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二日目 2

 もしも家の中に爆弾があったとしたら?

 恐らくもっとも良い行動はその家から逃げ出す事だろう。それが叶わないのならば、出来うる限り遠くへ離れるに違いない。出来るなら爆弾を始末するのがいいかもしれない。

 暁人はボンヤリと天井を見上げながら、そんな想像をしてみた。

 何故か舞い戻る事になった利根の部屋の片隅で、膝を抱えながら解決策を模索する。

 もっとも死体から遠くなる寝室から見て反対側の居間の壁に寄りかかり、暁人は部屋の中を観察した。部屋は良く片付いているというより、生活感が少し乏しい。旅行に出る前に片付けたのだとしても、やはり荷物が少ない。

 畳の部屋の真ん中に、ぽつんと配置した食卓兼コタツ。壁側のテレビと隣にノートパソコン。カーテンはベージュで無個性。仕事で忙しい男の部屋と言われれば信じてしまいそうだ。

 暁人が蹲る反対側の襖。その向こう側の寝室で、利根有紀は眠るように死んでいる。

「早くなんとかしないと……」

 一番の懸念は帽子の男が帰ってくる事である。

 鉢合わせになったら殺されるかもしれない。包丁でも握り締めて待ち構えようとしたが、三十分と立たずに精神が参ってしまった。自衛の為とはいえ、人を傷つけるつもりでいる事が計り知れないストレスになる事を暁人は実感した。

 

 消極的だが帽子の男は事故に会って死に、彼が大年暁人として弔われる事に望みを託した。

 念の為、玄関の鍵とドアチェーンロックをかけた。これで急に帽子の男が帰ってきても、チェーンロックが侵入を阻んでいる間に、窓から逃げ出す事も可能だ。二階なので少し危ないが、下が芝生の庭なので飛び降りても恐らく大丈夫であろう。

 玄関を厳重に閉めると、いよいよ死体と一緒の空間にいることが大きなストレスとなる。

 暁人は気を紛らわす為にテレビの電源を入れた。時間が既に昼に迫り、興味のないドラマが流れているがそのままにして部屋を物色し始める。

 盗みの為ではなく情報を得るためだ。ハガキ入れや日記などを探し、利根有紀と帽子の男の情報を集める。意外にもこの行為により気が晴れ、暁人は死体と同じ部屋にいるプレッシャーから段々と解放されていった。

 

 ハガキ入れには特に重要な情報はなかった。近所の商店街から届くハガキや、請求書などしか収まっていない。日記もなく、家計簿もない。

 こうなるとノートパソコンと携帯電話が重要な情報源となる。

 暁人は昨日、放り込んでおいた携帯電話を拾い上げ、メールの履歴やフォトデータをつぶさに調べ上げる。

 メールはマキという妹と帽子の男、正仁のやり取りがやはり多い。相変わらず葬儀屋や薬屋など不可解なところからのメールが気になるが、邪魔の情報だと見切りをつけて読み飛ばす。


 まずマキという妹は、現在は東京の病院に入院していて簡単にアパートを訪れる事が出来ない状況であることを知り安堵した。電車で一時間以上かかる場所で、しかもベッドの上なら不意に現れる心配はない。

 そして帽子の男、正仁。苗字は分からないが、どうもメールより直接電話で連絡し合うらしく、メールの情報はさほど多くない。しかも正仁から送られてくるメールは短めで、なぜか有紀が送る内容も長文は少ない。そのせいで正仁がどこに住んでいるかも推測できなかった。

 得られた確定的情報は、正仁が有紀と二年に渡る関係であり、彼が現在就職活動中であること。それくらいであった。

 次に、携帯電話の写真データを調べる。

 ほとんどがセルフ取りと正仁の画像である。正仁の部屋らしき画像がないため、もしかしたらこのアパートに住んでいたのかもしれない。大家は彼の顔を知らないので、その可能性は低いが。

 新しいデータは殆どが熱海の画像である。ここでは流石に風景写真などが多い。正仁が電車に乗り込む画像などがあり、今までのデータに車の写真が無いことから二人が車を持っていないと推察する。

