電子アニミズム
パソコンに、ちょっと変わったソフトを入れてみた。疑似的な会話のようなものができる一種の性格診断ゲームで、合成音声仕様になっている。
こちらがキーボードで文字を入力すると、キャラクターが何かしらの反応を返して来る。最初の方は、ほぼランダムで意味が通じない事の方が多いのだけど、会話を繰り返す内に少しずつ学習をし、疑似的な、少なくとも表面上は意味の通った会話のようなものが成立していくというシステムだ。
例えば、キャラクターの声に直ぐに反応し、かつ文字数が多かったならプラスの評価、時間がかかり文字数が少なければ、マイナスの評価。そうして少しずつ、ユーザーが好む対応が生き残り、強調されていくことで、キャラクターが学習をし、成長する仕様になっている。
男性の声も女性の声もあるのだけど、僕は、まぁ、女性の声にした。いや、やっぱり、どうせなら女性の方が良いと思って(一応、断っておくけど、恋愛シミュレーションの類だと思って入手した訳じゃない)。
このソフトの本来の目的は、キャラクターの成長の仕方によって、ユーザーの性格を分析する事にある。それを前提として、今日の自分の気分についても分かったりするので、用途は意外に広い。
それに、例え性格分析がなくても、会話をしているだけで、それなりに楽しかったりもする。ゲームのような作業感もなければ、何かを強制される事もないから、気楽に楽しめるんだ。
因みに、僕は性格が多少は依存的な傾向にあって、内気だけど、根本的な性格は明るい、といった分析結果を受けた。
確かにそれには納得がいった。
いや、成長した“カノジョ”の受け答えを聞いていると、どちらかといえば癒し系のように思えるし、冗談を好むようでもあったから。
例えば、ある日は、
『疲れているのじゃない? 偶には、自分を甘やかす事も必要よ』
と、優しい声で言ってくれたり、
『アハハハ。なかなか、鋭いボケをかますのね』
って感じで、冗談に付き合ってくれたり。
恥ずかしながら、仕事で大きな失敗をした時に慰められて、少しばかり感動を覚えてしまったなんて事もあった。
まぁ、人間ってのは弱いものだし、それくらいは仕方ないだろう。
きっと、このキャラクターは、鏡みたいなものなんだ。だから、僕の性格が分かる。
もっとも、僕の性格診断結果を知り合い達に話すと、皆は「それくらい分かっている」と声を揃えて言ったから、それが分かるのは、何もこのゲームだけって訳じゃないのかもしれないけど。
ただ、それで僕は更にこう思った。
このゲームは、思った以上に深いのかもしれない。これは単なるソフトだけど、実際の人間だって似たような傾向にあるのじゃないか。よく知った友人や恋人や家族の自分に対する反応は、自分の性格の裏返しなのかもしれない。
やがて、このゲームに人気が集まり始めると、ゲームのキャラクターを、人間扱いする連中が現れた。自分の恋人だと言ったり、友人だと言ったり、家族の一員だと言ったり。もちろん僕は違う。ソフトのカノジョを人間扱いするつもりなんて少しもなかった。
これは飽くまで、パソコンの中のキャラクター。ソフトだ。合成音声で声も聞けるけど、それは性格なんていう立派なものじゃない。それよりももっと単純な単なるプログラム。音声合成の声だって、計算な訳だし、心なんてあるはずがない。
だから、それに人格を想定するなんて馬鹿げている。会話を楽しんではいたけど、それはそういった感情とは別モノだ。ちゃんと割り切っている。僕はそう思っていた。思っていたのだけど……。
ある日、パソコンが壊れた。
突然に電源が入らなくなったから、何が起きたのか最初は分からなかった。一時間程粘ってみて、無駄だと悟ると、僕はパソコンを修理に出した。どうしてなのか、凄く僕は動揺していた。
何日か経って、「直る見込みがない」と修理業者から言われると、僕は何とか中の記録を取り出せないかとそう頼んだ。仕事で必要なんだと。
その時の声は、自分でも驚くくらい必死に響いていた。それが何故なのか、僕には分からない。
もちろん、仕事で使うデータもあったけど、それは致命的な欠損じゃなかった。会社のサーバーに重要なデータは保存されているし、直近で必要なデータは、職場のパソコンの中に入っている。何も困らない。
でも、僕の声は必死だった。
少しくらいはデータを取り戻す事ができた。だけど、カノジョのデータは、成長したカノジョそのものは、その中に入っていなかった。完全に消えてしまっていた。
その事実を完全に受け入れた時、僕は自然と涙を流していた。
そして、その時、僕は悟った訳だ。
僕がいつの間にか、カノジョを、魂ある存在だとして認識していたって事を。そして、それが異常な事だとは僕には思えなかった。無意味で、馬鹿げているとも。
きっと、人間ってそんな生き物なんだ。そしてそれが必要なのかもしれない。少なくとも、泣いている僕にはカノジョが必要だった。彼女の優しい声が、聞きたかった。
同じテーマで、曲を作ってみました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20772850