが現実にある筈がない。
「ここ、これから部員として、精一杯頑張るので、よ、よろしく、お願いします!」
かなり詰まりながらも、それでも最後まで言う非常さん。もしかして非常さんって、上がり症なのだろうか……。あぁ、部長だと他の人のことも気にしなくちゃいけないし、部長ってしんどいな。でもまぁ、羽織先輩が生徒会長だけを出来るように、僕も頑張らないと……。
そうして頭を悩ませている僕だったが、生徒会長さんは非常さんにデレデレだった。僕への心配は皆無ですか。そうですか。
「始めましてだな、兎鎖木。私は生徒会長の羽織紙収だ! 可愛い娘が私は大好きな女子高生だ。だから、困ったことがあったら、表のことなら私が生徒会長の力で何とかしよう」
満面の笑みで立ち上がり、非常さんと握手していた。表の事って何だよ。裏の生徒会とかもあるのだろうか。
つーか、職権乱用。
「あ、あ、ありがとうございます、羽織さん。え、えと……」
再び席に着いた羽織先輩に悪気はないのだろう。けれど、自分がどこに座れば良いのか分からずにおろおろしている非常さんを見ていると、まるで羽織先輩が意地悪をしているように見えてしまう。不思議だ。
「あー、羽織先輩の隣は僕の席だから、非常さんは木々の隣に座って貰っていいかな?」
羽織先輩はなんで非常さんが困っているのかがいまいち分かっていなかったので、僕が指示を出した。すると非常さんは「は、はい」といって、木々の隣に座った。そして怯えながらの自己紹介へと移行するのだが、もしも木々みたいな先輩に挨拶をしろと言われたら、僕も非常さんみたいに怯えているだろう。
何故なら、彼女、森林木木々は、この学校の八割が「森林木木々はアンドロイド」という噂を本気で信じる程の、無表情と丁寧口調なのだ。
「こ、こんにちは、えっと、木々さん──で、いいですか……?」
「ええ。別に私は下の名前で呼ばれても、上の名前で呼ばれても、別段不愉快ではありませんので。森林木木々です。よろしくお願いしますね、非常さん」
「え、あ、ごごごごめんなさい! 木々さんが上の名前と思っていまして、ごめんなさい! えっと、非常兎鎖木です。どうぞ、呼び捨てで私は全く、構いませんので……」
「あ、いえ。このさん付けは癖でして、なかなか直らないのです。非常さんも、癖ですか?」
「あ、これは、パパに言われていて……」
凄いな、パパの影響力。しかしママが出て来ないのはどうしてなのだろうか。もしかして、僕と同じで複雑な家庭なのだろうか。いや、別に僕の家庭事情が複雑とは思っていないが。むしろ単純。まぁ何にせよ、ここでわざわざ家庭事情を訊く程僕も気遣いの出来ない人間ではない。こういった質問は、まず訊かれ飽きている。僕の場合はそうだ。
そうして僕らは新しく出来た非常兎鎖木と言う部員を交えて色々なことを一時間程話し、気が付けば六時になっていた。しかし体感的には五分も話していないような感じで。
しかしだからといっていつまでも学校に残っていたら後日反省文を書かされるので、僕ら四人は非常さんの歓迎パーティをする事になった。まあ場所は近くにあるレストランなのだが、じゃんけんで負けて奢る事になった僕からすると、レストランは財布に優しかった。しかも二時間のバイキング形式なので、細いのに大食いの木々も満足そうである。
そんな訳で、僕らはレストランへの道を歩いていた。話題は、非常さんの呼び方。
「そういえば、なんで瓦礫は後輩なのに『非常さん』なのだ? 後輩なのだから、そこは『兎鎖木ちゃん』とかだろう」
「そうですよ、時標さん。それじゃまるで、非常さんを敬遠しているみたいじゃありませんか。『うさちゃん』って呼びましょうよ」
