表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

プロローグ 運命の女神は勝者に微笑まない

登場人物

■ アルカネット=クラウス   …準騎士。何事にも、全力投球。

■ フロウ=ユークライド    …準騎士。随所で、「あいつは生意気だ」と評判。

■ セト               …魔物。体重は、米俵三十俵分程度(推定)。


■ キサ=レッドベリル     …傭兵。ひねくれているようで、そうでもない。

■ ローザ=ローザクリス   …騎士隊長。趣味は編み物。

■ フェイマス=クロード    …神父。エモノは細剣。


■ ガーフィールド=パンドラ …議員。年寄りの冷や水という言葉が似合わない典型。冷水どころか煮え湯を平気で一気飲み。

■ マリウス=ラングワート  …パンドラの側近。特技は、ナイフを十四個までお手玉できること。

■ マリー=ラングワート   …マリウスの姪。グラーヴの墓守り。


■ バルトゥース        …かつて皇帝の近衛を務めた戦士。

■ ダークエレボゥス     …魔術師。


Prologue 復讐の声


 烏麦が、一面に生えていた。どこまでも、どこまでも。遠くに見える山の裾のほうまで、ずっと。

 その中に、小柄な人間が立っている。白い小さな花を数本、手にして。

 その前には、地面に突き立った杭に、二本、横向きに、枝が結え付けられていた。

 この地で一般的な信仰に基づいた墓標。上の、横に渡された一本は、その者に与えられた時間を表す。下の、横に渡された一本は、その者が選んだ運命を表す。まっすぐに大地に立つ残りの一本は、その者の人生が、永遠の女神に迎えられるようにという願い。

 時、運、永遠の、三人の女神への信仰。

 花をぽとりと大地に落としてから、小さな人影はそれに背を向けた。



 とある街では、最近、妙な事件が起きていた。

 深刻な被害もなく、あまり気に留める者もなかったが。

 「○○のカタキ」とだけ叫んで、子供が通行人に切り掛かるのだという。その時に掛けられる言葉は、兄の仇であったり、母の仇であったり、妹の仇であったりと、様々だ。

 そして大抵は、手錬の戦士が狙われていた。

 まったく妙な話だ。


 ここに、ひとりの傭兵がいる。かつて放浪していた頃よりは幾分か短くなった黒い髪、でも相変わらずの黒尽くめの格好。夜中に歩いていたら、不審者よばわりされそうであるが、ここ最近は、良心に反する行いをした記憶はなかった。

 早足で歩く彼を、後ろから駆け足で追うリズムがある。

 不思議に思って振り返ったところ…。

「父さんのカタキ――っ!」

 出た。無差別因縁付け小型通り魔。

「うわっ!?」

 いくら恨まれ事の多い彼とても、真昼の往来で狙われようなどとは思わないけれど。

 驚いた表情とは裏腹に、冷静に、半歩脇にかわす。

 通り魔は、数歩行き過ぎて、勢い余って前のめりに接地した。

 べしゃ

 …痛そうだ。キサ=レッドベリルこと黒髪の男は苦笑してみせる。

「…そんなんじゃ、かたき討ちはおぼつかないと思うけど」

 差し出そうとした手に、憎悪の視線が噛み付く。

「――お前のせいで、父さんはッ」

 キサは手を引っ込めた。もし本当にそうなら、助けは無礼にあたるかもしれない。

「父さん、て?」

 その時そのこどもの目に浮かんでいたのは、本物の憎しみに思えた。


 戦場で大活躍した結果、多数の亡霊に憑かれる羽目になったという伝説の戦士、フェイマス=クロードという人がいる。彼には及ばないにしても、キサには相当の身の覚えがあった。イメージとしては、今まで斬った人数=食べた麦の粒数。いちいち覚えちゃいない、ってことである。

