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三日目からの数日間

 新聞配達のバイク音。住人が起き始めて朝の準備をする気配。通学の子供たちの騒がしい声。


 生活音がこれほど身近で、心地よく感じられた日々があっただろうか?

 暁人は自首を止めてから数日――。身体の節々が痛む以外に、不都合の無い生活を送っていた。

 隣の部屋の厄介事が片付いていないので、暁人は寝室から一番離れた居間の壁に、寄りかかって寝ていた。そのため、身体があちこち悲鳴を上げている。

 冬奈が「ここで生活しますか?」と提案したので、暁人は迷うことなく受け入れた。誤算があるとすれば隣の部屋の遺体を片付けてくれなかった事だ。つまり今の暁人は遺体の番人である。

 幸いな事は、死体が異臭を放たない事だ。

 涼しい陽気が理由……では無いらしい。


「隣のアレは……腐らないのかな?」

 暁人を部屋に残し、帰ろうとした冬奈を呼び止め尋ねると彼女は、 

「腐食しないように加工してありますが、あまり触れない方がいいでしょう」

 と、事もなさげに答えた。


 暁人は暫くどういう意味かと悩んだが、昔テレビで見た、防腐加工したカタコンベの遺体の話を思いだし、それと似たような物かと納得した。

 後日、ネットで調べると、遺体保護をエンバーミングというらしいが、あまり気持ちのいい内容ではなかったので、途中で読むのを止めた。暁人は、自分が遺体維持をするわけで無いのだからと、遺体を連想する事柄から意識を遠ざける。


 寝室へ立ち入る事は避け、こうして暁人の共同生活が始まった。


 自首を止めたその日、冬奈たちはアパートに暁人を連れ戻すと、特に何を要求するでもなく彼だけを置いて立ち去った。

 暁人は困り果て、コタツの布団をかき寄せて壁側に張り付き、眠れぬ夜を明かした。


 翌日の朝、七井がふらりと当面の食料を持って現れた。相変わらず棒付き飴をガリガリと噛み、散切り頭も相まって、さながら禁煙中のイライラした若者といった様子だ。

 しかし、いざ話しかけてくる時になると、肩から力を抜いた自然体で、気のしれた友人のように対応してくる。

「お前が自炊出来るかどうかしらんが、米やらパンやら持って来たぜ。出来合いの物は冷凍物だけど我慢してくれよ」

 襖で仕切られているとはいえ、遺体のある部屋の隣で食事はしたくなかったが、あまり外食ばかりでは住人たちに怪しまれると、七井は自炊を勧めてきた。

 逆らう理由も無いので、暁人は出来る限り自炊すると約束する。

 冷蔵庫や米びつに収めるのは任せたと言い、部屋には上がらず、買って来た食料の中からチョコレート菓子を一つ持ち出し七井は立ち去った。 


 正午を過ぎた頃、運転手付きで冬奈が訪ねてきた。運転手は前日と同じ人物だが、車はミニバンではなく黒塗りの大型高級セダンだ。本当にどこかのお嬢様のようだ。

 運転手は車に残り、冬奈だけが部屋を訪れる。


 彼女は正仁名義の携帯電話を持ってきた。

 そして当座の生活費として預金通帳を暁人に手渡す。

 残金は五十万円。

 決して多いとは言えないが、とてもマトモな金とは思えない。やはり、自首をしなかったのは間違いだったかと、暁人は情けないため息をついた。

「少ないですか?」

「……あ、いや、違うんだ」

 暁人は慌てて弁明する。

「纏まった金をこんな形で、君みたいな高校生に貰うなんて……ね」

「ご安心を。私はただの連絡係みたいなものです。運び屋……みたいなものですね」

 つまりそれは、暁人には金の出処が分からないという事だ。

 

 用が済むと、冬奈はすぐに帰る。

 淡交が信条なのか、暁人と関わりたくないのか。しかし、彼女の冷たさに、余り触れたくないので幸いである。


 一方、粟飯原が部屋を訪れると、暁人は疲れ果てる。

 彼は上に交わりてはへつらい、下に交わりてはおごる性格を地で行く。

 冬奈がいる時は、常に彼女のご機嫌を伺い、七井がいれば、常に彼の挙動に準じている。

 冬奈と七井の立場が上である事は分かる。粟飯原は二人に付き従う立場だ。


 しかし、彼は彼の特技があるようだ。


 時折アパートに現れると、合鍵で勝手に玄関を開け、暁人を横目に寝室に向かい遺体へ何らかの処置をしていく。

 注射や薬品を持ち込んでいるところを見ると、エンバーミングの処置をしているらしい。

 確認する度胸のない暁人は、推測するしかない。粟飯原の態度も気に入らないので、問うことも無い。彼自身も暁人などと会話する気は無い、という素振りだ。


 こうして暁人は、不可解な人物たちによって偽りの生活を始めた。

 不足は無いが、無用な物が寝室に居座る生活。


 そして、暁人を悩ませる事になる存在が、寝室の更に向こう――隣の住人がいた。


 時より気分転換で出る暁人の後ろ姿を、隠れて伺うアパートの隣人、木岡。

 

 暁人を監視するかのような彼の手には、拳銃が握られていた。

 

 

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