「き、嫌われているのですか……? ごめんなさい……」
俯いて、僕から離れていく非常さん。別に嫌いな訳では無いのだが……。でも、後輩の女の子だからこそ、どこか恥ずかしかったりする僕の気持ちはどうやら彼女らに伝わらないらしい。しかもこのままだと非常さんが泣いてしまいそうである。というか、瞳が涙で若干潤んでいるのは、泣いているといった方が正しいのだろうか。もしもこの状態が泣いているというのなら、僕は会って初日の後輩の、しかもこんな可愛い子を泣かせてしまった男として、歴史にその名を刻むことになるだろう。もしも非常さんのファンクラブがあったら、それこそ最悪だ。日本海にコンクリートと共に深海探検する羽目になる。それだけは勘弁だ。
仕方ない。男らしく諦めて、兎鎖木ちゃんとでも呼んでおくか。流石に『うさちゃん』は恥ずかしいし、それに自分だって苗字にさん付けの奴の呼び方を採用する気が起きる訳ないからである。しかしそのことを木々に言って、万が一木々が『兎鎖木さん』と呼んだら、僕も『うさちゃん』と呼ばないといけなくなるので、そこは責めない。
「じゃ、じゃあ……兎鎖木ちゃん……」
「な、何でしょうか……?」
ヤバイ。
何がヤバイって、恥ずかしがりながらも地味にこっちにとことこと寄ってくる兎鎖木ちゃんが、超絶可愛かった。例えるなら、猫じゃらしで遊ぶ子猫や柴犬の子供のような可愛さだ。そして、その可愛さに耐え切れなくなったっぽい羽織先輩が、うさぎちゃんの頭を撫でようとした、その時だった。
「ひっ……!」
今までひたすら大人しかった兎鎖木ちゃんが、頭を撫でようとした羽織先輩の手を払い除けて拒否したのだ。
パシン。と、小さな破裂音が人通りの少ない夕暮れの道に響く。しかし、すぐに兎鎖木ちゃんは呆気に取られている羽織先輩に、深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! つ、つい怖くて、ご、ごめんなさい!」
幾ら人通りが少ないとは言っても、町中だというのに、兎鎖木ちゃんは必死で謝る。しかしその態度は、払い除けた事を謝罪しているというよりも、まるで命乞いをしているかのようだった。しかし、羽織先輩も自分が悪いことを自覚しているらしく、
「い、いやいや、今のは完全に私が悪かったよ。すまなかった」
と、兎鎖木ちゃん程ではなかったけれど、凄く申し訳なさそうに頭を下げていた。ここで勘違いしないで欲しいのは、別に兎鎖木ちゃんは羽織先輩だけを嫌った訳では無いという事だ。
そしてしばらく何となく気不味い空気が続いたけれど、レストランに到着する頃には羽織先輩が生徒会長としての才能を遺憾無く発揮し、レストランに着く頃には前よりも二人は仲良くなっていた。そのことに対して僕の胸中は嫉妬の炎が渦巻いていたのだが、それでもレストランの席では兎鎖木ちゃんが自ら僕の隣に座ってくれたので、良しとしておこう。
ちなみに、羽織先輩と木々は待ち切れなかったようで、店内に入るなりすぐに早歩きで両手に皿を持って、並べられた和・洋・中の料理を物色していた。対する僕と兎鎖木ちゃんは、一度席に着いて、四人分の箸やスプーン等を並べていた。
「ごめんね、兎鎖木ちゃん。手伝わせちゃって」
僕が言うと、兎鎖木ちゃんは箸を並べる手を止めた。
「い、いえいえ、先輩の時標さんがしているのに、こ、後輩の、私がサボタージュするのは、駄目ですから……」
「あはは、優しいんだね、兎鎖木ちゃんは」
僕が微笑んで褒めると、兎鎖木ちゃんは顔を真っ赤にして、小さな声で「あ、ありがとうございます……」といった。