「…って言ってるんだけどね」

 ついでなのでそのこどもを騎士団へ持ち込み、かなり大雑把に、キサは説明した。

 向かいに居る真紅色の髪をした騎士――ローザ=ローザクリスが、音を立てて、椅子から腰を浮かす。大またで数歩、キサのほうへ近づいた。

「ローザクリス?」

 不思議そうな顔をする傭兵の襟首を、彼女はがっしとつかんだ。幾分、背伸びをすることになる。

「…シージャ」

 声は腹でなく地の底から響いていた。キサは、何となく先の予想がついて、半笑いを返す。

「はい?」

「…あなたは」

 つかんだ襟を、手前に引く。

「私に何の断りもなく他のコの仇ですって!? この浮気者ッ!」

 よく鍛えられた腹筋を使って引き上げた地の底からの叫びは、聞く者の鼓膜を直撃した。

 彼女の父が、苦い麦の一粒だったのは、キサ本人も認めるところである。



「ああ、もう。イヤな1日だったわ。ライバルは登場するし」

 首を左右に振って肩をほぐしつつ、ローザはボヤく。

 隣で、書類の整理を手伝っていた騎士団員が首をかしげた。

「あれ? 隊長の言ってた“仇”って、レッドベリルさんだったんですか?」

「そうよ?」

 あたりまえじゃない。そんな様子で、ローザはきょとんとして答える。

 騎士団員は、恐ろしいジョークを飛ばした。

「なんでさっさとやっちゃわないんですか?」

「…は、はぁ」

 もう少し表現に気を遣えとか、相手はあの『幸運の騎士』よ?とか、幾つかつっこみ所はあったが、ローザは敢えてそれらを無視する。

「…べつに。そうする理由がない、ってのが、一番の所だけど」

「えぇっ? 理由がない、って…」

 首をひねる騎士団員を残し、ローザは部屋を出た。後よろしく、と言い残して。


 廊下に、かつかつと靴音が鳴る。歩きながらローザの頭は働いていた。

 何故と言われても困る。理由がないものは、ないのだ。

 何があっても憎しみが消えることはない。それは確かで。

 ならば、生きているからこそ憎んでもいられる。そんな甘えがどこかにある。

 もし彼がどこかで野晒しにでもなったとして、手放しで喜ぶ自信はなかった。逆に、憎しみが募りそうな気さえする。

 信用できる・信用ならないで区分するなら、彼は前者に分類される。

 もし彼が団員ならば、その評価や扱いに私情を挟まないでいられるという確信もある。

 のっぴきならない戦況で背中を預けてもいいとも思える。

 ――が、やはり憎い。

 結局それは、どこか別の天井から、自分を見下ろしている感情なのだ。

 そこにあるくせに、そこにはない。そんな、矛盾した存在。


 小麦色の髪にすみれ色の瞳の少女は、父親の墓参りをしてほしいという。

 いくらか怪訝に思いつつも、キサはそれを承諾した。


 騎士団のエントランスと個室が並ぶ奥を結ぶ通路。

 ヒナギクの香りがふと漂う。

 キサは振り返った。

 柿色の髪を、肩くらいまで伸ばした少女が立っている。どうしてわかったんだろう、というように。

「何だい?」

 そんな時だけ見せる兄みたいな眼差しで、黒髪の傭兵は尋ねた。

「…あ、その。キサが、お墓参りに行くって」

 ローザが喋ったことは明らかだが、それでもキサは問う。

「どこから聞いたんだ?」

 質問には答えず、アルカネットは訊いた。

「ぼくも行っていい?」

 キサが顔をしかめたのがわかったのか、慌てたように、続ける。

「あ、その! ぼくも騎士団の都合でそっちに用があって、だから…!」

「何を心配してるのか知らないけど、君の思ってるようなことにはならないと思うよ」

 突き放すような、それでいて包み込むような。

 くたりと顔をしおれさせた一瞬後、彼女は再び顔を上げる。

「でも、ついてく」

 言い出したら聞かないのはいつものことだ。キサは、微笑に似た苦笑を浮かべた。


 マリーと名乗った少女について、国境に近い村で巡回の獣車を降りると、一面の烏麦が、どこまでも広がっている。

 冷たい風が、山から吹き下りていた。

「ここに…?」

 尋ねる傭兵に、少女は言葉少なに頷く。

 案内された場所には、1つの墓標が立っていた。

 横に渡した2本の枝と、縦につなぐ長い枝。

 死者に送るのは白い花。

 献花しようとして、キサは墓に刻まれている名前に気がついた。

 枝の表面を平らに削って、そこにはこう刻まれている。

 グラーヴ。

「…?」

 すぐに思い当たる名前がひとつだけあった。

