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Scene B 準騎士と魔術師

Scene B


 翌日。フロウは、飾りばかりの槍を持って立っていた。素手を武器にするフロウだから、こと起こればそれは投げ捨てられる。いわば、こけおどし。

「ふぁああ」

 隠す気もないらしく、派手なあくびをひとつ。

 彼にとって、『ちゃらちゃら着飾った貴族どもの姿を延々と眺めている』のは、実に退屈な仕事だった。フロウとて、貴族の家柄には違いないのだが。


 まだ昼前だが、人の歓談には花が咲いている。

 …と、会場の一角で人が固まる。

 口々に彼らは、不安をばらまく。


「…来たか」

 すみれ色の瞳――マリウスが、来訪者たちを見下ろす位置でつぶやく。

「二段とは、念入りなこと」

 返すパンドラに、マリウスは穏やかな笑み。

「あなたも、昨日と今日は、三段くらい構えているんじゃないですか?」

 化粧の話だ。パンドラがそれをにらみかえしたかどうかは、ご想像にお任せする。


 警備に当たっていた騎士の何人かが、そちらへと集まる。

 女性が倒れたものらしい。


 ばんっ!

 ドアを半ば蹴り開けるようにして、数人の戦士が貴賓席へ飛び込んでくる。

「!?」

 三人。

 彼らは当てが外れて、きょろきょろと周囲を見渡す。

 いるはずの女王パンドラはおろか、そこには誰もいない。

 見下ろす位置にある広間では計画通り、誰かが倒れたとの偽騒ぎが起きている。

「――ちっ」

 リーダー格のひとりが舌を打ち、きびすを返しかけた――その時。

 とんっ

 軽い、ほんの軽い音とともに、壁にナイフが突き立つ。

 飛んできた方へ目をやると、正装姿に、顔だけを黒い布で覆った男。

「ただで返れるとは、思ってませんよね」

 パンドラの守護者は告げた。



「…マリウスは大丈夫かしら」

 少し離れた幕の裏、パンドラはつぶやく。

 ヒトに姿を変えたセトが(こうしないと、言葉の発音に不自由する)、床に垂直な線から左に十二度、首をかしげる。

 そうして、アルカやフロウ以外に対する時の無愛想な口調で言う。

「先ほどの技量から見て、負けることはほぼ間違いない」

 パンドラが青くなったのは当然といえた。

 うっかり飛び出してしまったのは、彼女のせいではなく、セトの言葉の不足による。

(ただ、地の利はこちらにある。それを巧く使う気でいるのだろう)

 続くはずだった言葉は、セトの頭の中だけで反復されていった。どうも、口にする順序に不適切があったようだ。人の形ながら、セトは軽く耳を伏せた。どの筋肉を使ったのか。



「――さぁ。武器を捨ててもらおうか」

 言う襲撃者に対し、『お』の次の『う』の辺りで既に、マリウスは床に短刀を投げ捨てていた。

 その悔しそうな表情を、痛みと悲しみの同居した面差しが見遣る。

 隣にグラデュースを突きつけられたまま。

「マリウス! 捨ててはなりません。死ぬつもりですか」

 白銀――おそらくは重ねた歳月ゆえなのだろう髪が、動きにつれてゆれる。

 雨のような顔で笑う青年は、相手に聞こえないようにつぶやいた。

 あなたには代えられませんよ。


 場の空気など無視しきって、セトは、パンドラを捕まえている覆面に無造作に近づいた。

「お前たちは、その人間を傷つけるつもりなのか?」

 何をバカなことを、と言いたげに、冷たい眼が返る。

「決まってんだろ。俺たちの目的はこの女、それから他の貴族たちの首だ」

「そうか」

 そう聞こえた一瞬の後、彼は横面を張り飛ばされる。

 頬を押さえて仰ぎ見れば、相手の腕のある場所から、大きめの鱗をまとった緑の蛇が伸びていた。

 それは、次の様、ひゅう、と空を切って、もうひとりの仲間へと飛んでいく。

「ラスタフ!」

 注意を促すも、遅すぎたようだ。

 入り口に居たひとりは吹き飛んだ。

 彼は壁に半ば埋もれ、木っ端が埃となって舞う。

「――貴様っ」

 ラングワートの一族の特徴なのだろうか、やはり短い剣を、男はセトへ向ける。

 相手は、長い白銀の髪に、長い裾の服。まるで戦うのには向いていないように見える。

 その翠の瞳が、告げた。

「争いは好まない。自らの血を見たくないのであれば、退け」

 宣言の前に頭から血を流している壁際の男は、数に含めないつもりらしい。


 貴賓席の口にたどり着いたフロウは、目を見張った。その後を、何人かの騎士が続く。

 彼らはその場へ、慎重に足を踏み入れた。

「心配は無用だったみたいだな」

 穴が開いた天井からまだ細かい破片が落ちてくる。その真下に、覆面の襲撃者が二人、折り重なっていた。

 近づくフロウへ、セトは振り返った。

「はい。造作もありません」

 その時、床が傾いた。


 とっさにマリウスは、パンドラを庇う。

 一方で、うっかりセトの下敷きになってしまったフロウが言う。

「重いな、お前」

 念のため言うが、フロウは事実を提示しているにすぎない。

 彼女は、機械類でも積み込んでいるかのように、見た目より遥かに質量がある。

 一度正体を見たものなら、それに納得もするのだが。

 ただ、長さが建物の三階分ほどもある大蛇なんて、見たいだろうか。

「阿呆なことをするからです」

 あほう、と一般にはあまりしない言い回しを、ごく普通に発音して、セト。

 周りには、驚愕および恐怖の表情をそれぞれに張り付けた貴族たち。


 ふと、上で、足音が鳴る。

 フロウがそちらを見上げた。

 貴族、だろうか。身なりのいい人物が立っている。

 首の長さの濃い茶色の髪と、口の周りに、塗りつけたようなひげ。

 髪と同色の瞳が、フロウの眼差しにぶつかる。

「――」

 見下ろす視線で何も言わないまま、太い指が空間を横になぞった。

 フロウは、その動作に覚えがある。

(魔術師…!)