 そして日付データを調べると、暁人はある決定的な事実に気がついた。

「五日前からの写真データがない……?」

 つまり、暁人がこの部屋を訪れる三日前からの写真データがない。しかし、メールの履歴を見る限り、その間にマキと八回ほどの送受信がある。

「まさか、あの男もメールを偽装して生きてるように見せかけていたのか」

 そう。もし写真データの無くなる五日前に有紀が死んでいたとなると、奇しくも暁人が前日に行なった行為と同じことを、正仁が四日間もメール偽装を続けていた事になる。

「やっぱり、あの人を殺したのはこの正仁か?」

 有紀のメールを幾つも読んでいる内に、知らず知らず親近感を抱いていた暁人は正仁へ対しての怒りを感じていた。

 ふとその事に気がついた暁人は、慌てて頭を振ってその感情を追い払った。

「見ず知らずの人だ……。別にどうってことない」

 死体が隣の部屋にあるのだ。あまり感情的になると、何か良くない思いまで湧き上がってきそうで怖くなり、一先ず暁人は気を鎮めた。

 次にノートパソコンを起動しようとしたが、本体もOSも旧式であるためゆっくりとしてもどかしい。何度か死体のある寝室の襖に目をやるうちに、液晶ディスプレイがログイン画面となった。

「パスワードありかよ」

 起動パスワード入りとは、女の一人暮らしでは珍しい。もしかしたら正仁も一緒にいたかもしれないが、それでも余り無いと思われるセキュリティだ。

 OSが古いため、セーフモード起動でアドミニストレータログインする方法を試そうかと考えたが、なんとなく有紀の生年月日が、マキから送られた携帯メールに書かれていた事を思い出してそれを六桁の数字にして入力してみた。


 あっさりとログインする……。

「こりゃ酷い……」

 あんまりにも簡単なパスワードに、暁人は乾いた笑いを洩らした。

 しかし、その笑みも起動後には凍り付く。

 画面は見慣れた……というか見かけはするがあまり利用する事がない緑の畑が広がる壁紙と、ぽつぽつと左端に寄ったアイコン。

「初期化したのか?」

 すぐにメールや新しいファイルなどを探したが、ほとんど空っぽに近い。ファイルのタイムスタンプを見ると、熱海旅行へ出かける前に初期化したようだ。

 幸いネット接続やメール、無線LANも済んでおり、これらは滞りなく繋がっている。

 しかしサーバー側メールボックスは綺麗に空っぽで、メールソフトにもメールは何一つ残っていない。

「まいったな」

 暁人は頭を掻きながら、天井を仰ぎ見た。

 ふと背後が気になる。

 死体が後ろにあるというのは、どうしても落ち着かない。暁人は気分転換と対策を考える為に、テレビを消して身支度を整え外出することにした。

 思わず、また有紀の携帯電話を持ってしまい、慌ててテーブルの上に置いた。自分の携帯電話と機種も違うのに、慣れというのは恐ろしい。

 そろそろ昼食時間なので、ついでに外で食事も済ませようと心に決める。間違っても弁当を買って返る訳にはいかない。

 死体のある部屋で食事する光景など考えたくもない。

 暁人は身震いしながら、背中越しに寝室の襖を視線を向けた。もしかしたら、正仁が死体を片付けたのでは……。そんな淡い期待を持ちつつ、襖の取っ手に右腕を延ばす。

 開けたら実はもう何もないのでは……。

 ゆっくりと震える手が取っ手にかかり……慌てて引っ込めた。

 

 汗ばむ手のひらをズボンの尻ポケットで拭い、慌ただしくチェーンロックを外して玄関から飛び出した。

 大家は一階に戻ったのか誰もいない。鉄の外階段を駆け下りて、死体のある二階の部屋を見上げた。

「やっぱ、戻ンないとダメ……かなぁ?」

 暁人は首を捻る。

 このままアパートに帰らなくていい手があればいいのに……などと詮無いことを考えながら近くの定食屋へと向かった。



 とぼとぼと歩く彼を、有紀の隣の住人……木岡が自室の窓から覗いている事も知らずに。

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