 音を立てずに花束を置く。

 キサが完全に立ち上がる前に、少女は口を開いた。

「お願いがあるんだ」

 ゆっくりと、キサは振り返った。いぶかしむような眼差しを、まっすぐな視線が見つめる。

「殺してほしい奴がいる」


 キサは首を横に振る。

 悪いけど、と前置きして。

「僕はそれを目的に生きたことはない。僕にまとう亡霊があるとすれば、不幸な戦士の霊だけだ」

 ひゅう、と、風が鳴った。


 その頃、村では、退屈をもてあましたアルカネットが道の小石に八つ当たりをしていた。

 斜めに蹴り上げられたいびつな形の石片が、三段跳びで着地する。

「む」

 手にも拾い上げた二、三の小石を、どこか遠くにでも投げようと思ってアルカネットは周囲を見渡す。

「何をしているんですか?」

「うわっ!!」

 ちょうど真後ろから声をかけられて、アルカネットは喩えでなしに飛び上がる。

「びっくりしたぁ~」

 小麦色の髪にすみれ色の瞳の青年は、すみません、と謝る。

「さっき、マリーが連れていたお客さんですよね? よかったらお茶でもどうです?」

「…へ?」


 よくいえば質素、わるくいえば粗末な小屋。けれど、すきま風はないから、意外と丁寧なつくりなのかもしれない。

 そう思いながら、アルカネットは麦穂の香りのする室内を見回す。

 マリーは私の姪なんですよ、と青年は説明した。

「へぇ~。きょうだいじゃなくて?」

 アルカネットの問いに、はい、と頷く。

「私たちが『彼女』の悪口ばかり言って育てたせいか、いつの間にか彼女を悪く思うようになってしまって」

 苦く笑う青年の言葉に、アルカネットは首をかしげる。

 今の代名詞は、いったい誰を指したものなのか。

「私など薄情なもので、今や『彼女』の片腕。私とマリーと、どちらが正直なのやら」

 そういえば、と思いついて、アルカネットは遅まきに尋ねる。

 キミの名前は?

「マリウス、と申します」

 どこかで、聞いたような気もした。


「帰ったよ」

 かわいさとは程遠い低い声がして、戸口に二人分の人影。

 それには気づかずに、マリウスは話を続けていた。

「いやぁ、驚きましたね。その人ときたら、出したお茶を一息に飲んでしまうんですから」

 それは、アルカネットではなく、青年の思い出に住んでいる誰かのことらしい。ひとしきり笑顔でそう言った後、懐かしそうな目をする。

「そして『彼女』は言ったんです。

彼の死を悼むことはできない。代わりに、無駄にもしないからって。

いつかもう一度ここに来るから、その時までに、どんなお茶を出すか考えておいてくれ、と」

 びっくりしました…、涙腺がゆるいのか、いくぶんか涙ぐみながら青年は言う。

「私たちは、そんな人を…」

 間近で響いた足音に、マリオスはようやくそちらへ目を向ける。

「…ああ、おかえり、マリー。いい人は見つかったのかな」

 何のいい人だか誤解されそうな言い様であるが。

 マリーは、すみれ色の瞳を伏せる。

「ことわられた」

 その意味に気づいて、アルカネットは黒髪の傭兵を見上げた。


「彼らが首都の住民の圧倒的な支持を受けて王政を倒したとき、皇帝の一家は処刑されたけれど」

 そこでキサは、一旦言葉を区切る。

「一族の裾野はあまりにも広かった。それこそ、根絶やしにするためには国中を血に染める覚悟が必要だったんだ。半分の議員はそれを進めようとし、残り半分は、それは損失が大きすぎると言った」

 がつっ、と、大きめの石を踏んで車が跳ねる。

「結局は、首都での権力争いに埋もれてうやむやになってしまったようだね」

 キサは息をついた。

 アルカネットが無言なので、獣車は無言のまま進んでいった。

 ずいぶん経ってから、アルカネットはぽつりと言った。

「騎士団の門のところにね、『永遠の女神は平和を支持しない』って彫ってあるの、知ってる?」

 初耳だった。キサは首を横に振る。

「あのね、あれ…、ぼく、どういう意味か分からなくて、ずっと考えてるんだ」

「…」

 時間の女神は人を生かさない、運命の女神は勝者に微笑まない、永遠の女神は平和を支持しない。


あとがき


 読んでくださった方、ありがとうございました。


 友人に指摘されたのですが「グラーヴ」は、彼らの国の最後の皇帝の名前です。若くして亡くなりましたが、死因は革命であってキサではありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