 ばんっ!


 平凡な破裂音がして、脇へ跳んだフロウの、一呼吸前の位置を、熱が埋める。

 まともに受けて、発火点でセトが黒く焦げているのが見えた。

 先ずセトを蹴り飛ばして逃がしておくべきだったと、フロウは頭の端で考える。

「…あれは敵ですか?」

 壇上を目で指して、尋ねるセト。

 そのくらい自分で判断しろといいたいところだが、生まれが魔物であるセトにとっては、人間全体が敵といってもおかしくはない。飛ばされながら、フロウは答えた。

「まだわからんっ!」

 セトの肩を手がかりにして、フロウは跳ぶ。

 魔術師の間近へ、準騎士は着地した。

 じゃり…っ、と、散らばった砂粒が靴の下で鳴く。

「――魔術師が、残党に味方するのか?」

 そうでなくとも、魔術師の評判はよくない。怪しげな術を使う、と、特に首都では、嫌われている。

 問うたフロウに、泥ひげの男はにやりと笑う。

「宮殿を、再び血で塗り直すのに手を貸す。それもまた悪くはあるまい」


 駆けつけてきた騎士たちが、客の避難を誘導する。

 フロウとともに床へ落ちた騎士数名は、床の方から遠巻きに魔術師を警戒していた。


『駆けるほむらの片隅に、黒き舞姫の掛ける想いよ』

 もしこの場に魔術語を解する人間がいれば、ちょっとばかりきざな文章が読めただろう。だからといって、別に嬉しくもないだろうが。

 書き終えた魔術師の目の前に、真正面から、準騎士の放った雷術が伸びてくる。

「ぐあっ」

 魔術師は膝を折った。

 魔術師が戦いに向かないと言われる理由のひとつ、彼らは自分の読んだ文字列に頼りすぎている。ゆえに、戦士などが扱う簡易版の魔術に、意外なくらい、弱い。戦闘を組み立てる機敏さに欠けるのだ。

 しかし、空気は、魔術の詞に忠実に、炎の糸を織る。

 それは伸び上がると、フロウに向けて降り落ちた。

 変わらぬ顔色で、セトがそれを見守る。

「~、いてえ」

 ほぼ収まった橙火を払い、幾分か焼けた左手が覗く。

 自分が書き換えられるいかづちの文言のみで、火炎を防ぎ切ったものらしい。

「不安そうな顔すんな」

 フロウは、階下からのセトの視線に向けて言う。セトは冷静に――飽くまでも冷静に、指を上げる。

「――いえ。前を」


 魔術師が、まるで手品のように、揺らぐ炎を浮かべていた。

 その表情は、愉しむふうでもなく、嘆くふうでもない。

 魔術を詞として扱う人間には珍しく、戦士の仮面。

「よせっ」

 牽制の意味も込め、フロウは小剣を抜いて走る。

 飛んだ炎は、明らかに、始めの目的に向けられていた。

 おそらく、通路にもラングワートの者が居たのだろう、ようやく貴賓席の入り口に着いた騎士たちが、やはり同じように魔術師に飛び掛る。

 けれど、標的となったパンドラとマリウスの前には、何も無かった。


 熱の起こした風の渦が、辺りを巻く。



 ぽ、た…っ

 現実感のない色をまとって、赤が一滴、床に落ちた。

「――ふふ、防ぎきった…か。見事なものだ」

 フロウや、他の騎士たちの刃をまともにその身で受け止めてなお、魔術師は不敵に笑う。

 倒れるかと思いきや、魔術師は瞬きの間に姿を消した。

「――なっ」

「どこへ行った!?」

 得物を握っていた騎士たちの驚愕の声だけを残して。


「――フロウ」

 斜めになった貴賓席の床を滑るようにして降りてきた雪髪の準騎士へ、魔物の属が呼ぶ。

「こんなに大勢の前じゃ、あの姿は見せられんよなぁ…」

 やわらかい苦笑とともに、セトの肩に手が軽く乗る。

 フロウは続けた。

「それに、俺のミスだ。気にしなくていい」

「…」

 セトが見つめる先で、フロウは『三』人に近づいた。

 フロウは声なく、けが人を看る。

「…う」

 マリウスがうめいた。

 セトのような丈夫な生き物に当たってはきつね色に変じるくらいで済むが、ヒトではそうはいかない。

 息はあるようだが――。

 フロウは顔を上げる。

 パンドラが、透明なしずくを落とした。

 溢れぬようにと、それを彼女は手の腹で覆う。

 ふと覗き込むフロウに、赤ん坊はアルカの時と同じように笑い返した。

 こんな状況では、和むどころか神経を逆なでかねないのどかさで。

(――おいおい)

 ある意味、先行き楽しみな大物である。


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