そうしていると、丁度僕らが一通り並べ終わった瞬間に二人が帰ってきた。
それにしても二人とも、料理の盛り付け方にそれぞれの性格が如実に現れている。
まず羽織先輩は、料理が綺麗に盛り付けられているが、何故か肉と野菜の割合がおかしい。皿の大半が肉である。何だろう、私は肉食系女子だ。というアピールなのだろうか。しかし、それでも見栄えが綺麗なのは本当に凄い。
続いて木々。こいつは、何て言うか、全てが見えない型に嵌っているかのように、盛り付けられた料理が全て、一辺が五センチ程の正方形になっていた。一体どんなも付け方をしたらこんな風になるのだろうか。いや、綺麗だけれども。綺麗だけれども、何か、違わないか? 盛り付けって言わないだろ、それ。いやまぁ、僕は出来ないけれども。
「あ、すまない、瓦礫……。私としたことが、つい我を忘れてしまっていた」
無表情の僕から察したのか、羽織先輩はしょぼんとして謝ってきた。
「いえ、構いませんよ、羽織先輩。いつもの事ですから」
「うぐっ……」
羽織先輩は、痛い所を突かれて、本気で凹んでいた。でも美味しいものを食べたらどうせ直ぐに元気を取り戻すので、僕は兎鎖木ちゃんと一緒に料理を取りに、和のコーナーに来ていた──勿論、兎鎖木ちゃんの要望だ。別に僕はフェミニストではなく、今回の主役の兎鎖木ちゃんに合わせるのが常識だと思っただけである。
「わぁ、美味しそう……」
皿も持たずに料理に釘付けになっている兎鎖木ちゃんの分の皿を持って、僕も隣に並ぶ。そして兎鎖木ちゃんの見ている物を見ると、それは、揚げたての天ぷらだった。
けれど、まだ盛り付けるための皿が無いことに気付いていないらしい。可愛いなぁ。
僕は、にっこりと笑いながら肩を叩く。
「でも、盛り付けるためのお皿がないとね」
そういって、皿を一枚手渡す。
「あ、ありがとうございます、時標さん」
「いいよ、別に。天ぷら、取る?」
「あ、じゃ、じゃあ、ほんの少しだけ」
「え、別に直ぐ補充されるから、一杯取ってもいいんだよ」
どうやら本気でバイキングにきた事がないらしい。いや、兎鎖木ちゃんのこの性格と体格なら例え知っていてもそんなに取らないだろうけど。
何せ、身長はおよそ百四十センチあるかないかぐらいで、それに凄く華奢な手足から察するに、体重も平均を大きく下回っているだろう。ちゃんとご飯食べているのだろうか。
「じゃあ、これ位、ですか?」
そういって兎鎖木ちゃんが見せてきた皿の中には、海老フライが二つに、ケチャップが乗っていた。
どうも何も、僕に聞かれても正直困るのだが、そんな事を兎鎖木ちゃんに言えば、恐らく凄く謝られ、周囲で僕が悪者という勘違いが起きる。そうなってしまうとパーティが出来なくなってしまうだろう。それはなんとしても避けたい。
つーか、そうなったら、もれなく僕の人生が崩壊する。
「うん、それ位で良いんじゃないかな」
いや、知らないけれど。
そんな感じで料理を取っていると二人とも直ぐに皿が料理で一杯になったので、僕らは一度テーブルに戻ることにした。
テーブルに戻ると、あれだけあった料理をこの五分程で二人は跡形もなく平らげていいて、優雅にデザートのショートケーキを食べていた。凄いな、ショートケーキまであるのか。しかも、何気にショートケーキの完成度が高い。
「あ、お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
「何でメイド口調……」
「まぁ、ノリですよ」
木々は安定の無表情で、ケーキを頬張りながら親指を上に突き立てた。
