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二日目

 一夜明けると大年暁人は死んでいた。


 テレビではそう言っている。

『昨日、午後七時三十分頃。大年暁人さんがA市国道を走行中のトラックに跳ねられ、全身を強く打ちまもなく死亡しました』

 まるで固有名詞だけ書き換えたような聞きなれたニュースをアナウンサーが淡々と口にする。暁人は歯磨き粉を片手に握り締め、テレビの前に座り込んだ。

 素泊まり二千円の狭い個室の中にあるテレビはデジタルチューナーを繋いだ小さなブラウン管で、ボリュームも一定以上の大きさにならないよう改造されている。

 出来る限りボリュームを上げて、暁人はニュースの内容を聞いた。

『……持っていた身分証から住所不定無職、大年暁人さん。二十八歳と判明。警察は車道によろけて出た大年さんを通り掛かったトラックが……』


「なんで? なんで!?」

 暁人は狼狽した。まさかと思って上着を探ると、あるはずの運転免許証入れが無くなっていた。部屋にも落ちておらず、思いつくところは……。

「あの部屋……か?」

 死体のあるアパートに落とした。

 最悪と思える想像に怯え、暁人は頭を抱える。もしもあの部屋で落とした運転免許証を、帰宅した帽子の男が見つけたら……。恐らく侵入者がいた事に気がついただろう。昨日、必死の形相で走っていった彼は、きっと侵入者を探すためだったのではないか?

 何日も宿無し生活をしていたため、痩せて無精髭を生やしていた暁人に気がつかなかったのだろう。路上で出会った時も辺りは暗かったし、見つかっていたら口封じに殺されていたのではないかと思い暁人はぞっとした。

 

「もしもあの男が俺の身分証を持って車に撥ねられたとしたら? 警察はそれを元に発表してるのか?」

 ニュースは既に別の話題になっていた。スマートフォンのインカメラを利用したアプリで、目線の動きと画面のアイコンで文字入力や操作を行えるという代物だ。プログラムに少し興味のある暁人なので気を惹かれたが、流石に今の事態で趣味を優先させるわけにはいかない。

 他に情報がないかといくつかチャンネルを変えたが、自分の名前を言う事故のニュースはやっていない。インターネットカフェならばネットで情報も探せたのにと、畳の部屋で寝たいとこの部屋を取ったのは失敗だったと少し後悔した。

 

 居ても立ってもいられなくなった暁人は、すぐに身支度を整えると何かに引き寄せられるように宿を後にした。

 まずはあのアパートに行く。

 そこは本来、近づくべきではない。しかしやや浮き足立ったこの時の暁人は、現場に戻る犯罪者の如く死体のある一室が気になって仕方なかった。

 通勤時間の終わったがら空きの電車に飛び乗り、昨夜にやっと脱出した街へと向かう。電車に揺られながら、自分と勘違いされいる男の事を考えていた。

(誰が引き取りにくるんだろう……。親戚のおじさん……生きてるのかな?)

 他人の遺体を扱う事になる人は誰になるのか、そんなくだらない心配までしていた。なにしろ経験の無いことである。自分が死んだ時より、事態がどうなるのか想像できない始末だ。

 やがて電車が目的へ到着した事を告げる放送を聞き、暁人は跳ねるように座席から立ち上がった。疎らな乗客の間を抜けて改札を抜けると、早足でアパートへと向かった。

 もしもあの帽子の男が生きていれば、無関係の人間がどこかで免許証を拾って死んだ事になる。そうであれば大した問題にはならないはずだ。

 しかし帽子の男が……恐らくあの部屋で死んでいる女を殺したとしたら……その男が死んだとしたら厄介な事になる。いずれ帽子の男の身元が判明した場合、アパートで死んでいる女の存在が警察に知られる可能性がある。

 どうして彼が暁人の免許証を持っていたのか? 

 警察がこの事に疑いをもてば、女を殺した犯人が暁人だとされてしまう。

 そんな想像をしながらアパートへ暁人は走る。女が自然死である可能性もあるのだが、今は悪い方へと考えが進んでしまう。

 暁人は息も絶え絶え、アパートの見える角までくると電柱の影に隠れて部屋の様子を伺った。帽子の男の姿が見えれば、心配事の大部分は消え失せる。素知らぬ振りで警察へ運転免許証を受け取りにいけばいい。

 もしも帽子の男を確認できなかった場合は……。

「……その場合はどうするんだ? 何日もここでこうしてるのか?」

 暁人は急に冷静さを取り戻す。

 帽子の男が何日も部屋を開けていてたり、どこかに逃走していた場合はどうするのか? 暁人はこんなことをしているより早く遠くに逃げるべきだったのではと自分の迂闊さを悟った。

 死体のある部屋の近くにいることも問題だし、そもそも大家に顔を見られている。帽子の男が生きていて、暁人を見つけて口封じをする可能性だって無いとは言えないのだ。

 逃げる事が一番の解決だったと、ぐるぐるとその場を回って深いため息を吐き、ゴツンと電柱に頭を押しつける。

「何やってんだろーな、俺」

「どうしたんだい?」

 独り言を吐くと、後ろから声をかけられ暁人は飛び上がった。

 振り向くと、大家がカートンでタバコの入った袋を下げて立っていた。

「おお、大屋さん」

「……なんか小奇麗になったねぇ? 髭剃ったのかい?」

「あ、ハィ」

 自分の裏返った声を飲み込み、暁人は軽く噎せた。怪訝な顔でその様子を伺う大家の視線が鋭い。

「……あんた、まさか」

 暁人は心臓を……胸を抑える。


「利根さんと喧嘩したのかい?」

 予想外の言葉に暁人は肩から力が抜けた。

「カノジョ、風邪ひいてるだろ? ダメだよ、女の子が弱ってる時はなんでもウンウンって言わないとね」

 そういいながら大家は暁人の背を押した。

「なんならアタシも一緒に謝ろうかい?」

「いいい、いいいえ大丈夫です。大家さんの手を煩わせるようなことではないですはい。しっかり俺が悪いんだし謝って許してもらって看病します」

 一気にまくし立て、暁人はシャンと胸を張った。

「ああ、やっぱり喧嘩したんだねぇ……」

 大家はうまい具合に勘違いしてくれたが、暁人の背を押す手から力が抜けない。あれよあれよと言う間に、暁人は利根有紀の部屋の前まで突き出されてしまった。

「じゃあ、頑張りなよ」

 大家はそう言い残して暁人を解放したが、少し離れた所で様子を伺っている。ここに至ってはアパートの中に入りざる得ない。

 まだ処分してなかったアパートの鍵を取り出し、帽子の男が居ないことを祈って一気にドアを開け放った。

 部屋の中には誰もいない。

 ふと振り返ると、何かしたり顔の大家が見守っている。これでは入らないわけにはいかない。しかも喧嘩していると勘違いさせたままでないと、あらぬ疑いを招くおそれがある。

 暁人は覚悟を決めて一歩前に進み、部屋の中に入ると慣れない演技を始めた。


「ごめん、有紀ちゃん……」

 そう言いながら、暁人は死体のある部屋のドアを閉めた。

 

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