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四十日目

「来年はお正月に戻れ、そうも、ありま……せん。ごめんね。マキの、誕生日には帰るので、まっててね……っと」

 メールの文面を口にしながら、暁人は携帯電話のキーを押す。


 有紀ならばどんなメールを送るのか。想像しつつ入力していたが、いつの間にか独り言を交えて、自分のメールのように打てるようになっている。

 暁人は「これも一種のネカマだよなー」と、自分の慣れに呆れた。


 この部屋で有紀と出会ってからもう一ヶ月以上が経った。

 クリスマスも終わって、来年を迎える準備でどこも忙しい。

 先日、やっとマキが退院したので、正月には有紀が行くべきだろうが、この状況ではどうにもならない。本人がベッドから起きてこないのだから。

 生きていればマキが退院したその日に、有紀は東京まで会いに行った事だろう。


 マキも有紀に会いたいだろうな―― 


 有紀の横顔を見つめ、メールを送信。

 彼女はこんな俺をどう思うだろうか? キモいとか余計な事するなとか言うだろうか? まあ、実際は赤の他人なわけだから、いい印象を持たないだろう。


 いや、死んでいるんだからそう思うわけがない。


 暁人は軽い二律背反に陥っていた。


 有紀に目覚めて欲しいが、その時は暁人はただの不法侵入者だ。居候にもならない。

 有紀がこのまま目覚めなければ、秋の思いはずっと空回りだ。


「さて、掃除でもしますか」

 気分を転換するため、暁人はそう言って立ち上がった。

 年末は本当に忙しい。仕事が詰まっている。

 せっかく就職したのだから、出来る限り続けたいし成果も出したい。

 大晦日まで、ゆっくり出来るうちに部屋の中を片付けようと、暁人は本格的な掃除に取りかかった。

 ここで暮らし始めて一ヶ月と少し。本格的な掃除はまだしていない。

 掃除機をかけたりするくらいしかしておらず、寝室はまったくの手付かずだ。

 とはいえ、有紀の身体を移動させるわけにもいかないので、寝室の窓や畳の掃除だけをする。窓拭きやサッシの掃除、ゴミ箱の片付け、タンスの上の埃拭き取り。


 一段落してゴミ袋を纏め、アパート前のゴミ捨て場を窓から覗き見た。

 回収車はまだ来ていない。このあたりは回収が十一時くらいと遅いので、朝早くから掃除すると、ゴミ出しの時間に間に合う。

 周辺の人は早く回収して欲しいだろうが、今日の暁人には好都合である。


 小さいゴミ袋二つ、手に提げてゴミ集積場へ向かうと、ちょうど隣の大家さんが出かけるところだった。

「こんにちは」

 暁人はゴミを置き、振り向いて挨拶をした。

「はい、こんにちは」

 大家は頬を押さえながら、挨拶を返した。


「どうしたんですか?」

「いや、虫歯がね……。これから医者に行くところだよ」

「そうですかぁ、お大事に」

「……おや? 誰だい。ペットボトルなんて入れてる人は」


 大家はゴミの中に、ペットボトルが透けて見える袋を見つけ屈み込んだ。と、それを目で追った暁人は、自分の捨てたゴミ袋に在ってはならぬ物を発見した。


 正仁の写真が貼られた履歴書が透けて見えていた。


 もちろん、本物の正仁ではない。すりかわる前の正仁の証明写真だ。そういえば、彼は就職活動中だった。寝室のゴミ箱に、書き損じた履歴書を捨てていたのだろう。

 それをそうとは知らず、今日になって暁人が掃除してしまったのだ。


「そりゃペットボトルもなきゃゴミも燃え難いだろうけどね」

 大家の手が、ゴミ袋に伸びる。それは他人のゴミだが、上には自分が捨てたゴミがある。透けている履歴書の写真にもしも気付かれたら……。


「あ、わぁー。大家さん。俺が取り出して預かっておきますよ。資源ゴミの日に出しておきますから。歯医者行くんでしょ? 虫歯に差し支えがでます」

 どさくさにまぎれ、秋人は自分のゴミ袋とペットボトルの入ったゴミ袋を持ち上げた。

「ん? そうかい。すまないねぇ」

 大家もゴミ袋を奪い返してまで、分別をするつもりはない。秋人に任せたと言い残し、徒歩で近所の歯医者へと向かった。


「……うおー、やっべーやっべー。このところ油断してたなぁ」

 慎重さが欠け始めている。

 有紀の死体を隠す事や、すりかわって正仁を演じる事より、<種を撒く人>を警戒するあまり、慎重さのバランスを欠いていた。

 暁人は反省しながら、自分のゴミ袋の中から正仁の写真を取り出し、誰のゴミか分からない袋からペットボトルを取り出した。


 ゴミを元に戻し、暁人は自室に戻る。

 ペットボトルは分別ゴミ箱に投げ入れ、正仁の写真を灰皿の上に置いた。

 焼却するため写真にライターの火を近づけ……、ふと暁人は寝室を見た。有紀がベッドの上から見ているような気がして――。 

 仮にも彼女の恋人の写真だ。殺した本人とはいえ、無碍には出来ない。


 寝室の襖を閉め、改めて正仁の証明写真に火をつけた。

 写真は捩れ、変色しながら緑や赤の炎を灯して燃え尽きる。小さいからあっという間だ。


 灰に軽く水を掛け、トイレに写真の燃えカスを流した。

 居間に戻り、秋人は蛍光灯を見上げる。和室に使われる天井に釣り下がる、古い和風ペンダント型だ。

 秋人はコタツの上に乗り、それをちょいと傾けた。


 拳銃がそこにある。拳銃が滑り落ちて、暁人の手に収まった。

 和風ペンダントライトのスチール機器部分の上に載せてある。

 下から見て、スチール部の上なので透けて見えない。

 七井のような長身でも、水平な位置まで目線が行かないかぎり見える事は無い。

 ほかに隠す場所が見つからないので、仕方なく隠しているのだが、悪い場所ではない。

 暁人は改めて拳銃を隠す。時よりこうして拳銃を取り出す練習をして、すぐに戻す。

 これを繰り返していた。射撃の練習など出来ないので、暁人はこんな取り出しの練習ばかりをしていた。


 すべて元通りにしてから、再び寝室の襖を開け放つ。


 相変わらず彼女はそこに寝ている。


「マキちゃんの誕生日前に、断りのメール送るけど、そろそろ誤魔化しきかないよ」

 暁人は泣き言のように呟く。

 正月は前もって断り、その代わり誕生日には会いに行くと約束するから、正月に無理に戻って来てとは言われない。

 たった今届いたメールでも、正月に会えないのは残念だけど、誕生日は必ずだからねと返信が来た。

「……困った」

 誕生日前のドタキャン。恐らくこの手が通じる最後だ。次回からは何で帰ってこないと追求がくるに違いない。

 直接電話がくる恐れがある。


 まさかと思うが……ここを訪れにくる可能性もある。

 母親が東京に出て、マキの面倒を見ているが、年末だからとちょっと様子を見にくる可能性だってある。

「その時どうする? 使うのか?」

 暁人は蛍光灯を見上げた。


「いや、大丈夫。マキか有紀ちゃんの母親が来たら、きっともう終わりなんだと思う。アレは使ったりしないよ」

 暁人はにっこりと微笑んで、有紀のベッドのもとへ行き座る。


「だから、そろそろ起きないか? そうすれば、きっと終わらないんだよ」


 

  


 

ちょっと一回刻みます


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