ちなみに、羽織先輩と兎鎖木ちゃんは互いに料理を『あーん』しあっていた。羨ましいぜ、この野郎。
僕は羽織先輩に対する嫉妬心を抑えると、兎鎖木ちゃんの隣に腰を下ろした。
……やってみるか。
木々に、『あーん』を。
「なぁ、木々」
僕が覚悟を決めて木々に話しかけると、木々はショートケーキを食べる手を止めた。
「何ですか、時標さん。メイドが気に入ったのですか」
「いや、違うけれど……」
まぁ、無表情のメイドもなかなかどうして良い感じだったし、だからここで否定するともう一生あの無表情メイドが拝めないと思ったが、懇願したらしてくれそうな気がしたので、多分大丈夫だろう。そういえば昔、父親に「そんな適当な生き方をしていたら、いつか痛い目見るぞ」といっていたけれど、今までもこんな感じで至極適当にいきてこられたのだから、大丈夫だろう。
「では、何ですか?」
僕は、自分の皿に乗っている海老フライをフォークで突き刺すと、タルタルソースを海老フライの先端に付け、それを木々の口へ持っていく。
「あ、あーん……」
しかし、自分で分かってしまう位に顔が赤くなっている僕とは違って、無表情のまま木々は口を開け、海老フライを咥えた。
「ふぉいふぃーふぇふ」
「うん、まず食べ終わってから喋ってはどうだろうか、木々殿」
多分、「美味しいです」って言っているんだろうな。
そういえば海老フライは丁度良い温度まで下げておいたが、木々が猫舌だった時の事は考えていなかったな。大丈夫だろうか。
僕は、木々が食べ終わった後、訊くことにした。
「今更遅いけれど、熱くなかった?」
「大丈夫ですよ、時標さん。丁度良い温度でした」
どうやら大丈夫だったらしく、僕が胸を撫で下ろした。その直後、横から兎鎖木ちゃんに引っ張られた。そして何かと思って僕は兎鎖木ちゃんの方を見る訳だが、何故か兎鎖木ちゃんは口を小さく開けていた。
「……え、何?」
「あ、あーん……」
あーん。と、兎鎖木ちゃんは言った。
え、空耳じゃないよな? 今確かに、兎鎖木ちゃんが言ったんだよな?
マジかよ。本気と書いてマジかよ。
僕は、震える右手で、先程皿に置いたフォークを手に取った。そして、兎鎖木ちゃんが最初に見蕩れ、そして皿に乗せた海老フライに突き刺す。そういえばケチャップを選んでいたことも思い出し、慌ててタルタルソースからケチャップへと狙いを換え、先端に適度に塗る。木々の時はかなり緊張したが、兎鎖木ちゃんの口に入れる今に比べたら、全然だった。
僕は深呼吸を一度してから、兎鎖木ちゃんの口へと狙いを定めた。気分はスナイパーだ。もしくは、結婚指輪を相手の左手の薬指に嵌める時。勿論そのどちらも経験はないが、特にスナイパーは犯罪だが、そんな感じだということが伝われば嬉しい。
「じゃ、じゃあ……」
「は、はい……」
そういうと、兎鎖木ちゃんは瞼を閉じた。そして、僕は桜色の兎鎖木ちゃんの口に海老フライを差し込んだ。
「って、何でそんなキスするみたいに海老フライを食べさせているのだ、瓦礫」
と。
何故か全て僕の所為にされつつ、羽織先輩が突っ込んできた。
「ちちち違いますよ! やだなぁ、キスなんてしていませんよー」
「していたらビックリだ」
はぁ。と、軽く溜息を吐いてから、羽織先輩は少しだけ顔を紅潮させて、
「わ、私も、してくれないと不公平だとは思わないか?」
と言った。
……いや、事の発端は貴女が兎鎖木ちゃんと『あーん』しあっていた事なのですが。なんて言える訳もなく、僕は海老フライを羽織先輩に『あーん』したのだった。
どうも、サバです。
何かおかしい所、ありませんでした?
では、第二話にご期待下さい!